金言:米国の骨格作った民=西川恵
毎日新聞 2013年04月05日 東京朝刊
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欧州連合(EU)の今年前半(1〜6月)の議長国アイルランドは欧州西端に位置する人口400万の小国だ。しかしこの国は世界のどの国にもない特権を有している。毎年、同国のナショナルデー(3月17日)の前後に、首相が米国の大統領の招待を受けて訪米するのだ。
今年も例外でなかった。3月19日、訪米したエンダ・ケニー首相はオバマ大統領とホワイトハウスで会談した。
会談前、緑色のネクタイを締めたオバマ大統領は記者団に「この時期はこの色のネクタイをする口実ができる」とジョークを飛ばした。アイルランドのナショナルデーは同国にカトリックを広めた聖人パトリックの命日で、緑はそれにちなむ色。ケニー首相は「米大統領でありアイルランド人でもあるオバマ氏と会談できるのを光栄に思う」と返し、笑いを誘った。オバマ大統領の母方の先祖はアイルランド移民である。
会談後、2人はそろって米下院議長主催の昼食会に出席。夕方はオバマ大統領夫妻主催の歓迎レセプションが開かれた。中東歴訪に出発する大統領は途中、中座したが、例年この後に夕食会が続く。
アイルランドへの厚遇は数十年来の米国の外交慣例である。米大統領の日程を毎年押さえる特権を持つ国はアイルランドだけだが、これは同国が米国の建国と発展に果たした特別の役割に負っている。
アイルランドは20世紀初めまでの8世紀、英国の過酷な支配下に置かれ、人々は新天地を求めて現在の北米へ移住した。総計700万人になるという(現在、自分をアイルランド系と考える人は約3500万人)。英国からの独立戦争では英国への恨みもあって独立軍に参加。独立軍に占めたアイルランド系の割合は35〜66%に上ったという。
徹底した共和主義、民主主義の思想で「神も恐れぬ民主主義者」と呼ばれたアイルランド系の主張は独立宣言にも色濃く投影し、米国の骨格を作った。もっとも建国後は白人のプロテスタントが社会エリート層を形成する一方、独立後も続々と移民してきたカトリックのアイルランド系は長らく差別され、二級市民に甘んじた。
これに政治的に終止符を打ったのが、曽祖父がアイルランド移民でカトリックのケネディ大統領(在任1961〜63年)だ。いまも同大統領はアイルランドの英雄である。その長女キャロラインさんが次期駐日大使の有力候補という。そうなると日本とアイルランドの間にも隠れた結節点ができる。(専門編集委員)