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経済発展と独裁的な政治保ちたい
中国で習近平国家主席を筆頭とする新しい指導体制が本格的にスタートしました。その中国が国づくりのお手本とする国があります。東南アジアのシンガポールです。人口13億人の中国が、どうしてわずか人口500万人のシンガポールに注目するのでしょうか。

シンガポールの中心街には高層ビル群が立ち並び、 観光客も多く訪れます=2012年3月、今井尚写す |

シンガポールの「建国の父」と呼ばれるリー・クアンユー氏©朝日新聞社 |
Q なぜ中国はシンガポールに学びたいの?
A 中国はいま、自由な経済を推し進めて国民を豊かにしながら、共産党の一党支配や言論への厳しい統制は続けていくという考え方を取っている。経済と政治をこのようにはっきり分ける国のあり方は「開発独裁」と呼ばれるもので、かつてはインドネシアや韓国などもそうだったけれど、経済が発展した後は民主化が進んだ。
ところがシンガポールだけは1965年の独立以来、政権与党の人民行動党が議会で圧倒的多数を握り続けている。経済発展と一党支配を両立させるひけつに中国は注目しているんだ。
Q シンガポールは政治の民主化をしていないの。
A そうではないよ。シンガポールは法律上、民主的な選挙制度を取り入れている。その点は共産党の独裁的な指導体制を憲法で定めている中国とは違う。
だけど実態として、シンガポールでは人民行動党が議会の優勢を保てるように選挙制度などで同党に有利な仕組みが決められていて、人民行動党の支配は簡単には崩れないんだ。
Q なるほど。中国とシンガポールで、ほかに似ているところはあるの。
A 言論の自由が十分に保障されていないことだろう。シンガポールで指導者に対する批判を公然と行う人はほとんどいない。過去にそうしたことをした野党の政治家や記者は名誉毀損などで高額の訴訟を起こされ、大変な目に遭っている。また、大半の新聞はシンガポール・プレス・ホールディングスという政府系企業の傘下にあり、人民行動党に対して厳しい記事が載ることはめったにないんだ。
Q 中国は具体的にどうやってシンガポールから学ぼうとしているの。
A 一つは国営企業のあり方。シンガポールの有力企業は多くが国営や公営で、政府から幹部が派遣され、総じて高い収益を上げている。「シンガポール株式会社」と呼ばれているゆえんだね。
中国はそのシンガポールのノウハウを学ぼうと、さかんにシンガポールに調査チームを派遣して研究を進めている。中国でもエネルギーや交通など分野の主要企業は政府の傘下だけど、非効率のため赤字を抱えて苦しんでいるからだ。
Q シンガポールでは汚職が少ないと聞くけれど、中国では汚職は大問題になっているよね。
A シンガポールと中国の最大の違いは「法治」が徹底されているかどうかにある。シンガポールの「建国の父」で初代首相のリー・クアンユー氏は若い頃に欧米で教育を受けたエリートで、法律遵守と違反者への厳罰を徹底してきた。
中国ではいま「法治」の概念を政府や市民の中に定着させ、腐敗をなくすことが最大の課題の一つになっている。この点でも中国はシンガポールを意識しているようだよ。
Q いろいろな意味でシンガポールは中国のお手本というわけだね。
A もちろん大国の中国と小国のシンガポールとでは条件があまりにも違いすぎることも事実だ。ただ、自由経済のなかで独裁的な政治体制が生き残ったケースは世界にほとんどなく、中国は「シンガポールモデル」と呼んで学ぼうとしているんだ。
シンガポール 面積は710平方キロメートルで東京23区とほぼ同じ。人口約518万人のうち中華系が74%を占め、国語はマレー語。
1824年にイギリスの植民地となり、1942年からは日本軍が占領。65年にマレーシアから分離独立した。国民1人当たりGDP(国内総生産)は日本を上回る。
リー・クアンユー シンガポール独立前の1959年から90年まで首相を務め、その後も要職を歴任。現在のリー・シェンロン首相の父。89歳。
中国の汚職問題 中国国内で汚職で立件された公務員は2012年までの5年間に約22万人という。
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朝日新聞国際編集部 野嶋剛
1968年生まれ。92年に朝日新聞入社。シ ンガポール支局長、政治部、台北支局長な どを経て、現在、国際編集部次長。著書に 「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)「ふた つの故宮博物院」(新潮社)など。
2013年3月31日 |