2013年4月1日(月)

混迷のシリア 荒廃する子どもたちの心

野田
「世界の扉です。
今日(1日)は混迷が続くシリア情勢についてお伝えします。
反政府デモが始まって丸2年が過ぎましたが、アサド政権と反政府勢力との戦闘は首都ダマスカスに及び、激しさを増しています。
国連による調停はうまくいかず、事態打開の糸口は、今も見つからないままです。
この間、シリア国内で生活する人々は戦闘に巻き込まれ、幼い子どもたちの生活や心にも大きな影響を与えています。
まずは、アレッポに住む少年とその家族の暮らしぶりをオーストラリアABCのリポートでご覧下さい。」

シリアのアレッポは、今も人々が住む最古の都市の1つです。
かつては商業都市として繁栄した、活気あふれる町でした。
今は地獄のようなシリア。
中でもアレッポは最も危険な場所の1つです。


アレッポでは、学校に行くのにも命賭けです。
イブラヒム君が通っていた学校は空爆で破壊された為、臨時の教室へ通っています。

イブラヒム君
「勉強したいのに、この2年は無駄になってる。」

母親 エイシャさん
「あの子が通学途中に空爆に巻き込まれないか心配です。」




通学には生徒の強い意思が必要ですが、それは教師も同じ。
イブラヒム君が通う臨時学校の教師アフィフさんが、荷物をまとめています。
爆撃から逃れるため、絶えず移動を繰り返しているのです。

教師 アフィフさん
「狙撃される可能性が99%はあります。
ここら辺は狙撃手だらけですよ。」

今日の授業は現代アラビア語。
イブラヒム君は久々の授業に真剣です。
しかし授業は強制的に終了。

現地リポーター
「この爆発は政府軍の爆撃によるものでした。
爆発による破片は学校の近くまで飛んできました。」

内戦による破壊は町並みだけではなく、子供たちの心にまで及びます。
イブラヒム君たちは1週間前に起きた恐ろしい現場へ案内してくれました。

イブラヒム君
「大きな音がした現場に来てみたら、解放軍の兵士が瓦礫の下敷きになってたよ。」

さらに幼稚園からの親友が、空爆により彼の目の前で殺されました。

イブラヒム君
「病院で死んだよ。」

父親 ゼイン・アル・デインさん
「息子の心には恐怖とともに、“復讐”という残酷な心が芽生えています。
学校に行けないことより、そちらの方が心配です。」



しかし、アサド大統領が退陣しても、彼に代わる指導者がいないのが現状です。
今はっきりと言えることは、若い世代が戦争という泥沼にどっぷり浸かっていることです。
シリアの将来を担う子供たちは、出口の見えない戦争の真っ只中で人格が形成されています。

イブラヒム君
「僕が恐れるのは、天国の神様だけ。
もう“心はいらない”、そうすることに慣れたんだ。
今の音聞こえた?」

混迷シリア 市民生活の現状は

野田
「スタジオには、中東情勢にお詳しい、放送大学教授の高橋和夫さんにお越しいただきました。
シリアの市民生活、ますます厳しくなっているというのは間違いないと思んですけれども、シリアからのリポートは、今のように反政府勢力側の視点で取り上げられることが多いんですが、アサド政権を支持するアラウィー派の市民や反政府勢力に対する市民感情というのは、全体に見るとどうなっているんでしょうか?」

放送大学教授 高橋和夫さん
「まず、経済全体の影響をお話しますと、これがシリアのお金で、100リアル札なんですね。
1ドルが50リアルだったんですよ、かつては。
ですから、これを1枚持っていけば、2ドル頂けたんですね。
ただ、今は1ドルが70リアルぐらいになってますから、これ1枚持っていっても1ドルと半分くらいしかもらえないと。
だから輸入物価は着実に上がっているということで、国民全体の暮らしは悪くなっている。
それから、反政府勢力の支配地域は広がっているんですけれど、難民の数がどんどん増えてますよね。
ということは、反政府勢力の支配下に入った国民はやっぱり満足してない、危ないと思って逃げ出しているということで、必ずしも、反政府勢力が押さえたからそこの住民が支持してるというわけではない。
逆にアサド側なんですけれど、アサド政権の支持母体であるアラウィー派の拠点と呼ばれてる北部の山岳地帯では治安の悪化は、それほどは伝えられていません。
ただ、この内戦でたくさんの兵士が亡くなってますから、アサド支持派のあの地域では、たくさんの葬儀が行われて、悲しみに満ちた地域になっているという報道が流れています。」

政権側と反政府勢力 きっ抗の現状

野田
「戦闘状況でいきますと、一時、アサド政権崩壊の可能性も指摘されてたんですけれども、実際、内戦は長期化していると。
戦闘におけるアサド政権と反政府勢力側の現状というのはどういうふうに見たらいいでしょうか?」

放送大学教授 高橋和夫さん
「この騒ぎが始まる前はシリア軍、アサド政権側は正規軍30万人、予備軍30万の兵力を持ってたんですね。
今はかなりその何分の1かに落ち込んでると思います。
逆に反政府勢力側は海外の支援を受けて、力を増しているという状況だと思います。
政府側が押さえてる地域がグリーンの地域ですね。
ここら辺がアラウィー派の拠点になって、反政府側の勢力はピンクの地域を押さえていると言われてるんですけど、勢力がきっ抗してるところもあって、なかなか一進一退という状況が続いているということになります。」

野田
「全体で見れば北の方から、反政府勢力の勢力圏が拡大してきているというふうなことでしょうか?」

放送大学教授 高橋和夫さん
「次第に反政府勢力の力が強くなってきていると思うんですね。
外交的に大きな反政府勢力側のヒットだったのが、26日に行われたアラブ連盟の首脳会議で反政府勢力の代表が正式な代表の議席を与えられたんです。
アラブ連盟に関して言えば、もはやシリアを代表するのはアサド政権ではなくて、反政府勢力ということになったわけです。
そしてさらに、すでに起こっているんですけれど、軍事支援を強めようというのがアラブ連盟の動きです。
実際にはすでに旧ユーゴスラビアで使われた武器など、大型な兵器がトルコ経由で反政府側に入っているというふうに見られています。
ただ、武器はどんどん入ってくるんですけど、反政府勢力側にも一体感がないというか、アメリカやヨーロッパの支持を受ける比較的、イスラム的には穏健な人たちと、そうではない、サウジアラビアやカタールの支持を受ける過激な人たち、その間の足並みの乱れというのが目立っています。」

今後のシナリオ (1)アサド政権の復権

野田
「そうした中で今後、シリア内戦の終結にむけたシナリオというのはどういうふうに思い描いていますか?」

放送大学教授 高橋和夫さん
「私の頭の中には3つあります。
理論的にあるものも含めて言いますと、まずはアサド政権の復権ですね。
アサド政権側が力で反政府側を叩き潰して、そのかなりの部分を民主化というかたちで包含するというかたちのシナリオが1つ描けるんですけれど、ただ、反政府政権側
、だんだん強くなってます。
国際的な認知も受けてきました。
これまでに流れた血の量などを考えるとアサド政権がふたたびシリア全土を掌握するというシナリオは描きにくいかなというのが正直なとこですね。」

今後のシナリオ (2)反政府勢力の統治

放送大学教授 高橋和夫さん
「逆に今度は反政府勢力が勝ってしまうということですね。
反政府勢力がシリア全土を支配するというシナリオも当然あるわけですね。
ただ、アサド政権側はまだ非常に強力な手段も残してますし、そういう意味では反政府勢力の足並みの乱れも考えますと、反政府勢力が本当にアサド政権を倒せるのかというのはかなり疑問で、やはりリビアで起こったようにNATO軍の介入だとかいうシナリオがないとちょっと難しいかなと思うんですね。
ただ、アメリカのオバマ政権も国民も、もう戦争はこりごりだと、イラクで懲りたと、アフガニスタンで懲りたという感情があって、海外からの大規模な支援によって反政府勢力がシリアの全部を統一するというのもかなり難しいという状況かなと見てます。」

野田
「直接な地上戦への介入は難しいということですけれども、今、欧米で武器を供与するかどうかということでかなりもめてますが、仮に武器を供与すると、NATOなりが、その場合はかなり反政府勢力、有利と働くことになりますよね?」

放送大学教授 高橋和夫さん
「議論は、武器を供与しようというフランス、イギリスの議論とやはり慎重のアメリカの議論で、というのは、与えた武器が将来自分たちに向けられるかもしれないと。
反政府勢力がどういう人たちかよくわからないという議論があるからなんですね。
逆にアサド政権側にはすでに、イランがいろんなかたちで支援してます。
イラン自身も経済制裁を受けているわけなんですけれど、その中でイランも支援してると。
ですから、ただ、これ以上の支援がイランに可能かという状況もありますから、反政府勢力側もアサド政権側もやはり決定打を欠いているという状況だと思うんですね。」

今後のシナリオ (3)分割統治

放送大学教授 高橋和夫さん
「最後はやはりどちらも勝てない、今の状況がずっと続くということになれば、シリアがバラバラになってしまうんじゃないかというのが描けるシナリオですね。」

野田
「具体的にはどういうシナリオ?」

放送大学教授 高橋和夫さん
「将来を見るときに、参考になるのは過去なんですね。
過去がどうだったかというのを見ておきたいんですけど、地図で押さえてみますと、フランスが統治していた時代、シリアという国はシリアというイメージがあるんですけれども、フランスが統治していた時代はアラウィー派の地域、今のレバノン、そしてアレッポを中心とする地域、ダマスカスを中心とする地域、さらに少数派のドゥルーズの地域というふうに比較的緩やかな連邦国家のような自治がフランスの支配下で行われていたんですね。」

野田
「これは各民族ごとに別れているという理解でいいですか?」

放送大学教授 高橋和夫さん
「アレッポとダマスカスは同じスンニ派の地域ですけど、2つの主要な都市を中心に分かれている。
ですから、こういうところに戻ってくるという可能性があって、しかも今はダマスカスにいますけれど、アサド政権というのはもともとアラウィー派、この山間地帯の出身ですから、いざとなれば、こちらに戻って戦い続けるというシナリオもあるわけですね。

それにもう1つ、これに出てこない民族というのがあって、それは北部のクルド人です。
クルド人の場合は北部に住んでいると同時に、イラクにもそしてトルコにも住んでいるんですね。
トルコのクルド人の軍事組織が今、トルコ政府と停戦に入りました。
イラクではクルド人の地域が自治を享受して、非常に栄えているんですね。
こういうクルド人の動きというのが将来中東全体を見るときに、1つの焦点となると思います。」

野田
「これは誰がリードして、実現するとすれば、こういうかたちになるんでしょうか?」

放送大学教授 高橋和夫さん
「おそらく誰もリードしないということで、現実をそのまま受け入れるということになると思うんですね。
ですから、状況が良ければ、かつてのユーゴスラビアのような、チトー大統領が支配していたような連邦国家で、状況が悪ければ、かつての内戦時のイラクのようなバラバラな状態になるという2つのシナリオが考えられるわけで、安定した時代のアサドの中央集権国家のシリアに戻るというシナリオは想定しにくいですね。」

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