伊賀・芭蕉翁記念館(ばしょうおうきねんかん)
芭蕉翁記念館に行ってきました。
芭蕉に生誕地である伊賀市の上野公園内の一角。
館内の芭蕉文庫には、多くの連歌・俳諧に関する資料が保存されており、展示室ではそれらが公開されています。入館料は大人300円でした。
伊賀・芭蕉翁記念館(ばしょうおうきねんかん)は、昭和34年(1959)部滿之助氏の篤志寄付により俳聖芭蕉翁を顕彰する事業のひとつとして建てられました。松尾芭蕉を顕彰するために 建てられた芭蕉翁記念館は、周囲を緑に囲まれた国史跡の上野公園内にあります。館内の芭蕉文庫には翁の真蹟をはじめ近世~現代に至る連歌俳諧に関する資料等が数多く保存されています。展示室ではこれらの資料を常時展示しています。また、芭蕉のグッズも売られている。記念館は本館と別館からなり、本館は校倉様式を取り入れた高床式鉄筋コンクリ-ト造り平屋建てで、資料展示室・芭蕉文庫・事務室などからなっています。玄関正面のホ-ルには旅姿の芭蕉翁像が展示され入館者を温かく迎えてくれます。別館は茶室付きの和室で、俳句会・お茶会・会議などに利用できます。
名張・夏見廃寺(なつみはいじ)
夏見廃寺に行ってきました。
近鉄大阪線名張駅からほぼ真東、名張川の北に史跡・夏見廃寺跡があります。
張川北岸の男山丘陵の南西裾にある夏見廃寺跡は、かなり昔から古瓦などの散逸が見られたそうです。
夏見廃寺の主要堂宇は、全て川原石による乱石積み基壇で、金堂の周囲三面の犬走りと講堂東側の参道などに石敷きが認められています。 これら主要堂宇の建立時期は、おおよそ二期に分かれるようです。
斜面一番上に金堂跡とともに並ぶ塔跡は、本当にこじんまりとしたものです。
名張・夏見廃寺(なつみはいじ)は、夏見廃寺は、出土遺物から7世紀末から8世紀前半にかけて建立されたと推定される、名張川右岸の男山南斜面にある古代寺院跡です。天武天皇の皇女で、斎王制度が成立してから初めての斎王として仕えた大来皇女が、父の菩提を弔うために建てた昌福寺が「夏見廃寺」であるといわれています。
白鳳文化を伝える「せん仏」などが出土、国の史跡に指定され公園として整備されている。
跡地に立つ夏見廃寺展示館には、仏画の彫られたせん仏や軒瓦など、数多くの出土品が展示されている。アニメーションビデオによって夏見廃寺の歴史的な概要を解説しています。
名張・名張藤堂家邸跡(なばりとうどうけていあと)
名張藤堂家邸跡に行ってきました。
藤堂邸からあるいて10分程度、小さな石碑で静かで落ち着きます。
武家屋敷でしたが、上級武士として名張の街造りに貢献した名家ですので、気品のある佇まいがとても情緒あって良かったです。
名張藤堂家に伝わった調度品をはじめ武具、典籍、文書など展示し入場者に近世上級武家の生活の一部を一端に触れられるよう公開してありました。
名張・名張藤堂家邸跡(なばりとうどうけていあと)は、寛永13年(1636年)一万五千石を津本家から給された藤堂高吉が屋敷を構えました。
名張は江戸時代には藤堂氏の城下町として栄えた町です。
現在の屋敷は宝永7年(1710年)の名張大火後に再建された屋敷の一部分ですが、
現存する数少ない上級武家屋敷であり、往時の栄華を偲ばせている貴重な文化遺産です。藤堂高吉から始まる名張藤堂家の御殿。広大な屋敷だったが、今は奥住居の一部と桃山式枯山水の庭園が残るのみ。江戸時代の上級武家屋敷が残っているのは全国でも珍しい。