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第一章 二歳児と宝くじ騒動
第一話  腐ってやがる。
 彼は世界中に響き渡る声で言いたかった。

「腐ってやがる。遅すぎたんだ」

 愛らしい眉の間を押さえ、ため息をつく。
 気がついた時には歯も生えていない赤ん坊で「あばあば」言っていた。というより、それしか言えなかった。
 乳母や世話役の世間話を聞き、異世界に転生したと判断するまで時間はかからなかった。
 前世の記憶は帰宅途中の路上でぷっつりと途切れている。
 おおかた、近くのマンションから鉢植えか、ガラス片か、自殺者が落ちて来て彼の頭に直撃したのだろう。
 享年29歳、人生をドロップアウトするには早すぎたが、転生先は領地を持つ貴族らしい。

「流石はクラインセルト伯の御子息ですな。父君に似て体から才能が溢れ出るようだ」
「赤子だというのになんと美しい。母君に似て絶世の美貌を持つでしょうな」

 これらの言葉を聞き第二の人生も悪くなさそうだと思った。そんな彼は現金な奴である。
 魔法の存在も彼のやる気に拍車をかけた。とはいえ、魔法使いは教会に迫害されているらしく学ぶ機会には恵まれていない。
 そして、二歳を迎えた今日、この人生における両親との初顔合わせがあった。基本的に王都で生活している両親は年に二回この領地に帰って来るのだが、今までは彼が熱を出したりして会えなかったのだ。
 期待に胸を膨らませ、八本足の椅子が並ぶ食堂にて待つ。テーブルには離乳食から慣れ親しんだ魚料理が大量におかれていた。
 聞くところによれば、父親は才気煥発にしてたくましい肉体を誇り、王都での政務をこなしつつ領地を見事に切り盛りする、そんな素晴らしい人らしい。彼が見つけた肖像画には金髪碧眼のとんでもないイケメンが描かれていた。
 母親の方は実家が王都にある由緒正しい貴族の家系。あまりの美貌から結婚の申し込みが絶えないほどだったと聞いている。しかも、心優しく品行方正、民からの信頼も厚いそうだ。肖像画には、うっかり惚れてしまいそうな茶髪で色白の肌を持つ深窓の令嬢が描かれていた。
 だから期待していたのだ。前世の幼い頃に特撮ヒーローへ向けていた憧れを父親へ、保育園のお姉さんに向けていた憧れを母親へ、真っ直ぐに向けていたのだ。

「……向けていたのに」

 ――なんだこのブクブク太った豚は……。
 小さく呟いて、食堂に入ってきた貴族服の太った男を見つめる。そいつはテーブルの上座に腰掛けた。椅子が軋み、ぼきりと嫌な音を立てる。
 椅子が八本足なのは一本が折れてもバランスが保てるように設計されているためらしい。無駄なところに創意工夫を凝らす職人に彼は賞賛と呆れを送る。

「我が息子よ。こうして会えて嬉しく思うぞ。だが、一つ言っておかなくてはならん。使用人風情に礼を言うそうだな? お前は高貴な身分に生まれたのだから――」

 豚がフガフガ言うのを聞き流しつつ、豚の隣を見る。かろうじて女と分かる容貌の人らしきモノが椅子に座った。
 表面がぼこぼこに凹んだ鏡から直接抜け出たかのようなその女は無意味な厚化粧を施している。焼け石に水だ。この女には化粧など猫に小判である。

「ソラ! 聞いているの!?」
「聞いております、母上」

 ソラと呼ばれた彼は苦い顔で母親に言い返す。
 彼は常々、疑問に思っていた。
 両親を誉める使用人たちの顔がひきつっているのも、優しく接すれば恐慌状態になるメイドも、挙げ句の果てに医者が彼を見て一言「あの二人から人間が生まれた!?」と驚いた事にすら、気にしない振りをしてきたのだ。
 早い話、彼が聞いた両親の評判は全部嘘っぱちで、使用人たちは罰を受けるのが怖いから無理して二人を讃えていた訳だ。
 そうと分かれば確かめないといけないことがある。
 将来、ソラ自身が継ぐことになるクラインセルト領の状態だ。
 両親との会食を終え、領主執務室に忍び込んだ彼は狂った笑いを止められなかった。
 出て来る、出て来る、賄賂に横領、重税、領主軍を使っての領民拉致とその後の奴隷化エトセトラ。
 人でなしにもほどがある。医者の驚きもあながち間違いではなかったらしい。

「領地についての情報が殆どない。仕事しろ。王都の方にあるかも知れないが望み薄だな、これは」

 ソラは額に手を当て、天井を睨んだ。
 つまり、冒頭の台詞の意味は実際のところ以下の通りである。

「(組織が)腐ってやがる。(転生するのが)遅すぎたんだ」
1月10日修正


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