林原類人猿研究センター(通称GARI)は、岡山県玉野市の出崎半島にあります。
ここでは、8人のチンパンジーが研究のパートナーとして暮らしています。
そんな彼らの暮らしをちょっぴりご紹介します。
ロイ、ジャンバ、ツバキ、ミズキ、ミサキ、ナツキ、ハツカ、イロハという類人猿研究センター(通称GARI)で育ってきた8人のチンパンジーが熊本へ旅立ってから、2カ月が経ちました。
「チンパンジーはみんな行ってしまった。GARIももうなくなる。あとは、みんなのしあわせを願うことしかできない。」
頭ではその事実を受け入れるしかないと分かっていても、どうしてもすんなりとは受け入れらませんでした。
別れの頃の出来事は、思い返せない、写真も見られない、毎日毎日彼らと向き合った実験エリアにも行けない、という日々が続きました。
私がはじめて実験エリアに入ったのは、彼らがいなくなって一ヶ月後のこと。
そこは、最後に4人を送り出した1月24日の朝のままになっていました。
最後に、彼らとの別れの日をお伝えしたいと思います。
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岡山から熊本までトラックで移動をして8時間はかかります。
熊本で、チンパンジーのみんなを新施設に入れる時間を考えると、午前中には岡山を出発しなくてはなりません。
一日に4人、ひとりずつ麻酔をかけることが決まっています。
麻酔をかけてオリに入れ、全員が麻酔から覚めるのを待ってから出発します。
麻酔をかけるのは、空腹時の朝食前。
私たちは、彼らに嘘をついて麻酔のための誘導のトレーニングを半月以上も繰り返し、それを朝食時間に組み込んでトレーニングを繰り返しました。また朝食開始時間も移動日本番の時間に合わせて、彼らに気づかれないよう少しずつ少しずつ時間を早める調整をして、毎日トレーニングを続けてきました。
1月21日の移動日は、夜明け前の5時に出勤。
「今日が別れの日なんだ。」
まだ真っ暗な海の景色を眺めながら、寒い日が一段と寒く感じました。
スムーズに麻酔をかけさせてくれるのか、暴れてスタッフが危険になるようなことはないのか、チンパンジーもスタッフも無事でいられるか、本当に何が起こるかわからないという緊張感。うまくいっても別れが来るやりきれなさ。これまで味わったことのない気持ちだったことを今も鮮明に覚えています。
察しのいいアルファオスのロイから、実験室に誘導しトレーニングどおりにはじまりました。おなかが空いて食べたくて、スムーズに実験室に入ってくるようにするために、前日の夕食は最後の晩餐にもかかわらず、夕食の量をかなり減らしていました。
(最後の6人での夕食)
こちらの思い通りに、「アッアッ」とフードグラントと呼ばれる食べ物を前にした時などに出すうれしい声を出し、すぐに実験室に入ってきました。
いつものように、スタッフ4名がロイと同室しました。
確実に私たちスタッフも緊張しています。でも、それを表に出すとロイに伝わってしまいます。
ロイは、私たちの様子がおかしいことに気づいているのかいないのか、きっと気づいているのだろうけど、それでも私たちは精一杯心の内を隠して、まずはお互いの緊張をやわらげるために少し追いかけっこをして遊びました。
ロイが少し楽しくなったところで、遊びをやめ、きちんと座らせてごほうびのフルーツを手渡し、不破さんが麻酔の注射を打ちます。ロイはトレーニングどおりいい子でした。
麻酔薬が全量左腕から入り、少し経った頃、ロイの体の中に変化がおきたことに彼はすぐに気が付きました。
食べる口の動きが止まり、すぐに自分の左腕を触り、そしてそのまま脇に置かれていた空の注射器に目をやりました。
そのあと、ロイは緊張した目で4人のスタッフのひとりひとりの顔を順番に見ました。
ロイと目が合った瞬間、とっさに「大丈夫よ。」と皆、声をかけましたが、あきらかに注射を打たれて自分に異変が起きたということを察していて、私たちに「何かをされた!」と思っていることを確信しました。
そのあと、すぐにロイはもうろうとしながらも足をふみならしたり、いつもなら絶対にしてはいけないルールだった天井にのぼろうとしたり、抵抗して暴れようとするようすでした。
今まで私はロイとつきあってきて、不思議と「こわい」と思ったことがありませんでした。私はロイを信頼しているし、ロイも私を信頼してくれている、だから私に襲いかかることはないだろうという根拠のない自信がありました。
でも、意識がもうろうとしかけているロイは別人。はじめてロイを「こわい」と感じ、自分の足が震えているのがわかりました。
そして、「ロイがこのあと目を覚ましても、きっと私はもう会うべきじゃないんだろうな」と瞬間的に思いました。
(不安な表情で上を見るロイを落ち着かせる)
ロイは閉じようとする目を何度も必死に見開き、麻酔が完全に効くまでに時間がかかりました。アルファオスとしての最後の必死の抵抗だったのかもしれません。
無事、オリが置かれた廊下までロイを運びオリに入れると、待機していたスタッフによってゆっくりと静かに扉が下ろされ、静かにトラックまで運ばれました。
(ひとりずつオリに運び入れる)
スタッフ間の綿密な打ち合わせによって、残るジャンバ、ナツキ、ツバキは、だれひとり“みんなが姿を消していっている”ことに気づかず、スムーズに実験室に入り、トレーニングどおりに麻酔の注射を打ち、4人全員がトラブルなくトラックまで運ばれて行きました。
(左上:麻酔薬が聞き意識がなくなっていくナツキ、右下:覚醒するまでようすを確認する
左下:トラックに運ぶ)
「ロイにはもう合わせる顔がない」と思ったので、注射を打った不破さん、そして私は、どうしてもみんなを見送りには行けませんでした。ただ、別れを実感するのがこわかったのかもしれません。
遠くからトラックが出発の準備をしているのを見て、そのトラックの中に4人がいることを想像し、辛くて涙が止まりませんでした。
ジャンバは心配した通り昏睡中に激しいけいれんを起こし、覚醒した後は「キャーキャー」泣き叫んでいました。経過確認のため様子を観察していた獣医の洲鎌さんからのトランシーバーでの報告時、洲鎌さんの声のうしろでジャンバが泣き叫ぶ声が聞こえてきました。予想はしていても、「目が覚めたら狭いところに入っていた」という、臆病なジャンバの不安を思うとやり切れない気持ちでいっぱいになりました。
午前11時20分。4人を乗せたトラックがついにGARIを出発しました。
(上:ジャンバのようすを確認する 下:泣き叫ぶジャンバ)
「まだ、ミズキとイロハ、ミサキとハツカがいる。気持ちを切り替えて、残る4人と向き合わねば!」
4人が旅立ったあと、精一杯元気にふるまい残る4人と向き合いました。
でも、その4人とも2日後にはお別れです。
4人だけ、しかも女の子だけになってしまうと、これまでとは違う雰囲気になりました。ディスプレイもなく、とても穏やかではありますが、「活気」は一気になくなった気がしました。
ミズキもミサキもロイたちがいなくなったことが不安で不安で仕方がないようすで、ミサキはイライラしたり、ミズキは食欲がなくなったりしました。
朝食も実験も夕食も、4人だと時間が半分になり、すぐに終わってしまいます。
準備する食事の量も少し。そうじの時間もすぐに終わる。
たしかに仕事としては楽ですが、なんだかさみしい。
やっぱり8人いてこそGARIなのだと感じました。
21日の夜、無事ロイたち4人が熊本サンクチュアリに着き、新施設に入ったと連絡が入りました。
みんな、当然ですがとても緊張して落ち着かず、食欲もないとのこと。
ロイはしきりに自分の胸に手を当てる手話をし、自分の意思を伝えていたそうです。
この手話はGARIでロイだけが使っていた「帰りたい」というサイン。
いつもは、一人で実験室に入っている時間に群れの仲間のようすが気になる時や運動場に戻りたい時によくこの「帰りたい」というサインを出していました。
「帰りたい」と言われても、もう帰してあげられない、そのサインを訴えられたスタッフも辛かったと思います。
もちろん、その報告を受けた私たちも辛かったのです。
ロイ、ジャンバ、ツバキ、ナツキがいなくなった日から、夜は広い居室でミズキ・イロハだけのぽつんと寂しい寝かしつけになりました。
たった2日間でしたが、残る4人と精一杯付き合い、1月24日、ミズキ、イロハ、ハツカ、そして、直前までかなり注射を嫌がっていたミサキも、大きなトラブルなく麻酔を進めることができました。
ミズキ・イロハ親子がトラックに運ばれ、次にミサキ・ハツカ親子の麻酔です。
ハツカに麻酔の注射を打った後、これからハツカに起こる異変をミサキに気付かせないようにするため、私がすぐにハツカを抱っこし、いつもどおりを装いました。ハツカは私の腕の中で意識がなくなっていきましたが、抱きついてくれない20kgがこんなに重いものなんだということを実感すると同時に、この時が、4年間毎日のように抱っこしてきたハツカの最後の抱っこになりました。
それぞれのスタッフがそれぞれの任務を確実に終え、10時50分にGARIを出発。
今回は、私を含む飼育に関わってきた4人のスタッフが、彼らとの最後の仕事として熊本まで同行しました。
24日の夜、新施設に無事ミズキ、イロハ、ミサキ、ハツカの4人が入りました。
ミサキは移動中、必死にオリから出ようとしたようすで、爪ははがれ、指の皮はむけて出血し、とても攻撃的になっていました。
新しい寝室に入っても、あらゆる隙間に傷だらけになった指をかけては出られる場所を探し、私たちがミサキを呼ぶの声も耳に入っていません。
ミサキは完全にGARIにいた時のミサキではない状態でした。
同じエリアの隣の部屋にはすでにロイたちが2日前に来ています。
裏切ったという思い、今さら彼らに会ってもどう声をかけてよいのか…という複雑な思いがあり、彼らを顔を合わせるべきか悩んだままおそるおそるロイたちにも会いに行きました。
たった2日前に別れたはずなのに、すでにGARIにいた時の私達との関係とは変わっている、とすぐにわかりました。
どれだけ真剣につきあってきて、どれだけまだ愛情があったとしても、彼らにとってこの上ない大きな出来事があったあとでは、以前とまったく同じ信頼関係を保つことはできないのだな、残念ながらそう感じた日でした。
熊本でもう一度みんなに会って本当によかったのかわからない、そんな思いが残りました。
ロイ、ジャンバ、ツバキ、ミズキ、ミサキ、ナツキ、ハツカ、イロハという8人のチンパンジーが旅立って2カ月。
もうすぐこの類人猿研究センターもなくなろうとしています。
私たちが彼らと築いてきた14年間を無駄にしないためにも、いつの日か8人のことや、彼らをはじめとするチンパンジーのことをまた伝えていければと思っています。
熊本での新しい生活をはじめた8人。
GARIでは人一倍もりもり食べていたミズキの食欲はなくなり、体重もかなり減ったそうです。でも、娘のイロハは元気いっぱいのようす。2か月が経ち、みんなそれぞれにいろんな思いを持ちながら新しい生活を受け入れ始めているようです。
彼らがこの先もずっと幸せに暮らしていけることを、心から願っています。
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2004年8月から約8年半えにっきを書かせていただきました。
まだまだ伝えたいことがたくさんあり心残りではありますが、みなさまのこれまでの応援に深く感謝いたします。
2013年1月21日にロイ、ジャンバ、ツバキ、ナツキの4人が、1月24日にミズキ、ミサキ、ハツカ、イロハの4人がついに類人猿研究センター(通称GARI)から京都大学野生動物研究センター熊本サンクチュアリに旅立ちました。
遅ればせながら、彼らとの最後のかかわりようすをお伝えしていきたいと思います。
「類人猿研究センターは閉鎖、これに伴いチンパンジーは熊本に移動する」
このことが決まってから、私たちスタッフは複雑な思いを抱えながら過ごしてきました。
でも、どんなにつらい気持ちになろうと、複雑な思いになろうと、チンパンジーのみんなには関係ない。最後まで一生懸命、本気でつきあっていこうと決めていました。
彼らは微妙な変化を敏感に察します。こちらの気持ちを隠そうとどんなにがんばったところで、私たちが抱える複雑な思いに気づいている…。
特に勘の鋭いアルファオスのロイは、その頃からスタッフに対する不満をあらわしたようなディスプレイが増え、明らかに何かを察しているようでした。
そう感じてからは、気持ちを隠すことなく「1月にはお別れだよ。楽しく過ごしてもケンカして過ごしてもお別れは来る。あと少しなんだから仲良くしよう!」と言葉に出してつきあってきました。
(下写真:毎日スキンシップをとる不破さんとロイ)
「人の言葉を話さないチンパンジーに、気持ちを隠さず言葉に出すことに意味があるの?」と不思議に思われるかもしれません。
"言葉に出すこと"は、チンパンジーのみんなに伝えると同時に、自分に対しての再確認かもしれません。
でも、自分の気持ちを「隠して付き合うこと」と「隠さずつきあうこと」の違いは、はっっきりと彼らとの付き合いの中で結果となって表れる。これは、私が身をもって体験してきたことのひとつです。
チンパンジーにはすべてお見通し。彼らと付き合ううえで嘘はつけないのです。
14年前、子どもばかりのチンパンジーが私たちの研究パートナーになるため、ここ岡山にきてくれました。人に慣れていない彼らとできる限り一緒に過ごし、研究パートナーとしての信頼関係を少しずつ築いてきました。
(下写真:GARIに来たばかりの頃のチンパンジーのみんなと不破さん)
チンパンジーは、攻撃的な反面とても臆病な動物です。
新しい環境、新しい部屋、新しい実験道具、新しいスタッフ。人の世界ではなんでもないことでも、そのひとつひとつがチンパンジーにとっては一大事で「こわいもの」だったり「さわれないもの」だったり、「近づけないもの」だったりします。
たとえば、健康管理のために毎日おこなっている体重測定や検温も、はじめは体重計や体温計が"こわい"。そんなこわい物の上に乗ったり、そんな物をお尻に入れたり、脇にはさんだりするなんて…。イヤイヤイヤ!という感じです。すぐに慣れるかなかなか慣れないか、もちろん個人差はありますが、少し体重計に乗れたらほめる、少し体温計を脇にはさめたらほめる、というように少しずつ繰り返しトレーニングをしながら、ひとつひとつクリアし、何度も繰り返し慣らすことで初めてひとつのことができるようになります。
トレーニングの過程で、どの程度までなら嫌がらずできるか、嫌になる前にどのタイミングで良しとするか、そのトレーニングがうまくいくかいかないかは、それをおこなうスタッフのセンスにかかっているといってもよいかもしれません。
いったん「イヤ!」という意識を持たせてしまうと、そこからできるようになるまで取り戻すのにとてつもない時間がかかってしまうこともあります。
(下写真: (左)幼い頃の注射トレーニングのようす、 (右)大人になっても、新しい体重計に変わるとなかなか乗れないジャンバ)
GARIでの14年間のチンパンジーとスタッフのかかわりの中で、私が立ち会ってきたのは9年間。その間、さまざまなトレーニングの場面を間近で見たり、実際に自分で経験したりしてきました。
例えば2005年、ツバキが妊娠をした時、チンパンジーでは世界で初めて胎児の身体や行動発達のようすを超音波画像診断装置(4Dエコー)で観察することに成功しました。人の妊婦さんでは、4Dエコーは今あたり前におこなわれています。
では、チンパンジーではどうして難しいのでしょうか?
胎児のようすを観察するためにおこなったトレーニングは次のようなものです。
1、実験室に4Dエコーの機械を設置し、見慣れない機械に慣らすこと。
2、機械の電源が入ると動作音がするので、その音に慣らすこと。
3、実験ブース外でオペレーターが機械の操作をすることに慣らすこと。
4、「プローブ」という直接おなかに当てる機械を見せて慣らすこと。
5、プローブを実際におなかに当てること。
6、実際に観察するためには、プローブにジェルを塗らなくてはきれいに見えないので、ジェルがおなかについても嫌がらないようにすること。
7、毛があるときれいに見えないので、おなかの毛をカミソリでそれるようにすること。
8、プローブをおなかに当てて胎児のようすを観察する間、横になってじっとしていられるようにすること。
人の世界で考えると大したことはないように思えますが、チンパンジーではそう簡単にはいきません。
実験室に大きなエコーの機械を設置しただけで、「ワオワオ!ワオワオ!」と何分も警戒して叫び続ける子がいたり、こわくて部屋に入れず帰ってしまう子がいたり、さまざまでした。何日かかけてやっと機械に慣れても、プローブを体に当てること、おなかにべとっとしたジェルを塗られること、カミソリでジョリっとそられること、すべてが初めての経験で、こわくて嫌なことのようでした。
それを毎日少しずつ慣らし、少しできたらほめ、ツバキの場合は、約一ヶ月後にようやくはじめて胎児のようすを観察することができました。
(下写真:(左)プローブを当てる(右)4Dエコーで胎児を観察するようす)
そんなふうに地道なトレーニングを繰り返して、これまで聴診器を胸に当てて測る心拍測定や心電計による測定、レントゲン、採血、筋肉注射、投薬、など健康管理にかかわること、また、形態計測、脳波測定、視線を検出するアイトラッカーを用いた実験など、さまざまな器具・機械を用いた実験が可能になりました。
2012年12月21日。
いよいよGARIでの最後のトレーニングがはじまりました。
それは、「チンパンジー8人をGARIから運び出すためのトレーニング」です。
危険な動物でもあるチンパンジーを移動させる際には、基本的にはひとりずつ、100kg以上もある頑丈なオリに入れ、トラックに積んで移動先まで運びます。「オリに入れる」ためには、チンパンジーに麻酔をかけ、眠ったところでオリに入れて運び出すのが一般的です。
オリに入れるためだけに全身麻酔。ジャンバは過去、麻酔時に痙攣が起きたことがあるし、ナツキとイロハにとってははじめての麻酔。万が一、麻酔薬が体に合わない子がいたら…など、いろんな"最悪の状況"も想定しました。
(下写真:オリの扉を音を立てずに閉める練習をする)
チンパンジーに麻酔をかけるためには、吹き矢がよく使われます。でも、GARIではチンパンジーとスタッフが信頼関係を築いてきました。彼らにできるだけこわい思いをさせないため、これまで麻酔の際には事前に針を刺す注射のトレーニングをおこない、本番は麻酔薬を注射して麻酔をかけてきました。今回も同様に注射のトレーニングをおこない、最後まで対面をして、目の前で麻酔の注射を打つことにしました。
まずは、実験室の隅に注射器がたくさんおいてあるだけ、次に注射の針刺しの練習、次に麻酔薬の代わりに生理食塩水を入れて実際に注射する練習…というように段階をふんでトレーニングをしました。
この重要な仕事はGARI設立時からずっとチンパンジーとかかわり一番の信頼関係を築いてきた不破さんの仕事でした。
注射はチンパンジーにとって負荷のかかるトレーニングです。嫌がって不破さんを噛む可能性もないとは言えません。毎日のように「本番は、だますぞ~。麻酔薬を入れるからな。気持ちよく眠れるからな~。」と隠さず不破さんがみんなに伝えるようす、注射針をしきりに気にする子の腕に注射針を刺す緊張感。何が起きるかわからない事態を想定して、全力でサポートできるようもちろん私も毎回気を張ってそばで立ち会っていてましたが、私よりもずっと長く彼らとかかわってきて、この先もずっとかかわりたいという思いを持ちながら、自分の手でみんなを眠らせなければいけない不破さんの気持ちや緊張感を考えると、たとえようもない気持ちになりました。
また、今回は健康診断や手術のための麻酔とは大きく違うことがあります。
ひとりずつ実験室に呼びいれ、麻酔注射をし、眠ったらすぐに運び出してオリ入れなければいけません。
チンパンジーはとても敏感な動物。環境の異変に気付くと、注射をされることを受け入れるどころか、実験室にも入って来ない可能性があります。
このため、まずAという部屋にチンパンジー全員で入り、ひとりずつBという実験室に入って注射の練習などをし、Cという場所を通ってDという場所に移動する、ひとりが終わったら次の子がAからBに入って注射の練習などをし、Cを通ってDに移動して合流する、また次の子、また次の子、というように誘導のトレーニングを綿密におこなうことにしました。
(下写真:「A」という部屋からひとりずつ呼び出す)
(下写真:「シュート」というチンパンジーの通路を通って移動する)
(下写真:「B」という実験室でトレーニングをする)
(下写真:「C」という場所を通って移動する)
(下写真:「D」という場所でみんなが合流する)
このABCD間を移動する誘導トレーニングは、これまでやってこなかったことです。ただ"移動する"というだけのトレーニングでしたが、初日は「キャーキャー!ハッハッ!」みんな大パニックでした。
"普段と違う"というだけで緊張して落ち着かなくなるのも彼らの特徴です。
綿密に誘導のトレーニングをおこなうのは、こんな作戦があるからです。
全員で待つAの部屋から、察しのいいアルファオスのロイから順に実験室に呼びます。ABCDと移動するようすは、Aで待っている他の子たちには、"物音は聞こえるけど実際に目では確認できない"位置関係にあります。
移動日の本番では、B実験室で本物の麻酔注射が打たれ眠った時点でひとりずつ運び出されていなくなります。次の子は、練習と同じABCDの順路でトレーニングが終われば皆と合流できると思ってB実験室に入ってくるようにするのです。
彼らに不信感を抱かせないため、何日も何日もかけて同じトレーニングを繰り返し、悪い言い方をすれば私たちが彼らを"だます"。これまで、嘘をつかずにつきあってきたみんなに、最後は嘘をついてだまさなければなりませんでした。
GARI最後のトレーニングは、成功しても喜ぶことができない、でも確実に失敗は許されないこれまでの中でもっともつらいトレーニングとなりました。
誘導のトレーニングをしていても、すべて彼らをだます伏線と考えると正直つらくてしかたありませんでした。8人は、もうすぐ本番の日が来るということも、麻酔から目覚めたら小さなオリに入れられていることも、ここを離れてトラックに揺られどこか別の場所に行くことも、今いるスタッフと別れることも何ひとつ知らないのです。
いつも同じ場所に同じものがあり、同じ物音がする環境があり、同じ仲間がいて、同じ人がいることが安心する彼らの、移動中やこの先しばらくのことを考えると、毎日重い気持ちになりました。
(下写真:野外運動場のいつもの場所でのんびりお昼寝する女の子たち)
2013年1月19日。
ロイ、ジャンバ、ツバキ、ナツキとのお別れまであと2日。
どんどんと別れの日が近づいてきました。
(つづく)
2012年12月19日、水曜日。
毎月第3水曜日はチンパンジーのためのエンリッチメント作業の日。
新しい遊具を作ったり、ハンモックをとりつけたり、広い放飼場をぐるりと周れるような長~いロープを張ったり、新しいさんぽ道を作ったり、落ち葉を入れたり…。
チンパンジーの暮らしをよくするための作業をする日です。
作業は基本的に類人猿研究センター(通称GARI)のスタッフでおこないます。
男女問わず力仕事がたくさんあり、電動のこぎりや工具を使った作業、高所作業、草刈りなど何でも来い!
"エンリッチメント作業"と言っても、最近では、設備の劣化や人手不足などもあって、壊れた個所を修理するメンテナンスに追われていました。
でも、この日は残りわずかなGARIでの生活をチンパンジーのみんながちょこっとでも楽しく快適に過ごせるような環境づくりをしました。
今回の作業はちょっと地味かも?
寒い季節に少しでもあたたかく過ごせるよう、ひなたぼっこができそうな場所の草刈りをして、そこにワラをたくさん入れること。
もうひとつ、タワーの5メートル地点に設置されているフラットで何も無いベッドに、ベッドを作る素材として消防ホースをたくさんたらし、チンパンジー自身がベッド作りをしたくなるようなしかけをすること。
これらを、修理メンテナンスと並行しておこないました。
この日、放飼場メンテナンスを手伝ってくれたお客さんがいました。
10年前、GARIに勤めていた獣医の紀代恵さん。
同じく10年前の大学生の頃、卒業研究のために通っていた法貴さん。
そして3年前から共同研究をおこなっている京都大学野生動物研究センターの伊藤さんです。
みなさん、たまたまこのメンテの日にGARIに来られていました。
そして、作業を手伝ってくださいました。
(下写真:放飼場にワラを入れるようす)
紀代恵さん や法貴さんがよく知っているのは、10年前のまだ子どもの頃のチンパンジーのみんな。
伊藤さんがよく知っているのは、大人になった最近のみんな。
彼らの成長過程の違う部分を見ています。
私は、子どもの頃のみんなを知らないので、ちょっとうらやましい気が・・・。
(下写真:10年前の紀代恵さんと6才の頃のミズキ)
この日一緒に作業をしたメンバーは、
8人のチンパンジーの「わりと最近」しか知らない人、
「むかし」しか知らない人、「すべて」を知っている人、さまざまです。
GARIの14年間という短い歴史の中でも、たくさんの人が入れ替わってきました。
その中で、「むかし」いた人と「今」いる人が新たに出会い、「チンパンジーのため」の作業を一緒にできることが、ちょっと不思議であり、とてもありがたく思いました。
こうしたつながりが今後も末永く続き、また新たなつながりに発展していけたらいいな、と思っています。
…そんなことを考えながら巻き付けた消防ホースのベッドは、こんな感じです(笑)
(下写真:突き出したベッドにホースをたくさんたらす)
みんなでおこなったちょっと地味な作業(?)の結果がどうなったかをお知らせします♪
ワラの効果は絶大です!
すぐにみんな大喜びで遊びました。
4才のイロハにとってはワラもおもちゃ。ナツキに向かってふりまわしています。さらに、イロハの新しい遊びは「高いところからワラと一緒に落ち遊び」!楽しそうに、何度も繰り返します。
(下写真:【上】ワラを持ってナツキと戦うイロハ、【下】ワラと一緒に落ちることを楽しむイロハ)
一方で、大人たちはせっせとベッドを作っていました。 翌日からも、入れ替わりだれかがここでベッドを作り、みんなとても気に入ってくれたようです。
(下写真:ワラでベッドを作る大人たち)
消防ホースをつるしたベッドの人気も上々です。
翌日には、このようにホースとワラのコラボレーションベッドができていました。
(下写真:ホースが引き上げられベッドに使われているようす)
ワラベッドと消防ホースベッド。
ふたつのできあがりの作品を見ているだけで、
「よいしょ、よいしょ。」とみんなが、ベッド作りをがんばった様子が目に浮かびました。
GARIでは"ベッド作り"は毎日のように見られる行動です。ベッドに使う素材もさまざま。ワラ、落ち葉、小枝、中には食べ残した水菜まで…。
でも、ほんのちょっとした働きかけで、彼らの「ベッド作り」行動を新たに引き出せ、それに夢中になる時間を少しでも増やせたのならうれしいな、と思います。
どーん!と大きなエンリッチメントができなくても、少しずつ、ほんのちょっとしたことでも環境が変わればチンパンジーの行動の幅は広がります。
彼らの行動の引き出しは無限大にあるのです。
14年間、変わらずこの場所にいたチンパンジーがつないでくれたつながりをこれからも大切にして、この先も彼らのために「ちょこっとでも楽しく」なることを考え、彼らの行動をたくさん引き出せるよう、即実行!していけたらと思います。
(下写真:高所恐怖症にはたまらないタワー10メートル地点で記念撮影)
2011年1月26日。
類人猿研究センター(通称GARI)に、衝撃が走りました。
GARIの母体会社、㈱林原生物化学研究所をはじめとする林原グループの経営破綻。
このことは大きなニュースになりました。
現在は、長瀬産業株式会社の子会社となり、新しい㈱林原としてスタートしていますが、
GARIを含むいわゆるメセナ事業を継続する予定はありません。
以降、GARIがGARIとして存続する道を模索してきましたが、
残念ながら、2013年3月31日をもって、閉鎖することが決定いたしました。
これまでの皆様のあたたかいご指導・ご支援に感謝し、心よりお礼申し上げます。
*********
GARIのチンパンジー8人は、年明けには京都大学野生動物研究センター熊本サンクチュアリに行くことになります。
サンクチュアリに行くのは、チンパンジー8人だけ。スタッフは誰一人行くことができません。
これまで一日も欠かさずつきあい、少しずつ築いてきた関係が、こんなにもあっさりと崩されてしまうことに、正直、やりきれなさでいっぱいです。
チンパンジーとスタッフの親密なつきあいは、GARIならではのものです。
ここでおこなわれてきた研究は、チンパンジーとスタッフの信頼関係なくしてはできなかったことが、たくさんあります。
お金では買えないものへの価値は、本当に見いだせないのでしょうか?
(左上から右上へ順に:子どもの頃のロイ、ジャンバ、ミサキ、ツバキ、4人、ミズキ)
1999年、1月。
ロイ、ジャンバ、ツバキ、ミズキの4人が、その3年後にミサキが、私たちの研究パートナーになるため、お母さんや友達から離れて、熊本から来てくれました。彼らがまだ2~3才のころです。
チンパンジーの母子はとても強い絆があります。そのお母さんの元を離れて新しい場所で暮らすことになり、みんなとても不安だったに違いありません。
スタッフは、そんな彼らの親代わりとなって面倒を見てきました。
やがて彼らも大人になり、子どもが生まれました。
2005年にナツキが、2008年にはハツカとイロハが研究パートナーに加わり、8人になりました。
この先、ナツキがお嫁に行ったり、ツバキ、ミズキ、ミサキが第二子を産んだりする予定でした。
まだ自分の子どもを残していないジャンバにも、父親になってもらう予定でした。
チンパンジーは社会性を持った動物です。子どもを産み、育て、仲間と一緒にいろんな経験をしてもらいたい。
研究パートナーでありながら、彼らにもやはりチンパンジーとしてのしあわせな人生を歩んでもらいたいのです。
(下写真:【上】出産後のツバキと赤ちゃんのナツキ【下】ロイについて歩くナツキ)
「チンパンジーとかかわるということは、自分の一生をかける仕事になる。その覚悟はあるか?」私たちはそう言われ、覚悟を決めてこの仕事に就きました。
どんなに大変でも、どんなに寝不足でも、どんなにしんどくても、彼らがいる限り投げ出すことはできません。
親が子どもを投げ出すことができないのと同じです。
時に付き合いがうまくいかず思い悩むことも、もちろん腹が立つこともあります。でも、そんなことは一切関係なく愛情が湧き上がることもあります。
(下写真:出産後スタッフの腕枕で眠るミズキと赤ちゃんのイロハ)
一方で、チンパンジーは危険な動物。同じ部屋に入り、直接対面をおこなうということはリスクが伴います。
付き合い方を間違えれば、事故につながります。大ケガだけでなく自分が死ぬこともあるかもしれない、そこまで覚悟して彼らと付き合ってきました。
いったん事故を起こしてしまえば、チンパンジーとスタッフのその後のつきあいが難しくなります。いくらスタッフ側に落ち度があったとしても、チンパンジーが悪者にされる可能性もあります。
そうならないために、私たちはこれまで毎日彼らと真剣につきあい、常に客観的に自分とチンパンジーの関係を振り返り、自分を戒め、改善し、次につなげてきました。
そして今があるのです。
(下写真:寝かしつけのようす)
私たちは、言葉を話すことができます。休みの日には自由に遊びに出かけることもできます。暮らす場所も自分で選び、付き合う仲間も自分で選ぶことができます。 でも、チンパンジーは私たちのように、言葉で自分の気持ちを伝えることができません。
GARIの運動場は、飼育施設の規模でいえば最大級で、かなり広いほうですが、それでも彼らは毎日同じ場所で、しかも一生をこの場所で暮らさなければいけません。野生のチンパンジーと違って、暮らす場所もその時々で自分で選べませんし、付き合う仲間も選べないのです。
私たちが気分転換に出かけている間も、彼らは毎日同じ暮らしをしているのです。
だからこそ、少しでも彼らを理解しようと、彼らの発する声や行動、表情、空気を読み、彼らの考えていることを一生懸命感じて、考えて、とことんつきあってきました。
ハード(環境)で補えない部分も、ソフト(関係づくり)で補おうとしてきました。
毎日、朝早くから夜遅くまでチンパンジーのために働き、時に親、時に先生、時に友達としてつきあい信頼関係を築いてきました。
少しでも彼らにしあわせな人生を送ってもらおうと、限りある時間の中で、食べ物、飼育環境、体調管理、繁殖、人との付き合いなど、彼らの暮らしを考え、手を抜かず丁寧に接してきたつもりです。
それが、チンパンジーを研究の対象として飼育する人間の務めだと思うからです。
(下写真:毎日のスキンシップ)
彼らは私たちにとってかけがえのない存在。
彼らもまた、私たちをそう思ってくれているはずです。
本当にこれでよかったのか?
そう思わずにはいられません。
結局、人間は人間の都合しか考えられないのでしょうか?
彼らと付き合い始める前、彼らに「一生面倒を見る」と約束しておきながら、このような事態になり、8人を巻きこんでしまったことが残念でなりません。
彼らの未来を少しでもしあわせにすること、そしてこの先も彼らチンパンジ―のことを多くの人に伝えることが、研究のパートナーとして協力してくれた8人への恩返しのひとつであると思っています。
(下写真:【上】笑顔のハツカ、【下】運動場で過ごすようす)
*********
GARIの存続が危ぶまれて以降、署名活動に参加して下さった多くの方や、チンパンジー8人の引き受け先のためにご尽力いただいた林原本社、京都大学、ならびに関係者の方々に深く感謝いたします。
11月3日。
今年も類人猿研究センター(通称GARI)のチンパンジーのために、あったかーい秋のおくりものが届きました!
毎年ご近所の方が持ってきてくださる、いい匂いのする刈りたてのワラのプレゼントです。
しかも、軽トラック2台分!(関連ページ:2006年11月のえにっき)
(下写真:チンパンジーの見ている場面で居室にワラを敷くスタッフ)
GARIのチンパンジーたちは、毎晩ワラのベッドで寝ています。
「居室(きょしつ)」と呼ばれるチンパンジーの寝室には、おしっこなどを吸い取る役目のおがくずと、その上に、ふとんの役目のワラを敷き詰めています。
このワラの上で、毎日のようにチンパンジーの寝かしつけをし、チンパンジーのそばで私たちスタッフも一緒に寝ているのです。
(下写真:スタッフのそばで横になるツバキ)
「えぇ~!ワラの上で一緒に寝るなんて、体は痛くないの?」とよく聞かれます。
でも、私にとっては、とても快適なベッドです。
おがくずとワラは一年中敷いています。
チンパンジーたちは、夏場は敷いているワラの上にただごろんと寝ることが多いのに対して、秋口の肌寒く感じるころから、ワラを自分の体の周りにたくさん集めて、こんもりとしたあたたかそうなベッドを作るようになります。
「そんなワラなんて、どれでも同じでしょ?」と思うかもしれません。
一口にワラといっても、その品質はいろいろです。
ワラによってはカビ臭かったり、農薬がたくさんついていたりして、チンパンジーがじんましんを出すこともあります。
私たちは、みんなに使ってもらうワラはできるだけちゃんとしたものを用意しようと心がけています。
「そんなことチンパンジーにわからないんじゃない?」と思うかもしれません。
でも、彼らは"良いもの""悪いもの"を見抜く力がすごいのです。
"食べ物"も一瞬で善し悪しを見抜きます。見た目はいつもと変わらないブドウやサツマイモなども、彼らがしきりに欲しがるものは、実際に私たちが試食してみると、たしかに普段のよりおいしい。
ドキドキしますが、"人"にしても同じ。どんなに取りつくろってもダメ。外見や表面的なことに左右されず、その人の本質をよく見抜きます。
彼らの前で、嘘をつくことはできないのです。
彼らの「見抜く力」には、いまだに驚かされることばかりです。
そんな彼らは、もちろん"ワラ"も見抜いているようです。
私たちが見ても「やっぱりいい!」と思える、毎年いただくこのワラは、これまで使っていたワラから、いただきもののワラに変えたその日、みんな居室入ってくるなり、ワラを少し口にとって食べ始めました。
普段はワラにお米が残っていない限り食べたりしないのですが、やっぱりこのワラは何か違うんだ!しかも、一瞬でわかるみんなはすごい!と思わせてくれる出来事でした。
ワラを一束一束丁寧に結び、軽トラックに積んでGARIまで運んでくださる行為。
何人もの方が一日がかり、ひょっとするともっと時間がかかっている作業かもしれません。それでも労を惜しまず、チンパンジーたちのためにしていただける、ご近所の方のそのお気持ちをとてもありがたく思います。
私たちスタッフからも、チンパンジー8人に秋のおくりもの第二弾です。
11月21日。
落ち葉がおちはじめるこの時期の、毎年恒例のプレゼントです。
(関連ページ:2008年12月のえにっき)
(下写真:落ち葉を集めるスタッフ)
一年前のぐったりした落ち葉とともに、さみしくなった第二放飼場(半屋内運動場)を一新!
地面は土がみえるようにきれいにそうじをし、ベッドやタワーもうんこやゴミをきれいにそうじしました。
茂り過ぎたオカメヅタも剪定したころで、地面におがくずを敷きつめます。
(下写真:オカメヅタ剪定中)
そして、その上には、その日スタッフ全員で山で集めてきた今年の落ち葉を敷き詰めました。
あ、そうそう!切れていたホースも新しくつけなおしました。
みんなが移動しやすくするためのホースは、このようにブランコにもなります(笑)
でも、ブランコとして使ってくれるかは…どうかな?
(下写真:身軽にタワーに上りホースの強度を確かめる座馬さん【上】、
そのホースブランコでチンパンジーが使う様子を実演する不破さん【中】、
落ち葉を敷き詰めた放飼場【下】)
さて、すがすがしくなった第二放飼場にみんなを呼んでみました。
今年の反応は…?
入るなり、子どもたちはウキウキと走り回り、大人たちは落ち葉を食べ始めました。
おいしいのか…?
(下写真:落ち葉を拾って食べる左からジャンバ、ツバキ、ロイ)
イロハはぞうきんがけのようにして、せっかく敷いた落ち葉を押しやったり、まき散らしたりして遊んでいます。
ロイ、ナツキ、イロハで落ち葉の上でのおいかけっこも始まりました。
剪定したオカメヅタのつるもそのまま置いておいたら、ミズキが満足そうに、オシャレなベッドをつくりはじめました。
(下写真:オカメヅタでベッドを作るミズキ)
そして、なんとブランコの出番が!
イロハが逆さ吊りになって大きく揺れながら、ツバキに向かって落ち葉をまき散らして遊んでいます。
これはもはやただのブランコではなく、"空中ブランコ"の域!(笑)
(下写真:空中ブランコ芸で遊ぶイロハ)
なにはともあれ、ワラも落ち葉もみんなとても喜んでくれたようです。よかった♪
彼らが岡山で過ごす最後の冬になるかもしれない今年の冬も、これまでと変わらずできる限り楽しく、しあわせに暮らせるように努力したいと思います。
「えにっき」を長らくお休みしていて、大変申し訳ありませんでした。
ほとんど更新できていなかった期間、類人猿研究センター(通称GARI)のチンパンジーのようすを楽しみにしてくださっていた方々から応援メッセージをいただいたこともありました。
GARIのこの一年半を振り返ると、決して順風満帆とは言えない日々でした。
でも、幸い8人のチンパンジーは元気に過ごしています。
応援して下さる方々のためにも、残された時間、8人のチンパンジーのことを少しずつでもお伝えできればと思っています。
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チンパンジーを飼育し、研究をおこなうということは、彼らの一生に責任を負わなければなりません。
飼育環境を整え、健康管理をし、信頼関係を築いてつきあっていく。毎日の丁寧なケアが欠かせません。
研究で成果を得るまでには、その何十倍もの時間を飼育に費やします。
そのため、実は、世に出る成果よりも、そこに至るまでのエピソードの方がはるかに多いのです。
えにっきを私が書きはじめてから、8年が経ちました。
GARIのチンパンジーと出会って半年も経たないうちから"彼らのことを伝える"という役割をもらいました。
今回は、私のお話を交えながらチンパンジーのようすをお伝えしたいと思います。
私が初めてGARIのチンパンジーに会ったのは、2003年の冬。その時は、ただただ憧れていたチンパンジーを間近に見て、感動でいっぱいでした。8才のロイとジャンバ、7才のツバキとミズキ、そして4才のミサキ。まだまだ幼さが残る5人でした。 (下写真:8才の頃のロイ)
翌2004年の春からボランティアとして週3日、GARIで働きはじめました。「チンパンジーの研究所でチンパンジーと直接かかわりたい!」という私の夢を叶えてくれた多くの方と、受け入れてくれたチンパンジーたちに感謝しています。
私はGARIに来た翌日から、チンパンジーと信頼関係のあるスタッフと一緒に、実験時に同じ部屋に入らせてもらいました。
チンパンジーは、攻撃的な反面とても警戒心が強いところがあります。
ほとんど見ず知らずの私が同じ空間に入ることで、チンパンジーたちは、緊張して落ち着かなくなるか、おもしろがっていたずらをするか、または敵意を持って攻撃的になるか、彼らがどんな行動に出るかわかりません。
新しい存在の人をチンパンジーと同じ部屋に入らせるというということは、入れる側のスタッフとチンパンジーとの間に相当な信頼関係があり、かつ相当な自信がないとできないことです。
それは、私がチンパンジーの飼育に携わり、チンパンジーとのトレーニングをはじめて6年たった今、とてもよくわかることです。自分ひとりで入るより、だれかを連れて入るのは何倍も難しいことです。
はじめのうちは、私は同じ部屋のすみっこに立っているだけ。自分から近づいたり、声を発したりせず、できるだけ何もせずにいます。
「この人は何も悪いことはしない人だよ。この人が今度から入ってくるよ。」ということを、チンパンジーにわかってもらうためです。
そうして一緒の部屋に入ることが彼らに許されてはじめて、やりとりができるのです。
(下写真:チンパンジーと対面しての実験のようす)
チンパンジーが私に少し慣れてきた頃、気が強いツバキに私はよく怒られました。
例えば、同じ部屋での対面中に、他のスタッフ同士が会話をするのはかまわないのに、私が声を発すると「オッ!」とツバキが怒ります。「あんたみたいな人がしゃべらないでよ!」とでも言っているようです。
また、他のスタッフと私がボールペンや記録ボードなど、"モノ"の受け渡しをすると「オッ!」。
やはり「あんたみたいな人が・・・」です。
私がツバキにさわることはもちろん、近づきすぎても「オッ!」。とにかく、"新入り"が何かをするのがダメなのです。なかなか認めてもらえない日々が続きました。
でもその一方で、社交的なロイや人工保育のミズキは違います。
"新入り"の私に興味津々。私にさわってみたい、顔をよく見てみたい、私の腕時計が欲しい、一緒に遊びたい、などなど・・・。 (下写真:ミズキと私)
臆病なジャンバはというと、私を直視すらしません。「そこにはだれもいないぞ。あそこにいる人は、いるように見えるけど、いないぞ」と自分に言い聞かせているかのように、私はまったく存在しないものとして扱われます。
ジャンバを遠くから見つめる私と、私を見ようとしないジャンバ。
このあと、はじめて一瞬だけ目があった時はうれしくて、心の中でニヤリとしました(笑)
こんなふうにチンパンジーも私たちと同じように「個性」があります。
はっきりと「個性」があるからこそ、つきあっていてとてもおもしろい存在です。
研究のための実験の進め方も、日常のトレーニングも、ひとりひとりの個性に合わせて変化させています。
そうして、私がチンパンジーと同じ部屋で対面しはじめて少し経った頃、この「えにっき」を書くという役割をもらいました。
私がどんどん好きになるGARIのチンパンジーの魅力をたくさんの人に知ってもらいたい!そのためには・・・。
私がその頃に抱いた思い―――
「ガラスも格子もない同じ空間にいられるからこその、写真や映像をたくさん撮りたい!チンパンジーとヒトが同じ目線の"GARIならでは"と言われるものを。」
その思いを他のスタッフの協力により叶えてもらい、新入りの私がカメラを持って、写真やビデオを撮りまくる日々がはじまりました。時に「オッ!」と言われながら・・・。
「人ひとりがチンパンジーと対面する」というだけのことにも、実はこんな道のりがあるのです。
(下写真:お絵かきするミズキ【上】、土曜の昼下がり【下】)
類人猿研究センター(通称GARI)の存続が危ぶまれてからというもの、内部ではさまざまな動きがありました。 スタッフも減りました。毎日がバタバタと過ぎていくその中で、「ここにいるチンパンジーは何としても守りたい!」私たちはその一心で、チンパンジーとは変わらず丁寧に接してきたつもりです。
「ヒトとは何か。ヒトの現在と未来はどうあるべきか」といった大きな問いにアプローチすることを目的として、ヒトに最も近縁な種であるチンパンジーとヒトとを比較しながら研究をおこなうため、5人のチンパンジーがやってきました。今からおよそ13年前のことです。
(下写真:左から2000年1月のツバキ、ジャンバ、ロイ、ミズキ)
GARIでは、チンパンジーを研究や教育活動のパートナーとして位置づけ、丁寧に接することで信頼関係を築いてきました。
危険動物であるチンパンジーと対面して交渉する直接飼育は、GARIの飼育の特徴のひとつと言えます。
ヒトの何十倍もの力があり、攻撃的な一面を持つチンパンジーと直接かかわることは、大きな危険が伴います。しかし、直接かかわるからこそ見えてくるチンパンジーの一面があります。
直接かかわるからこそ、可能になった研究もあります。
信頼関係を築き、安定した対面をおこなうために、13年間、私たちは毎日毎日繰り返しトレーニングを続けてきました。
この先、スタッフとの対面をやめてしまえば、おそらく今のように安定して人とかかわることは難しくなるでしょう。
「信頼関係」という目に見えない価値は、ひとたび失ってしまったらお金で買うことなどできません。
理想の研究・教育や飼育を目指し、日々、丁寧に接することで信頼関係を築き、今ようやくスタートラインに立ったところでした。
私たちが彼らから教わることは、まだまだたくさんあったはずです。
たった13年でGARIが終わりを迎えようとしていること、何より人の都合に付き合わせてしまった8人のチンパンジーのこれからのことを考えると、正直、今は、やりきれない気持ちでいっぱいです。
でも、まだあきらめたくはありません。この先どうなるのかわかりませんが、最後まで丁寧に彼らと接し、少しでも彼らのことを理解できるよう精一杯努力するつもりです。
せめて、ロイ、ジャンバ、ツバキ、ミズキ、ミサキ、ナツキ、ハツカ、イロハというGARIの8人のチンパンジーのことを、遅ればせながら、少しずつでもみなさまにお伝えしていければと思います。
(下写真:左から2000年5月のロイ、ツバキ)