第11章:命の爆発の季節
山は、既に命の爆発を吹き上げはじめていた。
緑は萌え、生き物は騒ぎ、鳥は歌い、風は吹き抜ける。新しい命のざわめきが、山を包み込んでいた。
春は全ての命の始まりの季節だ。全てが喜びに満ち溢れ、活気づき、新しい生命の息吹を爆発させる。だから僕は春を「命の爆発の季節」と呼んでいるのだ。
「まもなく春の、もっとも大きな命の波が来るころだな」
「そうだね。春は絵が描きやすくていいよ」
「ふむ? というと?」
僕は目に留まった木の実を摘み取り、指先でつぶしてフルトンに見せた。指先は、燃えるような赤に染まっていた。
「絵具か」
「そう、僕が欲しい色は、春にほとんど手に入るようになる。寒くなる前に冬用の絵具を備蓄しなくちゃいけないから、冬はどうしても苦しくなる。それが春になると、いつでもどこでも絵具が手に入るから」
ふと、木漏れ日の中に立つ一頭の鹿を見つけた。暖かな光に包まれた鹿は動くこともなく、その夜のように黒い瞳で、こちらをまっすぐ見つめていた。
僕は近くの岩に腰かけ、木の皮を一枚取り出した。そして近くにあった木の実と木葉を刷り潰し、皮に塗りたくる。
鹿は動かない。フルトンは椅子を出した。
僕と鹿が2人きりの世界に入ってから、どれほどの時間が経ったのか。
気づけば絵は満足のいくものになっており、鹿は姿を消していた。
「………」
木漏れ日の絵。鹿も、新しい命の喜びをたくわえている。あの深い黒の奥には、鹿の感情があったのだ。
「彼も描いてもらう事を喜んでいたようだね」
フルトンを見れば、椅子に腰かけてリラックス。ちゃっかりコーヒーまで淹れているようだ。
「そうなの?」
「今の彼らにとっては全てが喜びさ。それにあの鹿は、後世に残る記録になった。彼らにとってそんな嬉しいことはない」
「それは……そのためにフルトンが「ある」ってこと?」
居るのではなく、あるという表現に、フルトンがぴくりと眉をひそめた。
「わかってるんだ。箱書斎がたった一つじゃ、世界中の色んな事を記録するには少なすぎる」
それは切り株のツパイから聞いた「箱書斎のフルトンを連れた職人」という言葉から、だいたい予想することができたのだ。仕方なさそうに、フルトンは溜め息をつく。
「……そうさ、そもそもフルトン、いや、「フルトン紀行」は世界中のすべてのフルトンが記録しているものだ。私だけではない、多くのフルトンがいて、それぞれの箱書斎を受け継いできた。北の果てには「図書館」があって、全ての記録を保管している。私たちは、それを渡り鳥に受け継がせて、また旅を繰り返すんだ」
図書館、という単語に胸が躍る。つまりフルトンの記録を全て読むことができる場所があるということだ。
恐らく僕にはその文字は読めないだろうけど、それでもそんな場所があるんだということに、僕は感動していた。
「私で何代目になるのかな……ひとまずこの箱書斎だって私が最初ではないんだ。ずっと昔から受け継いできている。だが素晴らしいものだ。大量の本をまだまだ貯蔵できるし、かまどがあるからコーヒーも淹れられる。防水してあるから水に落とされてもへっちゃらなんだ」
「すごいね。この箱書斎も、職人の手のものなの?」
「あぁ、我々フルトンはずっと、職人と共にあったんだ……」
果たしてどんな人物が、どれほどの時間と技術をかけてこの箱を作ったのか。僕にはそれがとても素晴らしくて、神秘的なものに思えた。
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