新型インフル特措法に異議 感染症学会の菅谷憲夫医師に聞く

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新型インフルエンザ等対策特別措置法の問題点について語る菅谷憲夫医師
 

 昨年4月に成立し、今春に施行される新型インフルエンザ等対策特別措置法。政府が緊急事態を宣言すると個人の行動に制限を求めることが可能になるため、日弁連などから「過剰な人権制限」を危惧する声が上がったが、ここにきて感染症の専門家たちからも異議が噴き出している。昨年10月に日本感染症学会が開いた緊急討論会では反対意見が続出。討論会で座長を務めたけいゆう病院(横浜市)小児科の菅谷憲夫氏に、特措法の何が問題かを聞いた。

 

 -討論会では法律の内容はもとより、制定方法にも疑問が示された。


 「法整備の過程で、専門家集団である感染症学会やほかの関連学会への案内や相談は全くなく、いつの間にか国会で成立していた。ごく限られた医師や研究者の意見のみを反映した法律で、インフルエンザの専門家から見ると明らかに誤った内容が含まれている」


●H3N2変異型


 -誤りとは。


 「特措法は、鳥インフルエンザウイルスH5N1型が人で世界的大流行(パンデミック)を起こすことを前提にしているが、いくつもある可能性の一つにすぎない。今、世界の専門家が心配しているのはブタの間で流行しているH3N2変異型であり、次のパンデミックの最有力候補はH2N2型(アジア風邪)の再来。しかも10年、20年先の話だと思う。H5N1の出現が必至で時間の問題というような決め打ちは明らかな間違いだ」


 -特措法は1918年のスペイン風邪並みに感染者の2%、約64万人が国内で死亡するとの推計を念頭に作られている。


 「推計が行われた97年当時はタミフルやリレンザといった抗ウイルス薬は存在せず、迅速診断もなかった。さらにスペイン風邪についてもよく分かっておらず、多くがウイルス性肺炎から致死率の高い急性呼吸窮迫症候群(ARDS)になって死亡したと考えられていた。しかし最近、死者の大半は細菌性肺炎の併発だったことが分かってきた。細菌性肺炎なら現在の医療で治せる。今は64万人という数字はあり得ないしナンセンスだ」


●検疫は機能せず


 -対策として、海外からのウイルス持ち込みを防ぐための検疫や発熱外来、外出や集会の制限などが想定されている。


 「2009年のH1N1型の流行時に、検疫や発熱外来は全く機能しないことが証明された。世界保健機関(WHO)も検疫には反対だ。外出や集会の制限も流行を止めることはできず、社会にとってマイナス効果の方が大きい。早期受診、早期治療という医療体制を妨げ、かえって被害を拡大する心配もある」


 -備蓄しているH5N1ワクチンを、大流行前に医療従事者やインフラ事業者などに接種するという点にも批判がある。


 「まず、備蓄ワクチンはH5N1以外のウイルスが出現した場合には何の役にも立たない。しかも健康成人6千人の治験で2人の入院例が出ており、重大な副作用の懸念がある。60万人に接種すれば200人が入院する計算だ。小児では高熱患者が続出し、治験を中止した経緯もある。こんなワクチンの接種は医学的に正当性がなく、倫理的にも問題がある」


●早期の診断治療


 -では、現在最も効果的な新型対策とは。


 「09年のパンデミックでは、米国の死者が1万2千人以上だったのに対し日本は約200人。諸外国に比べ極端に死亡率が低かった。これは早期に診断し、発症48時間以内にタミフルなどの抗ウイルス薬で治療することを徹底した成果で、WHOや世界の専門家から高く評価されている。流行の第1波は抗ウイルス薬で抑え、そのときに取れたウイルスで第2波に備えたワクチンを準備するのが最善の方法。新型対策は通常の対策の延長線上にある。(特措法は施行されるが)それが阻害されるようなことがあれば専門家として反対していく」(共同=赤坂達也)

 

(熊本日日新聞 2013年1月25日朝刊掲載)

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