風知草:人は望む事を信じる=山田孝男

毎日新聞 2013年03月11日 東京朝刊

 人は自ら望む事を信じる。古代ローマの英雄カエサル(シーザー)の警句である。

 紀元前56年、ガリア(現在のフランスなど)制圧に乗り出した時のことだ。北西部ブルターニュに派遣した副将サビーヌスが敵陣にスパイを放ち「ローマ軍は脱走者続出、戦意喪失」というニセ情報を流させた。願ったりと攻め寄せた敵は思わぬ逆襲に遭い、敗走した。

 カエサルはこの逸話を「ガリア戦記」に書きとめ、論評を加えた。「およそ人は自分の望みを勝手に信じてしまう」(岩波文庫、近山金次訳)

 活断層の評価の分裂、関心の低下を見るにつけ、やすきに流れる人情を思う。活断層の真上に原発があっていいか。東日本大震災直後には明白だった答えが今はぼやけている。

 活断層とは何か。地層に現れたズレだ。地滑りの跡だ。かつて(といっても1000年単位の昔だが)それに沿って繰り返し地面が崩れ、将来もそうなると考えられている亀裂である。既に活動を停止した「死断層」と区別して活断層と呼ぶ。

 活断層の上に原発があるとどうなるか。耐震設計の原子炉も大きな地滑りに遭えばひとたまりもない。原発制御の生命線である冷却水の配管や電気配線が破断し、万事休する。メルトダウン(炉心溶融)だ。

 日本列島の2000カ所以上で活断層が確認されている。原発を建てるならそこを避ければよさそうなものだが、立地は科学とは無関係に決まる。そもそも迷惑施設だから選択の余地が少ない。初めに選定ありき。活断層が見つかっても過小評価して審査をすり抜けるという手法がまかり通ってきた。

 それはおかしいと早くから声を上げてきた専門家の一人に中田高・広島大名誉教授(71)=変動地形学=がいる。

 中田は島根原発近くの活断層に対する中国電力の過小評価を立証し、注目を浴びた。06年のことである。その前年、中田は原子力安全・保安院(当時)の委託で調べ、活断層は全長18キロ超と報告していた。

 だが、中国電力は別の専門家の全長10キロ説を盾に島根3号機(ほぼ完成、未稼働)の設置許可を取りつける。無視された中田は現地を掘ってみた。すると、中国電力が「活断層は存在しない」と見極めた所に地層の大きなズレが現れた。

 「全長10キロ以下の活断層」は耐震指針の目安だった。それなら原発はマグニチュード6・5に耐える設計でいい。コスト優先で事実が曲げられた。過小評価を先導した専門家は、国と電力会社から報酬をもらい、他の原発でも活断層の「値切り」を重ねる常習者だった。

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