曲を決めて制限時間に編集し、必要なジャンプやスピンなどを組み合わせれば、プログラムを作ることはできる。しかし、得点を取れる、ジャッジ受けするプログラムを作るには、毎シーズン前に変更する採点方式を詳細まで理解してそれを形にできる振付師が求められる。

 以前コストナーが「振り付けというのはとても繊細な作業なので、(センシティブなタイプの)私は、何年も同じ振付師(ローリー・ニコル)に作ってもらってきたことで、私のスケートの新しい可能性を発見し、深みを感じることができるようになってきた」と言っていた。

 ただ1回ぱっと作ってもらうだけでなく、作ってから数カ月後によりよいものにするために振り付けを直したり、何年も付き合うことで、選手と振付師がともに成長しあっていく様子がうかがえるのも楽しい。

羽生結弦のドラマティックなフリー『ノートルダム・ド・パリ』(写真/浅倉恵子)
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 また、ただ単に素敵な曲に難しいステップを入れたりすればいいわけでもない。選手にはそれぞれ、スケーターとしてのスタイルがあるため、そのスタイルを活かした振り付けをしたいところだ。例えば、鈴木のフリー「オー」の終盤、スケート用語では「コレオグラフィック・シークエンス」というのだが、雄大な曲に合わせて伸びやかに大きくスピードたっぷりに進んでいく部分は、彼女のスケーティングの旨さやスムースな部分を活かしたこのプログラムの見どころ。圧巻だ。

 この選手はこんなこともできるんですよ、とジャッジや観客に見せるためのプログラムもある。浅田のショート「I Got Rhythm」は、これまでずっとシリアスな曲やクラシックで滑ってきた彼女に、振付師のニコルが「楽しい曲を」と提案したものだ。また、楽しいショートと、王道のクラシックのフリー。毎シーズン、各選手のショートとフリーの組み合わせを見るのも楽しい。

 ここぞというときにぴったりな曲もある。昨季大ブレイクし、今季世界選手権表彰台が見えているワグナー。彼女の今季のフリーは「サムソンとデリラ」だ。過去にたくさんのスケーターが使ってきた曲だが、途中、観客が手拍子をしないではいられない、選手が自然と盛り上がってしまう明るく嫌味のない曲。本気で勝負をかけてきたことを感じさせる選曲だ。

 そんなプログラム視点から見ると、今季異彩を放っているのが、男子シングルのデニス・テン(カザフスタン)だ。彼の使用曲は、ショート、フリーともに『アーティスト』のサントラ。振付師はローリー・ニコルだ。映画に感銘を受けたので、ショートとフリーを使って映画のストーリーを順を追って表現している。衣装も、ショートではきらびやかだが、フリーではおちぶれたちょっとだらしない格好に。そんな遊びゴコロも楽しみたい。

 また、ブライアン・ジュベール(フランス)のフリー「グラディエーター」は、長年のフィギュアスケートファンにとっては、ちょっと信じられないプログラムでもある。2002年ソルトレイクシティオリンピック金メダリストのアレクセイ・ヤグディン(ロシア)の代表作の一つが「グラディエーター」で、当時フィギュアスケートをちらっとでも見た人たちの中で、このプログラムを知らない人はいないだろう(ちなみに、タチアナ・タラソワとニコライ・モロゾフの共作)。

 その「グラディエーター」と非常によく似た編曲で、時々ヤグディンの印象的な振り付けなどが出てくるプログラムなのだ。本来なら、タブー行為に近い。だがジュベールは、国際舞台に出てきたときからヤグディンが好きだと公言し、理想のヤグディンを追いかけてきたこともあり、ファンに温かく迎えられている。ヤグディンの「グラディエーター」を動画サイトなどで見ておいて、ジュベールのフリーに臨むのも一興かもしれない。