2012年3月30日金曜日
2日間 ・・・ 死んでいました。
昨日と、一昨日は、
身体中に 激痛 があって、
「 被災 わんこ達 」 のお世話 しか、
できませんでした。
あの痛みは、半端では ありませんでした。
座薬を使っても、半減するくらいで、
まともに立っていられませんでした。
そういえば ・・・
今年の 3月11日 に、
本当は、東京に呼ばれていました。
高熱で、行けませんでしたが、
会場のお母さま方と、Skypeで、会話をしました。
その 数日前、
「 野呂さん 」 に、
わたくしの 「 昨年 夏からの症状 」 を 箇条書きにしたFAX を 送りました。
野呂さんは、早速、肥田俊太郎 先生の 所へ 「 それ 」 を 持って行きました。
そして、帰ってきた言葉は、
「 内部被曝 の 典型 」 ・・・ ということでした。
肥田先生は、
「 早く、この人 (わたくし) を、放射能のない場所に 移さなければ ・・・ 」
と、おっしゃったそうです。
そして、3月11日に、
京都の 放射能 専門医の 女医さん と、Skypeで、お話をしたところ、
「 沼内 さん、残念ながら、西洋医学では、直せないの 」 と、教えていただきました。
とても優しい女医さんでした。
今日、「 被災 わんこ達 」 を 両親に預けて、
わたくしたち夫婦は、「 保養 」 に 出かけます。
たった 二泊三日 ですが、
この 南相馬市 を 離れてみます。
それを、必死に勧めてくださったのも、野呂さんです。
野呂さんとは、南相馬市で お目にかかりました。
彼女は、
『 ベラルーシ の 架け橋 』 として、
チェルノブイリ で被曝した 「 こどもたち 」 を 日本に呼んで、保養させてきた 方です。
いまは、日本中を駆け回って、精力的に 活動していらっしゃいます。
しかし、
南相馬市 で 行おうとした
「 野呂さんの講演会 」 でさえ、
公共の ・・・ 行政の 管轄にある 場所は、借りられませんでした。
仕方なく、個人で 経営している 「 キッズ クラブ 」 を お借りしたのです。
しかも、
その講演会まで、潰されたくなかったため、
こっそりと、関心の高い方々にしか 呼びかけない 用心深さ でした。
わたくしは、行って 驚きました。
細心の注意を払って、開催しようとしていたことを ・・・。
いま、毎日、全国の方々と、電話で 直接 お話できるようになって、
ブログを 引っ越して、良かったと 、しみじみ 思っています。
東北の状況が、分からない中で、
瓦礫を 受け入れようと している 県 が あります。
しかも、西日本 です。
NHK だったか ・・・「 東北の 被災3県 の 住民アンケート 」 では、
80% 以上の方々が、
「 自分たちの県で 処理すべきだ 」 と回答しています。
ニュースでも、流れました。
日本政府は、他県に
「 立派な 処理施設 を 造ってあげるから、引き受けてください 」
と、呼びかけています。
しかし、なぜ、その 「 立派な 処理施設 」 を、
岩手県と 宮城県に、造って差し上げないのでしょうか ?
そうすれば、運搬せずに、済みます。
被災地に、新たな 雇用 も たくさん生まれるのです。
そして、将来にも つなげていける仕事になります。
船を使えば、
将来、他県で 発生するかもしれない瓦礫 を、
大量に運ぶこともできます。
福島県は、居住困難地域 が はっきりと分かっています。
放射能の 「 中間処理施設 」 を
なぜ、いまだに、着工さえしていないのか ・・・ 。
「 帰れないこと 」 は、みんな、分かっています。
ほとんどの 方々が、「 新たな生活基盤 」 を、求めているのです。
インタビューに対して、
「 こんな、根無し草 みたいな 生活 は、精神状態を 憔悴させる 」 と 答えた
浪江町の男性が いらっしゃいました。
みんな、そうです。
一日でも早く、落ち着ける場所 ・・・ 「 自分の家 」 が 欲しいのです。
こんな、【 飼 い殺し 】 のような 政策は、
もう、やめていただきたい。
ただ、それだけです。