2007年03月31日
北朝鮮とヤクザの因果関係(1)
北朝鮮とヤクザの因果関係
以下の記事は、昨年、掲載したものを再掲しました。ここから話を展開していきます。
2006年05月15日
仁侠の世界を考えてみた極東会に関して
極東会とは、北朝鮮から覚醒剤を密輸していた宮田が所属する団体。
組織の全容は以下に記されているので御覧頂きたい。
http://genko.system.to/wiki/wiki.cgi/ykz?page=w_b6cbc5ecb2f1
北朝鮮問題に取り組む者が、ヤクザ組織に関して記しても仕方の無い事だから組織の全容に関しては省略するが、日本のヤクザ、仁侠道が侵略されていく模様を簡単に記す。
松山真一こと、曹圭化、ズバリ在日の親分である。極東会の前進団体である極東関口一家の四代目田中春雄が死去されて、五代目に襲名した松山真一。
五代目を襲名すると組織改革に着手する。系譜を博徒系に真似、先代の名前を削除し、役員人事も一新した。
改革派である松山真一にカリスマ性があった為、許された行為であろうが、本来的屋組織では許されない事を独断で行った。
極東会五代目松山真一が現在の肩書き。
では、本来の系譜ならどうなるか?極東関口五代目三浦二代目松山真一が本来の肩書きである。
要は、先代親分の名前を外さない事が流儀であるのだが、松山親分が五代目を襲名して以来、全て簡略化された。
博徒を真似たと言う事は、詭弁であるだろう。覗った見方をすれば、在日である親分が、日本の侠客の名前を外したとも受け取れる。系譜という、伝統をぶち壊したとも言えるのでは?
簡単に一言で済ますなら、侵略成功なのであるまいか。
過去、四代目田中春雄までは、極東関口の冠を残してきた。それは、戦後組織した関口愛治親分を慕い、敬う気持ちから残されてきた。これは、極東会であれ、現在、分家組織では代々の系譜は受け継がれてきている。
例えば、北区赤羽に本拠地を置く組織の場合には、極東関口初代分家仲連合会仲分家●代目●●会●●一家●●組となる。
松山真一親分の場合は、関口愛治、田中春雄、そして分家である三浦周一親分の名前を残すのが本来の形である。
組織改革としての簡略化であるとするが、ある意味において、日本の伝統、系譜を軽視できるあたり在日の親分だからと言われても致し方ないのだろう。
分家、本家の筋を明確に示してこそ、出自が明らかになり、男稼業に華を添えるのではないかと思う。
各団体が御法度とされる薬物に手を出し、世の中に蔓延させる事、それだけでも侠客は存在しない、仁侠は滅びたといえる所以であるが、その前提部分に、系譜軽視がある事を考えないとならんだろう。
大町ルート上に出てくる千葉、埼玉、東京にも極東会は事務所を構える。調布を仕切るのは、二代目林一家。本来なら、極東関口初代分家三浦連合会二代目林一家であるはず。先代の林親分は死去されており、二代目親分も一昨年に亡くなっている。三代目継承者名は不明。
注意)情報提供者から伏字で記す様に念をおされたため、一部●で記しました。
何故、伏字が必要であったのか?
東京都豊島区東池袋1丁目のビルに全てがあった。
同ビル内には、シンガンスをリーダーとした工作員のアジトがあった。階上には、伏字組織の事務所が現在もあり、同事務所に所属する者(故人)と東京調布出身(在日)で同門組織(事務所は別)の者と元店員の男、他一名が、八王子のスーパーに元店員の手引きで侵入を計画している時に、スーパー女店員銃殺事件が発生した。
スーパー侵入計画は、ごく僅かな者しか知らない事実であり、計画が発覚しただけでも銃殺事件との関係を追及され、起訴されると心配していたそうだ。
この事件と暴力団員の共通点は、計画だけでなく、マカロフなる北朝鮮のマーク入り拳銃(ロシアモデル)を所持(事件では使用)していた事も共通しているし、使用された拳銃に関する詳細は、公表されていない事実でありますから、一連の流れを踏まえて伏字要請になったと推測。
八王子スーパー店員殺人事件、被害者は三名。
犯人は逮捕されず。時効は近づいている。事件の発生は、1995年の7月。
一日も、早い、犯人検挙、心より祈念致しております。
次回の話は
1989年、東京都調布市多摩川の在日部落に住居を構えたヒットマン、狙いは、八王子、そして東京進出。
国粋会を昨今、支配下にした山口組。国粋の名を消す事が真の目的ではとも思えたのが、五代目渡邊組長の寂しき引退劇の顛末を噂に聞いた事からはじまった。
関東出身の五代目、日本人の五代目を快く思わない流れがあったとの噂。
時は、1989年、その男が在日部落に降り立った日から全ては始まった。
奴らの狙いは、ニ率会小金井一家。古くからの博徒組織。作家である安部譲二氏が所属していた組織。
余談であるが、東京国分寺に住む安部譲二氏。塀の中シリーズで莫大な金を掴んだのだが、当時、本人は、赤のマツダ・ファミリアに乗っており、印税の大半(推測で億単位の金)が、小金井一家に納められたとの話があった。
暴露した代償なのか、それとも堅気としての一歩を踏み出せた事への義理返しなのかは定かでないが、暴露の代償は高いのかもしれない。
さて、本題に戻りますが、
多摩川の部落に降り立ったヒットマンがチーム作りを開始するところから次回、掲載したいと考えております。
くちなし拝
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この記事へのコメント
つまり極東五代目(極東会会長)を現在名乗っています
極東五代目を継承する以前は極東関口一家三浦二代目を継承。 三浦周一の跡目をとり
極東三浦連合会を組織化した 更に三浦連合会から眞誠会に発展させ 現在は松山連合会となっている。
テキヤの一家名乗りと分家を理解してないと神農道の盃構成を理解できません。
極東会=日本の政治的部分で、凄い力を持つ組織なんですね?
とても興味のある記事を拝見しました。
私のブログに転載させていただきます。
↓
夢を叶えてあげる
http://ameblo.jp/yumewokaitarakounatta
お時間あります時にでも、ご訪問下さい。