大河ドラマ「平清盛」

ホームへもどる

清盛を演じる、松山さんの印象を聞かせてください。

演じているときもそうですが、ふだんでもとてもクリアで真っすぐな目をしていらっしゃいます。もちろん(私は)ウソはつきませんが「この人には絶対ウソをついてはいけないな」と思わせる、とてもきれいな目をされています。
清盛を演じていらっしゃるときも、その真っすぐな目で、クリアな空気を放っていらっしゃいます。そして、成長した清盛を見ると、なんだか幸せな気持ちになります。ふとした瞬間に、父である忠盛の空気感が重なってみえることすらあります(笑)。

宗子と子どもたちの関係は、物語の展開に大きな影響を与えています。

子供時代の平太と平次から松山さんの清盛、大東さんの家盛に代わったときも違和感がなく、私のなかでお二人がそのままきちんとつながりました。あんなに小さかった子たちがこんなに大きくなったと自然に感じられました。
息子たちとのシーンでは、それぞれの息子と交わす短い会話のお互いのひと言ひと言が、その後のストーリーに全部つながっていて、全部影響し合っていて、全部重い。でも、そこに母と息子たちの密接な関係がかいま見える瞬間なので、演じていてうれしいです。

家盛と最後の会話を交わすシーンでは、桜が舞っていたのがとても印象的でした。

はかない家盛の命を象徴するかのように満開の桜が舞っていましたね。最後の家盛とのシーンは、とても切ない思いとともに撮影しました。まさか、そんなことになるとは思わないまま次に会えたときには、言葉を交わすこともできない。しかも家盛のなかには母親を笑顔にさせたいという思いがあったと思うと・・・。
家盛と宗子が言葉を交わすシーンで、私が自然と母である宗子の顔になれたのは、大東さんが演じる家盛だったからだと思います。

第十五回(4/15放送分)の清盛に「家盛にさわるでない!」と言い放つシーンは、どのような心情で演じられていましたか?

子どものころの清盛の頬をたたいたときもそうですが、あのシーンも演じていてつらかったですね。
でも、根っこのところでは血のつながりのある家盛と、血のつながらない清盛だからということでは、きっとないと思います。家盛の死を受け入られず、その原因はさまざまなことを背負わせた自分にあるという負い目を強く感じている、理性ではどうすることもできないほど、取り乱した深い母の悲しみだったのではないかと思います。

また、第十五回では舞子の鹿の角をたたきつけるという、宗子のさまざまな思いが交錯するシーンもありました。

清盛の生みの母である舞子さんという女性がいて、それは忠盛の心のなかにもずっと残っている存在です。
忠盛のもとに嫁いだときから、舞子さんのことも清盛のこともすべて受け入れていたはずですが、鹿の角が出てきてからは、奥底に沈んでいた感情が顔を出したのでしょうね。
私自身も第一回の放送で忠盛と舞子のシーンを見たとき、少しやきもちをやきましたし(笑)。

でも、舞子はこの世にもういないので、宗子としてはどうすることもできない。そのどうにもできない思いを抱えて、宗子はどう動くのか?立ち止まるのか?前に一歩出るのか?
監督の柴田さんとも相談させていただき、宗子を演じる私を中井さんにしっかり受け止めていただきながら撮影に臨みました。
家盛を亡くし、忠盛の亡き後、宗子が出家したことは「どうして宗子は出家したの?」という疑問は私のなかにはまったくなくて、とてもふに落ちました。(第十七回より出家して池禅尼となる)。これまで重ねてきた出来事を自分のなかにすべて受け止めて生きていく道を選んだのだと思うのです。

それは、清盛との関係においても同じですか?

清盛(当時は平太)の頬を打って以来、宗子と清盛の間には微妙な距離があって・・・。
ふだんは「おはようございます」や「お疲れさまでした」と松山さんと普通にごあいさつやお話をしていますが、いざセットのなかに入ってお芝居がはじまると、宗子と清盛はちゃんと目を合わせることができない場面が多く・・・。
家盛とは目を合わせて話せても、清盛とは目が合わない、合わせられない。それが、あの曼荼羅(まんだら)のシーンで、やっときちんと目を合わせられる瞬間がやってきました。
うれしかったです。
ここにたどりつくまで、第十五回までかかりました。本当に長かったです。とても苦しかったですが、やっとここまで来たんだという思いです。今では笑顔で目と目を合わせて話をする場面もあって、演じていてもとても幸せな気持ちになります。

ありがとうございました。
←もどる
ページトップへ↑