「にほんてぃる」 プロローグAパート
4/4 19:00- 「にほんてぃる Aパート」 ニコ生朗読!
http://live.nicovideo.jp/watch/lv129351609
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「にほんてぃる」
プロローグ「無能の神は舞い降りた」 Aパート
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白い太陽が殺人的な熱線を浴びせるクソ暑い夏の日。
光の勇者様になって暗黒竜『デスダーク・フレイムマスター』と戦う夢を見ていた俺は、地の底から響くようなおぞましい音で目が覚めた。
いったい何の騒ぎだ、空からUFOでも攻めてきたか?
そんな事を思いながら部屋のテレビをつけてみると、昼のニュースが妙にもったいつけた調子で戦争がどうのとのたまってやがる。
なんのこっちゃと思いながらチャンネルを変えてもどこもそんな感じ。挙句の果てに昔の戦争を題材にした特別ドラマを放送してる。
はぁ? いったい世の中はどうしちまったんだ? と首を捻った所でようやく俺は気づいた。
夏休み真っ最中の今日は8月15日
つまり、今日は全国的に終戦記念日って奴らしい。
まぁ、21世紀を生きる現代人の俺には関係ないし知ったこっちゃない話なんだけど。
それよりも、目下の俺の問題は夏休みの宿題だった。
こんなもん好きな奴はいないと思うんだが、俺は宿題が大嫌いで、始業式まで一週間を切った今も、ほとんど未完どころか手もつけちゃいなかった。
正直な話、去年までの俺ならそんなもん知らぬ存ぜぬを押し通してバックレちまうんだが、今年は色んな不幸が重なってそういうわけにはいかない。
俺、天明相馬(あまあき そうま)は生徒会長である。
いまだにそんな実感これっぽちもないし、なんでそんな事になっちまったのかもよくわからないだけど。
中学からの幼馴染、腐れ縁の友人Aが高校に入ってから妙に色気づきやがって、
「生徒会に入ったら絶対モテる! そういうわけだからそーちゃん、一緒に生徒会に入ろうぜ!」
多分と言わず、すべての原因はここにあるんだが、当時の俺は何を思ったかこの一言に乗せられちまった。
きっと、十代の青春熱血パワーを無駄に持て余してたんだろうな。
俺とAは生徒会に入り、俺は野心溢れるAに馬車馬の如くこき使われた。そしたらどうした? 俺とAは何故か先輩や先生に一目おかれちまって、気づいたら生徒会長様だ。
てかさ、おかしいだろ? なんで俺が生徒会長なんだ?
この流れじゃ、生徒会長になるのは俺じゃなくAだろう常考!
「いや、生徒会長とかなんか怖いじゃん。あんま目つけられたくないし」
そういったAの顔を俺は今でも覚えている。ブチ切れた俺はAに頭突きをかまし、Aは失神。そん時の事を盾に取られ、なし崩し的に俺は生徒会長をやらされる羽目になっちまった。
「まーまーそうちゃん。生徒会長なんて飾りだよ飾り。自信満々って顔して座っててくれれば、後は俺等がやるからさ」
副会長になったAの隣にはいつの間にかAの彼女になっていた書記長のBちゃん。 ・・・・・・クソッタレ!
お言葉に甘えて俺はお飾り生徒会長を満喫して、ついたあだ名が生石高校の無能会長様だ。まったく、やってらんねぇよ。
と、前置きが長くなっちまったが、そういうわけで俺は昔のように宿題をブッちぎるわけにはいかない立場にある。
いかない立場にあるんだが・・・・・・だからと言って気乗りするはずもなく、やる気なんか鼻毛一本分も沸いちゃこない。
沸いちゃこないが・・・・・・やるしかない。ただでさえ俺は先輩後輩同級生に先生と目をつけられまくってる。
ここは大きな面倒事を回避する為に小さな面倒と向き合ってやるとしよう。
机に向かった俺は積み重なった宿題の山を睨みつける。
・・・・・・はぁ。
正直、こいつらの相手をするくらいなら厨二的暗黒竜の相手をしてた方が万倍ましだ。
つーか、どっかの異世界が俺を勇者様として召還してくれねーかな!
・・・・・・ねーよ。わかってるって。
現実逃避はこのくらいにして、俺は読書感想文をやっつける為、近所の古本屋に向かう事にした。
あの陰気くさい古本屋。なんて名前だったっけな。
まぁいい。
そんな事、今の俺にはウン十年前の戦争くらいどうでもいい話だ。
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殺人的な太陽光線に文句を言いながら歩く事3分。
俺はなんとかって名前の古本屋に到着した。
古臭さと威厳を取り違えたようなご大層な入り口は正直入りづらい。
古本屋ってのみんなどっか排他的な雰囲気をだしてる気がするが、ここは格別だ。こんなんで商売成立すんのかよ。
と、文句はこんな所にしとこうか。この熱気の中駅前の有名チェーン古本屋まで行くのはそれこそ自殺行為だしな。
扉を開けると、冷ややかな冷気と共に鼻の奥がムズ痒くなる本の臭いが俺を出迎えた。
・・・・・・なんだこりゃ? 本当に店か?
狭い通路の両脇には本棚、足元には本が重なってピサの斜塔かバベルの塔みたいになってやがる。冷房はありがたいが店の中は薄暗いし、ここは本屋ってよりは本の迷宮か本の牢屋って感じがするぜ。
目の前に飛び込んできた光景に圧倒されながら、俺は本の山を崩さないように慎重に歩を進める。置いてある本は大半が分厚くて、難しそうな表紙のわけわからん語かわけわからんタイトルの物ばかり。
はっきりいって場違い感が甚だしい。
俺は本はラノベと漫画しか読まないんだぜ?
ここはハズレだ。そう思って振り返ろうとした時、
「あら、いらっしゃい」
店の奥から届いた甘ったるい声に、俺の繊細な心臓は3メートル程跳ね上がった。
なんだ!? って、決まってる。この本屋の店主だろう。
そんな当たり前の事を忘れさせるくらい、この店の雰囲気は何かおかしかった。
まいったな。俺は思った。いらっしゃいなんて言われた直後に背を向けて帰るのは気が引ける。それにだ、声から察するに、店主は若い女で、美人の可能性が高い。
どこにでもいるごくごく普通の高校生を自負する俺だ。もしこの先に美人のおねーさんが存在する可能性があるならだ、この先俺と欠片も接点を持たない存在だとしても、顔ぐらい拝んでみたいってのが心情だろう。
そういうわけで、俺は真面目な文学少年を気取り、
「ど、どうも」
って、どうもってなんだよ! 声上ずってるし!
はぁ。慣れない事はするもんじゃねぇな。
なんて思いながら先に進む。
程なくして、俺は店主様のご尊顔を拝見する事になった。
綺麗な女だった。金髪に金色の目をした大人の女性。妖艶って奴だ。白いシャツの胸元は大胆に開き、黒いスカートを履いた格好で奥の間に正座し、手には難しそうな本を持っている。
俺は生唾を飲み込んだ。けどそれは、この女に魅了されたわけじゃないと思う。
たしかにこいつは綺麗だ。綺麗なんだが、何かが違う。
店主は俺の顔を一瞥すると、『あなたとわたしは住む世界がちがうのよ』と言いた気に視線を外し、ちゃぶだいに本を置いて古風な湯のみに口をつけた。
・・・・・・なんか負けた気がする。
くそ、なんだってんだよ!
俺は別にこのままここを出てもいい。というか、とっとと出て、別の本屋に行った方が賢明だ。そんな事はわかってるんだが、俺はすぐにここを立ち去る気にはなれなかった。
俺は負けず嫌いだ。なんでとかどうしてとか、そんな事はわからない。ただ、昔から負けるのが嫌いだった。負けたと思われたり、負けっぱなしでいるのが我慢ならない性質なんだ。
俺と店主の前にどんな勝負が発生しているのか。そんな事は俺にもわからない。
ただ、そん時の俺はなにか意地になっていて、別にお前なんか大して興味ねぇよって顔をして、手近にある適当な本を引っつかんだ。
古臭い本だった。最初からそうだったんじゃないかって疑いたくなるくらい、その本には拭いようのない古さが染み付いていた。
『ニホンティル』
背表紙の擦れた文字はどうやっても読めるはずないのに、俺の目にはそう書いてあるように映った。
俺は・・・・・・俺は、
俺はいつの間にか背中に冷たい汗を浮かべていた。
何時からか・・・・・・きっと、この店に入った時から、俺はおかしくなっていたんだと思う。
夢の中を歩くような心地のまま、俺は何かに操られるようにその本を開いた。
「・・・・・・その本の行く先に、あなたはどんな願いを見い出すのかしら?」
遠くで女の声が響き、俺の世界は暗転した。
「あなたの行く先に・・・・・・・望み在れ」
――――――
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・?
目覚めは何時だって唐突だ。俺の意思とは関係なく、目覚めは何の脈絡もなく訪れる。
なんなんだ? 俺はいぶかしんだ。普段なら、そんな事考えもしないのに。
気だるさを持て余しながら、俺は言い様のない違和感を覚えていた。
「ん・・・・・・ん、ん・・・・・・」
重たいまぶたを開くと、そこには見知らぬ天井が・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ!?」
血の気が引く。いや、一気に頭に血が上った。
「ここ、どこだよ!」
跳ね起きて辺りを見まわす。
そこは、17年間住み慣れた天明家の俺の部屋じゃない。
それどころか、まったく見覚えのない、なんの心当たりもない場所だった。
妙に肌触りの良い布団を跳ね飛ばして、俺は寝台の上で暫く唖然としていた。
そこはただ知らない場所ってだけじゃなく、みょうちくりんで変てこな場所だった。
木造の部屋は小奇麗で豪華だけど、作りはどこか古めかしくて、古風な洋館のような雰囲気がした。その癖、俺が寝かされていた仰々しい天蓋付きのベッドには神社をイメージさせるひし形の飾りやら素麺の寄せ集めみたいな細い紐やら縄やらがあちこちにくっついて薄気味が悪い。
ベッドの横にはでかい寺に置いてありそうな立派な屏風が立っていて、逆側には葬式の時に使うようなお供えセットの超豪華版が広がっている。
「・・・・・・マジで、なんだってんだよ」
俺は嫌な汗を浮かべていた。動悸がする。本当に、まったく、欠片も理解できない。
「夢、だよな?」
恐る恐るつぶやいて見るけど、そんな気は全くしなかった。こんなリアルな夢は初めてだ。それでも、俺は頬を抓ったり、何度も目を擦ったり、無駄な努力をしてみる。
それは本当に無駄な努力で、この不条理が現実である事を確信させるだけだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
おぇ! 何これ! 冗談だろ! なんだ! どうした! どうなってんだ!
俺はゆっくりと沸騰するように混乱していた。このままじゃやばい。俺は弾けそうな心臓を胸の上から押さえて、冷静さを拾い集める。
最後の記憶はどこだ? クールになれよ俺。この世の中、落ち着えて考えてわからない事なんてそうそうないんだ。
現実逃避をかねて、俺は深呼吸をしながら考えてみる。最後の記憶、俺は何をしていた?
思い出すには時間がかかった。そして、思い出した俺はますます混乱した。
本屋だ。
あのきな臭い古本屋で妙な本を手に取り、あの気味の悪い女店主が何かを言って、俺は意識を失ったんだ。
病気か? 日射病とか。そういや俺、白い病院着みたいなのに着替えさせられてる。それにこの部屋、うっすらと病院の臭いがする。そうだ、ここは病院だ!
「って、こんな悪趣味な病院あるかよ!」
いい加減頭にきて俺は叫んだ。ドッキリか? ドッキリなのか? その可能性はなくはない。俺の悪友A、B、C、D、E、F、G以下略略略! のクソ馬鹿共を思えば、こんな悪ふざけを考えそうな奴は両手に余る程心当たりがある。
けど、あいつらだって、病人にムチ打つ程鬼畜じゃ・・・・・・いや、自信ないわ。
なんて具合に、俺は正気を保つ為にこの不条理の理由を求めていると、
「・・・・・・おぉ!」
正面の扉が開き、医者の格好をしたすだれ頭のおっさんが俺の顔を見て大げさに呻いた。
俺は安心した。そうだ。こんな所で馬鹿な事を考えて不安になる必要なんかない。このおっさんに事情を聞けば万事解決する話だ。
「あの、すんません。俺、なんでここに――」
「お目覚めです! 神様が、お目覚めになられました!」
バタン!
おっさんは氷漬けの原始人が目覚めたみたいな顔して出て行きやがった。
「・・・・・・・なんなんだよ、大げさすぎるだろ。てか、神様ってなんだ?」
ってのが突っ込み所1。
そして俺は、遅れて気づいた。
「あのおっさん、頭に猫耳つけてなかったか!?」
疑問系なのは当然だ。推定年齢50歳後半の脂ぎったおっさんがだ、世間一般では聖職者様と尊敬されるお医者様がだ、頭に白い猫耳つけてるなんて、異常過ぎて受け入れられるか!
「マジでなに? なんなのこれ? 怖いから、割と普通に怖いから!」
この異常な状況もヤバイけど、猫耳親父はもっとヤバイ。もしかして俺、頭のイカレた謎の組織に拉致られた? それとも俺は熱中症で倒れてファンキーでトリッピーなナイトメアをビューイングしてんのか!? そうならいいな~! そうであれ!
目の玉を満月みたいにかっぴらき、俺はアホみたいに大口を開いて扉を眺めていた。
どうしようか? どうしようもない。異常過ぎてこっから出て行く気にもなれない。
表面上は落ち着いてるが、内心は完全にパニックだ。
タタタタ、ダダダダダ、ドダダダダダ! ドガン!
誰かが廊下を物凄い勢いで走ってくる。
なんだ、なんだ、なんだ!?
今度はいったいなんなんだ!?
「お目覚めでございますか! かみさ・・・・・・ま?」
女の声。若い、幼い声。
「失礼ながら神様、なぜそのように頭から布団を被って震えておられるのでございましょうか?」
なんでもクソもあるか! こんな異常事態に放り込まれたら、誰だって心底ビビって震え上がるに決まってるだろ!
けど、何時までもこうしてるわけにはいかない。
俺は固い唾を飲み込むと、意を決して布団の中で叫んだ。
「お、お前、誰だよ。ここは、どこだよ! 俺を、どうするつもりだ!」
「お目覚めになられたばかりの所を騒ぎ立て、申し訳ありませぬ。驚かせるつもりはなかったのでございます」
女の声には心から気遣うような気配があった。
その声は、ほんの少しだけど俺の不安をかき消した。
それでも、俺は多分にビビっていて、ホラー映画を見た後の子供みたいにおっかなびっくり布団から顔を出した。
若い女だった。というか、まるっきりガキだった。見た所せいぜい小学生。俺はロリコンじゃないが、それにしても可愛いらしい女の子だった。
座敷わらしみたいな子だ。小さくて、黒髪のパッツンで、上等な和服を着てる。もっとも、和服の裾はミニスカートみたいになってるし、あっちこっちにフリフリの飾りがついてる上、足元はニーソックス。ゴスロリ趣味の座敷わらしなんて聞いた事ないぞ。
怯えるような疑うような・・・・・・値踏みするような視線を俺が向けていると、女の子は鉄の柱みたいにきっちりと背筋を伸ばし、大きな丸い瞳で俺を見据え、優雅にお辞儀をした。
「妾は大新本皇国(だいにほんこうこく)、照和皇王(しょうわこうおう)の位を頂く迪宮(みちのみや)でございます。ここは皇宮の応接室で・・・・・・」
すらすらと淀みなく告げる様子は見た目の幼さと完全に乖離して、随分と大人びて見えた。いや、そんじょそこらの大人が束になっても敵わない完全無欠の優雅さ、気品って奴を放っている。
けど、それは唐突に崩れた。
女の子の表情は急に年相応の幼さを取り戻した。
その顔には、何かどうしようもなく巨大で重い不安に潰されかけて、窒息寸前って感じだ。
「神様は、妾の国を、民を、救いに来てくれたのでございますよね?」
必死な瞳だった。途方もなく悲しい、とてつもなく辛い瞳だった。
気まずさに負けて、俺は明後日の方向を見て呟いた。
「・・・・・・そんな目で俺を見るな」
「ぇっ?」
「そんな目で俺を見るなって言ったんだ!」
「も、申し訳ございません!」
女の子は、ショックを受けたみたいだった。まるで、母親に頬を打たれたような・・・・・・
「・・・・・・悪い。怖がらせるつもりじゃなかったんだ」
罪悪感がこみ上げて、俺は頭を掻いた。
俺と女の子の間の空気が水飴みたいに粘ついて動かなくなる。
10秒の沈黙で俺はギブアップした。
「お前はなんなんだ? 俺を脅かすよう誰かに頼まれたのか?」
だって、そうとしか考えられないだろ。けど、女の子の表情は真剣そのものだ。
「か、神様を謀るなど、滅相もございません!」
「なら・・・・・・そうだな。一個ずつ説明・・・・・・」
と、俺はそこで気づいた。気づいちまった。
なんだよ。なんだよ! やっぱり性質の悪い冗談じゃねぇか!
俺はため息をつくと、こめかみをひく付かせながら女の子の所に歩み寄った。
「え、あの、神様? 何を・・・・・・」
「こんなおもちゃ背負って、大人をからかうんじゃねぇっての!」
「ひきゅっ!?」
ゴン! っと、何時もの俺なら金剛石頭で思いっきり頭突いてやるんだが、相手が幼女じゃそういうわけにもいかない。軽く固めたコブシのやらわか拳骨でゆるしてやる。
「か、神様!? ととと、突然、何をするのでございますか!?」
「だーかーらー、芝居はもういいって言ってんだよ!」
言いながら、俺は女の子の背中から飛び出した一組の黒い翼を鷲づかみにした。
それは真っ黒い鳥の羽だった。パーティーグッズ屋で売ってる奴を本格的にしたような、まるでカラスみたいな黒い翼・・・・・って、おいこれ!?
「ひぃっ!? いい、いやあああぁぁぁぁ!」
「ほぶごぉっ!?」
女の子の平手が顎の良い所にクリーンヒットして、俺はキリモミ回転で吹き飛んだ。
「い、いでぇ・・・・・・」
「も、申し訳ございませぬ!」
ひっくり返って目を回す俺。女の子は血相を変えて駆け寄り、俺の横にしゃがみ込む。
「お、お前、いい筋、してるぜ」
脳みそをクリティカルに揺さぶられて情けなく目を回す俺。
「申し訳ございませぬ! 申し訳ございませぬ! で、ですが、いくら神様とは言え、あ、あんな所を鷲づかみにするのは、あ、あまりには、は、は、は・・・・・・」
「は?」
「破廉恥でございます!」
女の子は叫んだ。
顔を真っ赤にして、宝石みたいな瞳を涙で潤ませながら。
俺はさっぱりわけがわからなかった。
だってこいつの羽は暖かくて、正真正銘本物の生きた鳥の羽だったんだから。
――――――
「あー。つまりだ、迪宮ちゃん」
「ミチで結構でございます」
「・・・・・・じゃあ、ミチ。お前の説明をまとめるとだ」
「はい」
「ここは大新本皇国って国で、今この国は戦争の危機にあるわけだ」
「ただの戦争ではございません。世界大戦でございます! 西のドイチュ第三帝国のポーラン侵攻を皮切りに、戦火はアフリク、チュートーの各地へと広がっております。これに対して、ブリテン、ランダー、スターズを中心としたセーヨー列強は強固に手を結び、ことサヴィエトにおきましては戦乱に乗じて我が国を狙う始末! ドイチュと同盟を結ぶ妾が大新本皇国はセーヨー列強を敵に回し、このまま開戦という事になればセーヨー列強、特にメリーカ大陸の大国スターズとの開戦は免れず、民草に多大な犠牲を払う事は必死なのでございます――」
「だあぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ひゃわぁっ!? か、神様? 突然そのような奇声を上げてどうしたのでございますか?」
「お前の話は、全然、わかんねぇ!」
俺は苛立ちに頭を掻き毟り、ミチの小さな鼻先に人差し指を突きつけた。
「えぇぇぇぇぇ!?」
「お前の国のごたごたとかこの世界のぐだぐだなんざ知ったこっちゃねぇの! 俺が確認したいのは、お前がわけわからんお祈りしたせいで、俺はこのわけわからん世界に召喚されちまったのかって事だ!」
「わ、わけわからんお祈りではございませぬ! 妾は今後の皇国の行く末を、民草の尊い命を案じ、宮内の祭壇に祭られし神宝、大八咫鏡(おおやたのかがみ)を通し、皇国の護り神たる天照大御神(あまてらすおおみかみ)様に戦争回避と世界平和をお祈りしていたのでございます!」
「そしたらそのなんたらって鏡から俺が飛び出してきたと。お前は俺を神様だと思って、この豪華祭壇付きアホ病室に放り込んだ。そういう事でいいんだな?」
「あ、アホ病室ではございませぬ。ここは由緒正しき皇王家の――」
「知らん。そういうのはマジでどうでもいい」
「そ、そんなぁ・・・・・・」
ミチはあんまりだ! って顔で細い肩をすくめる。
確かに俺の態度はあんまりだが、今はマジで他人を気遣う余裕なんかない。
だって、ミチの話を真に受けると、俺はどこぞのラノベの主人公よろしく、救いの神として異世界に召喚された勇者様、もとい救いの神様って事になっちまうからだ。
「アホらしい・・・・・・アホらしすぎるだろ! そんな馬鹿な話あってたまるか!」
俺は頭を掻く、掻き毟る。やべぇぞ、もう、何もかもやべぇ。俺の理解力を万パーセントオーバーしてやがる。
「おいミチ!」
「な、なんでございましょう?」
「俺を殴れ」
「は、はい?」
「俺を殴れ。思いっきり、全力で!」
「そ、そんな、神様に手を上げるなんて、そんな無礼な事は――」
「うるせぇ! さっきやっただろ!」
「あ、あれは、物の弾みで、神様が、あんな破廉恥な所を触るから・・・・・・」
鳥の翼のどこが破廉恥だ馬鹿馬鹿しい!
ああ、本当、夢だよなこれ。夢に決まってる。こんな馬鹿な話はない。ありえないから。だからみちにビンタしてもらえば、きっと俺は目覚めるんだ。自分の家のベッドで、それかあの古本屋で、もう最悪その辺の道端でもいい! 俺を元いた世界に戻してくれ!
・・・・・・アホくせぇ。冷静になれよ俺。自暴自棄になったら何もかもおしまいだぞ。大体、さっきミチに死ぬほどぶったたかれたけど目なんか覚めなかったじゃねぇか。
あぁそうだ。これは現実だ。否応なく現実なんだ。
なら、俺は何をすればいい? 何をしなくちゃならない?
決まってる。この世界の事を知らないと。
俺の立場はどうなってるのか、この世界はどうなってるのか。
それを確認すりゃ、元の世界に帰る道も開けるかもしれねぇんだ。
「いやミチ。やっぱり叩かなくて――」
「でぇぇぇぇぇぇい!」
「ほぶごぶおぉぉぉぉ!? て、てめぇ! な、何しやがんだよ!」
「え! だって神様が叩けって・・・・・・」
「あぁ言ったよ言いました! くそ、俺は今わりとマジ泣きしてるぞ!」
「ぎゃ、逆ギレはやめてください・・・・・・」
「ああそうだよ逆ギレだ! 俺が悪うございました!」
天井に向かって俺は叫び、自分で自分の頬を思いっきり殴る。
「か、神様!?」
「おう、なんだミチ」
「な、何をなされているので?」
「知らん。俺に聞くな」
「そ、そんな・・・・・・」
「とにかく、覚悟完了だ。何時までもビビってたって話しにならねぇからな」
「はぁ、とにかく、神様が落ち着かれたようで、ミチは安心――」
「それやめろ」
「へ?」
「俺は神様じゃない。俺は天明相馬。兵庫県高砂市生石高校に通うごくごく普通の生徒会長だ」
「はぁ・・・・・・それは、神様が――ひぎゅっ!」
俺はミチの両頬を掌でサンドイッチにする。
「神様じゃねぇって」
「で、では、なんとお呼びしたら・・・・・・」
「天明でも相馬でも好きに呼べよ」
「か、神様を呼び捨てにするなど恐れ多くて」
「だから、神様じゃねぇんだって・・・・・・大体、どうして俺を神様だと思うんだよ」
「それは・・・・・・妾のお祈りに答えて出て来て下さいましたし、それに」
「それに、なんだよ」
「神様は、我々人間とはお姿が違います」
「はぁ? どこがだよ。一緒じゃねぇか」
「一緒ではございません! 我々人間は皆、体に獣の部位がございます。皇王の血筋たる妾はこの通り、天照様の御使いたる八咫烏(やたがらす)の漆黒の羽が」
そう告げると、ミチはくるりと背中を向け、和服の切れ込みから飛び出した黒い羽をぴょこぴょこと動かして見せた。
って事は、さっきのおっさんの猫耳は自前なのか・・・・・・嫌な世界だぜ。
と、俺が苦虫を噛み潰したような顔をしていると、不意に部屋のドアを誰かがノックした。
「ミカド様、よろしいでしょうか」
「うむ、入るがよい」
男の声に、ミチは威厳たっぷりに答える。なんか、さっきまでのと態度が違い過ぎて気味が悪いぞ。
「御前会議の準備が整いました」
「うむ、わかったのじゃ。すぐに行くと伝えておくれ」
「ははっ」
本当、別人みたいに変わりやがる。こいつ、ちっこい癖に本当に王様なんだな、なんて思ってると、
「それでは神様、参りましょう」
俺の手を引いてミチが言った。
「参りましょうって・・・・・・あのなぁ、俺の話はまだ終わっちゃ――」
「お願いします!」
「大新本皇国一億人の未来の為・・・・・・なにとぞ、お力をお貸しください・・・・・・」
そう言うミチの顔は、まるで触れれば砕けるガラス細工のようだった。
「・・・・・・はぁ、わかったよ。行ってやるから、そんな顔すんな」
俺はミチの頭にそっと手を置いた。
馬鹿だと笑え。
俺は女子供の涙に弱いんだ。
つづく。
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七星十々 著
イラスト ゆく
企画 こたつねこ
配信 みらい図書館/ゆるヲタ.jp
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この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
- 2013/04/08「七つの罪と、四つの終わり」第四話