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「一票の格差」論の死角 - 地方議員を減らす民主主義
広島高裁で昨年の衆院選を「違憲で無効」とする判決が出た昨日(3/26)、夜のテレビ報道はこの話題を大きく取り上げたが、特に「一票の格差」問題をキャンペーンしてきた報ステは、スタジオに升永英俊を生出演させ、激越な口調で「一票の格差」の不当性をアジテーションさせていた。弁護士の升永英俊は「一人一票実現国民会議」の設立者で、自身のHPにも、その意義を強く訴えるメッセージを載せている。昨夜は、おそらく選挙人選出の際の平等を言っていたのだと思うが、米国大統領選において有権者の投票権が日本と違っていかに公平平等に配分されているかを、古舘伊知郎を挑発しつつ過激に論じ立て、日本には憲法に保障された民主主義が実現されていないと厳しく非難していた。主張は正論だが、弁護士の一般的イメージからは少し逸脱した感のある執拗で強引な態度に、古舘伊知郎だけでなく視聴者も異様な印象を受けた点は否めない。HP上に昨夜と同じ言葉がある。「飛鳥時代から平成までの1600年の歴史の中で、日本は未だ一度も民主主義国家であったことがない」。「日本は民主主義国家ではない。なぜなら、有権者の多数決でなく、有権者の小数決で、立法がなされ、かつ行政府の長が選ばれているからである」。国民的正論である「一票の格差の是正」論だが、私は升永英俊の主張にも、「一人一票」の運動や報ステのキャンペーンにも違和感を覚える。


まず、何より、升永英俊や「一人一票」運動は、あるいは朝日新聞は、それではこうせよという具体的な選挙制度の構想と提案を出していない。一票の権利が平等になり、あるべき民主主義が実現される選挙区の設計が示されていない。と言うのは、言うまでもないことだが、升永英俊や三浦俊章が言うように、単純に「一票の格差」をなくし、選出される議員一人当たりの有権者の数を平等にすれば、現行の制度では都市部で選出される議員ばかりが増え、地方で選出される議員が減ってしまうからだ。「一票の格差」の単純で機械的な是正は、政治的には、都市と地方の格差を拡大する方向に結果させる。この問題で槍玉に上がるのは、常に人口の少ない、過疎に悩む地方の貧乏県である。高知県とか鳥取県の選挙区が報道で取り上げられ、千葉県や神奈川県の選挙区に較べて議員一人当たりの有権者の数が半分以下だと指弾され、都市の有権者の権利侵害が言われ、不当に特権待遇を享受し、日本の民主主義を歪め、税金を食い潰している疫病神のように白眼視される。いつもそうだ。そして、新橋や銀座でマイクを向けられて、マスコミの思惑どおりの不満の台詞を言う都市生活者の声のみが、「街の声」として拾われて電波で拡声され、常識的正論とされ、地方に暮らす者の声は拾われない。今回、槍玉に上がった高知県の衆院定数は、中選挙区時代は全県区で5人だった。それが削られ、現在は小選挙区制の下で3人となり、それでも多すぎるから2人にしろと詰られている。

小選挙区制で減らされた分を補うはずの比例ブロックは、定数削減の一途だ。鳥取県も全県区で4人の定数だった。20年前の1993年まで4人の定数で選挙をしている。現在は半減の2人。升永英俊や三浦俊章などは、都市住民の権利侵害を言い、民主主義の不全を言うのだが、こうして、過疎の地方県から国会へ送られる議員が減らされ、地方の有権者の声が国の政策に届く機会が減らされている問題について、一体どのような権利論や民主主義論で考えているのだろうか。「一票の格差」論で単純に是正すれば、地方の声をすくって政治に反映させる議員の数はどんどん減る。マスコミは、決してこうした地方にとっての弊害は言わない。そこに報道の関心を向けようとしない。実際に、TPPがほとんど国会で無抵抗でまかり通っている背景には、地方の議員が減り、都市の議員ばかりが増えている現実があり、国の政策立案が都市中心、東京中心になっていることは否定できない。政治に決定的な影響を及ぼしているマスコミ自身がそうで、東京で雪が降ったとか、東京で桜が咲いたとかの話は、全国放送の電波を埋め、そればかり延々と流している。東京の路面が凍って、人が滑って転んで怪我して病院に運ばれた話は、レポーターが街に繰り出して中継で大騒ぎするが、東北や北海道で高齢者が除雪中に死亡した話は、さらっと一言触れて終わりだ。北日本で暴風雪が吹き荒れ、また犠牲者が出る惨事が起きるのではないかと恐々としているのに、テレビは無神経に東京のお花見映像を流して浮かれている。

マスコミの視線には地方に対する配慮がない。北海道や沖縄の農家が、TPPで廃業を迫られるのではないかと苦悩しているとき、そうした人々を取材することはせず、輸入品が安く買えるから消費が伸びて経済にプラスだなどと平然と言い、東横線が地下鉄と繋がったというメトロの宣伝ばかり全国放送している。マスコミにとって、地方の人間は国民ではなく、まるで無関係な外国の人間のようだ。升永英俊が報ステで例として上げ、投票権における民主主義徹底の模範として示した米国の選挙制度だが、見落としてはいけないのは、そこには全く逆の原理も働いている点だ。米国の上院議員は100名で各州で2名が選出される。この100名が立法権を持つ。全米50州について見ると、最も人口の多いカリフォルニア州は3800万人、最も人口の少ないワイオミング州は人口56万人。3800万人が選ぶ議員も2名だし、56万人を代表する議員も2名だ。格差67倍。格差2倍どころではない。定数435の下院は人口比によって州別に議員の数が異なるが、上院は州の大小に関係なく2名である。こうした米国の制度的事実について、升永英俊も三浦俊章も何も言わず、日本の制度だけが異常で非民主的だと強調する。ネットの情報を見ると、2010年に選挙区の区割が再編されたフランスでは、格差が是正されたが、それでも最大格差が2.37倍もある。英国は、小選挙区の1区を5万人-7万5000人で調整しているが、有権者2万2000人のアウターヘブリディーズ諸島を独立選挙区として認めているため、最大格差は3倍以上となっている。

先進各国は、決して升永英俊の言うような、機械的で絶対的な投票権の平等を制度保障しているわけではなく、それを民主主義だとする原理主義は選んでいない。地域の特殊性に応じて選挙区を設計、議席を配分し、数値的な一票の価値平等性以上に地域の事情を考慮した選挙制度で国政を運営している。アウターヘブリディーズ諸島は大ブリテン島の北西に連なる島々で、そこには独自の経済と文化がある。スコットランドの一部ではあっても、決して対岸地域と一つにして1名の代表選出というわけにはいかない。そこには独立した民意があり、それを制度に考慮せず、無視して排除してしまえば、逆に英国の民主主義が歪になるのだ。日本にも嘗ては奄美群島区があった。定員1名は全国でここだけで、しかも無風にならず、保守候補同士が常に激戦を繰り広げる実にユニークな選挙区だった。奄美群島区は復活させるべきで、それを廃止して鹿児島本土の小選挙区と合併させた「政治改革」は間違っている。佐渡も、対馬も、隠岐も、特別区として1名の議員を置くべきだ。佐渡の民意、対馬の民意、隠岐の民意、それを独立した民意として認め、国会に代表を送り出させることが、日本の政治に民主主義を徹底させる選択である。民主主義における少数意見の尊重の原理とは、まさにこういう問題であり、制度上の権利保障のことだろう。民主主義とは、一国内の一個人の権利を機械的に平等に扱うことではない。形式的な不平等が実質的な平等とナショナル・ミニマムを担保している。この点、升永英俊やマスコミの説法と扇動には注意を要する。

「一人一票」の運動を支持しているのは、ネオリベ原理主義のみんなの党や維新ではないのか。


by thessalonike5 | 2013-03-26 23:30 | Trackback(1) | Comments(3)
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Tracked from NY多層金魚 = Con.. at 2013-03-26 22:22
タイトル : 惑星ソラリスの海に泳ぐイカ ポートフォリオ
 まるで自分たちの発した想念の海を泳いでいるイカの大群のようなわれわれ人類の姿を、少しでも客観的に捉えようと書きはじめたシリーズ。タルコフスキーの遺作「サクリファイス」まで進んだので、文章のなかからワン・パラグラフづつ抜粋してNY金魚「ソラリスの海に泳ぐイカ」のポートフォリオを創ってみました。ご興味のある文章がありましたら、どこからお読みいただいても結構です。緑色の下線タイトル文字をクリックしていただくと各エッセイに飛びます。 (1) 惑星ソラリスの海に泳ぐイカ 想念/タルコフスキー/レム......more
Commented by ろうのう at 2013-03-26 19:56 x
社会や政治に怒っていくことは大事だけど、こういうリバタリアニズムに立脚して怒る行為はいい加減やめたほうがいいですよね。
Commented at 2013-03-26 20:43 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 長坂 at 2013-03-27 00:31 x
きょうも、まさにここでしか読めない内容、感謝してます。
この判決に乗っかるとこだった。これで、TPPが来て、完璧に新自由主義者と極右だけの国になりますね。
独立後の沖縄、北海道に移住を考えておられる方、是非ご一緒させて下さい。     りえ
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