2012年09月03日 22時03分54秒 posted by uruseiblog

 続・宇宙の法則 VOL11 細胞と想念

テーマ:ブログ

HAARPの動きが激しくなっているので
工作員達の攻撃強化は覚悟してましたが
日に日に酷くなっていく電磁波による嫌がらせにも
流石に我慢が出来なくもなりました。


電磁波被害の極めは
脳へのマインドコントロールと
胃腸の異物(排泄物)を利用しての肉体への
病誘導であることをここで主張しておきます。

下品な内容でお騒がせしたことをお詫びします。

HAARPが絶好調の様ですし
ユダヤサンヘドリン傀儡たちの
私への攻撃も執拗となっていますので、


意図的に彼ら関係者に関する記事を出そうと思います。


宇宙の法則との究極の選択でしたが
宇宙の法則よりも組織全般に関する内容の方が
より彼ら傀儡関係者の怒りを買うと考えたのですが
気持ち悪くて記事を整える気力がありませんので


宇宙の法則の方を公開します。


HAARPでの今回の狙いは何なのか。。。


文鮮明氏というロックフェラーの恐怖支配の立役者が
亡くなったということもありますし、
日本も要警戒ではないかと思います。


私はヤマタのオロチに差し出される生贄ですし
しっかりと生贄ぶりを果たせるよう勤めます。


【被害の愚痴】

大量の異物を作り上げての拷問が再び始まりました。


最近は腹筋付近には一切力が入らないように
筋肉まで電磁波管理で機能妨害されているので


出すにも出すことができませんし
下剤の効果はすべて阻害されています。

その上に念入りに直腸肛門付近に
電磁波照射で地道に締め付けても来ます。


水分蒸発、逆流と重ねられますし
こうなると自力での排泄は無理です。


そしてそんな異物をせりあげては
今も吐き気の誘導をされました。


トイレと洗面所での
吐き気誘導が頻繁にあります。


間違いなく故意にです。


長い時間拷問をすることで私の精神性を病ませるでも考えているか
記事を書くに書けない状態にでも誘導しようと
しているようにも感じられます。


私の意識を下げて怒りで満たしたいとでも
考えているかもしれません。

(P.M19:09)


そういえば大泉学園の時にはわけありの物件に入ったことで
そこが被害者を待ち受ける場所であったわけですが


そのわけありと言うのが前居住者がトイレで変死していたこと。


そこが集団ストーカー被害者を標的とする場所であったことからも
その居住者の死因は電磁波による暗殺の可能性は
捨てきれないと思います。


脳への執拗な関与も延々と続いています。


私は洗脳されて、加害者達のメガネに叶うような人間になることなど
望んでもいません。


この人間達にとっての望ましい人間は
自分たちにとって人畜無害の存在か、


この人間達が、徳が高いとか聖人であると考えているような
人間だと思います。


そもそもそれ自体が彼らの作り上げた
誤った価値基準であることも彼らは気がついてはいないのです。


誤った価値観や信仰を持った人間たちの恐ろしさ

そして欲と保身に満ちた人間たちの怖さを
嫌でも感じさせられる羽目になっています。


正直言えば、私としては恐ろしいとか恐怖とは感じていませんし

本音で言えば”忌まわしい”という
イエスの使っていた言葉こそが相応しいと思います。


この人間達、私に記事を書かせないで
被害を書かせたい気配もありますし、


要するにこの人間たちは
私を見せしめにして自分たちの恐ろしさを
一般人に印象付けたいのかもしれません。


組織的犯罪行為を直接遣っているのが
私に特定された加害者であろうが、


創価学会であろうが、統一教会であろうが、ユダヤ教徒であろうが
公安関係者であろうが、その他カルト宗教であろうが在日集団であろうが


その中心にいるのは朝鮮半島組織であり

その上にいるのはユダヤフリーメーソン組織であることは
間違いないと思います。


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生命の科学に関連してアダムスキーが触れていた話として
細胞も元素も共に記憶を持つことができる存在だという話がありました。


例えば大昔にナポレオンの体を象っていた元素を
自分の肉体細胞の構成元素としている方は


ある拍子にその元素からの記憶を受け止めて
「自分が昔ナポレオンだったことがある」と
感じることがあるそうです。


もちろんそれは細胞を構成している元素の記憶であり
その魂はナポレオンのものではないでしょうが


少なくともその元素から受け止めた記憶は
ナポレオンが持っていた記憶そのものであるために


その本人は自分がナポレオンの生まれ変わりだと
信じてしまうことになるかもしれません。


その時、その方は身体の細胞を象っている元素から
何らかの記憶を受け止めてそれを認識したことになります。


そしてこのような事が私達の細胞単位では
当たり前のように起こりうると言う話でした。


私達の常識では、私達の肉体で
記憶を持つことのできるのは脳細胞です。


日常の体験の中で四つの感覚器官の受け止めた情報
さらには自分の思考した情報などが
そのまま脳細胞に短期記憶として残されて


睡眠時にそれは整理され、長期記憶へと
移行していくと言うのが私達の通常の知識です。


記憶をつかさどるのは脳細胞であり
しかも特定の部位、


そして私達はそこから心の意識を通じて
記憶を引き出すことになります。


しかしそれでは説明のつかないことも現実に存在しています。


病気で臓器移植をした人や
事故などで大量の輸血をした人が、
その後他人の記憶と思われるものを感じることになる。


臓器移植や輸血の臓器や血の提供者の記憶らしきものを
なぜか思い浮かべることになる。


そんな実態が存在していて、
専門家はそれを既存の科学では説明できないがゆえに
オカルト同様に放置もしくは隠蔽しているのです。


では現実に臓器が記憶を持つ事ができるのかと言う話です。


私達の常識は、あくまで三次元レベルの
肉体を前提とした医療や科学です。


しかし私達覚醒者と理解者は四次元的な記憶の存在を理解しています。


それは言うまでもなく想念といわれる物の働きで
私達はそれを全身から常に発しているわけですし
その影響を私達の細胞は常に受け続けているのです。


強い想念があたりに存在していると
魂の働きの強い人間、テレパシーを受け止める能力の高い人間は、
それを”魂”=”精神”と言う想念の受信機で受け止めることになります。


サイコメトラーといわれる超能力者の正体は
想念を感じ取る能力を有する人間なのです。


彼らは他人の持ち物などから本人の想念を感じ取ることができます。


それは一種のテレパシーですが
その動きと同様の事が私達にも起こりうると言うことです。


それが時には自分の細胞からの記憶と言う形で
私達に与えられる事になりますし


もっと知覚能力が優れていると
元素に付着している想念まで読み取ることになります。


そしてその元素は長い地球の歴史の中でも
そのフォームを変えながら延々と存在し続けているものです。


極端な話をすれば、
そんな元素の記憶の中には


元素が植物の一部を構成していた時の記憶の断片や
元素が動物や他の人間であった時の記憶の断片までもが
存在していることになります。


私達の肉体を作り上げている細胞はそんな元素の集合体です。


その元素は母親の母体にいる時に
母親の食事を通して私達へと供給され続けます。


その時に母親が鶏肉を食べていれば
その鳥の体を構成していた元素が新たな肉体の
構成要素となりますし


母親が食べたサラダの野菜の元素も同様に
私達の肉体を構成します。


しかしその野菜も鳥も、以前には他から元素を吸収して
そのフォームを作り上げていたわけですし


その元素は遡れば再び人間や
他の別の動植物と言う事にもなるでしょう。


そんな流れの中である時は植物としての体験、
あるときは動物としての体験をしていた元素は


さらに以前は他の人間としての体験を繰り返し
その時にその想念を受け止めては記憶の断片としていた事になります。


そして時にはそんな記憶が不意に元素から私達の意識へと
もたらされることがある。


その結果その記憶がナポレオンのものであると判断すると
自分はナポレオンの生まれ変わりであると
認識する人間も出てくると言うことです。


輪廻転生が現実に存在しているのですから
生まれ変わりはもちろん存在しますし


自分の過去の記憶をあるとき突然
何かの拍子で思い出すこともあるでしょう。


ただ、この社会には有名人の生まれ変わりが大勢存在するようですが
現実にはそんなことはありえないわけです。


とりわけ生まれ変わりを自称される事が多いのは
私達の尊敬すべき魂であるイエスキリストであった魂の存在です。


この社会の中にはキリストの生まれ変わりを自称する
著名人も大勢います。


しかしイエスという肉体を象っていた魂はもちろん一つですし
しかもそのイエスの魂だった存在は今は金星人として暮らしているわけですし

この社会にはイエスの再臨は存在することはありえません。


彼らが自分をイエスであると感じたのだとしたら
それはイエスの肉体を象っていた元素の一つが
自分の肉体を構成していて、


その元素から感じたイエスの記憶を受け止めてそう感じたか

もしくは勘違いや嘘だと言うことになります。


ナポレオンの生まれ変わりを称する人間も多いそうですが

もしも本当にナポレオンの生まれ変わりだったからと言って
それは偉い事でも特別な事でもないと思います。


なぜならば尊敬すべき人間たちの魂は
皆この社会から卒業していって他の惑星へと転生しているはずですから、


それが果たせていないと言うことになれば、
ナポレオンは単に地球の中での
有名な権力者の一人に過ぎないことになるからです。


地球社会の中では権力も地位も認められ
高い評価を受けていたとしても


宇宙の法則では認められなかったからこそ
今だにその魂がこの社会で転生し続けている事になります。


創造主の法の元では有名な権力者が”偉い”とは限らず
ただの一般庶民の方が創造主の意志に適っている事が
少なくないわけです。


イエスキリストは、
「後のものが先になる事が多い」と表現していました。


地球社会では序列が先でも
創造主の方の元ではその順列はそのまま評価されることはないのです。


つまり著名人の生まれ変わりだといっても
それは偉くもなんともないのです。


もちろん中には釈迦やイエスのように
自らの志願でこの社会に降り立つ偉人もいたわけですが
少なくとも今現在はこの社会に彼らの魂はないはずです。


そんな実態があればアダムスキーやブラザーズが触れているでしょうし
この社会はもっとすばらしい物となっているはずです。


そしてこの社会で転生をし続けとどまり続けていれば
イエスや釈迦のような偉大な魂でも
この地球社会の低い波動に飲まれてしまうことも想像がつくのです。


地球社会に降り立ったブラザーズの魂が
ミイラ取りがミイラになる話をブラザーズは語っていました。

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記憶に関してのメカニズムは私も良くわかりませんが、


細胞単位の記憶のときには
例えば想念を特定の情報として、”何らかの成分”に
置き換えている可能性もあります。


DNAは生体情報を記憶していますが
それとは異なった情報を有する成分があるのかもしれませんし


元素がそうであるように
エネルギーとしての想念が細胞に染みついている可能性もあります。


私の想像していたのは、
とりわけ強く想念を伝達しうるのは
血液ではないかと言うことです。


輸血や移植で記憶が受け継がれると言うのは
そんな実態に由来する可能性があると思います。


とりわけ心臓に関しては元々が肉体の中でも特別な細胞ですし、
そこには多くの血液が流れ続けています。


そんな血液から受け止めた多くの想念が
心臓には多く染み付いている。。。


それゆえに脳細胞でもないのに
多くの記憶を持っている。。。


そんな事もあるかもしれません。


アダムスキーが肉食動物を食べるなと言っていた理由も、
鳥が雛をつついて血をすする固体がいるからと
食べるのを避けるべきだと言っていたことも、


おそらくはその殺された動物の恐怖の想念が
血や肉を通して肉体に入り影響を及ぼす事に由来しているはずです。


血には多くの想念がエネルギーとして付着している。


そんな可能性を感じずにいられません。


そして記憶をも持ったそんな細胞を有することで
その過去の固体の生まれ変わりとなったわけではないにしても


その中の元素が日々進化している事は
私たちは理解できると思います。


創造と崩壊の過程にある万物のフォームの中で
元素は半ば延々と進化と変化の過程を生きているのです。


以前取り上げたアダムスキーのジョークがありました。

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ここで一つ面白い話をしましょう。これは真実なのです。
地上のどこかで草の一かけらも生えていない場所があるとします。


そして私が死ぬとします。
するとあなたはそこの地面を二メートルばかり掘って私を埋めます。
盛大な葬儀が行なわれ、聖水がかけられ、人々は手に一杯の砂を取って、
横たわっている私の死体にかけます。


するとその場所にいつか草が生え始めます。


私の死体がよい肥料になったからです。


すると牛がやって来てその草を食べるかもしれません。
あなたはその牛から乳をしぼり取ってそれを飲むでしょう。


するとあなたは私を飲んでいることになります。
その牛が肥えてくるとあなたはそれを殺してステーキにして食べるでしょう。
するとあなたは私を食べることになります。


われわれの肉体は土に帰って上等な肥料になるのです。


肉体についてはただそれだけのことですが、
しかるに人間はなんと威張っていることでしょう。


一〇〇万ドル持っていようがいまいが何の相違もありません。
だれもみな土の中ヘもぐり込むだけです。


しかし土中ヘ入るのは肉体だけであって真の私ではありません。
あなたが埋めるときに見るのは私の肉体なのであって、


私の真自我である”意識”ではありません。


あなたは自動車のエンジンの中に気化された燃料や火花を見ることはできません。
ただハンドルを握って運転するだけですが、
シリンダーの中では爆発が起こって車は前進します。


車が(肉体が)自身で走ることはできないのです。


 次の話は冗談なのですがね。ときとして私に次のように尋ねる人がいます。
「アダムスキーよ。おまえが死んだときはどんなふうに埋葬してもらいたいか?」。


そうですね、法律がゆるすならハゲタカが出る場所に死体を置いてもらい、
ハゲタカに死体が食われれば、骨を残してハゲタカは飛び去りますので、
私も空中を飛ぶことになります。


つまり私はハゲタカになったわけです。
そして空中を飛んでいるときに、かつて私を気違いだとののしった人を発見して、
その頭上に石を落としてやります(笑声)。

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魂の転生ではなくて
肉体を語っていた元素が今度は別のフォーム(形態)の一部となったことで
新たな進化を始める。


その大元の元素を自分であると認識すれば
その元素を引き継ぐハゲタカも自分の分身であり

ハゲタカになって仕返しをしてやると言う冗談ですが、


元素にとってはそんな個々の体験も重要でしょうが
私達の実態である魂とは無関係だと言うことです。


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私達の肉体を司っている細胞は
私たちが思っている以上に複雑な存在のようです。


私達の既存の知識では特定の細胞だけが
特別な能力を持っていて


心臓のような臓器や脳、そして感覚器官だけが
目だって重要だとされていますが


通常目立つことのない各種細胞は
私達の想像もつかない働きをしているようです。


先述の”記憶”はもちろんその一つですし
私達の全身の細胞は私たちが”想う”度に
全身から発している想念を受け止めて


そのエネルギーの影響を受けたり記憶を受け止めたり
していることになりますし、


その細胞に染み付いた私達の想いが
時には私達の行動まで規制することがあると言うことでした。


私達の思考は通常脳で行われ、そこでは過去の経験からの刺激や
脳の本能と言ったものが培っている価値観が
現象に対する反応や行動を引き起こす要因でもありました。


しかし私達の行動は時には脳ではなくて
肉体によっても左右されることがあると私達は学びました。


肉体の想いが時には私達の感情や行動に
影響を齎すのです。


それが想念の働きであろう事も想像がつきますし
一見変哲のないただの細胞が
時には私達の脳同様に意識へと指令を下すことになります。


そして一方想念は肉体細胞への影響をも及ぼすことになります。


一時、血液をアルカリ性に保つことで
健康を保てると言う話が話題になり

アルカリ食品ブームなるものがおきたことがあります。


今では廃れていますが、肉食ではなく菜食を進める流れは
それの延長にあるともいえます。


本来私達の体がアルカリ性に保たれる事もなく
そんな時には身体の中で他の元素と結びついて
中和されることになるはずですが、


それでもその時摂取した成分が私達の肉体細胞に
何らかの影響を与える事は想像がつきます。


肉体細胞を健全に維持するための
バランスの良い食生活を心がけている人間ほど
心身ともに健康で入れるであろう事は想像がつきます。


それは菜食と言う意味ではなくて
細胞が必要としているであろう成分を
満遍なく偏ることなく摂取できているかどうかと言う問題だと想います。


結果、私達の飲食した成分は
栄養として全身の細胞に行き届き私達の細胞を形成します。


これは私たちが物理的見地で捉えたときの
血液と細胞の話です。


しかしもう一方私達の肉体にエネルギーを与え
時にはその細胞をも変えうるものは私達の想いであり想念でした。


想念が私達の肉体に与える影響の
最たるものとしてアダムスキーは
想念が私達を形作ると取り上げてもいました。

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想念は人体を作る彫刻家


 人間とは想念であるという点を明らかにしましょう。
人間またはその他の動物のように形ある肉体を作るためには、
その形ある肉体の創造が何者のせいであろうと、
創造される前に創造者はその肉体の”想念による原型”を持つ必要があったのです。


人間は思考する実体です。

というのは想念は人間の存在のための刺激的な力であるため、
もし人間が考えることをしなければ生きておられないからです。


人間は歩いたり食べたりする前に考えねばなりません。
それで、何を行なおうとしてもガイドとして一つの想念を持つ必要があります。


そしてこうした想念は過去の体験の組み合わせ、
他人との交際、または宇宙的印象としてやってきます。


 さて、いかに異なるタイプの想念が現れるかを観察しましょう。
もし怒りの想念が心に入ってくると、顔付きは変化して怒りを表現します。


楽しい想念が起こると顔は楽しくなってくるなどの変化が起こります。
これは心中に持っている一つの想念を粘土で形に表現する彫刻家と同じことです。


したがって想念とは、それが何を表現しようとも彫刻家のようなものです。
想念がみずからを表現するために顔の表情を作るからです。

したがって若々しく健康な、よく均整のとれた肉体を望む知的実体たるわれわれは、
常にそうした想念を持たなければなりません。


その原型に従って肉体を形作るからです。
肉体が若さを保とうとすれば、特に宇宙的な線にそった新鮮な想念が重要です。

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私達は何か行動をしようとした時には必ず思考します。


そしてその思考どおりに私達は肉体を動かすことにもなります。


その時思考を通じて肉体からの物理的エネルギーとは別に
想念と言う形で私達はエネルギーを受け止めそれを発することになります。


ここでは感情の変化に関してアダムスキーが取り上げています。


怒りの想念がわくとそれが脳への刺激を通じて
ホルモン分泌へとつながり


その命令を受け止めたのか各種細胞は
それに応じて緊張したり形を変えることになります。


ここは判り易い表現としてアダムスキーが例えた話だと思いますが
それでも真理の欠片があります。


私達はその想いを肉体を通して具現化させる存在です。


想いを持って努力をすることで
進化し続けているのがスポーツ選手。


一方想念の塊とも言える
私達の魂の姿を象っているのが
私達の肉体だともいえます。


魂の進化が私達の肉体へとフィードバックすることで
脳の進化へとつながりそれが未知能力発現へと進んでいくことは
繰り返し記事でも触れました。


私達の想いは肉体をも変えるのです。


そんな想いの悪しき例に関して
アダムスキーが触れてたコメントです。

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 私たちの心と肉体を荒らすこの望ましくない感情について述べるついでに、
ここで恨みの念をいだくことの危険性を指摘するのもよろしいかと思います。


人間が憎しみの想念をいだき、
仕返しをしてやろうという顧いでそれをたえずあおりたてますと、
口から毒薬を飲むのとまったく同じほどに心と肉体を毒していることになるのです。


 こちらが憎んでいる相手はこちらの態度に全然気がつかないかもしれません。
もし気づいているとすれば、相手はこちらの想念を感受するのをこばむことによって、
かわすことができます。


いいかえれば、相手はこちらの精神の未熟さを認めて、
こちらから発するこの低い想念を拒否することもできるのです。
そうなるとさらに敗北の怒りがこちらの憎しみに加わって、
自分になおいっそうの害を引き起こすことになります。


そこで明らかなのは、このような環境にあっては自分自身だけが苦しむということです。
そして、この状態が長くつづけば自然は恐しく高い代価を強要するでしょう。
その理由は、自分を取りまいている雰囲気を汚濁させて、結局は、
友人連を自分から遠ざけるのみならず、終始自分の肉体をひどく傷つけるからです。


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ここでは恨みの想念を発していることの代償に関して
アダムスキーが端的に触れています。


恨みの想念を発する事は
毒物が肉体細胞に悪影響をもたらすのと同様に
私達の肉体に悪しき影響をもたらすと言う内容です。


私達は新鮮な想念を持つことで
栄養剤でも与えたかのように細胞を活性化させることもできれば


悪しき想念を発することでは肉体に対して
毒物を摂取したのと同様の悪影響をもたらすことになると
アダムスキーは触れているわけです。


私達の想いが肉体に影響を与える様子は、
短期的には理解しがたくても長期的には明確に現れると思います。


いつも悪意や負の想念をもち続けて生きている人間は
長い目で見ればその人相にまで影響をもたらしてくると思います。


表情からは明るさを感じませんし
明るく振舞っていても顔の表情のどこかに
邪悪さを感じさせることもあります。


それは顔のつくりが良いとか悪いと言う問題ではなくて
そこににじみ出てくる表情ですし

それは長い時間かけて細胞が培ったものだと思います。


以前に私がアルバイトしていた時の話を
記事にしたことがあります。


一ヵ月半程度の期間限定の事務バイトでしたが
そこにはハニートラップと思しき若い女性と
見た目清楚な女性が同様にバイトに来ていました。


もちろん組織的犯罪に自覚した後の事で
殆どが加害組織関係者でしたが
電磁波実験以外は表立って嫌がらせをされる機会も少なく


その中で一応は彼女達とも交流をしていましたが
ハニートラップと見られる若い女性を
避けるようにしているとそのうち時々は正体を出すようになり、


小さな嫌がらせをこそこそとされることになるのですが
そんな時に見える彼女の表情は醜くゆがんでいました。


普段は可愛らしい女性ゆえにそのギャップを
大きく感じることにもなりました。


その人間の心の想いが表情にも表れたのだと思います。


そんな意識を持ち続けていれば
今は綺麗な若い女性でも、徐々にそんな表情が
そのまま染み付いていくことにもなりかねないと思います。


しかしそんな事は偶然ではなくて
意地悪な人間が顔つきまで意地悪に見えることは
私達がこの社会の中でも経験していることです。


想いは私達の細胞を通じて表情まで変貌するのです。


良い例としては、この続きにアダムスキーは
新鮮な想念が私達の細胞を健全に若く保つと言う話を
取り上げていました。


私達は自らの想う存在へと変貌する。

つまり想いと細胞は連動している事になります。


そしてこれは真理だと思います。


元々の顔かたちが美しくても
悪意を持ち続けて生きていく人間は
その悪意をも顔に浮かべることになるはずですし


元々は普通の人でも
良い想念で満たされている人間は魅力的に見えると思いますし
表情もそれに合わせて変貌していくでしょう。


頻繁に怒りに取り付かれている私のような人間は
怒りを浮かべた顔になっていますし


いつも笑顔の人間はそのままでも明るい表情になる。


物理的に説明できなくても
そんな傾向は間違いなくあります。


そしてそれは同時に私達の細胞に対して
想念が深く染み付いている事とも無関係ではないと思います。


そして想念が染み付いた私達の細胞は
その想念を通して私達の心や行動にも影響を及ぼすことになる。


ここでも想念と肉体のフィードバックの作用が存在していることになります。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


アダムスーは私達の肉体の中には
習慣細胞と言われる悪しき細胞が存在することをあげていました。


それは心に従う細胞で、
私達が通常心で思うことの多くは負の意識やエゴですから
その細胞は負の想念やエゴで満たされていると言うことにもなります。


そしてアダムスキーはそんな細胞を悪魔的細胞とも呼んでいました。


その細胞は自ら意思を持っているかのごとく
私達の心に語りかける存在だと言います。


負の想念で満たされている私達は
その細胞から負の想念を受け止めては
その意識を増すことにもなりかねないわけです。


習慣細胞と言うぐらいですから
悪しき習慣ともいえるものもそんなところに記憶されているようです。


飲酒と言う行為に関してもアダムスキーは触れていましたが


脳細胞の本能やエゴやホルモンの影響とは別に、
そんな習慣細胞のもつ日常習慣となった意識は
私達の行動に影響を及ぼすことになるようです。


もしかしたら肥満細胞と言われるようなものも
私達に食べたいと言う意識を与えているのかも知れないと想像しています。


この悪魔細胞の中の想念は
私達の行動を制約し習慣にとらわれさせて
新しい行動を妨げる要因にもなっていると思います。


それ以前にその中の想念が怒りや憎しみや闘争本能のようなものであれば
私達の感情や行動を一層激しく駆り立てることになるそうです。


しかしこの悪魔細胞も私達の努力しだいでは
すべてが精神=魂に従う細胞へと変化させることもできるそうです。


ここでも魂と心を合わせて使用し
心を魂の価値観に書き換える作業が必要となると思います。


そして一方、そんな負の想念の溜まり場のような場所が
悪しき想念で膨らんでいると


その悪しき想念は私達に悪しき行動を
引き起こさせることにも繋がります。


私達を悪意に走らせるのは
私達の心のエゴだけではなくて
悪魔細胞と言われる負の想念の溜まり場の影響でもあるわけです。


そしてこのような存在こそが
私達にとっての心の中の悪魔だといえると思います。


私達にとっての悪魔は私達の内部にこそ存在しているのです。


そんな負の想念を持ち続け、さらには発し続け、
その上に地球の法則でも説明されている
引きよせの法則、波動の法則が働いて


負の想念は一気に膨らむことにもなります。


それが強くなれば私達はその負の想念の思いに囚われて
自分の行動をコントロールされてしまうことにもなりかねない。


そんな現実が私達の目に見えないころでは起きているようです。


私にしてみればそんな負の想念を避けることができても
今度は人工想念、強制想念ともいえる電磁波の存在で苦しんでいます。


電磁波は特定の周波数を持っていますし
周波数を無視しても特定の脳の部位を刺激することで
私達の感情を外部から操作できます。


特定の周波数で意識を汚染したり
特定の負の感情をもたらしたり


電気的刺激を局所的に与えることで
脳の反射作用で行動を誘導することも可能なものです。


そんな電磁波技術は使用の仕方一つで
この社会を天国にも地獄にも変貌しうるものだと言うこと、


使用の仕方一つで私達を天使にも悪魔にも
変貌しかねないことも身をもって感じています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

前にも述べましたが、
想念は習慣になることがあるということを思い出してください。


私たちは利己主義、不平、貪欲などの心を発達させることができますが、
また謙虚、穏和、寛大などの心を養うこともできます。


そのどちらをとるかは自分自身できめるべきです。
そして、実際に分析をしてみますと、


私たちの生活は環境よりもむしろ自分の習慣的な想念に
支配されていることがわかります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

最近では家族親族間の殺人事件が
”表立って把握されている”殺人事件の半数を
占めているのがこの日本の実態です。


昔であれば一番愛すべき身近な存在であり
遺伝的にも性格的にも自分に近い身近な存在。


それが憎しみや怒りの対象と変貌していることを
そんな実態は物語っていると思います。


昔は尊属殺人と言われ無期懲役もしくは
死刑とされていた殺人事件が近年では頻繁に起こってもいます。


殺人を実行する事自体が本来私達には正常な行為とはいえませんが
そんな意識を持った人間がこの社会には溢れている事になります。


そして一番愛すべき人間達にさえ憎しみを燃やすような
そんな意識の人間に私達を変貌させているのは一体何なのでしょうか。


それは一つには地球社会を渦巻く低い波動の意識でしょうし
私達が日々影響を受けている電磁波と言う名の人工想念、


更にはそんな環境の中で私達が負の想念を増幅させては
身にしみ付けているというそんな実態とも無縁ではないと思います。


今私達人間は悪魔に変貌しつつあるようなものだと思います。


自分が良ければそれで良い、
他人の権利や生活など関係ない、


自分の心が心地良くなればよい。


そんな身勝手な意識が
自分の心が不快を感じるたびに怒りや憎しみをたぎらせては
私達を悪魔に変貌しているのではないでしょうか。


たとえこの社会の全体がそんな魔の意識に覆われても
私達は決して人としての意識を失ってはいけないのです。


この世に染まることはそのまま私達を
創造主の意識から引き離すことに繋がるからです。


心が悪魔細胞や悪しき想念に動かされることの無いように
私達はできるだけ負の想念を抑えなければなりませんし


一方では意識の経路として魂を
しっかりと確保していなければならない。


想いが肉体を作り肉体の想いが
私達の行動をも左右すると言うことを


私達は忘れてはいけないと思います。


【地球人の神は遠い場所にいるのではなく、
近くの万象の中に、人間自身の内部にいる】


自分自身の中の神と悪魔の戦いを
ぜひ体感し続けてほしいと思います。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それは、肉に従って歩まず、御霊に従って歩む私たちの中に、
律法の要求が全うされるためなのです。


肉に従う者は肉的なことをもっぱら考えますが、
御霊に従う者は御霊に属することをひたすら考えます。


肉の思いは死であり、御霊による思いは、いのちと平安です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私達は肉の想いを断ち切って御霊の想いをもって
生きていきましょう。


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