独断と偏見で創造主の法で照らす
テーマ:ブログ今度は性器や目への攻撃が始まりました。
頭への苛つき含めた照射の影響で
脳がすっきりすることが皆無な状態にされ続けています。
折角仲間が集まりそうな週末なので
私を挑発してはその奮起を期待しているようです。
底意地の悪さが感じられますし
私が名指ししないことに関しても
しめたといわんばかりでもあります。
きっとこんな人間達は実社会にいるときは
善良で高尚な第三者を演じているのでしょうね。
イエスキリストの時代の
パリサイ派の人間達の様にです。
P.M13:41
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骨が痛むほどの電磁波の照射、
そして顔への関与で眉間と額には皺が浮き上がっていますし
目の周辺にも攻撃は続いています。
今朝は早々と近所で待機していた救急車が走り出しては
仄めかしをしていましたので、
どうやら私を救急搬送するという
意思表示だと思います。
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私がユダヤサンヘドリンの傀儡フリーメーソンを許せないと思うのは、
意図的にこの社会に混乱と争いを誘導しようとしている存在だからです。
例えば日本の中の主となる宗教は
大きく仏教、神道、キリスト教と分かれることになります。
私はこのいずれもが”創造主の法”を説いたものであり
それぞれが宇宙の法則に繋がるものであると確信しています。
つまり相互が理解しあえる立場だと言うことです。
複数の”普遍的真理”が並行して存在することはありえません。
それぞれが別の人間の指導であった事と
後の世で余計な人的価値観を付け加えた人間がいた事で
それぞれの思想がまるで別々の教えであるかのように変貌していますが
元々の教えの趣旨となる物に関しては全てが同じだと思います。
後に人的価値観が付け加えられた思想であっても、
それらの思想の共通項に着目すれば
そこから真理の欠片が見えてくるはずです。
人として在るべき生き方を求めている宗教であれば
それは当たり前だと思います。
もしもその共通項に相通じるものを感じ
お互いを認め合う事ができれば
ヨハネス23世が目指したような
宗教の”正しい意味での統合”も可能だと思います。
しかしフリーメーソンは違います。
その個々の宗教の中の違いを指摘しては
それを理由に争いを誘導するのです。
もしくは全ての思想をまとめて誤った価値観へと誘導します。
(創造主の法の否定、科学と人間の重視)
私達生命の科学を学ぶ人間であれば
創造主の存在を意識しながら、
そんな宗教の接点を見出し
そこに調和の可能性を感じることができます。
しかし現実には、その影響力は微々たる物です。
フリーメーソンは生命の科学を攻撃するためにも
そんな個々の思想を利用しては
真の創造主の法を隠蔽し、煙幕を張り目立たなくさせますし
私のような人間を叩く事にもなります。
悟りや覚醒、創造主へと繋がる全ての宗教は
私達と理解し合える可能性を持ったものなのです。
そして相互理解は社会に調和を齎す事にもなります。
しかしそれは彼らにとっては本意ではないのです。
彼らにとっての思想は人間を管理し操る
ツールでしかないからです。
彼らは私達に真理に到達されて覚醒されては困るのです。
更に、どの宗教にも通じる真理である
生命の科学、宇宙の法則は普遍的真理を伝えるものであり
メーソンにとっては一番都合の悪い存在でもあります。
そこで、それぞれの宗教と主張が異なっている点に着目しては
(天国の存在、輪廻転生、創造主としての神の存在)
異端であると信者に植えつけては
それが誤りであるとか攻撃の対象に出来るわけです。
彼らが多くの宗教組織に取り付いたことで、
今では"真の創造主の法”は全ての宗教にとっての
敵対思想ともされかねません。
彼らの望みは”分割”であり”混乱”であり”争い”であるからです。
宇宙の法則の齎すものは”調和”であり”平安”であり”平和”です。
人間の意識を良い意味で変貌し、
社会のあり方にまで疑問を感じるような資質を持つ人間を
彼らは増やしたくないのです。
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私が生命の科学を聖書のイエスキリストを引用して説明しているのは
私がたまたまキリスト教の知識があるからです。
もしも私に仏教知識が豊富なら
私は釈迦の教えを元にそれを説明することになったでしょうし
神道に詳しければ神道でそれを説明したと思います。
仏教や神道に関しては、
それぞれに対して軽い知識しかありませんが
それでも私はそれらの全ては
スペースブラザーズの教えであることに
確信を持っています。
だからこそ日本国内でも
宗教を掲げで争って欲しくはありませんし
その思想の違いを利用して争いをを誘導している人間たちの存在に
気が付いて欲しいと言っているのです。
(民族で争わせて思想で争わせるのがメーソンの手口です。
そして外部に敵を作り上げることで
組織への不満を外部へ向けさせます)
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例えば仏教の中心命題とされる思想、
諸法無我(WIKI抜粋)
我々人間は、しらずしらずの間に私自身の現存在を通じて、
そこに幼い時から成長して現在にいたるまで肉体や精神の成長変化を認めながら、
そこに「私」と呼ぶ実体的「我」を想定し、
成長変化してきた私そのものをつかまえて、私は私であると考える。
しかし、諸法無我はそれこそ我執であるとして退け、変化をその変化のままに、
変化そのものこそ私なのだと説くのである。
この意味で、諸法無我は、自己としてそこにあるのではなく、
つねに一切の力の中に「関係そのもの」として生かされてあるという、
縁起の事実を生きぬくことを教えるものである。
一切のものには我としてとらえられるものはないという考え方を
徹底して自己について深め、
目に見えるもの見えないものを含めて
一切の縁起によって生かされてある現実を生きることを教えている。
このような共々に生かされて生きているという自覚の中にこそ、
他者に対する慈悲の働きがありうるとする。
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この内容が、私と呼ぶ”自我”の存在を認めながらも
それが成長過程の中で作り上げられた価値観に基づくものである事を認識し
それに執着することを退け、
私たちは万物との関係を重視して生きるべきだと言う趣旨であれば、
それはそのまま生命の科学の中で
私達が学んできた人間のあり方そのものです。
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諸行無常
諸行無常とは、仏教用語で、この世の現実存在はすべて、
すがたも本質も常に流動変化するものであり、
一瞬といえども存在は同一性を保持することができないことをいう
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これは万物が創造と崩壊を繰り返す存在であり
常に進化をしているという創造主の法に繋がる意識です。
イエスが仏教を学んでいたと言うのも本当ですし
イエスキリストも釈迦もブラザーズのマスターなのですし
元々が人間のあるべき姿と道徳に関して語ったと言うことは
疑いない事実です。
神道に関して言えば、万物に神が宿ると言うのは
私達万物が創造主の分身であると言う教えと繋がる意識ですし、
自然に神を見つめると言う意識といい、
教えの本質が宇宙の法則そのままだと思います。
神道を戦争の原因であるかのように誘導する人間もいますが
本来の神道は一切の争いを認めてはいないはずです。
そして私の独断と偏見、
天照大神はじめ神道の神々のモデルはスペースブラザーズであり
元々の天皇家はその血統を引いていると言うのが私の持論です。
古代イスラエル王国の民を
民族争いを避けるために日本へと導いたのはブラザーズだと思います。
人格神の教えに拘った人間と
正しい創造主の法を学んだ人間とが思想的に分裂したと言うのが
古代での神々の戦いの弊害だったはずです。
彼らの教えを守る人間は戦うことができません。
宇宙の法則の中には戦闘を正当化する意識は存在しないからです。
そしてそんな思考を持っている存在が中東に存在していたのでは
一方的に責められて滅ぶことになるからです。
アッシリアによって滅ぼされた時のようにです。
それゆえに大陸と分かれた孤島としての日本、
先住民が縄文人というインディオに繋がる血統と思想をもった
穏やかな民族の地へと、
彼らは神々(ブラザーズ)によって
誘導されたのだと私は思います。
根底が普遍的真理へと繋がっている全ての宗教は
間違いなく判り合う事が出来る筈です。
お互いの相違に目を向ける事が争いを齎すのであれば
共通意識にこそ目を向ければ良いのではないでしょうか。
相違点に関しては人為的価値観で歪められた可能性の高いものです。
共通項にこそ真理が存在しているはずです。
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話は変わりますが
最近は掲示板でも似非覚醒者とも言える人たちが
独自の地球の法則を語っていることが頻繁にあります。
それを宇宙の法則と比較していくのも
私達の深い理解を齎すことになると思い
引用して行こうと思います。
明確な批判ではないのですが
覚醒者と理解者にはこのような思想を
時には反面教師としてもらいたいと思います。
126 :サロメ☆ボウディア ◆k8vHqHA92c
:2012/05/28(月) 12:32:09.22 ID:bGhGELhB
>>124
普通に祈りの形式として興味があるだけ
禅や瞑想で自分自身や奥底の聖霊を悟るって感じ
メソッドとしての禅やマインドフルネスや内観などは大変役に立つから
もちろんカトリックなんでサマーディー 三昧や解脱や涅槃は興味ないです
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【禅や瞑想で自分自身や奥底の聖霊を悟るって感じ 】
アダムスキーが善や瞑想の類を勧めなかったのは
私達が日常あるべき姿を想定してのものです。
私達は特別な時にだけに魂を感じるのではなくて
常に心と併せてそれを意識する事こそ求められています。
つまりは瞑想の様な行為をしている特別のときにだけ
魂=精神=神の意識を感じるのではなくて
通常どんな時でもそれを意識できる状態になることこそが
求められていると言うことです。
そのためにもアダムスキーは
何事もリラックスしてやりなさいと言っていました。
緊張感や強い集中はかえって良くないと明言してたはずです。
少し極端な例えですが、
アニメのドラゴンボールの話を以前触れた事があります。
孫悟空が、自らのスーパーサイヤ人としての能力に
限界を感じたときに、
”精神と時の間”で息子の”孫悟飯”と共に修行をする場面があります。
その時に孫悟空が理想としたのは、
変身した時の特別な意識を、普段でも当たり前の状態に変えることで
自らの落ち着かない意識をコントロールすることでした。
以前のように特定の時に集中力を高めて変身するのではなくて
その変身した状態でいることを当たり前の状態にしたわけです。
その結果、漫画の中では孫悟空と息子は
特定の時にだけ変身して力を増幅するのではなくて
常に高い能力を維持することが可能になりました。。
それと少し似ていると思います。
特別の時に精神を意識して、
その時にだけ魂から神の意識を感じるのではなくて
それが当たり前の状態を維持することで
私達は精神をより進化させることが可能になるのだと思います。
求められているのは心だけでなくて
精神=魂という創造主の経路を同時に意識すること。
そしてその状態を当たりまえにすることだと思います。
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153 :サロメ☆ボウディア ◆k8vHqHA92c
:2012/05/28(月) 13:16:13.19 ID:bGhGELhB
神と キリストと 聖霊と
至聖三位一体の神と一致して生きるためには
仏教やヒンドゥ由来のメソッドでも有益ならば採用します
ただそれだけです
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これは一部真理があります。
特定の宗教が素晴らしいとか
特定の宗教の教えの全てが正しいと言うことは
ありえないからです。
複数宗教の中の正しいと感じるものを取り入れて
独自に精神の進化に使用する。
これは間違いではないとおもいます。
ただ、私達には一番の近道が
提示されているのですし
あとはそれを実践し続けていけば良いと思います。
そして私達の目標は聖人になることではありません。
あくまで自らを劣等生であり心無い人間であると自覚することで
謙虚に創造主の意志を受け止めることです。
ただ、ここでの三位一体というのは
おそらくはこの方は正しくは理解出来てはいないでしょうね。
創造主の意識が存在していて、
体と、心と言う脳機能を持つ物質的存在である人間(イエスキリスト)が存在していて、
両者は”人間の心と神の魂を持った存在として”一体化して機能している。
これが、二つの異なった物が交わる時に
その交わりにもう一つの別の存在が出来上がると言っていた
アダムスキーが説明してくれていた三位一体の真の意味です。
この事がイエスキリストの中でおきていたと言うのが
正しい認識だと言うことです。
つまりイエスは肉体は人間であり
勿論、心も持っていましたが、
その心をもって自らの意志を表現するのではなくて
自分の魂を通じて創造主の意識を限りなく表現したと言うことです。
そんな状態の時のイエスの言葉は
創造主の意志そのものだったと思います。
そしてこれこそが”イエスの神の国の奥義”でありますし
私達覚醒者は今その初歩段階にいるのです。
三位一体は元々はキリスト教の思想でなかったと思います。
(もっと古い思想にあったかと思いますが今は確認していません)
陰と陽、プラスとマイナス、男と女
そんなものが重なり合う時にそこに新たなものが生じる。
万物は全てがそんな状態で出来上がっていると
アダムスキーは触れていました。
そして宇宙の法則の中の創造は
全てがその事を基礎としていると言う話でした。
(私は未だこの件に関しては理解不足なので
これ以上は触れません)
そしてイエスキリストは、人としての肉体と心を持った状態で
魂と言う神の意識を最大限に表現することができた存在だと言うことでした。
「私ではなくて父が私の体を持って為している。」
イエスのこの言葉に全てが集約されていると思います。
この事の意味を理解できるのは
残念ながら覚醒者だけという事になります。
そして誰もがその状態になればこの言葉の意味を
理解できるように成れます。
その時私達は自分の魂に潜む神性に気が付く事になるのだと思います。
【地球人の苦悩を光の前の闇の様に消すために
宇宙の創造主を地球の道しるべとしよう】
生命の科学=創造主の法を正しく伝えることが
この社会に調和と平和を齎すことになると
私達は信じてそれを実践していきましょう。
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P.S.
普遍的真理に一度触れると
それ以上のものが存在しないことに嫌でも気が付くことになります。
地球の法則の傀儡たちは、
私達の個人的価値観である心は騙せても
私達の真の自我であり創造主の意識の分身である
私達の魂を騙すことは出来ないのです。
私が三位一体に関して
創造主の法の一環としてアダムスキーの話を説明した記事。
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11059663896.html
皆がイエスとヨハネの承継者
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http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11225509554.html
聖書のイエスキリストの奥義
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11003163305.html
真訳聖書 番外編 聖書は科学力に解釈できる
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11097598218.html
真訳聖書 番外編 イエスとパリサイ派
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11096526343.html
真訳聖書 番外編 皆がイエスの使途
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11027399873.html
原罪とイエスの救いと知恵の実と命の実
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11059663896.html
皆がイエスとヨハネの継承者
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11057574383.html
キリストが仇敵ユダヤ教パリサイ派
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11031934734.html
クリスチャンと真正クリスチャン
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11003292677.html
天国と地獄
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11003294416.html
天国と地獄 後編
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11115671862.html
私達の救世主の誕生日を祝って
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11096526343.html
皆がイエスの使徒
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11242030857.html
罪と義の概念とイエスの十字架の死