2013-03-28
「ガールズ&パンツァー」が行ったイメージへの奇襲
名著である「定本 映画術 ヒッチコック・トリュフォー」で語られた、ある印象的な言葉を思い出してしまった。
自分の求めていたイメージと寸分たがわぬイメージを生み出すことこそ、映画作家の夢だ。そこに、どんな妥協があってもならない。イメージの想像に厳密さを欠いているために、いい加減な映画ができてしまう。映像(イメージ)は映るものでなく、つくるものだ。
水島努監督は『ガールズ&パンツァー』最終話の絵コンテを描き上げたとき、どんなイメージをしていたのだろうか。待たされた11話で高まった期待をものの見事に越えてくれた。去年の雪辱を晴らすべく立ちはだかる黒森峰にチーム一丸となってぶつかり、みんな主役なんだと言わんばかりの見せ場につぐ見せ場。可愛い作戦名とは裏腹に、徹底的な考証と妥協なき映像作りを重ねたと思わせる戦車戦アニメーション。ただ「凄いものを観ている」としか表現できない心境の中、持続する臨場感、息もつかせぬ迫力のカメラワーク。
砲塔に視点をおく見た目ショット、いわゆるPOV。砲身の回転軸に合わせるカメラはまるでスタビライザー(砲のブレを安定させる装置)。最新鋭の10式戦車など現用MBTとは違い、戦車道で扱う戦車に高性能なスタビライザーは搭載されていないのに、高度に進化したカメラワークでティーガーを追い続ける。車体がどの方向を向いても砲塔は目標から外れず、カメラが寄り添う「スタビライズする戦車POV」。FPSゲームにも通じる現代的な発想だけれど、これが戦車アニメのPOVだと有無を言わさない迫真感があった。
戦車の映える構図を意識的に選択し、アニメでこんなカットがあったら格好良いのに……と思っていた想像を映像化してくれたのは、全試合通しての魅力。
第9話ラスト、プラウダ戦に終止符を轟かせた突撃砲の射撃。雪中にハルダウン(車体を隠す)した突撃砲の砲身先端部に取り付けられたマズルブレーキ(制退器)から立ちのぼる射撃直後の白い煙、砲口高1.57mと低い位置にある砲身をやや見下ろす正面アングルから切り取り、これが突撃砲の得意戦術・不意の待ち伏せだと高らかに主張する。射撃の結果である敵戦車のリアクションはまだか、と緊張を余儀なくされる戦車道ならではの時間。爆発炎上させるのではなく、白旗が上がるかどうかという「試合」。技あり止まりなのか、一本なのか。戦車道の残心とも言える見事なマズルブレーキ描写、突撃砲好きにはたまらないワンカットだった。
外側だけでなく内、戦車に搭乗するキャラクターにも多くの工夫が凝らされていた。
戦車室内の密室感やメカニックの再現も特筆すべきところだが、外を視察するのぞき窓・覗視孔やペリスコープからゴーグルのように当たる光は印象的。第6話では狼狽するアリサがリアル気味のデフォルメになり、洋画風の演出が施されている。余裕のなくなった表情を戦争映画のように作り変える。試合ではあるけれど、飽くまで戦車戦。表現選択の基準が映画的だ。
そしてやはり、『ガールズ&パンツァー』と言えば、車長用キューポラから身を乗り出して視察する西住みほ。
機銃の雨が降り注ごうと気にせず、吹き荒む雪の中あろうことかキューポラ上に立つ。「滅多に当たるものじゃない」とは言うが、凄まじい戦場度胸である。状況把握を最優先し、機先を制すべく戦場を見渡せる位置に構える。西住流戦車道の何たるかはキューポラに立つ西住みほの姿を見れば分かる、と言っているよう。「人の死なない戦車アニメ」という約束事を逆手にとった、作品の象徴的な画になっていると思う。情報収集と広く視野を取る常時キューポラ上スタイルが、彼女の考案するゲリラ的な打開策と見事にマッチしているのは面白い。
相対的に戦闘力が大きいことが望ましいのは常識である。そして奇襲すれば、戦闘力が小さくても、その不利を逆転し、相対的戦闘力比を決定的に有利にすることも常識である。だからどんな作戦でも、奇襲の要素を持たなければならない。奇襲なしに決定的な時期と場所において、戦闘力が優勢になることは考えられない。(カール・フォン・クラウゼヴィッツ)
松村劭 著「名将たちの戦争学」より
少数戦力で打ち勝つ正々堂々とした気構えあってのものだが、「奇襲要素」は大きな魅力だ。作戦で上を行かれるから、相手チームが敬意と友情を示す。視聴者にもこんな手で来るなんて、とサプライズを出す。美少女×戦車という奇襲、マウスなど登場戦車の奇襲、作戦上での奇襲……仁義を持って王道を貫く物語ではあるけれど、何をするにも奇襲感をまとっていた。キューポラからひょっこりと顔を出す可愛さを持つ反面、冷静に戦局を判断し、戦場を広く見渡して的確な奇襲を仕掛ける。「美少女」を隠れ蓑に、実際はナポレオンの如き機動と偽騙による高度な作戦立案。アニメ的な「嘘」も交じってはいるけれど、心理の虚を突くなら、それは立派な戦術。“軍神”と呼称されたりもする西住みほの「キューポラと奇襲」が、『ガールズ&パンツァー』のバックボーンといって差し支えないかもしれない。
最終話でみせた「ドリフト走行で回り込む背面零距離射撃」も、磐石の停止射撃を取る西住まほに対抗し「おそらく可能ではないか」という際どいラインを攻めながら、崩す。柔道の大技・山嵐に通じる「相手の重心を最短距離で崩し、最速で撃つ」西住流への奇襲であり、リアリティラインへの奇襲だった。停止射撃が命中精度を高める基本である戦車のマニュアルを正面から突破する。仲間を信じ、少年漫画の真ん中を行くような、喝采の決着。
物語の終着へ第1話と最終話のラストカットを重ねたように、学園艦というフィクションのシンボルもエンターテインメント要素を含む奇抜な発想だ。しかし無茶で約束事に守れた世界観だと思いきや、ドラマや戦車への情熱はいい加減ではなかった。12話分積み重ねてきた彼女たちの熱い戦いと成長を観た後なら、ハッタリ満載であったはずの学園艦がその世界に欠かせないものだと分かる。まるっきり印象が変わってしまった。戦車という大きな要素がキャラクターや物語に波及して、「人の死なない戦車アニメを作るにはこれしかない」と説得し、趣味的でありながら徹底した監修で迫真感を生む出す。水島監督をはじめとする作り手の満たした奇襲要件、イメージへの奇襲が『ガールズ&パンツァー』を王道へと押し上げ、美少女戦車アニメという色眼鏡を取り払った。
妥協なき戦車描写への追求とイメージの想像を奇襲するエンターテインメント。これだから、アニメは凄い。
- 作者: 松村劭
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2001/06
- メディア: 新書
- 購入: 1人 クリック: 2回
- この商品を含むブログ (8件) を見る
- 2013-03-25 Vanishing Point-バニシング・ポイント- 3/49 6%