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勇者編
正義
ヒノモト国
新たに神皇帝シンイチ一世となったトモノリの治世は、意外な事に最初は評判がよかった。
「皇帝シンイチ万歳!!」
「ヒノモト国万歳(ハイルヒノモト)
シンイチの姿をしたトモノリが国内を歩くたび、道行く人々から賞賛の声が上がる。
(くくく……やっぱり俺のほうが上だな。シンイチなんかより、俺のほうが皇帝として優れている。皆が俺を褒め称えているぜ)
称賛されて得意の絶頂にいるトモノリだったが、しばらくするとそれでは満足できなくなっていく。
(……崇拝されるのは結局はシンイチか。こいつらの支配者は俺=勇者トモノリなのに。結局は俺を崇めているやつは国民にはいないんだよな)
街を歩き、シンイチ様と崇められても次第に嬉しくなくなってくる。
そんな訳で、しばらくするとシンイチの姿ではなく、素顔のトモノリとして外を歩く事が多くなっていった。

トモノリは皇帝として絶対権力を握ってはいたが、その関心はいかに快楽をきわめて暮らすことにある。当然、面倒な政治などに関心はない。
皇妃となったマーリンも、妹の喜媚と共に贅沢をすることしか考えていない。
お互いそれぞれ美男美女を集めてハーレムを作り、毎日宴会をしてすごしている。
実際の政治は誰がするかというと、宰相であるマッチョジーに丸投げであった。

そしてマッチョジーは冒険者ギルドのマスターを400年も勤めたベテランである。
権力を安定させるにはどうすればいいか、知りすぎるほどに知っていた。
「全世界の漁の認可はすべてヒノモト国が許認可を取り扱う。漁に出るたびに20アルの税を網元ごとに課する。逆らうものは営漁禁止だ」
「この街道の運搬税はヒノモト国に納めよ」
「セイラム村の特産品である蜂蜜の流通はリューネル商会以外取り扱ってはならぬ」
手に入れた権力を磐石なものにするために、各国政府の頭越しに各産業に従事している商会や農漁業の団体に対して支配する。
そうして入ってくる莫大な税の使い道は、すべてヒノモト国に使われた。
数多くの公共事業が気前よく支払われる高水準の賃金で支払われ、市民が潤っていく。
「皇都にふさわしい威容だ」
どんどんと新しい建物が出来上がっていくヒノモト城の住人は、単純にそれをみて喜ぶ。
「皇帝になられた後、俺たちの税を引き下げてくださった。皇帝シンイチ様はなんと慈悲ぶかいおかたじゃ」
「俺、前は貧しい生活をしていたけど、ヒノモト国にきてからは毎日うまい飯にありつけるぜ。ありがたいことだ」
政府から気前よく浪費される財政のおかげで、ヒノモト国だけが発展していく。
税金を搾り取られ、飢えと苦しみで崩壊寸前の各国でシンイチに堕ちた勇者として憎悪が集中していくのに反比例してヒノモト国ではシンイチの権威を高めていった。
もちろん、各国の惨状に心を痛めるものもいる。
「だまされるな!!!俺たちの故郷じゃ堕ちた勇者の苛政によって、皆が苦しんでいるんだ!!」
「私の村でも彼の無茶な税によって、みながちりぢりになってしまったわ」
他国の知人縁者たちから事情を聞いた人が必死に訴えるも、ヒノモト国の国民は話を聞かない。
「うるせえ!そんなにシンイチさまが気に入らないなら、ヒノモト国からでて行け!」
「そうだ!この非国民め!」
彼らが必死に訴えれば訴えるほど、ヒノモト国の民は次第に特権意識を持ち始め、魔国や他国の市民たちを一段見下すようになりはじめていた。

マッチョジーがとっている政治は、一種の分断統治である。
江戸幕府がなぜ不公平な社会でも長期に渡って続いたか、北朝鮮の体制がなぜ国民が飢えても崩れないかはこの統治方式がそれなりに優れていることを示している。
すなわち、遠くの地から富をあつめ、重要地点に富を集中させて権力を強化するやり方である。
人は自分に利益があるときは、他人がどれだけ不公平に苦しんでいても関心を持たない。
一例を挙げると、江戸時代に地方の庶民が米が食べられない貧しい暮らしをしていても、「将軍様のお膝元」の江戸庶民はちゃんと毎日米が食べられたのである。

自分に近いもの=権力を支える者やその近くに住むものを優遇して、遠くにいる者から搾取していく。
シンイチの目指すものが国民と王の距離が近く、国民の間に格差をできるだけ小さくして数多くの国民が平等に国家を支えるフラット型の民主国家であるならば、マッチョジーの目指すものは身分格差で下を押さえつけるピラミッド型の独裁国家である。
独裁体制においては、体制に近い存在ほど優遇される。
この状態のまま推移していくと、体制を維持する階層に力と権威が集中し、お上に従うことが正義になるので、支配者層に近いほど楽に生きていける。
特権階級は体制が疲弊しつくすまで長期にわたって存続することが可能になるのである。
そう、頂点にたつ者が従順で無能な飾り物で、権威を与えるだけの存在である限りは。

飾り物の皇帝シンイチ=トモノリを頂点にすえて、実際の権力はマッチョジーが握り、マッチョジーがいない限りは何一つ決定することができない国家。
今のところはマッチョジーの思惑通り事が進んでいた。

そんなある日、トモノリはいつものように素顔でヒノモト城下町をぶらついていた。
「城での生活も悪くはないが、毎日ゲームと女三昧ってのも飽きたな。一部の人間しか皇帝シンイチは勇者トモノリだって事を知らないから、常に変化のペンダントをつけていないといけないし」
誰からにも敬われ傅かれる生活を送るものが必ず感じる、刺激のない生活に対する退屈感。さすがに引きこもっていたら娯楽も女も飽きてくる。
そんな訳で、とくに用もなく一人で城下町をぶらつく事が多くなっていった。
大通りを歩いていると、道の真ん中で群集が集まっている。
「貴様!!!宰相閣下直属の騎士であるこのヘルロードの走りを邪魔するとは!!」
白馬に乗ったイケメン騎士たちが数人で15歳くらいの少女を怒鳴りつけている。
「も、申し訳ありません。このとうりです。お許しください」
真っ青になってひたすら謝る少女。よく見れば可愛らしい顔立ちをしている。
周囲にいる国民たちも気の毒そうな顔をしているが、騎士たちの剣幕におびえて誰も助けようとはしていない。
「なあ、何があったんだ?」
周りの人間に聴いてみるトモノリ。
「あの騎士たちは最近この城下町を暴走して暴れまわっている「地獄の(ヘルロード)」っていう集団の一人さ。もともとはDランクの冒険者パーティだったが、最近騎士として取り立てられたんでああやって若い女に絡んでは、無法を繰り返しているんだ」
「なんだって?俺はそんなの知らないぞ?」
思わずつぶやくトモノリ。
「あんたは最近この城に来たのか? ……陛下に訴えようとした者もいたが、うわさじゃ新宰相マッチョジー様が握りつぶしているらしい。自分の子飼いの騎士である元ギルド所属冒険者には甘いんだろうよ」
はき捨てるようにいう国民。
ヒノモト国には「騎士」という新しい階層ができていた。
魔力のこもった武器をギルドから与えられ、兵士たちの上に立って支配するものたち。
彼らはギルド所属の中級から下級の冒険者である。マッチョジーのおかげで地位を手に入れたかれらは、ヒノモト国で傲慢に振舞うようになっていく。
娘に絡んでいる騎士たちも、その暴走をエスカレートしていった。
「ふふ、悪いと思ったら、ここで脱げよ」
「そうだそうだ。いい体してたら、俺たちで囲ってやるぜ」
「マッチョジー様直属である俺たち騎士に逆らって、生きていけるとおもうなよ」
おびえる娘をみて嗜虐心を刺激される騎士たち。
「ああ……だれか助けてください。勇者様……」
なきながら勇者に助けを求める娘だった。

泣き崩れる娘を気の毒そうにみる国民たちだったが、騎士たちを恐れて誰も助けようとはしない。治安を担当している兵士たちも、気の毒そうに見るだけで助けようとはしていなかった。
「ふふ。勇者さまに助けを求めても無駄だぜ。誰も助けにこねえよ」
そういって娘に手を伸ばす騎士。
そのとき、黒い影が二人の間に立ちはだかる。
「ん?」
次の瞬間、すさまじい衝撃を腹に受け、騎士は10メートルほど吹っ飛んで、建物の壁にたたきつけられて気絶した。
「呼んだか?」
キラリと白い歯を見せて娘に笑いかける男。
「あ、あなたは……?」
「勇者さ。この場は俺に任せておけ」
全身から漆黒のオーラを吹き上がらせながらトモノリは言い放つのだった。

「なんだてめえは!!」
騎士たちから怒気がたちのぼる。
「手前らに名乗るほど安っぽい名前は持ち合わせてねえが……」
もったいぶって言い放つ。
「そうだな……。トモノリ。遊び人のトモノリとでも覚えておきな!」
完全に悪乗りして言い放つ。すばやく上半身裸になり、右腕の金色の剣、左腕の黒色の剣、そして背中の赤色の剣の刺青が輝き、騎士たちに見せ付ける。
「ふざけるな。やっちめえ」
騎乗して馬ごと体当たりを仕掛ける。
トモノリと名乗る男が一瞬で肉塊になると思い、思わず目をつぶる娘。
男と馬がぶつかった激しい音が響き渡った。
「……?」
おそるおそる目を開けた娘が見たものは、地面に倒れる馬と、投げ出されてうめいている騎士たち。
男は傷ひとつも負わず、轟然とその場に立っていた。
逆に馬はぶつかった衝撃で足がおれ、地面に倒れてうずくまっている。
「勇者様……」
思わず感嘆の声を上げる娘。
「お、おい……」
「まさか、新たな勇者様の誕生を俺たちは見ているのか?」
周囲で呆然と見ていた市民たちからも声が上がる。
「勇者トモノリ様=====!!!」
次の瞬間、熱狂的な歓声が沸きあがった。
「トモノリ……あいつの名前はトモノリ!!」
その場にいたフードをかぶっていた一人の少女がその名をつぶやく。
この声は幼い少女に似合わず、憎しみに満ちていた。

思いっきりドヤ顔で仁王立ちしているトモノリ。
(これだ。これだよ俺に足りなかったものは。いくらシンイチの格好をして市民から尊敬されたって、やっぱり俺に対してのものじゃないもんな。こいつらはシンイチじゃなくて俺を正義の味方としてあがめるべきなんだ)
正義の味方症候群……ダーティハリー症候群ともいわれる、正義の側にたって暴力を振るうことによる高揚感、正義感、自己の全肯定。
この快感はシンイチの仮面をかぶって皇帝の玉座にすわっていたら絶対に味わえないものである。
トモノリは今まで感じていていたモヤモヤとしたものが解消されるのを感じた。
「貴様!!!」
なんとか軽症で済んだ騎士たちが剣を抜いて斬りかかって来る。
トモノリは避けることもせず、暗黒闘術のオーラを少し強くして受け止める。
ただそれだけで騎士たちの剣はあっけなく折れた。
「安物の剣だな。そんなのじゃ、俺の暗黒闘術は破れねえぜ」
自信満々に言い放つトモノリに気圧される騎士たち。
「て、てめえ!」
「ほれ!」
トモノリが指を軽くはじくと、指先から稲光が発せられ、騎士たちの体に纏わりつく。
「ぐぁぁぁぁ」
激痛に襲われて地面をのたうち回る。しばらくしてトモノリが手を下におろすと、稲光が消えていった。
「ち、ちくしょう。おぼえてろ!!」
しばらくうめいていた騎士たちだったが、なんとか立ち上がると捨て台詞を吐いて逃げ出していった。
「勇者トモノリ様!ほ、本当にありがとうございました」
可愛い娘が笑顔で抱きついてくる。
「ふっ。大したことじゃないさ。当然のことをしたまでだ。それより、怪我はなかったかい?」
「はい!」
キラキラと目を輝かせてトモノリを見つめる娘。
「そうか。よかったな。こんな可愛い顔に傷でもついたら、国家の損失だからな」
娘の頭をなでながら言うと、真っ赤になる娘。
「あ、あのお礼を……」
「当然のことをして礼をもらう訳にはいかないさ。強いものは弱いものを何の見返りもなく救う。それが勇者ってもんだろう?」
思いっきり気障な口調で格好いい事を言う。
「カッコイイ」
「まさに男の中の男……本物の勇者だ」
大きな拍手が沸き起こる。
この場においては娘のみならず市民たちの心もわし掴みにしたのだった。
歓声を上げる市民たちの中、一人の少女が静かにその場を離れていく。
彼女の顔はついに探していたものを見つけたとばかりに笑っていた。
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