民団新聞 MINDAN
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在日へのメッセージ

後戻りは許されない
塚本壮一(NHK国際部記者)



 この欄でこれを書くのはもう2度目だが、触れずにいられない。南北離散家族のことである。

 去年八月に続いて、12月にも離散家族の相互訪問をソウルで取材する機会があった。この時、インタビューに応じてくれたのが、北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国にいる夫との再会を控えたユ・スニさんだった。ユさんが朝鮮戦争のさなかに夫と生き別れになったのは結婚してわずか半年後、すでに子供を身ごもっていた。「再婚はあきらめ、息子を育てながら、舅と姑にひたすら尽くす日々でした」と語ってくれた。

 訪問の当日、半世紀ぶりに夫と対面したユさんは喜びの涙をあふれさせていたが、しばらくすると落ち着きを取り戻したようにみえた。翌日の個別面会の際も、淡々としているようだった。辛酸を舐め尽くした人は、これほど達観しているものか、と私は思った。

 ところが、最終日のことである。ユさんの姉妹や孫たちが、空港に向かうバスに乗り込んだ夫と窓越しに握手をしているのに、ユさん自身はその後ろで静かにたたずんでいた。そしていよいよバスが動き出そうとしたその時。ユさんが姉妹らを押しのけるようにしてバスににじり寄り、夫の手を握りしめながら、むせび泣き始めたのである。

 ユさんは、それまで、つとめていつものようにふるまっていたのだった。しかし夫との再度の別離に、心が千々に乱れるのを抑え切れなくなったのだろう。

 いま、南北の和解の動きが停滞している。離散家族再会がさほど広がりをみせないのは、体制維持への悪影響を懸念する北朝鮮の消極姿勢が原因だが、韓国も、景気悪化を背景に北朝鮮への経済支援に及び腰である。

 それぞれ事情があるのはわかる。政治だから、駆け引きだってあろう。

 でも、後戻りは許されないはずだ。離散家族の大多数は、肉親の安否すら知ることができない。再開を果たしたユさんも、また、かえって切ない思いをしているのである。

(2001.04.04 民団新聞)



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