HOME > FEATURE > ぼくらをとりまく 2012 > 古賀茂明×小林武史「いま日本人の生き方が問われている」
わたしたちが「顔と言葉を持った官僚」として認識できたのはもしかすると古賀茂明さんがはじめてだったかもしれません。大勢に流されることなく霞ヶ関の中から声を挙げた硬骨漢。長らくラブコールを送っていた古賀さんに、ようやくお会いすることができました。
小林 古賀さんは僕にとってはとても大きな存在で。
古賀 いえいえ。ウェブをちょっと見させていただきましたが、僕なんかより立派な方がたくさん並んでいましたけど。
小林 いや、そのなかでも古賀さんはね、3.11以降にいろんな動きがあったなかで、内部から告発するという形で経産省をお辞めになったというのはすごくエポックメイキングというか、ひとつの時代が変わった瞬間だったように思います。ご自分ではどうお考えだったんですか?
古賀 自分としてみると、経産省の官僚として以前から原発のことだけじゃなくいろんな改革に着手してきたつもりなんです。小泉(純一郎・元首相)さんの頃までは、まだ改革派の官僚も結構いたんですよ。我々は、時代の一歩先を行っているような感じでした。あとから時代がついてくるというか。一方でその頃から、逆に官僚は反改革で固まって行くんですね。
そして、小泉さんがいなくなった途端に重しが取れたように逆に動きはじめた。結局僕らだけが孤立していくみたいな感じでしたね。多くの同士が霞ヶ関を去っていきました。その流れの中で3.11が起きたんです。
小林 そんなタイミングだったんですね。
古賀 そうなんですよ。だから自分としてはエポックメイキングなんてことじゃなく、止むに止まれずというところでした。そうしたら思いのほか反響が大きかっただけで。だから動機としては、このままではまたどんどん時代が逆戻りするぞ、という思いだけです。
小林 そうなんですね。あの頃は僕らのような素人でも、現体制を変えたくないという動きがそこかしこでいろんなことを阻んでいるんだってことは感じられました。
古賀 3.11のあと、3月末にメガバンクが揃って東電に融資しましたよね。その裏では経産省が糸を引いていたんですが。あの時の客観的な状況からいえば、メガバンクはみんな目をつぶったまま融資してるようなものです。
小林 いわゆる原子力政策とかエネルギー政策ってだけじゃなくて、日本特有の「和を以て尊しとなす」の悪い部分ですよね。もっとこの依存体質を変えていかなきゃいけないんだと思ってるんですが。
古賀 そうですね。それと、今までの既得権益の構造を何とか維持しようという気持ちですね。知らず知らずのうちに、みんなが昔の路線に引き戻されていくというか。
小林 政治的には3.11以前も既に相当なところまで来ていましたよね。管政権の支持率が16%くらいで、首相を変えてもなにも変わらないという意見が40%とか。
そんなかんじの世論調査をみたときに「ここまできたか......」と思った記憶があります。
古賀 やっぱりみんな政治に対する期待がなくなっちゃったんですよね。僕はその根本として、『自民党に4つの大罪がある』と言ってるんです。ひとつは、自民党政権の間に900兆円借金を積み上げたこと。2つめは少子高齢化。昔からわかっていたことなのに何も対策をとらないで放っておいた。そのせいで社会保障は持続可能性がなくなって、いまさらどうするのっていう状況になっています。3つめは経済が壊滅的なところまできてしまったこと。本来、日本は潜在的には技術もあり人もいて、民間にはお金も余ってて、人々が自由に努力できるようにしていれば成長できるはずだったのに20年間ぜんぜん成長してないですよね。そういう成長できない経済をわざわざ作っちゃったのが自民党政権なんです。4つめは原発です。こういったいまの状況は全部自民党の責任ですよ。
小林 あらためて考えると本当にそうですね。
古賀 20年間、何の進歩もなく停滞してきて、たまたま"消えた年金問題"のようなことが出てきて一気に国民の支持が民主党に傾いたじゃないですか。この時期はみんな結構、政治に期待したんですよね。
小林 そうでしたね。政治が変わるんじゃないかっていうムードはたしかにありました。
古賀 でも、フタを開けてみたら政治が変わるんじゃなくて民主党が変わっちゃった(笑)。けっきょく自民党がやっていたことを全部引き継いじゃってるんですよ。そんな中で3.11が起きたんです。だから、本当はここで目を覚まして「やっぱりいけなかったんだ」って誰もが一瞬思ったんですよね。「もう変わるんだ」って。
小林 みんなそう思いましたよね。
古賀 それがけっきょくまたダメだ、と。そうなると国民にしてみたら「僕たちなんだったんだろう、あれだけ一生懸命投票にいったのに」みたいな失望感、ですよね。
小林 ええ。個人的に3.11以降いちばんショックな出来事が、野田総理の「この国に原発は必要なものですから」という(大飯原発)再稼働決定の会見での発言でした。こんなこと言っちゃいけないのかもしれませんが、あのときばかりは野田さんが田舎芝居の役者に見えて......。
古賀 自民党の人ってしゃべってる時に嘘ついてるのが結構苦しそうに見えるんですけど、民主党の人ってほんとに平然と嘘をつくんです(笑)。
枝野さん、野田さん、細野さんとかね、しゃべってる時に意識の中に悪意とかまったくないのかなって思いますけどね、でもほんとはいろんなこと考えてしゃべってるんですよ、あの人たちって。
小林 たしかにそうかもしれませんね。喉元過ぎたらこんなふうに平気な顔でやってしまうんだなっていうのがすごくショックでしたね。
古賀 「あなた電力足りなくて困っているでしょ? だから動かしてあげます」っていうね、非常に表面的な、今現在の自分たちの利益を優先しましょうって言ってるだけの話なんです。そんなことはバカでもできるんですよ。政治はそうであってはいけないんです。難しいかもしれないけどなんとかしてみんなでそこから抜け出す道を探し出しましょうと、哲学を示し、国民を説得して引っ張っていく、それが政治家の役割だろうと思います。
小林 このあいだあるアーティストが僕らの世代を「恥知らずの世代」と表現していたんですが、これはその「恥知らずの世代」をどこまで続けるのかっていう話なんだなと思いますね。僕のまわりにもそういう発言をする人が増えてきています。正直、ここのところこの国はあまり正々堂々とした国じゃなかったですから。
古賀 日本人の生き方がいま問われているんだと思いますね。僕は原発っていうのは技術的に見て何が出来るとか、電力が足りている足りていないとかコストが安い高いとかそういう問題じゃなくて、『倫理的に悪だ』と言ってるんです。技術やコストのその一歩手前に倫理的な悪がふたつあって。ひとつは、一旦事故が起きるとその被害を被るのは我々だけじゃなく世界中の人たちであるということ。もうひとつは、使用済み核燃料の問題が解決できないということ。どちらもいま生きている我々の利益のために、距離的に遠く離れた人たちや、先々の世代の人たちにリスクを押し付けてしまっている。他人の犠牲が前提になるというのでは自分勝手であるし倫理的に悪でしょう、と。
そしたらまずやめましょうっていうのが普通ですよね。それを四の五の理屈を付けてやっぱり必要だっていう話ばかりしているわけでしょう?
小林 そうですよね。この国の政治家は経済のために動いているだけ。そうとしか見えない。あの野田さんの発言もそうだけど、経済の理屈で言えばたしかに1年、3年、5年っていうところで語るのもわからないではない。ただこれは次の世代に我々がどういう思いを持って何を渡せるかっていう話です。こんなに危ない橋をたいした覚悟もなく渡ろうとしていたんだということがいまわかって、それでもこれからもその危ない橋を渡り続けるかどうかということですよね。ましてこの国の歴史を思えば、本当にそれだけじゃなくて、沖縄の基地問題もそうですし、いつまで誰かを犠牲にして続けていくのかということ。だから、もうちょっとちゃんと覚悟を持ちながら生きていくことを選択しないとダメなんじゃないのっていうふうに思うわけですよ。そういうところで古賀さんも、"日本人の生き方"を示されたひとりだと思うし。
古賀 でも僕からすると、日本政府がずっとやってきたことを見てるとむしろ「経済を優先している」とは思えないんですよ。
経済をよくしたいんだったらもっと違うやり方あるんじゃないかと思うんです。日本って「成長戦略」っていうじゃないですか。あれ、毎年作るんですよ。でも普通の国ってそんなのないんです。
小林 そうなんですか。
古賀 だって成長戦略ということは、普通は5年とか10年計画で考えるでしょう? それを日本は毎年作ってるんです。なぜなら総理が毎年変わっているから(笑)。総理になるとみんな「俺の成長戦略がほしい」って言うんですよ。しかも、計画は官僚が作るから即席ですぐできる。同じ人が作るからよく見るとどの総理の成長戦略もけっきょく同じことが書いてあって。
小林 (笑)。
古賀 でね、そういうときに"成長する三分野"ってよく言うんです。「農業」と「医療」と「再生可能エネルギー」。成長するってこと自体は当っていると思うんですけど、ところが農業も医療もエネルギーの世界も、このみっつは揃いも揃ってまったく自由に活動できない分野なんです。
小林 そうなんですよね。僕らも農業法人を作ったんですが。まあすごいですよね、いろんなハードルがあって。まあ農地の税制優遇なんかがあるから、よこしまな気持ちで農業に入ってくるのを抑える必要があるというのもわからないではないんですが。
古賀 農地として持っているとほとんど税金がかからないんですよね。で、農家からすると、何かの拍子にそこに道路が通るかもしれないし、工場なんかがくるかもしれない。そんなことでべらぼうに儲かったって人がたしかにいるぞ、と。そうなると、農地は宝くじと同じなんですよね。
小林 なんだかそうみたいですね。
古賀 世界中でこんなに食糧が足りないって言ってる時に、農地持っているのに耕さないなんてね。本気で農業やろうとしている人に貸すなり売るなりすればいいのにと思いますよ。
小林 農業ってじつはクリエイティビティの高い仕事だから、音楽やスポーツなんかとおなじ楽しさがあると思います。そして、良い農家さんになるには向き不向きもかなりあるといいますよね。
古賀 でも、農家はいったん農家に生まれさえすれば一生農家です。畑なんて耕していなくても農家なんです。休耕田っていっぱいありますよね。たいてい一家の大黒柱が会社に勤めたり公務員などで給料をもらって、奥さんとかおじいちゃんおばあちゃんが暇な時に耕していればそれで農家だと認められてしまう。
でも、そんな片手間な農業ですから当然赤字にもなりますよね。そうすると、その農家は戸別所得保障といって赤字を補填してもらえる。これはもちろん税金から出るお金です。
小林 そうなんですよね。僕らは農業を単なる金稼ぎとは捉えていません。一貫して言ってるのは農業の尊さです。命の循環がもっと見える社会になったほうが人間は絶対に幸せになれると思っているんです。
古賀 ええ、何でも見えるようにするっていうのは大事ですよ。農家への戸別所得補償に使われている税金だって、もちろんお金持ちが払った税金もあるけれど、ワーキングプアと呼ばれる若者から集めた税金だってあるわけで。第二種兼業農家の平均所得は一般のサラリーマンの平均所得よりも高いんですよ。そんな彼らに補助金が出ている。そんなの続くはずがないし、おかしいと思いますよね。
小林 本当にそうですね......。そういう「おかしいと思うことは変えていく」ということに関して、相当の期待と関心と不安をもって注目されているのが橋下(徹・大阪市長)さんだと思うんですけど、ズバリどうなんですか?(笑)。
古賀 橋下さん? 大阪維新の会は進化形ですよね。たぶんね。まだ、最終的な政策が固まってないからよくわからないところもありますけど。
小林 言える範囲でいいですよ。
古賀 ええ、そういうの僕は言っちゃうんです。
小林 じゃあ是非。
古賀 橋下さんはとにかく『自由競争』だと言いますよね。そうすることで成長するんだっていうことなんですけど、それだけだと、弱肉強食の世界、経済が全て、みたいな話になりますよね。でも、そこで終わっちゃダメだとは思います。成長は必要なんだけど、それは何のためなのか、そこからどこに回っていくのかっていう、そこが重要じゃないですか。
小林 具体的にはどういうことですか?
古賀 けっきょく今の経済至上主義のような状況は、既得権益を持っている人たちにとってはいい政治/経済なのかもしれないんですが、日本全体としてみると健全性や成長性は失われてしまっているんです。成長したあと、それをどうやって分配するか、そこが問題なんです。
現状ではその分配の仕方がおかしいんですよ。農家だから、高齢者だから、中小企業だから、公務員だから、ということで十把一絡げで保護する仕組みになってますよね。それでいて、本当に可哀想な人たちにお金が回らない。あるいわ、本当に頑張りたいと思ってる人たちをサポートできていない。橋下さんにそういう話をずいぶんしてるんですよ。維新八策にはいろんなことが書いてあるんだけど、その中に「ベーシックインカム(最低生活保障)的な考え方を導入」とか「真の弱者を徹底的に支援」というような文言が入っているのは、何のために成長するのかということを課題として考えていることの表れかなと思っています。 でも、もう少し哲学的なところを強調してもいいのかなという気はしています。
小林 官僚出身の古賀さんにお訊きしたいのが、「脱官僚」や「政治主導」ということです。これはよくいわれることではあるんですが、いつも「なかなかに難しい」というところで終わってしまっているような気がします。そこに向けてまっとうに進んでいけるベクトルというのはあるんでしょうか?
古賀 政治家もマスコミもそうだし一般の国民にも錯覚があると思うのが、みんな「官僚は優秀である」と思っているんですよね。だけどこの命題がいまぜんぜん成立していない。22,3歳で東大法学部を出て国家公務員の1種試験などに合格する。そういう意味ではたしかに優秀ですよ。でも「そのときは」なんです。そこから官僚が幹部になるのに30年かかるんです。30年前に優秀だった人間が30年後も優秀かというとそんなことはないでしょう?
小林 たしかにそうですね。
古賀 ある種の素質は持っているにせよ、その素質も今の時代には合わないんです。官僚というのは受験を勝ち抜いてきた人たちですから、決まったルールのなかで答えを出すのは速くて優秀です。でも、いま求められているものというのはちょっとやそっと考えたくらいじゃ答えが出ないようなものばかりです。これまでに学んだルールや規則性をいっかいチャラにして、白紙から物事を考えることが必要なんですが、これが元受験生である官僚の最も苦手とするところなんですね。僕自身、小学校のときに「思ったことを自由に書きなさい」というような作文がすごく苦手でした。「×××について書きなさい」と言われればもっともらしいことは書けるんですが、「あなたはなにが書きたいのですか?」といわれると、それがいちばん難しい質問のように感じるんですね。同様に、今の官僚に求められているのは社会保障にせよ安全保障にせよ「パラダイムが変わったのでゼロから考えなさい」ということなんです。でも官僚はそのやり方を知らないんですよね。
小林 じゃあ、どうするんですか?
古賀 過去の資料を全部読むんですよ。
小林 過去の資料?
古賀 ええ。例えば「新しい法律作りましょう」となれば、みんな書棚からいろんな昔の資料ひっぱり出してきて机の上にうずたかく積むわけです。それを丹念に読みながら「こういうケースではどうだった」「あのケースではこうでした」という一覧表を作って「じゃあこれとこれを組み合わせてこれですね」みたいな感じですね。せいぜいちょっと修正するところにオリジナリティが入るくらいです。だから、トヨタには世界中から工場見学に来ますが、日本の政府にどこかの政府が勉強に来るなんてことは絶対にありませんね。
小林 それはちょっとなさそうですね。
古賀 だからね、日本が「いかに遅れているか」ってことなんです。いろんな新しい仕組みを取り入れるのに日本が先頭ということはほとんどないですよ。だいたい20番目とか30番目で、順番としては先進国の終わりのほう。下手すると40番とかで、そうなるとすでに途上国に先を越されています。だからね、そもそも官僚ってそんなに優秀じゃないんですよ。バカとはいわないですし、なにも官僚が悪い奴らというわけでもないんです。結局は普通の人ですよ、官僚っていうのは。そこをまず認識しないと「脱官僚」もなにもないと思うんですよね。
小林 若くて優秀な人間が官僚を目指さなくなっているというのもあるのでしょうか。
古賀 特にアメリカなどはソーシャルビジネスなどの分野を目指す若者が増えていますよね。スタンフォードみたいなところでその傾向が強い。日本でも東大法学部を出た人間からそういう動きが出て来るとよいですよね。お金だけじゃなく社会に役立つことを志すというのは、ある意味で成熟した社会の証でもありますから。
小林 そういう分野はこれからもっと伸びていくと思いますね。
古賀 でもこれは相当クリエイティブな世界ですよね。本当は若い人だけじゃなくて僕らの世代で能力のある人も、どんどんそういう世界に入って作っていけばもっといろんなことができるだろうなと思うんですね。だから、若者にがんばれって言うだけじゃなくて、僕らの世代からもそういう人たちが出てきて、今までと違うことをやるのが格好いいじゃないという世界に......なりますかね?(笑)
小林 なるんじゃないでしょうか。僕らも横のつながりを持ってチャレンジしていきましょうよ。
古賀 そうですね。小林さんの真似はとてもできないけど、僕も何らかの形で、そういう世界を作るお手伝いができたらいいな、と思います。
小林 ぜひこれからもいろいろと意見を聞かせてください。今日はどうもありがとうございました。
古賀茂明
1955年、長崎県生まれ。1980年、通産省(当時)入省。産業組織課長、OECDプリンシパルアドミニストレーター、(株)産業再生機構執行役員、 経済産業政策課長、中小企業庁経営支援部長などを歴任。2008年7月、渡辺喜美行革担当大臣の要請で国家公務員制度改革推進本部事務局審議官に就任。急進的な公務員改革を推進。2009年秋の民主党政権誕生後、仙谷行政刷新担当大臣の補佐官に就任要請を受けるも、霞が関の反対で頓挫。同年12月、経産省大臣官房付。以後1年9カ月職務を与えられず。2010年10月、民主党政権の公務員改革の後退を国会で指摘し、仙谷官房長官(当時)から恫喝を受ける。2011年、海江田、枝野両経産相から退職を強要され、同年9月26日辞職。2011年12月、大阪府市統合本部特別顧問に就任。2012年2月、大阪府市エネルギー戦略会議委員(後に座長代理)。現在に至る。
(※プロフィールはご本人よりいただきました)