2012年05月13日 12時09分57秒 posted by uruseiblog

普遍的真理 VOL9

テーマ:ブログ

排泄妨害しながらも
妙な薬品で口の中の味覚への関与も続いています。


口の中が甘いものを欲しがったり
しょっぱいものを欲しがったり


つまりは結果的には食欲の誘導もしている気配もあります。


その上で顔への関与も始まっています。


人体実験と嫌がらせは止まりません。


以前から気がついていましたが
過食症や拒食症も
科学力と薬品で容易に引き起こすことが出来ます。


PM13:46


昨日は久しぶりに他の被害者のところに
避難してきました。


朝食を軽く食べた後にも腸内と食道付近への
激しい逆流と異物への圧迫が酷かった事もあり


それから逃げると言う意識もありました。


そこでも被害は無ではありませんでしたが
この部屋に比べれば天国と地獄で
胃腸も一時的に開放されましたし


脳に関しても封印がある程度開放された感じで
帰りに外に出たときも、植物を見ては
全身に爽快感を久しぶりに感じることになりました。


自分がどれだけのことを日々やられているかが
とてもよく理解できました。


付きまといも有志と仕方なくやっている人間中心に
結構ありましたし、


爽快な気分で歩いていられたのも
自動車などからの延髄あたりへの電磁波照射を
受けることになるまででした。


部屋に帰るとまるで重力が強まったかのごとく
全身への倦怠感?のようなものをまず感じ
その後は再び胃腸管理状態、脳管理状態へと移行しました。


長く居住している間に
攻撃・管理の設備が周辺あちこちで整っていて
それが自分達を狙い撃ちしていることも判りました。


言ってみれば地獄社会の中の更に地獄空間。
そんな立場を強いられている人間が
おそらくは被害者の中には多いのだと思います。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
件の工作員が、相変わらずエゲツナイ
誹謗中傷と嘘を捏造しているので
同じスレッドに書き込んでやろうとしたのですが


先日の工作員語録6を
工作員が暴れている掲示板でURLを公開しようとすると


再び掲示板書き込み規制がかかっているのか
書き込めません。


私の書き込みや広報の妨害こめて
都合が悪いとすぐにこの状態になります。


心底汚い人間たちですね。


自分たちの情報を氾濫させても
都合の悪い情報を規制する。


そうすれば掲示板は自分達にとって
都合良い世論を作るためにこそ有効な
場所へと変貌していくことになります。


嘘つきと偽善者が他人を騙して
作り上げていく社会。


その一端がTVだけでなくて
こんな所にもはっきりと現れているようです。


-------------------------------------
本当の誹謗中傷をしている金井のアル君のリクエストに答えて


先日更新した記事です。

http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11245931302.html
工作員語録 VOL6


本当の異常者、変質者が一体誰なのか?
加害者は理解すべきではないでしょうが。


こんな人間に騙されて利用されて、
組織ごとそっくりそのまま末端友愛メーソンに丸呑みにされる。


そして用無しになった時に消されるのは
末端の工作員だと思います。


フリーメーソンのアジェンダでは
恐怖支配が完了したら精神異常者と犯罪者を
始末すると言う趣旨が書かれていたはずです。


異常者、犯罪者とアジェンダの中で描写されているのは、
おそらくはメーソンに脳を壊されて利用されている人間と
道徳心無しに暴れている人間達の事ではないでしょうか。


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11161645709.html
工作員への右ストレート前編
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11161647845.html
工作員への右ストレート後編
http://uruseiblog2.blog85.fc2.com/blog-entry-268.html
工作員語録 VOL1
http://uruseiblog2.blog85.fc2.com/blog-entry-270.html
工作員語録 VOL2
http://uruseiblog2.blog85.fc2.com/blog-entry-271.html
工作員語録 VOL3
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11185678410.html
工作員語録 VOL4 その1
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11185706235.html
工作員語録 VOL4 その2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11208890562.html
工作員語録その5


http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11172181276.html
シオン長老会 サンヘドリンVOL1
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11174856045.html
シオン長老会 サンヘドリンVOL2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11173254604.html
シオン長老会 サンヘドリンVOL3
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11173255357.html
ユダヤ長老会 サンヘドリンVOL4
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11174226466.html
ユダヤ長老会 サンヘドリンVOL5
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11177044315.html
ユダヤ長老会 サンヘドリンVOL6
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11177045361.html
ユダヤ長老会 サンヘドリンVOL7
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11187361762.html
人工地震~戦争への誘導
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11177046473.html
ユダヤ長老会 サンヘドリンVOL8
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11177828634.html
ユダヤ長老会 サンヘドリンVOL9
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11185662013.html
ユダヤ長老会 サンヘドリンVOL10

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

排泄妨害の上に脳への激しい関与が続いています。

本当の異常者が私の脳を壊そうとしています。



今日の付きまといは年配者が圧倒的に多かったですし
民族か宗教の関係者がメインだと思います。


電磁波と電波の攻撃手は大家と件の工作員協力者の
創価学会の有志とメーソン、在日有志かと思います。


意図的にますます苛酷な環境に
変えていこうとしているようにも思えます。


息苦しく、胃腸は不快の上に
頭が痛くその上にイライラです


覚醒している在日・創価学会の関係者いましたら
この人間達に理解させてやってください。


今まで作り上げた人海ネットワークや経済協力ネットワークが
今そのままメーソンへと丸呑みされることをです。


私への脳へのイライラの関与も一段と激しくなっています。


真の平和を齎すも灰色社会に馴染み
魂を濁すもすべては自分しだいです
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

先日のお願いにメールがいくつか来ましたが
残念ながら未だ後継希望の方は現れていません。


私はこれからこの社会を改善してくれるなら
どこの組織の人間でも名乗ってくれれば
差別しません。


生命の科学とイエスの奥義
私のできる範囲で説明します。


私を信じてくれれば、当然被害に関しても
理解してもらえることになるので
容易に希望してくれる人間がいるとは思えませんが


私の意志を受け継いでくれる方を引き続き探します。。


覚醒者もしくは理解者で
私のブログを理解してくれていて、


尚且つ強い正義感と勇気を持っている方いましたら
是非私宛にメールを下さい。


(私と会って話が出来る方)


おそらくは様々なしがらみや圧力を考えると難しいと思いますが
それでも可能な方がいましたらメールお待ちしています。


以前使用していたメールが使えませんので


こちらのアドレスになります。


morobosiataru04131222@mail.goo.ne.jp

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


私達が聖書のイエスキリストの言葉や
12使徒の手紙を読んで理解するにあたり


必要だと思う大前提をいくつか取り上げて
いくつかの記事に分けてコメントしてみたいと思います。


最初にローマ人への手紙にあるこの記述を参照してください。


16章

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私の同国人で私といっしょに投獄されたことのある、
アンドロニコとユニアスにもよろしく。


この人々は使徒たちの間によく知られている人々で、
また私より先にキリストにある者となったのです
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ここで二人の人物が使徒よりも先に
”キリストにある者となった”と触れられています。


ここでの”キリストにある”と言う記述はイエスキリストではなくて
神の意志、神の意志を実践するものと言う意味と
解釈すべきだと思います。


つまりは”真理にあるもの”と解釈できると思います。


精神を感じてそれを実践する生き方をするようになった人間、
もしくは啓示を受けたと言うことの例えだと思います。


イエスの奥義の実践、そしてそれによる
覚醒や啓示を彷彿させる内容だと思います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私の福音とイエス・キリストの宣教によって、
すなわち、世々にわたって長い間隠されていたが、今や現されて、


永遠の神の命令に従い、預言者たちの書によって、
信仰の従順に導くために

あらゆる国の人々に知らされた奥義の啓示によって、


あなたがたを堅く立たせることができる方、


知恵に富む唯一の神に、イエス・キリストによって、
御栄えがとこしえまでありますように。アーメン


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
奥義の啓示なるものがあらゆる国の人々に知らされたとありますが
ここでの奥義は言うまでもなく
イエスの神の国の奥義の事だと想像できます。


それが多くの方に知らされていると言っているのですから
当然この手紙を受け取った人間達も
イエスの奥義を伝えられそれを実践していると受けとめるべきです。


つまり使途の手紙を受け取る立場にいる人間は
使徒から奥義を伝授された人間達であると言うこと。


私はイエスの奥義が生命の科学と同じ物であり、


それは三次元と四次元、心と魂(精神)
肉体を持って体験する社会と魂を持って体験する社会とを
説明したものであると確信しています。


つまり聖書を解読するには
イエスの奥義、生命の科学が不可欠だと言うことになります。


私達覚醒者と理解者には聖書は正しく理解できても、
そうではない人たちには聖書は正しく理解することは
出来ないということだと思います。


これは驕りとか誇るとかそんなことではなくて
真理だと思います。


昔のレコードでいえば
33回転のLPレコードを45回転で再生しては
本来の音色が楽しめないように


3D映像を3Dメガネなしに楽しめないように
聖書を読むにはイエスの奥義、生命の科学は
不可欠だと思います。


心を持って、自分の作り上げてきた価値観をもって
そして習慣とされてきたことをもって真理に置き換えてしまう人たちには

イエスの言葉、使徒の言葉の真意を理解することは出来ないからです。


新約聖書は精神を意識して
神の意志を意識して語られた言葉です、


それをすべて心を持って解釈しようとしても
その真意は伝わらないのです。


そして誤った解釈がそのまま世の中の常識とされるから
キリスト教世界の常識とされているから


多くの教会とその信者達は
いつまでたっても本当の神の意志なるものを
理解することが出来ない。


だからこそ神を信仰していると言いながら
戦争や争いを平気で引き起こしているのだと思います。


私達覚醒者はその事を皆に伝えることが出来ます。


更には正しいイエスの意志を人々に伝えることが出来るのです。


引用しながら解説すべき場所は取り上げていきます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ローマ人への手紙 2章


ですから、すべて他人をさばく人よ。あなたに弁解の余地はありません。
あなたは、他人をさばくことによって、自分自身を罪に定めています。
さばくあなたが、それと同じことを行っているからです。


私たちは、そのようなことを行っている人々に下る
神のさばきが正しいことを知っています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

裁くという言葉をここでは其の通りの裁くと読み取って
問題ないかと思います。


他人を裁く(罰を与える、評価する好き嫌いする)人間は
裁くことで自ら罪を犯していると言うのが
生命の科学での私達が学んだことでした。


裁いている人間は其の事で自分もすでに
罪を犯している事になるという話だと思います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そのようなことをしている人々をさばきながら、
自分で同じことをしている人よ。
あなたは、自分は神のさばきを免れるのだとでも思っているのですか。


それとも、神の慈愛があなたを悔い改めに導くことも知らないで、
その豊かな慈愛と忍耐と寛容とを軽んじているのですか。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
神が導く悔い改めというのは
私達が精神を通じて感じる誤った行動をした時の罪悪感や
それが正しくないと言う印象が私達を正しい道へと
誘導している其のことだと思います。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ところが、あなたは、かたくなさと悔い改めのない心のゆえに、
御怒りの日、すなわち、神の正しいさばきの現われる日の御怒りを
自分のために積み上げているのです。


神は、ひとりひとりに、その人の行いに従って報いをお与えになります。


忍耐をもって善を行い、栄光と誉れと不滅のものとを求める者には、
永遠のいのちを与え、


党派心を持ち、真理に従わないで不義に従う者には、
怒りと憤りを下されるのです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

”栄光と誉れと不滅のもの”はそのまま
私達が求めるべき神の意志である精神であり
そのまま普遍的真理と置き換えてもいいと思います。


そのような人間には記憶を持っての転生をすることになり
結果自分が永遠を生きていることを認識することに成ります。


”不義”と言うのは誤った真理、神が義としていないこと
心を持って作り上げた価値観であると捉えればよいと思います。


怒りと憤りを下すと言うのは転生の法則を適応されるとき
それ相応の立場で生まれ変わることになるとか
魂を消滅することになるということを指していると思います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
患難と苦悩とは、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、
悪を行うすべての者の上に下り、


栄光と誉れと平和は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、
善を行うすべての者の上にあります。


神にはえこひいきなどはないからです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

当時ユダヤ教社会においては
ユダヤ人こそが神に選ばれた人間であり
地球社会は自分達のためにあると言う意識があったわけですが


そうではなくて神は全ての人間に対して平等な存在であり

ユダヤ人は特別な民族ではないのだという事を
触れているのだと思います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

律法なしに罪を犯した者はすべて、律法なしに滅び、
律法の下にあって罪を犯した者はすべて、律法によってさばかれます。


それは、律法を聞く者が神の前に正しいのではなく、
律法を行う者が正しいと認められるからです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

律法といった時にそれを否定しているパウロが
律法を行うことで正しいと認められると触れていることから


ここでの律法は神の真理であるところの律法
神の意志であるともとれます。


その時は、
神の意識を感じることなしに罪を犯したものは滅び
神の意志の元において罪を犯したものは
神の意志の元裁かれると言う意味になると思います。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


―律法を持たない異邦人が、生まれつきのままで律法の命じる行いをする場合は、
律法を持たなくても、自分自身が自分に対する律法なのです。


彼らはこのようにして、律法の命じる行いが
彼らの心に書かれていることを示しています。


彼らの良心もいっしょになってあかしし、
また、彼らの思いは互いに責め合ったり、
また、弁明しあったりしています。―


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

独自の明文された律法を持たない異邦人でも
命じられることなくして律法の求める行いをしている場合は

明文律法がなくても彼自身が内に律法を持っている
’道徳や良心の声”のように。。


と言うことではないでしょうか
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


私の福音によれば、神のさばきは、
神がキリスト・イエスによって人々の隠されたことを
さばかれる日に、行われるのです。


もし、あなたが自分をユダヤ人ととなえ、
律法を持つことに安んじ、神を誇り、みこころを知り、
なすべきことが何であるかを律法に教えられてわきまえ、


また、知識と真理の具体的な形として律法を持っているため、
盲人の案内人、やみの中にいる者の光、
愚かな者の導き手、幼子の教師だと自任しているのなら、


どうして、人を教えながら、自分自身を教えないのですか。
盗むなと説きながら、自分は盗むのですか。


姦淫するなと言いながら、自分は姦淫するのですか。
偶像を忌みきらいながら、自分は神殿の物をかすめるのですか。


律法を誇りとしているあなたが、
どうして律法に違反して、神を侮るのですか。


これは、「神の名は、あなたがたのゆえに、
異邦人の中でけがされている」と書いてあるとおりです

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

戒律を守っているから自分は正しいと言いながら
実際は神の意識からかけ離れた罪と言える行為を繰り返している
ユダヤ人達に戒めの言葉を投げかけているのだと思います。


そんなユダヤ人が神を語るから
神の名が異邦人の中で汚されていると
触れているのだと思います。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

もし律法を守るなら、割礼には価値があります。
しかし、もしあなたが律法にそむいているなら、
あなたの割礼は、無割礼になったのです。


もし割礼を受けていない人が律法の規定を守るなら、
割礼を受けていなくても、割礼を受けている者とみなされないでしょうか。


また、からだに割礼を受けていないで律法を守る者が、
律法の文字と割礼がありながら律法にそむいているあなたを、
さばくことにならないでしょうか。


外見上のユダヤ人がユダヤ人なのではなく、
外見上のからだの割礼が割礼なのではありません。


かえって人目に隠れたユダヤ人がユダヤ人であり、
文字ではなく、御霊による、心の割礼こそ割礼です。


その誉れは、人からではなく、神から来るものです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ここでのパウロの主張したいことは
戒律を持っていてそれを神の下実践しているからといって
誇っている当時のユダヤ教徒達が


形式と独自の戒律にこだわり
大切な神の意志を無視していて
結果的には神の意にかなった生き方をしてはいないと言うことを
比喩で語ったものだと思います。


大切なことは割礼(形式)ではなくて御霊(神の意志)
であり、文書に記された戒律ではなくて


精神から感じる神の意識だと言うことだと思います。


ここで私たちが理解すべきは


パウロがユダヤ教徒とその戒律に生きてきた人間たちを意識して
それが必ずしも神の意志の実践にはならないと言うことを
強調していたこと


そして形式ばった事を人間の価値観により
戒律として作り上げても
その大元が神の意志にかなっていなければ
実践しても何にも神からの褒美は与えられないと言うこと


そして戒律なるものは明文化するものではなくて
神を意識して(信仰して)いるうちに
内なる精神から与えられ心を持って意識することになる
と言うことではないでしょうか。


イエスの十字架の死によってそのような古い約束事
明文化され、限定列挙された律法なるものは
神の意志すべてを網羅するものでありえず


それを重視することで今度は別の事で
神の意志を無視し続けていればその人は義とは認められないと言うこと。


義人は一人もいません。

ただ、義となるために罪を避けようとする人間がいるだけだと思います。


私たちは経験と精神の囁きによって
日々自らへの戒律を増やしていることと思います。


当初私たちが意識すべきものは
創造主の存在を認め
三次元と四次元そして心と精神であり


四次元が神の意識の領域であると言うことでした。


生命の科学、イエスの奥義に戒律といえるものがあるとすれば
それだけでした。


何故ならばすべての行為に関して
創造主は最高の解答を持っていて
それを実践することこそが私たちが求められていることだからです


一方私達は人として当たり前とされる道徳を前提に
後は自らが行動で経験しながらそれが正しいかそうではないか
もしくは最高の行動であるかどうかを
結果からも判断しながら


誤ったと思ったときは(これが罪でした)それを訂正し
同じ事を繰り返さないことを意識します。


それを繰り返す中で私達の心の中では
新しい戒律がどんどんと増えては
時には以前の価値観と置き換えられることにもなります。


そしてそれが私達の心の価値観が
神の意識と同じになるまで延々と続けられることになるのですから
私達が課される戒律は無限に存在しているのです。


最初に戒律を真理として持つことの弊害を
イエスは新約聖書を持って私達に伝えようとした。


そう受け止めれば聖書の解釈も
また異なったものとなると思います。


【地球人の苦悩を光の前の暗黒の様に消すために
宇宙の創造主を地球の道しるべにしよう】


正しい神への信仰を伝えていくのも
私達覚醒者の役目だと思います。


PR

コメント

[コメントをする]

コメント投稿

一緒にプレゼントも贈ろう!

気になるキーワード

    アメーバID登録して、ブログをつくろう! powered by Ameba (アメーバ)|ブログを中心とした登録無料サイト