科学技術のアネクドート

企業の管理システムにも“中央集権”と“地方分権”


「これからは地方の時代」などといわれるなかで、「中央集権」ということばには、「すべてを“おかみ”が管理しようとするのにはむりがある」といった意味あいがふくまれるようになりました。

より客観的に捉えると、中央集権とは、政治権力が一元的に中央の機関に統合・集中していることを指します。このような意味から、一元的に管理することを「中央集権的」と表現することもあります。

情報技術の世界でも、長いこと中央集権的なしくみが存在しつづけてきました。「メインフレーム」あるいは「汎用機」とよばれるコンピュータシステムのことです。

メインフレームは、企業が基幹業務を行うときなどに、使われる大型コンピュータのことです。基幹業務とは、販売管理、生産管理、会計、人事、給与などの業務のことで、これらはどのような企業であっても必要となります。このような基幹業務を支える役割として、メインフレームのコンピュータが使われてきました。

メインフレームが中央集権的といわれるのは、さまざまなコンピュータ関連の装置が、このなかにふくまれているからです。電源はもちろん、命令などを行い頭脳にたとえられる中央処理装置(CPU:Central Precessing Unit)、それに情報を記憶する記憶装置などが、すべてメインフレームのなかに入っています。

いっぽうで、このメインフレームとつながっている端末のほうには、処理装置や記憶装置などはありません。端末で入力したことを、メインフレームが処理するわけです。こうした点も、メインフレームが中央集権的とよばれるゆえんです。

行政に中央集権と地方分権の考えがあるように、企業の業務管理でも中央集権的なコンピュータのシステムを使うだけでなく、地方分権的なシステムを使う動きが1990年代から出てきました。

コンピュータが扱う情報は、ネットワークでつながっています。そのネットワーク上に、メインフレームほど大規模ではない、ハードウェアやソフトウェアをいろいろな節目に置くことによっても、情報の処理をすることができます。

このような情報処理のしかたは、日本では「分散系」などとよばれています。情報処理を分散系にすることで、もし、ある節目にあるコンピュータが壊れたとしても、ほかの節目にあるコンピュータは動きつづけることができます。また、扱われるデータのすぐ近くにコンピュータが置かれるため、通信費用が減るといった利点もいわれています。

行政の分野では、地方分権がさけばれていながらも、中央集権の存在はいぜんとして大きなものがあります。情報通信の分野でもおなじように、分散系によるシステムが登場以来、増えていったなかで、いまもオープンフレームのシステムも使われています。

参考ホームページ
IT用語辞典「メインフレーム」
@IT情報マネジメント「メインフレーム」
コトバンク「メインフレーム」
Tableau用語集「メインフレームとは」
NEXGATE用語集「メインフレーム(mainframe)」
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
雨が落ちてきたか確かめるとき手のひらをかざす理由に「軒下説」


以前、このブログに「雨が落ちてきたかを確かめるときに手のひらをかざす」という記事がありました。

人は、雨が落ちてきたとき、手のひらをかざして雨が当たるかを確かめるしぐさをします。なぜ、頭で雨が当たるのを確かめるでもなく、手の甲で雨が当たるのを確かめるでもなく、手のひらで雨に当たるのを確かめるのでしょうか。

このしぐさの疑問をめぐって、すくなくとも頭で雨が当たるのを確かめることをしないことを支持する、ひとつの有力な説が見出されてきました。

人が雨が落ちて来たかどうかを確かめる場面はどのようなときでしょう。たいてい、人が家やビルなどの建物のなかから、屋外へ出ようとする瞬間でしょう。

そして、人には、なるべくだったら落ちてくる雨にぬれたくないという心理もはたらいているのかもしれません。ぬれるとなにかと不快な思いをするということは、経験的にわかっていることであるし、あるいはそのような記憶が永い世代を通じて記憶されているのかもしれません。

そのため、建物のなかから屋外へ出るまえに、なるべくからだ全体をぬらさないで、すこしだけ雨が降っているかどうかを確かめようとする、ということは考えられます。

すると、からだのほとんどが建物の軒下に入っていながら、雨が降っているかどうかを確かめるために、義性になるからだの部分はどこになるでしょうか。

足を出すと重要な足下や履物がぬれてしまうおそれがあります。いろいろなものに触れてきた手こそが、軒下から屋外へもっとも合理的に出すことができそうな部分となります。
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
『日産V-upの挑戦』発売


新刊のおしらせです。

日産自動車のV-up推進・改善支援チームが、このたび『日産V-upの挑戦 カルロスゴーンが生んだ課題解決プログラム』という本を出しました。このチームは、日産自動車の課題解決法「V-up」を開発し、支援している部署。本の出版社は中央経済社。監修は、早稲田大学の井上達彦さん、協力は神戸大学の鈴木竜太さんです。

日産自動車は、2000年代以降、V-up(バリューアップ)という課題解決法を全グループ的にとりいれ、社員が直面するさまざまな課題に対して解決策をうちたて、実際にその策で課題を解決してきました。

V-upを紹介する本としては、過去に『日産 驚異の会議』(東洋経済新報社)という本が出されていました。著者のライターが、日産自動車の問題解決方法を、おもに「会議」という観点から描写したものです。会議の視覚化や役割明確化といった、このライターが捉えたV-upの要点が説明されていました。

いっぽう『日産V-upの挑戦』は、V-upの開発者たち自身が著者として書いたもの。V-upとはどのような課題解決法であるか、そして、どのような思いやいきさつでこのプログラムを開発し、日産自動車に浸透させていったか。その詳細を自分たちの経験をもとに書いています。

要点をとりあげるだけでなく、V-upの体系を網羅的に説明してもいます。たとえば、一日や半日の短期集中で課題解決策をうちたてる「V-FAST」、3か月などの長期で課題解決策をうちたてる「DECIDE」といったプロセスを一段階ごとに紹介するだけでなく、その前段として解決にとりくむべき課題を定義する「IDEA」という方法も事細かに紹介しています。また、課題解決のための会議で使う「ツール」とよばれる視覚化の手段も、巻末にまとめて説明しています。

副題や出版社の内容紹介では、V-upは最高経営責任者のカルロス・ゴーン氏が生んだ課題解決法であることを強調しています。たしかに、V-upは、1990年代の日産自動車の危機を救うためにやってきたゴーン氏の号令により始まったものなので、これは事実です。

いっぽうで、ゴーン氏の強烈なトップダウンによる号令を受けて、課題解決法を開発し、社内に浸透させ、これまで3万件の課題解決を実現させた“育ての親たち”の試行錯誤や努力もありました。

監修で、早稲田大学商学部教授の井上竜彦さんは、解説のなかで読者に対してV-upを模倣することでイノベーションを実現するための解説「イモベーションのすすめ」のなかで、当たり前のことを当たり前のようにやることの大切さを書いています。

「V-upというのは、きわめて単純なことを地道に進めることによって成果を上げていることがわかる。適切な課題設定をして、適切な人を集め、彼ら彼女らに適切な場とツールを与える。そうすれば、ものごとを解決することができるということなのである」

きわめて単純なことを地道に進めることは、簡単なことではありません。その単純であるけれども、簡単ではないことを続けてきたことが、「V-upの挑戦」のひとつだったといえるのではないでしょうか。

『日産V-upの挑戦』はこちらでどうぞ。
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
“でたらめ”を規則的に生成
コンピュータにも、“数を扱ううえでの苦手なこと”はあります。

これまでのコンピュータにとって、「大きな数を因数分解すること」は苦手で、時間がかかってしまいます。たとえば、「238129×997351」を「237498196279」と答えるのは簡単でも、「237498196279」が「238129×997351」でできていると答えるのは難しいということです。

もうひとつ、コンピュータが苦手とされる作業に「乱数を発生させること」があります。

乱数とは、表される値に規則性のない数のこと。さいころを振ると、規則性なく、0から6までの値がでます。まさに「出たら出たその目」の「でたらめ」なわけです。

しかし、コンピュータは、人に入力されたプログラムに応えるもの。でたらめである乱数を、規則性を前提にしたプログラムでつくるのは、そもそも矛盾しているのです。

しかし、だからといって苦手なままで済ますわけにはいきますまい。人は、コンピュータでも乱数をどうにかして再現できる方法を考えてきました。プログラムにより発生させるため、真の意味での乱数ではないものの、乱数とおなじような値を発生させる方法を考えたのです。この値を「擬似乱数」といいます。

たとえば、「コンピュータの父」と言われるジョン・フォン・ノイマン(1903-1957)は、「平方採中法」という方法を考えました。

まず、「3321」のような、適当な初期値をつくります。これを2乗すると出てくる数値は「11029041」。この8桁の数のうち、中央の4桁をとりだすと「0290」となります。

この「0290」つまり「290」をまた2乗すると「84100」となります。これを8桁で示すため「00084100」とします。そしてまた、中央の4桁をとりだすと「0841」が出てくるのでこれを2乗します。「00707281」となるので、中央の4桁をとりだすと「7072」が出てきます。

これで、「3321, 0290, 0841, 7072, ……」という値が得られました。これを、ノイマンは、疑似乱数列とよびました。

しかし、これをくりかえしていくと、いつかは前に出てきた4桁の数とおなじ数が出てきます。そこからは、過去の計算がもう一度行われることになり“2週目”に突入することになります。ここには規則性があるため、真の意味での乱数ではないわけです。

その後、人びとは平方採中法より優れた擬似乱数の発生法をさまざま考えました。しかし、それらも“疑似”であることには変わりありません。

参考ホームページ
裏CHUNSOFT「乱数生成」
上智大学Econom01「乱数と確率事象」
Wikipedia「擬似乱数」
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
「ピッコロ」のチキンカレーレギュラー――カレーまみれのアネクドート(45)


大阪・梅田の地下街「ホワイティうめだ」中央の通路沿いに「ピッコロ」という店があります。通路を人びとがせわしなく西へ東へ往来するなかで、この店にはべつの時間が流れているような雰囲気があります。

「ピッコロ」は、1980年代、梅田に開店したカレー専門店。「梅田界隈の草分け的専門店」と自負しています。

「⌈ 」の形をしたカウンター。そのカウンターに沿って茶色いシートの椅子が並んでいます。椅子に囲まれた小さな厨房では、店員がいそいそと鍋の中のルゥをかきまわしたり、ライスの盛られたカレーに盛りつけたりしています。

注文後、やがてチキンカレーが出されます。白い楕円形の皿のうえに、丘のようにこんもりしたライスとルゥ。その丘の頂や斜面には、一口では口に入らないくらいの鳥肉が置かれています。

「ピッコロ」のカレーの特徴は、ルゥのこくでしょう。

褐色のルゥの色からくる想像にたがわず、その味は深みがあります。ルゥを口に入れると、ほんのわずかに香辛料のつぶつぶを舌で感じられるか感じられないか。強烈に辛いわけではありませんが、こく味のなかから、じわじわとした辛さが口のなかを伝わってきます。

ルゥには「数10種類」の香辛料が入っているといいます。香辛料にそれほどの種類があるかはわかりませんが、ルゥに深みがあるのは、多様な香辛料が渾然一体となっているからでしょう。チャツネや生クリームで味も整えているといいます。

歴史のある店には、ほかの新規店ではまねのできない、店の雰囲気や料理の風味があるもの。「ピッコロ』は、人びとがもつ「古めかしい名店」の想像を裏ぎることのないカレーを出しつづけています。

「ピッコロ」のホームページはこちら。
| - | 20:21 | comments(0) | trackbacks(0)
トンネル内では“漏らして”情報受信を可能に


ケーブルには、「情報を伝える」という役割があります。あるAという地点とべつのBという地点をケーブルでつないで、そこに信号あるいは電波を通らせるのです。信号や電波は情報に変わりますので、A地点からB地点に情報が届くようになります。

こうした2地点間の情報通信に対して、情報通信企業や電線企業は、たいてい情報の損失をすくなくすることを目指します。A地点からB地点まで、伝えたい情報が信号や電波として100パーセント伝われば、伝える信号や電波に冗長性をもたせる必要が理論的になくなります。

しかし、ケーブルで信号や電波を伝えるとき、なかには、あえてその信号や電波をケーブルから“漏らす”こともあるといいます。

このたび、東京を走る地下鉄「東京メトロ」で、乗客が電車の中でも携帯電話やスマートフォンを使えるようになりました。ここには“電波が漏れる”ケーブルが使われています。

通常、携帯電話やスマートフォンが受信する電波は、基地局とよばれる電波発信拠点から送られます。しかし、トンネル内では電波が届きにくく、携帯電話やスマートフォンはあまり使えませんでした。

しかし、トンネル内に這わせたケーブルから、携帯電話やスマートフォンが受信する電波を漏らすようにしたら……。地下鉄がトンネル内のどこを走っていても、携帯電話やスマートフォンは、その漏れた電波を受信することができるようになります。

信号が漏れるケーブルは実際にあり、「漏洩同軸(LCX:Leaky CoaXial)ケーブル」といいます。「同軸ケーブル」とは、高周波の電気信号を伝えるためのケーブル。内部導体とよばれる内側の層で送られる電気信号をケーブルの外に漏らさないよう、外部導体とよばれる外側の層がとりかこんでいます。

この同軸ケーブルに、電波を漏洩させる機能をつけたものが、漏洩同軸ケーブル。同軸ケーブルのつくりに加えて、「スロット」とよばれる細い穴があいています。そのスロットから、わざと電波が漏れるようしているのです。

漏洩同軸ケーブルが使われるのは、東京メトロのトンネルだけではありません。自動車道路にはラジオを聞くことができるトンネルがあります。

あえて信号や電波を漏らすことで、これまで情報を得られなかった場所でも、情報が得られるようになってきました。

参考ホームページ
通信用語の基礎知識「LCX方式」
ケータイ用語の基礎知識「漏洩同軸ケーブル」とは
参考記事
マイナビニュース 2013年3月22日付「なぜ地下鉄で携帯電話が使えるの? 東京メトロ全線エリア化の理由と経緯とは」
| - | 23:53 | comments(0) | trackbacks(0)
「体のためには強烈なにおいのニンニクを」

日本ビジネスプレスのウェブニュース「JBpress」で、きょう(2013年)3月22日(金)「体のためには強烈なにおいのニンニクを 孤高の食材『ニンニク』の真相(後篇)」という記事が配信されました。この記事の取材と執筆をしました。

「ニンニク」と聞くだけで、どのようなことを直感するでしょう。人によっては、あの「プワーン」としたにおいを思い浮かべるでしょう。また人によっては「元気が出る」といった強壮のことを思い浮かべるでしょう。さらに、“その両方”を思い浮かべる人もいるかもしれません。

記事では、日本大学生物資源科学部教授の関泰一郎さんに、ニンニクの成分と健康への影響の関係について、科学的にわかっていることとわかっていないことを解説してもらいました。

あのにおいは、ニンニクにとっては、外敵から自分を守るための忌避物質です。タマネギを切ると催涙性物質が出てきて涙が出てくるのとおなじく、ニンニクを切ったり齧ったりするとにおい物質が出てきてにおいます。「これ以上は傷つけてくれるな」というニンニクからの警告ともいえるでしょう。

しかし、ニンニクにとっては必死の抵抗でもあるにおいを大好きになり、たくさん食べる人もいます。これはニンニクにとっては“誤算”だったかもしれません。あるいは、ニンニク好きの人がニンニクを育ててくれるようになったのだから、嬉しい“誤算”かもしれませんが。

ニンニクのにおいと、ニンニクの健康効果。このふたつは、切っても切りはなせない関係にあるようです。ニンニクには「元気になる」というほかに、「血小板凝固作用を抑えられる」「がんを予防する」などのさまざまな効果がいわれています。

これらの効果は、「アリシン」「MATS」「DATS」などの物質によるものであることが、関さんたちの研究によりわかっています。そして、これらの物質はみな、ニンニクが切られたり齧られたりしたときに発するにおい成分でもあるのです。

多くの生物にとって、ニンニクのにおい成分は、避けるべき毒のようなもの。刺激が強いわけです。しかし、人にとって、ニンニクのにおいはかえって好まれるほど。食べすぎなければ、ニンニクの刺激は、人にとって健康にプラスになるくらいの刺激であるわけです。

人とニンニクの関係も、助けあいながら生きていく“共生関係”にあるといったら大げさでしょうか。

「体のためには強烈なにおいのニンニクを 孤高の食材『ニンニク』の真相(後篇)」はこちらです。
日本におけるニンニクの歴史を追った前篇「源氏物語でも“難物”だったニンニクのにおい」はこちらです。
| - | 22:42 | comments(0) | trackbacks(0)
ほかの人が“再び書く”
物書きの仕事には、「リライト」とよばれる作業があります。

“write”つまり「書く」に、“re-”つまり「再び」がついて「リライト」。まさに「再び書く」わけです。ただし、自分で1回目に書いた原稿の出来が悪いためふたたび書くことは「書き直し」とよばれます。「リライト」は、だれかが書いた原稿に、そのだれかとは別の人が手を加えることを指します。

リライトの典型的な例は、一般の人が体験談などの原稿を書いた原稿に、職業的な物書きが手を加えるというものでしょう。職業的な物書きがリライトするのであれば、原稿の文章の質が高まるという判断を編集者などが行い、そのようなリライト作業が発生するわけです。

リライトの実際の作業には、表層的なものと根本的なものがあります。

表層的なリライトとは、1文もしくは、大きくても1段落分のなかで、元の文を平易なものにしていくような作業です。たとえば、なるべくやわらかい文体を目指しているようなとき、「連鎖する」ということばを「連なる」ということばに代えるような作業があります。また、句読点の位置を変えたり、長い1文を2文にわけたり、段落を改めたりといった作業もリライト作業にふくまれます。

この表層的なリライト作業は、ある程度、機械的に行うことができます。たとえば「何何する」ということばが出てきたときは、かならず辞書を引いて「何何る」に換えるといったルールを設ければ、あとはそれを繰りかえすだけです。

いっぽう、根本的なリライトとは、もとの原稿には見られないような要素を新たに加えたり、もとの原稿での話の展開を覆したりする作業のことです。例えば、節と節のあいだにリライト担当の物書きがもう一節を加えたり、難しい説明の部分をいったんすべて削除して、新たに比喩などを使って説明を再構成するような作業も含まれます。

表層的なリライトは、1文ずつを読みやすくしていく作業ですが、これには限界があります。もともとの文章の展開や段落の展開などが論理的なものでないと、いくら表層的にリライトをしても、論理的ではない文書のままだからです。

では根本的なリライトをすればよいかとなると、そこにも限界はあります。原稿にはなにも示されていないような状態から、なにかを示すようにするのは、リライトをする物書きの独創性をともなうもの。根本的なリライトを重ねれば重ねるほど、それは原文を書いた人の原稿から、事実として遠ざかっていくものです。
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
うちあげあり・なしの理由もあり・なし
刊行物を完成させたときや、プロジェクトを完結したとき、人びとは「うちあげ」という行事を行おうとします。

「うちあげ」の第一義は、もともと「ロケットのうちあげ」のように、文字どおり、打って高く上げる、というものです。

その意味とはべつに「うちあげ」には「事業や興業を終えること」という意味もあります。さらに、「事業や興業が終わったあとの宴」の意味も含まれます。

事業や興業が終わったあとの「うちあげ」ということばの語源には、邦楽の演奏が関連しているといいます。

邦楽の曲の途中で、鼓や太鼓を加えて、曲調に一区切りをつける手法を「うちあげ」というのです。「一区切り」という意味が強調されて、「うちあげ」ということばが、「事業や興業を終えること」や「事業や興業が終わったあとの宴」という意味で使われるようになったといいます。

「事業や興業が終わったあとの宴」という意味での「うちあげ」をめぐっては、「うちあげが行われる」場合と、「うちあげが行われない」場合があります。

うちあげが行われるのはどのようなときでしょう。

まずうちあげが行われる確率が大きいのは、その事業や興業が成功裏に終わったときです。物事を成功させた人びとは、その成功や成功にいたるまでの苦労を、分かち合いたいもの。そこで、事業や興業の取締役が、うちあげをひらくわけです。

このようなうちあげは、事業や興業が行われてから1週間以内、遅くとも1か月以内に行われるのがたいていのことです。

しかし、事業や興業の3か月後や半年後に行われるうちあげも、まれにあるようです。この場合は、本当にうちあげを行うタイミングを損ねてしまっていたか、「うちあげ」と称して事業の参加者にまた新たな事業に加わってくれないか打診をするなどのべつの目的を伴うかの、どちらかでしょう。

いっぽうで、多くの事業や興業、とくに事業では、うちあげは行われません。うちあげを行わないのが当然とされていること以外に、うちあげを行わない理由もそれなりにあるかもしれません。

たとえば、事業が失敗だったとき、うちあげをやろうと考える人は多くないでしょう。うちあげをするからには、その事業のことが話題の対象になる。しかし、失敗した事業なので、その話題には触れたくない。そうであれば、うちあげをしないことが、だれにとっても無難なこととなるわけです。
| - | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0)
影響を受けて元に戻れない


一度、なんらかの影響を受けると、もとの状態に戻ろうとしてもなかなか戻れないということが、さまざまな分野であります。人も生まれながらの気質をもっているとはいえ、だれかから大きな影響を受ける前と後では、考え方や行動にちがいが出るということもありえます。

物理学の分野にも、“影響が残ったままなかなか元にもどらない”という状態が起きることがあります。

身近なところでは、鉄が磁石から影響を受けたときに影響が残るという現象があります。

たとえば、鉄でできた釘を、強力な磁石でごしごしと擦りつけます。そして、磁石を離してから、この鉄釘をおなじく鉄でできたクリップに近づけます。

すると、鉄が磁石の役割をして、クリップを引っぱったり、持ちあげたりすることができます。このような現象を「鉄が磁化をした」といいます。

すべての物質で、多かれ少なかれ磁化が起きます。原子を構成する電子や陽子などの素粒子には、スピン角運動量という物理的な量をもっていて、これが磁極の存在を示す磁気モーメントというベクトルで表せる量をともなうからです。

しかし、さまざまな物質のなかでも、鉄は、磁石の影響を受けると、磁気モーメントの方向がすべてひとつにそろいます。このような性質をもつ物質を「強磁性体」といいます。鉄のほか、ニッケルやコバルトといった金属も、強磁性体です。

磁化した鉄釘を、ふたたび磁化しない鉄にすばやく戻すにはどうすればよいのでしょうか。

たとえば、その鉄釘を、金槌でかんかんと叩きます。すると、さっきまで磁化していた鉄釘は、クリップを引きつけなくなります。これは、鉄釘が叩かれて衝撃を受けることで、磁気モーメントの方向が揃わなくなったからです。

たまにですが、人の場合も、強い衝撃をあたえると“我に返る”ときがあります。

参考文献
『スーパー大辞林』
参考ホームページ
公文書院「鉄が磁石になる」
岡山大学理学部物理学科味野磁性グループ「強磁性」
コトバンク「強磁性」
| - | 23:54 | comments(0) | trackbacks(0)
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