2007年06月26日
■重箱の隅をつっついた話『モンブラン１４９』４回目＜首軸の形状＞
さきほど、直木賞作家、重松清氏による「悠々として急げ 開高健 全４回」（ＮＨＫ教育テレビ 演出：千代木太郎氏）の放映が終了した。
久しぶりに懐かしい映像をみた。
それは「訪問インタビュー」というＮＨＫの番組で開高さんが師匠の井伏鱒二さんをたずねるという企画のワンシーン。
亡くなる６年前。５２歳の開高さんは、自らの師匠であった井伏鱒二に次のように問いかけるのである。
「書けないんです。机に向かう気力が出てこない。活力がない。どうしたらいいんでしょう」
お互いにそのとき、すでにかなりの量の酒が入っていたが、開高さんは真剣に、切実に、師に問うのだ。すると井伏鱒二は、
「書けばいいんです」
そうとしか答えない。開高さんは、不意打ちを食らったようだった。好々爺は飄々としているだけである。開高さんは訊きつづける。念を押すように。
「ただ書けばいい…。書けばいいというのは、い・ろ・は・に・ほ、でもいいんでしょうか」
「いろは、でもいい。書けばいい。とにかく書けばいい」
「書くというのは野蛮なことですけれども…」
「書けばいい。私も書けないときに、い・ろ・は、を書こうとしたことがある」
そのやりとりは禅問答のようだった。
いま改めて見て、胸がつまる思いがした。
撮影で、重松清氏が坐っていたカウンターは、赤坂一ツ木通りの「バー木家下」である。コ・カ・ゲ、と読む。
まだ１年経っていないむかしのこと。
写真集『開高健 夢駆ける草原』が出版されたお祝いに、開高さんがエッセイにも書いているスコッチウイスキー<サムシング･スペシャル>を引提げて赤坂の「あおば」に向かった。風が冷たくなり始めていた。写真家の高橋��さんは上機嫌だった。冬の味覚をいくつか頬張ると、高橋さんがこう言った。
「もう行こうか」
「どこへですか」
「連れて行こうか」
「どこへですか？」
「バー木家下にダヨ。先生の顔を見ながら飲もうか」
退院してリハビリ中だったこともあり、酒は控えていた。バー木家下には行ってみたかったけれど、あそこで飲むのは、なにがしかの文学新人賞を獲ってからと決めていたのだ…。
バー木家下に着いた。高橋さんが、
「足澤君は、角に坐りなさい。開高先生の指定席だったところに」
そうすすめてくれた。そこには、金色のプレートが埋め込まれていた。“Ｎｏｂｌｅｓｓｅ Ｏｂｌｉｇｅ”（位高ければ義務多し）。
酒は、飲まなかった。
もうすこし、先のことにした。
高橋さんの御友人も合流されて宴はにぎやかになった。旅の話、酒の話、万年筆の話など、語り、うかがい、笑い、思い出し、味わった。
そのときの様子は、そこにたまたまおいでになったジャーナリストの有田芳生氏によって綴られている。２００６年１１月２８日付けの「倉田真由美の弁明」という記事の、サンタクロースの写真横の文章である。よかったら、読んでね。（http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2006/11/index.html）
帰り際、高橋さんが、
「２００７年は、いい文章を、書いてください」
そうおっしゃってタクシーでお帰りになった。
凶と出るか吉と出るか…。
わたくしなりの文章をそろそろ…。
いま。
もう少しで…。
■重箱の隅をつっついた話『モンブラン１４９』４回目＜首軸の形状＞
モンブラン１４９の細部を比較検証する「重箱の隅をつっついた話」第４回目は首軸の形状を比較します。検証するのは、毎度のことですが、１９６０年代以降のモンブラン１４９です。
開高健モデルも含まれる前期型は「一体型」と呼ばれています。
これはペリカンＭ８００やＭ１０００と同じ様式で、ペン先部分をゆっくり回していく（素人はむやみやたらに回してはいけませんゾ。ニブとペン芯の位置関係がずれてせっかくの書き味が失われます！）と、首軸の内側からニブとペン芯が合わさったユニットが出てきます。
それに対して、現行品を含む後期型は「分離型」と呼ばれます。
首軸先端のラッパ状の部分は、上記の前期型「一体型」とは違って、ニブとペン芯とを合わせているユニットの一部が露出しているのです。
力を入れて回すと（回しちゃ駄目ダヨ。首軸にクラックが入る場合もあるのでネ）、ラッパ状の首軸の部分が外れます。
真ん中が開高モデル（７０年代後期から８０年代半ば）。
右が現行品。
首軸部分とインクビューの間にはネジ山が切られていますが、数えてみると次のようになっていました。
前期 ６山
後期 ７山
５０年代モデル １０山
前期型の首軸の中から、開高健モデルを見分けるポイントは、ネジ山が始まる前の部分に、首軸よりもひと回り太くなった筋状の部分があるかないかです。なければ６０年代モデル。あれば開高健モデルです。
次回は<ペン芯の違い>です。
この記事へのコメント
この一連の記事が、
開高先生を敬愛する気持ちと、
開高先生が最後に愛用された万年筆の型式とが
単純に結びつけられ、
同じ型式の物が忠誠心？の権化・象徴的存在として扱われ
珍重され投機の対象となるような風潮が生まれるきっかけに為るのではないか、
と、若干の危惧を抱いております。
どの様な物を愛用されていたのかの考察に時間を割くことは、
開高先生を知ることに本当につながるのか、
心配し疑問を感じております。
勿論、分類学的には興味のある事象です。
仕様の変遷を詳細にわたって記録された物はないと思いますので。
先生はモンブランを愛用されていた。
そして「その万年筆は、今でもあの場所にある。」
ただそれだけで良いのではないか、と思います。
私の価値観を押しつける物ではありませんが、
いわゆる業界と接点がお有りの足澤さんであればこそ、
矜持と思慮深さが求められるようにも思います。
とまぁ堅苦しく書きましたが、
私も、足澤さんのご紹介で開高先生と同フォーマットの名刺を作って喜んでおりますので、偉そうなことは言えませんね。
文字数の関係で、連投になりましたこと、ご容赦願います。
失礼いたしました。
危惧していただき、
御助言と御忠告をいただきましたことに
まず御礼申し上げます。
私の文章表現力の乏しさから、
stylustipさんにいろいろと御心配をおかけし、
また思わしくない風潮になるかもしれないと
心を痛めていただいたようですが、
あえて申しますと、
『先生はモンブランを愛用されていた。
そして「その万年筆は、今でもあの場所にある。」
ただそれだけで良いのではないか』と、
私は思っていないのです。
開高作品は
「売れない」「知っている人が少ない」
という理由で出版社での絶版が相次いでいます。
単純に、商品価値がない、と決め付けられているのです。
憲法改正が現実のことになりつつある今、
何かを考える上でヒントとなる作家が開高健だと
私は思っています。
戦争を知らない私たちは、
先人たちが書き残したものを、
よく読み、よく考えるしかありません。
文学というものを圧倒的多くの人たち、特に日本人が、
毛嫌いする風潮があるなかで、
入り口はどこでもよいのです。
とにかく、まずは、開高健の世界の入り口に立ってほしいのです。
開高健という小説家ほど、
わかりやすそうでわかりにくい作家はいないと思っています。
stylustipさんは、
「モノに対して深い考察をされ、
愛情を注いだ先生ですが、
どの様な物を愛用されていたのかの考察に時間を割くことは、
開高先生を知ることに本当につながるのか、
心配し疑問を感じております」
と書かれておられますが、
私は、まったく正反対の考え方なのです。
『生物としての静物』というエッセイ集を発表している、 という事実と関係があります。
伊丹十三さんもそうですが、
開高さんも、あるモノを好きか嫌いかでは筆をとっていません。
大量生産大量消費、ブランド品に対する盲目的な信仰など、
日本人特有の薄っぺらい消費行動に警鐘を鳴らすところがあるわけです。
１４９の細部を比較検証するという作業は、
当初から私の頭の中にはありませんでしたが、
最近のモンブラン社の、あまりにいいかげんな、
あまりに消費者を馬鹿にした販売戦略・販売方針に、
（これについては近々書き記したいと思います）
怒りを感じてたというのが、本当のところなのです。
書き、発表したものは、独り歩きを始めます。
私が意図した方向とは違う方向へもし行ったのなら、
またその時に必死になって、そうじゃない、と訴え続けます。
多少は、誤解をされても、
ある本意のために、あえて、あることを書き続けるかもしれません。
みなさんのコメントや御意見をよくうかがって、
今後も多くの方々に面白がりながらお読みいただける文章を
掲載してまいりたいと思います。
stylustipさん、ありがとうございました。
勿論、「生物としての静物」は存じております。
また、確かに、近年 開高先生の著作は入手しにくくなっているようです。
開高先生や作品へのアプローチの仕方として、万年筆を切り口に
と言うこと自体に異を挟むつもりはありません。
残念ながら、私には詳細仕様への記述が、開高先生と、
どうつながるのかが理解できていないのです。
本当に訴えかけたいことがお有りで始められたとのこと。
ならば、事の成り行きを見守らせていただきたく思います。
有り難う御座いました。