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19nagaikazunagaikazu   mobile field brothelsは移動野戦慰安所なのか

takeo1219jpさん

 ありがとうございました。スーザン=ブラウンミラーのAgainst Our Willの日本語翻訳で、「移動野戦慰安所」となっているのは、原書では(たぶん)mobile field brothelsであり、さらにフランス語ではbordels mobiles de campagneらしいということですね。

 私がこの文章のタイトルを「mobile field brothelsは移動野戦慰安所なのか」にしたのは、インドシナ戦争時のフランス軍のmobile field brothelsが、日中戦争太平洋戦争時の日本軍の軍慰安所とはべつものであるということを言いたいのではなくて、はたして訳語として適当かという問題意識によるものです。実態において両者に大きな差はないと思っています。

 mobile field brothelsを直訳すれば、野戦巡回売春宿あるいは野戦巡回娼館です。それを実態としては同じだから、日本語の訳として「移動野戦慰安所」とするのは適当なのかどうか。というのは、前にも書きましたが、「慰安所」という日本語にはもともと「売春宿」という意味はありません。日本軍が軍用売春施設に「軍慰安所」という名前を付けたために、「慰安所」の意味が変形してしまって、「慰安所」=「軍用売春宿」という語義が(現在では)確定してしまったのです。

 占領軍を迎えるために日本政府米軍向けの特殊慰安所を設置したのは有名ですが、特殊慰安所の業者の協会である特殊慰安施設協会の英語訳(といっても日本側がそういう命名をしたのですが)はRecreation and Amusement Asociationでした。すうすると、この特殊慰安所の英語名はRecreation and Amusement Station またはRecreation and Amusement Centerということになります。けっして、日本側は、Military Brothels (for Allied Forces)などというそのものズバリの用語を使ったのではありません。

 また、日本軍が軍慰安所を設置した際に、「軍慰安所(事実上ノ貸座敷)」と認識されていたわけですが、公娼施設をさす当時の法令用語である「貸座敷」と使って「軍貸座敷」とか「軍娼館」とは命名しなかった。そうではなくて、当時の日本語の用法において性的な意味をほとんど有していない言葉である「慰安所」をそれに用いたのです。その結果、そこではたらく女性も本来ならば「軍娼妓」あるいは「軍酌婦」とよばれるべきであったにもかかわらず、「慰安婦」という本質をおしかくした命名がされたのでした。

 つまり、日本軍はその本質があわらにならないように、「慰安所」「慰安婦」という体裁をつくろった言葉を使ったのです。しかし、結果は逆で、現在では「慰安所」「慰安婦」といえば、軍用の売春施設以外の意味をほとんどもちえません。これは日本軍により作り出された、新しい日本語だといってもよいでしょう。ちょうど売防法ができたあとの、「トルコ風呂」「トルコ嬢」と同じです。

 なぜ、日本軍はそういう体裁をつくろった言葉使いをしたのか、その理由のひとつは、「慰安所」が軍の編成にくりいれられたからです。私の論文で指摘したように、軍の編成上は、野戦酒保に付属する慰安施設として慰安所は位置づけられます。そのような性格をもつ施設に、あからさまに「軍貸座敷」とか「軍娼館」という命名をするのは、軍としてはとうてい容認できないので、「慰安所」というぼかした名前になったのです。つまり、「慰安所」が「慰安所」と呼ばれ、「慰安婦」が「慰安婦」と呼ばれるようになったのは、それが軍の編成にくりいれられたからです。

 前にあげた1933年の混成第14旅団の時点では、まだその点があいまいであり、「軍慰安所」とは命名されるにいたっていません。そこではたらく女性も「娼妓」という通常の名前でよばれていました。

 クリスタ・パウル『ナチズムと強制売春』の日本語訳者はその「あとがき」で、上記の点にふれています。この訳者は、ナチスドイツはその軍売春施設を「現在もドイツで一般に使われているBordellという言葉で呼んだ。巷間にあるのと同様の施設としてそれを設けることを意図したのである。だから同じように国策の強制売春施設といっても、Bordellを「慰安所」と訳すのは適切でないだろう」として、「国防軍用売春宿」「SS売春宿」と訳し、「国防軍慰安所」「SS慰安所」という訳語は採用しませんでした。

 この訳者は、日本軍の「慰安所」および「慰安婦」という言葉については、その「言葉を創出することにより、軍の売春施設を天皇の強権の庇護下にある特別のものとして巷間の売春施設と区別し、強権を行使して運営を自他ともに認めさせ、かつその実態を隠すよすがともした」と書いています。つまり、「慰安所」という語には「実態を隠す」という面があり、そのような体裁をつくろうことすらしなかったナチスとは、実態において同一であっても、それを設けた側の性に対する意識がかなりちがっているという認識をもっているわけです。

 私は、この考え方のほうが、安易にmobile field brothelsを移動野戦慰安所と訳すよりも評価できるのではないかと思います。

 もっとも、誤解をうまないように、念をおしておきますと、実態としての慰安所がナチスドイツのそれやフランス軍のそれと異なる特殊なものであったと言いたいのではありません。

 なお、問題はフランス軍ナチスドイツと同様に、軍の公式の名称としてbordels mobiles de campagneという言葉を用いていたのかということです。もし、これが公式の名称だとして、それを使うことが軍にとって少しもまずくはなかったのか、そのあたりのことが関心をよびます。

返信2007/05/03 20:43:36
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