年々増え続ける「うつ病」。決して他人事ではなく、
職場や生活の環境次第で、誰にでも起こりうる病気として認識されてきています。
メンタルヘルスの不調が出現する要因は、近年においては多様化してきており、職場環境によるストレスがかつてないほどに高まっていると考えられます。
働く人のうつ病は、年々増加の一途をたどり、特に働き盛りといわれる30代や40代に多くみられます。これは脆弱な人が増えたからではなく、その背景には仕事量の増加に伴う勤務時間の長時間化、効率アップのためのIT化や成果主義の導入等で、コミュニケーションを図ることが困難になっている状況があると思われます。
年功序列制や終身雇用といった日本型の企業理念が崩壊し、経済のグローバル化に伴う企業間競争の激化・経済効率の追求等を背景に、メール化やマニュアル化が進んで人員が削減され、人を育てる余裕のない労働環境となっています。成果主義の導入、リストラ、業務負担の増加といった変化に伴い、上司や先輩の背中を見ながら仕事を習得する時代は終わり、人間関係の希薄さも相まって、常に強い緊張感や孤立感を感じながら働く人々は増加傾向にあると思われます。しかも、現在の日本の産業構造は、サービス業を中心とした第3次産業に従事する人がもっとも多く、対人関係のスキルを求められることが当たり前となっているため、几帳面で職人気質の真面目な人にとっては生活がしにくい世の中といえます。
臨床の場で感じることは、長引く経済不況がこうした労働環境に拍車をかけるかたちとなり、長時間労働による睡眠不足や職場の人間関係などが原因で不調を訴える人が多くなっているという現実です。今や職場はうつ病のほかに、適応障害やパニック障害、社会不安障害といった、メンタル系疾患の発生源となっている感もあります。休職や退職、さらに最悪の場合には自殺にまで追い込まれるケースも少なくないため、働く人のうつ病の増加は大きな社会問題となり、企業では様々なメンタルヘルスケアの取り組みが試みられています。
「復職支援プログラム」で職場復帰を目標とする仲間と共に、
うつ病と休職の理由を理解しましょう。
うつ病は、十分な休養とSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)などによる薬物療法により治療可能な病気です。しかしながら、再発を繰り返すことも多く、休職中の生活リズムから通常の生活リズムにうまく戻せず、無理をしてしまった結果、再び休職となるケースが少なくありません。休職されている方の治療目標である復職に至るためには寛解※することが必要ですが、最近の研究では、最初の抗うつ剤では、寛解率は約30数%程度と分かってきており、70%の人は、必ず、「次の一手」が必要になります。適切な薬物療法は、極めて重要です。底上げ効果は十分期待できます。しかし、復職するには、「もうあと、一押しが欲しい、復職するには不安があるので、踏み切れない」という人もみえます。つまり医学的な寛解レベルを仮に60点とすると、復職(業務遂行能力を継続する)レベルは、80点以上が求められます。うつ病には、「良いとき悪いときの波」があり、悪いときでも80点以上を維持することが課題になってきます。再発も多く見受けられますので、60点と80点のギャップを持ち上げる復職能力の向上を目指し、復職プログラムを実践しています。
復職支援プログラムは、規則正しい生活と睡眠リズムを指導します。そもそも、どんな問題に突き当たって休職に至ったか?を私たちと一緒に考え、問題解決の方法(出口)を探します。職場の上司・同僚との人間関係が問題なら、対人関係のコミュニケーションスキルアップのため、アサーショントレーニング、職場を想定したSSTでの練習。生活・睡眠リズムの乱れた人には、睡眠衛生指導、社会リズム療法。悪い風に物事を考え、悲観的になりやすい癖で悩んでみえる人には、集団認知行動療法、人前やプレゼン、職場で不安・緊張が強く、つらい人には、社交不安障害の集団認知行動療法。アルコールの問題の人にはアルコール治療。と、うつ病に至ったその人特有の困りごとに合わせた治療モジュールをお勧めします。たとえば、うつ病のために失ってしまった喜びや達成感を取り戻して、つらいときでも、動けるようにしてうつ病を改善する行動活性化モジュール」(とても効果的です)、ネガティブな考えで悩んでいるときに楽になる「考え方の幅を広げる」(認知再構成法)、コミュニケーションで、つらい気持ちにならないように「アサーションモジュール」、不眠で悩み、アルコールや睡眠薬に頼らなくても良くなる「不眠の認知行動療法モジュール」、現実の問題がとても大きくて、圧倒されているときには「問題解決法モジュール」などを用います。そして再発予防教育ののち、職場の健康相談室と連携して、復職のプログラムを決めていきます。復職後は、OBとして、フォローアップグループがありますので、復職後のストレスを話し合ったり、上記のモジュールが、復職後、うまく実践できているのか?問題があれば、どうやってうまく使うか?自分たちで話し合い、私たちが感心するようなアイデアが患者さんから出されて、うれしい驚きもあります。
※寛解:病気の症状がほぼ消失した臨床的にコントロールされた状態。治癒とは異なる。
- 医師からのワンポイントアドバイス
-
- 職場復帰前に不安リストを作成し、上司や産業医に理解を得ましょう。
実は企業の方も不安なのです。 - 復職者は「職場にうまく適応できるだろうか?」といった様々な不安をかかえながら出社しますが、企業側は復帰したからにはこれまで同様に仕事をしてほしいと考えることは当然のことです。しかしながら、復帰後に以前と同じ量や質の仕事をこなすことは難しいため、上司や産業医の理解が必要となります。企業としても社員がどのような治療を行ってきたのかが全くわからないため、どの程度回復したのかを知りたいのです。
復職者本人から同意を得た上で、企業側に病状や投薬状況、復職支援プログラムの中で、どのような行動をしていたかを、習得したモジュールや参加記録、達成度の具体的な表を元に、今後の就業についての見通しの手立てとなるリストを提出します。企業側に理解してもらうことは重要です。復職者、主治医、上司、産業医による面談を行い、関係者に共通の理解を得ることで復職者と企業の方のすりあわせができ、効果的な復職プランを作成できます。企業側も無理をさせることなく対応することができるため、互いにとっての大きなメリットがあるといえます。
- 職場復帰前に不安リストを作成し、上司や産業医に理解を得ましょう。
患者さん自身が症状のセルフコントロールを習得することで
辛い場面に向き合い、解決できるようになります。
認知行動療法は、物事のとらえ方(考え方、認知)と行動を変えることで症状を減らしていく治療です。治療者のアドバイスによって当面の課題を改善していくだけでなく、認知の歪みを修正するスキルを身につけることができるようになります。最初のうちは医師に相談しながら行っていきますが、その技法を習得することによって「自分は何を感じているのか。どんなことが頭に浮かぶのか」という自動思考に気付くことができるようになると、思考や感情を自分で観察、コントロールできるようになります。その結果、ストレスのかかる出来事に対して、どう受け止めたか、どのような考えをしたのかなどを確認しながら、心の問題や症状を軽くする技を習得して自分自身で認知行動療法を用いてセルフコントロールができるようになっていきます。
中国の故事に「魚を与えるのではなく魚の釣り方を教えよ」というものがあります。これは、釣りをしている老人のところにやって来たお腹をすかせた子どもに、老人は魚を与えることを拒み、魚の釣り方を教えるという内容です。魚を与えて簡単に空腹を満たすのではなく、一生食べていけるように魚釣りの方法を教えるというものなのですが、認知行動療法は、治療後の効果が続きます。自分で創意工夫して、もっと効果的な治療法を考え出される人もみえます。以前なら、ストレスな状況に、再び、遭遇しても、自分自身に課題を出して解決をすることで、ネガティブな感情から目を背け、逃げてしまうことなく、しっかりと見つめ向き合っていくことができるようになります。この結果、復職後は、話し合うことや上司に相談することができる状態となるため、同じことを繰り返し悩むことがなくなり、以前よりも、よい環境で仕事に就き、元気に回復されている方が多くいらっしゃいます。うつ病という迷路の入口に戻ることなく、出口にたどり着くことができる治療があるということを多くの方に知っていただきたいと思います。
ある患者さんは、この復職デイケアの3ヶ月間は、自分の今後の人生30年のために役立つとおっしゃった方もみえました。私たちは、このようなお言葉を大切にしていきたいと肝に銘じています。
- 名古屋市 あらたまこころのクリニック 院長
- 加藤 正先生
住所 | 〒467-0066 愛知県名古屋市瑞穂区洲山町1-49 |
---|---|
TEL | 052-852-8177 |
WEB | http://mentalclinic.com/ |