牧太郎の大きな声では言えないが…:「あの世」を“報道”せよ!
毎日新聞 2013年04月02日 東京夕刊
小学生の頃「あの世って、どんなところ?」と聞いて、母親から「あの世? 誰も帰って来ないから、良いところなんだろう」と笑われて「?」。以来「あの世」が永遠のテーマになった。
科学優先の「この世」だから、多くの人が「死ねば無になる」と思っている……が、時々「死後の世界」を想像したりする。何しろ、団塊の世代が次々に「あの世」に行く季節が近づいている。
ある調査によれば「死後の世界はあると思いますか?」という質問に「はい」が359人、「いいえ」が641人。約3人に1人が「あの世」を信じている。
にもかかわらず、誰も「死後の世界」を話してくれない。
僕が知る限り、具体的に「死後の世界」を話してくれたのは、上方落語の「地獄八景(ばっけい)亡者戯(もうじゃのたわむれ)」。サバの刺し身に当たって死んだ男が、冥土への旅路で、伊勢屋のご隠居と再会するところから噺(はなし)が始まる。三途(さんず)の川渡り、六道の辻(つじ)、賽(さい)の河原、閻魔(えんま)の庁など「地獄の風景」を次々に活写? 地獄行きの判決が下った4人の男が、あれやこれや、手練手管で鬼を困らせるお噺である。
それほど具体的でなくともよい。「死後の世界」をのぞきたい。
墓参り、お彼岸、お盆……先祖を供養する人間には「死後の世界」を全面否定できない「何か」があるのだろう。だから、彼らは、口には出さないが「死後の世界」が知りたい。
人間が知りたいことに、全て応えるのが新聞、雑誌の責任である。なのに、今のジャーナリズムは、この問題に関する限り、応えようとしない。
20年ほど前、週刊誌の編集長だった頃「必ず売れる記事は不老長寿もの!」と思った。今や「がんは治る!」の記事が氾濫している。もう一つ、必ず売れるのは「死後の世界もの」。団塊の世代にとって「死」は現実味を帯びている。
死後小説の連載、今週の臨死体験、「あの人はあの世で今」の近況(架空)報告……見せ方はたくさんある。
東大病院救急部長、矢作直樹教授の「人は死なない−−ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索」という本が、隠れたベストセラーになっている時代である。
新聞、雑誌は今すぐ「死後の世界」を“報道”すべきだ。(専門編集委員)