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  シーカー 作者:安部飛翔
第8章
3話
【神峰アスール火山】山頂“火口”
 未だ他ならぬ“スレイ”自身がイリュアと愛の営みを交わし。
 或いはミネアと共に迷宮で強化したオリハルコンの糸の慣らしに付き合い。
 或いは他の何人かの恋人達ともイチャイチャしている中。
 そしてディザスターとフルールがヴァリアスと共に酒盛りに耽っているであろう今この時。
 この“スレイ”は、神峰と呼ばれるアスール火山。
 その山頂。
 広大な。
 もはやマグマの湖と言っても過言では無いだろう火口のすぐ傍に佇んでいた。
 圧倒的な熱量はその場に通常の生物が立つ事など許さないが、スレイには欠片の影響も無い。
 スレイがこの場に居る理由はただ一つ。
 ここに生息するというディザスターやフルールに匹敵する力を持つフェニックスの特殊個体を己が新しい下僕とする為だ。
 スレイがそれを思い立った理由は二つ。
 まず、どうもロドリゲーニがスレイの行動予定を狂わせる様にちょっかいを掛けて来ている事。
 とは言えこれに関してはあまり強くない。
 それこそ己自身の遍在を制限無く使えばどんな事でも対応は可能で、その上で自分の予定は予定通りに消化出来る。
 そうなっていないのは、自分の使う力に制限を掛け縛りを設けているからだ。
 だからロドリゲーニがそのように動いてくるというのはスレイにとってはある意味楽しめる要素だとも言える。
 なのでもう一つの理由こそがメインだ。
 中級邪神トリニティ。
 既にスレイはトリニティが封印より解放されたことを“識”っている。
 またトリニティの狙いが職業:勇者達にある事も。
 そしてヤンという職業:勇者の所為で友人のアッシュも巻き込まれかねない事も“識”っている。
 なのでトリニティが動き出したら即行で叩き潰す、と決めてはいるのだが。
 トリニティという邪神。
 力は確かにディザスターよりも上だ。
 だがその性格があまりにも小物臭い。
 真の神に対してあるまじき表現だとは思うのだが、本当に小物臭いのだ。
 いや、或いは全知全能というその能力すら意志の下に制御してみせ、完全に“個”を獲得した“真の神”の方が、神々よりもよほど人間臭いのは当然なのかもしれないが。
 それにしても何度も言うが力はどうあれトリニティは小物だ。
 つまりスレイは直接相手にしたくないのだった。
 だがディザスターとフルールだけではトリニティを相手にするにはまだ戦力不足だと分かっている。
 だったらもう一匹増やしてしまおう。
 そんなシンプルな考えでここに来た訳だ。
 三匹居ればトリニティにも勝てるだろう。
 ここは冷静に計算した結果だ。
 それにまあ。
 スレイは眼前の火口の奥深くに潜むモノの強大な力を感じ取り笑みを浮かべる。
 ディザスターは前世からの縁で元々自ら下僕になりに来た様な物だった。
 フルールに到っては成り行きで何時の間にかだ。
 だがこの相手は違う。
 本格的に戦って屈服させる必要があるだろう。
 そう本格的な戦い。
 思えばここ暫くのスレイはまともに戦えていない気がする。
 クランドとの戦いの時はそれこそ己が魂の全てまでを燃やし尽くした。
 だがそれ以降はどうだったか。
 あまりにも手を抜き過ぎていて、自分でも良く分からなくなってきたぐらいだ。
 流石にクランドとの戦いの様な己が限界を超えた戦いまでは期待できないと分かっている。
 だがそれでも久々に派手でスケールの大きい戦いが出来るという確信はある。
 思わず笑みが浮かぶ。
 そもそもにして限界なのだ。
 このようなちっぽけな世界での気を遣った戦いなどという物は。
 さて、とスレイは笑いながら思う。
 悪いが俺の多少のストレス発散の相手になってもらうぞ、と。
 その後自らの下僕にするつもりなのだからスレイも性質が悪い。
 それを自覚してスレイは笑みに苦味も浮かべる。
 本当にまあ。
 だが、止めるつもりは無い。
 死と再生どころか、破壊と創造の炎を司るというフェニックスの特殊個体。
 果たしてその炎は如何程か。
 そしてその翼の感触はどの様な物だろう。
 っと。
 ふと、思考が脇に流れたのを自覚してスレイは気を引き締める。
 それじゃあ、気持ち良く眠っているところ悪いんだが。
 強引にたたき起こさせてもらうとしようか。
 そう考えると同時、スレイは完全に消し去っていた己が存在の全てを解放する。
 そう、例えここに居る不死鳥の特殊個体でも捉えられ無い程に完全に消し去っていた己が存在を。
 突然に圧倒的で暴力的で全てを蹂躙するかのような本来の力の気配。
 隠す事も無い、だが特に意識して放出している訳でも無い。
 それでも神々でさえその気配だけで吹き飛びそうな暴虐的なオーラが周囲に充満した。
 その分かり易過ぎる挑発にスレイの狙い通り相手は乗って来る。
 湖の様な広さの火口のマグマが盛り上がる。
 そのまま飛沫を上げ飛び散るが、スレイには触れる事も無く全てそのオーラの前に素粒子の欠片も残さず消滅し尽す。
 マグマの膜を破り現れた巨大な存在はその翼を優雅に広げる。
 翼を広げたその幅は優に20メートル程はあった。
 美しかった。
 陳腐な文句だがそう言うしか無い。
 色は赤系統なのだろう。
 だがその色を表す適当な表現など思い浮かばない。
 敢えて言うならば緋金だろうか。
 だがそれでも表現には不足だ。
 その身の全ては炎。
 しかもただの炎などとは隔絶した次元の炎で構成されている。
 その炎が象るのは美麗なる鳳の姿。
 だがただの鳳などは比べるのもおこがましい。
 真の意味の鳥類の王者。
 鳳というその概念をそのまま抜き出したならこうなるだろうというあまりにも壮絶なまでの美しさだ。
 そして何よりもその翼の精緻で美麗な煌き。
 そもそも比べる様な物では無い。
 ジャンルの違う物だ。
 だがそれでも敢えて天使の翼と比べて見るならば、絶対的なまでにこの鳳の翼に軍配が上がるだろう。
 いや、比べる物では無いとかジャンルが違うなどと散々と前置きしたが、そんなのはただの言い訳だ。
 天使程度の翼では、この鳳の翼と比較する事すらおこがましいとしか思えない。
 それほどに美しかった。
 これがフェニックスの特殊個体。
 純粋にこの世界で自然に生まれた、下級邪神にすら匹敵する存在か。
 見惚れこそしないが、スレイもその美しさを堪能する。
 そんなスレイに猛禽類の鋭い眼差しを、やはり不思議な赤系統の炎の輝きを宿した瞳を向けてそのフェニックスの特殊個体は言い放った。
『貴様、何者だ?』
「さて、その何者、というのはどういう意味での何者かな?例えば今ここで俺は人間だ、とも名乗れるし、探索者をやってるとも肩書きを告げる事も出来れば、天才だとも言える、或いはありとあらゆる全ての中で最強の存在だとも言えるし、名前を言うならばスレイ、という名を告げるだけだ。さてお前はどんな答えが望みなんだ?」
『言葉遊びをする気はないぞ人間……、しかし確かに大した力を持ってはいるようだが、最強を騙るか』
 その言葉にスレイは肩を竦めてみせる。
「騙るとは失礼な、ただの純然たる単純明快な真実だ」
『……まあよい。それでは質問を変えよう、貴様、一体何用でここを訪れた、答え如何によっては死を、いやそれすら越えた存在の破壊を覚悟せよ』
「死を、破壊を覚悟、ねぇ?」
 思わずと言った様に苦笑するスレイ。
『何が可笑しい?』
「いや、まあそういえばお前はそういう意味ではまだ若い、物を知らんのも無理はないかと思ってな」
『貴様、私を侮辱するか』
 決して荒ぶってはいない。
 静かなままだ。
 だが静けさの中に確かな殺意を宿した思念が届く。
「いや、そういうつもりはないんだがな。それより俺の用事がどうという前に、礼儀を知っているならお前の名前を聞かせてくれないか?後俺の事は貴様じゃなくスレイと呼んでほしい物だな、一応俺は名乗ったぞ」
『……随分と達者な口だ。まあ良かろう、私の名はロードだ。特別にこの場は私の名を呼ぶ事を許そう』
「許す、許すか。そいつはまた大きく出た物だなロード」
 楽しげに口端を吊り上げて笑うスレイ。
 僅かにロードの気配が揺らいだのが分かる。
『蛮勇もそこまで来れば大した物、か。それで、私は名乗ったぞ?スレイ、貴様の用件を聞かせてもらおうか』
「ああ、やっぱり貴様って言うのか。ま、いいか。で用件だったな。簡単だ、ロードを俺の下僕にしに来た」
『……』
 あっさりとスレイが言い放った言葉に暫し沈黙が流れる。
 それからようやく、身じろぎをしたロードが思わずと言った感じで尋ねる。
『……スレイ、貴様何と言った?もう一度言ってみよ』
「ん?ロードは耳が悪いのか、ってその完全に炎で構成された身体に耳の意味があるのかどうか分かったものじゃないが、よしもう一度言うぞ、今度は聞き逃すなよ。俺はロードを俺の下僕にしに来たんだ。流石に今度は聞き逃さなかっただろう?」
『貴様……それは本気で言っているのか』
 ゆらり、と炎の中に見えない怒気が混じるのをスレイは感じる。
 だが薄っすらと笑みを浮かべたままスレイはただ肯定する。
「ああ、本気も本気だ。だいたい、何処に嘘を言う理由がある?」
『そうか……どうやら蛮勇すら超えたただの馬鹿だったようだな。もういい、語る価値も無かったようだ、貴様の存在そのものを完全に“破壊”し尽くしてやろう』
「ふむ、おや?あんな所に居たのか。そうかそりゃ誰も知らない訳だ。こりゃああいつらにはぶつけないように気をつけないとな」
 スレイはそんなロードの本気で敵意を向けてきている様子すら構わず、空を、いやその遥か先を“視”て、あるモノを見つけ、呑気にそんな事を呟く。
 どこまでも自らを軽視したその態度。
 ロードは絶対の王者たる余裕を以って怒りに身を任せるのではなく、ただ冷たく言い放つ。
『もう良い、消えよ』
「やれやれ、ちょっと頭を冷やすのに宇宙旅行と洒落込んでくるんだな!!」
 ロードの不見識に呆れた様に肩を竦めるとそう告げるスレイ。
 そして。
 本来声を出す必要も。
 また自らの身体を動かす必要すら無かった。
 ただスレイが“想う”だけで全ては実現する。
 だがスレイは敢えて声で宣言し、そして身体を動かした。
 理由は単純。
 そうしたかったから、だ。
 そして告げた時には既にスレイは空を蹴り、ロードを殴り飛ばしていた。
 ロードの反応できない速度。
 いや速度ですら無いただ告げた時には既にロードの直近に在り、そして殴っていたのだ。
 正方向や負方向、いや虚数すら含め、時間軸のありとあらゆる方向に動きは無い。
 つまり速度という時間辺りの移動距離という物差しではそもそも測り様の無い。
 無限速すら越えた、速度などを超越した、無茶苦茶な理外の事象。
 そしてロードに叩き込んだ力は、光速の数兆倍の速度域で全く減速する事なくどこまでも吹き飛ばす力。
 しかしロード自身にはダメージを与えない様に調整などという在り得ない真似までした。
 同時、スレイはロードを受け止めるつもりの場所に既に在る事も出来たのだがそうはしなかった。
 ここ暫く。
 いやむしろ生まれてから一度も本当の意味でスレイが力を解放できた事が無かった反動だろう。
 敢えて無駄な事をしたいと思った。
 その結果、スレイは遠回りで、光速の無限倍の速度、無限速で以って、とっくに時系列から外れ世界から隔離された状態で、そのまま吹き飛ばしたロードを受け止めるつもりの場所まで先に回り込む。
 その過程で、スレイが発するオーラに触れただけで、隔離された通常の時系列の世界にある筈の無数の超大質量ブラックホールの重力の特異点すら含む全てが、無数の超新星爆発スーパーノヴァ極超新星ハイパーノヴァが発した莫大なガンマ線を含むあらゆる爆発エネルギーも何もかもが、測り切れない程の量存在したダークマターの全てが、その他ありとあらゆる全て、つまり無数の超銀河団すらが無へと帰し、そしてスレイはそんな自らが振り撒いた消滅など気にする事もなく先回りした宇宙の虚空に置いて自らが殴り飛ばしたロードを待ち構える。
 殴り飛ばされたロードは光速の数兆倍の速度でただ真っ直ぐに吹き飛び続けながら、ただただ驚愕していた。
 現在は今の速度に対応して、光速の数兆倍の速度域に対応し世界から隔離され、時系列の束縛からも解放されているが、それでも身体を動かす事が出来ない。
 スレイに殴り飛ばされた。
 その時に与えられた衝撃によって全く身体が動かない状態となっていた。
 何よりスレイに殴り飛ばされたという事すら理解出来ていない。
 そもそもあの時のスレイに対しては、ロードの限界である無限速でさえ反応し得なかったのだから当然だ。
 そして炎の尾をたなびかせながら、混乱のままにただ吹き飛び続けるロード。
 その身がぶつかった全ては通常の時系列にありながらも、世界から隔離されたロードにぶつかるだけで容易く砕け散る。
 いやそれだけではない。
 ロードの身体より零れ落ちる火の粉。
 その破壊と創造の炎の僅かな欠片が触れただけで、隔離された通常の時系列の世界にある筈の無数の超大質量ブラックホールの重力の特異点すら含む全てが、無数の超新星爆発スーパーノヴァ極超新星ハイパーノヴァが発した莫大なガンマ線を含むあらゆる爆発エネルギーも何もかもが、測り切れない程の量存在したダークマターの全てが、その他ありとあらゆる全て、つまり無数の超銀河団すらが燃やし尽くされ破壊され、その後再び創造され再生する。
 そんな不条理を撒き散らしながら飛ばされた先。
 ロードは突然自らの身が停止したのに驚愕し。
 そしてその理由を察して怒りに震える。
 両手を胸の前で組んだスレイが、片足でロードを受け止めていた。
「どうだ、少しは頭が冷えたか?」
『貴様ッ!?』
 この場にスレイが居るという事実に対する驚愕。
 そして足蹴にされた事に対する怒り。
 僅かに驚愕よりも怒りが上回り、ロードは己が炎を全開で解放しようとする。
 だが。
『なっ!?』
「おいおい、確かにこの世界は絶対壊れないんだが、こんな狭い世界であんまり無茶しようとするなよ」
『ッ!?』
 ロードの炎は抑え込まれたかのように全く広がる事は無かった。
 いや。
 スレイがエーテルの振動によって発した言葉。
 それにより覚る。
 実際に自らの炎は目の前の男によって抑え込まれたのだと。
 スレイは嗤う。
 その嗤いに先ほどまで無かった何かから解放されたかのような、どこか禍々しい雰囲気を感じ取り、自らが持ち得ない恐怖という感情に背筋を凍らされたかのような気分になるロード。
 全てを燃やし尽くし新たに生み出しさえする絶対究極の炎で構成された自らにその様な感覚など在り得ない筈、とロードは驚愕を禁じえない。
 スレイは告げる。
「しかしまあその様子だと、どうやらまだ頭は冷えてないらしいな?いいぜ、そんなに暴れたいんならとことん付き合ってやろうじゃないか。徹底的に調教して、お前は俺の下僕になるんだと理解してもらわなきゃいけない事だしな。……ただし“もっと広い場所”でだ」
『なんだと!?』
 困惑の声を上げるロード。
 構わずスレイは敢えて拳を振り上げる。
 本来スレイなら全てを“想う”だけで実現可能だが、実際に身体を動かして力を発散するという過程。
 どうもこのやり方が想像以上にスッキリする。
 だから先刻から色々と昂ぶって仕方が無い。
 少々自分の性格や口ぶりが変わってる様な気がするが……まあ、これだけ気持ちいいんだから仕方無いだろう。
 そう考え嗤うと、スレイはそこにヴェスタという宇宙せかいの壁が“在る”と仮定し、拳で殴りつけたロードをその壁に叩きつける。
 宇宙空間でさえ極限の理想のフォームで以って殴られたロードは凄まじい勢いで、スレイが“在る”と仮定した事で実際そこに生まれたヴェスタという宇宙せかいの壁、数多ある宇宙せかいの中でも最硬の宇宙せかいの壁をぶち壊してヴェスタという宇宙せかいの外へと叩き出される。
 凄まじい衝撃に身を揺らしながらもロードは“視”る。
 ヴェスタという宇宙せかいに空いた穴からロードに続いてスレイが出てくると同時、刹那でその穴は修復され、それと同時に消え去るヴェスタの姿を。
 ロードでさえ全力で意識しなければ“視”えない程の隠蔽度だ。
 ヴェスタという宇宙せかいの外へ初めて出たロードには知り得ぬ事であったが、ヴェスタという宇宙せかいはその強固さ故に“真の神”クラスの存在が力を振るっても壊れない世界であると共に、この隠匿性故に“真の神”クラスの存在でなければその存在すらも知りえぬ世界だ。
 いや、それどころかこの広大な外宇宙の中に在りながら、ヴェスタという宇宙せかいだけはこの外宇宙からは独立した完全なる一にして全たる宇宙せかいであった。
 そのような事は知らぬロードだが、ヴェスタより叩き出されると同時に自らの身体がまるで深海の底から地上に出たかの如き解放感に満たされるのを感じる。
 それだけでは無い。
 “視”渡す限り存在する無限を超えた数の宇宙せかい
 それがただ自分が叩き出されたという影響のみで無限を超えた数があっさりと消滅していくのが“視”えた。
 これは、ヴェスタという宇宙せかいがその防衛本能で隔離していたロードやスレイが、ヴェスタの外へ出た事で通常の世界へと回帰した事による当然の結果なのだが、その様な事はロードには知る由も無い。
 そこへ呆れたようなスレイの声が響く。
「おいおい、環境破壊は感心しないな?あれら宇宙せかいの一つ一つに数え切れない程の知的生命が存在するんだぞ。せめて自慢の炎ですぐに再生しろよ」
 言うと同時、消滅した無限を超えた数の宇宙せかいの全てが瞬時に再生するのをロードは見た。
 ロードにはやはり知る由も無いが、これはただスレイがそう“想う”事により引き起こされた現象だ。
 そして一度消滅し再生した無限を超えた数の宇宙せかいだが、その中に存在する知的生命体、いやそれどころか神々すらが自らが一度消滅した事を自覚する事は無い。
 その宇宙せかいの中では全能である神でさえ、時系列の縛りから解き放たれた身でありながら、自らの消滅と再生を自覚せず、体感的には全てが連続して続いているとしか感じていない。
 とはいえスレイにとってそんな事は関係無く。
「さて、ここじゃあまだお前が暴れるには狭いな。もういっちょ行くか」
『なっ!?』
 そう言って再びロードを理想的な型で殴りつけるスレイ。
 この無限を超えた宇宙せかいの全て、それらを内包した時空連続体の壁がそこに“在る”と仮定し、時空連続体の壁を生み出し、そこに再びロードを叩きつけぶち壊し、この時空連続体よりロードを叩き出す。
 同時にその影響で再び無限を越える数の宇宙せかいが消滅するが、スレイは無意識にあっさりとそれら全てを再生させ、自らもぶち開けた穴から飛び出すと同時、ヴェスタと違いそこまでの強固でないこの時空連続体の為にその穴を修復し閉ざした。
 叩き出されたロードは困惑していた。
 やはりロードの“眼”には、周囲に、今叩き出された時空連続体と同じような時空連続体や、それより圧倒的に巨大な超時空連続体が無限を超えた数存在しているのが“視”えていた。
 しかしそれは自らの身から生み出した破壊と創造の炎を無意識に無限を超えて広げる事によってやっとだ。
 本来“眼”が捉える筈のエーテルが、いやその他の何もかもが存在しない。
 ロードの周囲に存在する物。
 無限を超えた時空連続体と超時空連続体の存在するその空間を埋めるものは何も存在しない、即ち虚無であった。
 ロードが周囲を“視”る為に広げた破壊と創造の炎が虚無すら燃やし尽くし再び再生する。
 ロードが“視”た端から無限を超える数の時空連続体と超時空連続体が燃やし尽くされ再び再生されていく。
 いや、それだけでは無く創造の炎の欠片が発端となり、無限を超える宇宙が創造され、新たな時空連続体や超時空連続体すら誕生して行く。
 時系列に囚われぬ、いやもっと圧倒的な高位の視点から“視”るからこその光景。
 一つ一つの時空連続体や超時空連続体、いやその内包する一つ一つの宇宙すらがそれぞれ別の時間軸を持っている。
 故に“視”る事が出来る景色。
 “真の神”クラスの力を持ちながらも、今まで一度もヴェスタという宇宙せかいの外へ出た事の無かったロードには始めて“視”る物だ。
 あまりの雄大さにただただ息を呑む。
 と、ロードの炎とは関係無く虚無すら消滅し絶無と化しまた再生し虚無へと戻る。
 更に他の無限を超えた数の時空連続体や超時空連続体が消滅し再び再生する。
 ロードは理解する。
 それは目の前のスレイという男が起こしているのだと。
 実際それはスレイが起こしていると言って間違いではない。
 正確にはそれらの消滅は、ヴェスタという宇宙せかいと違い、防衛本能により強引に力在る存在を隔離し、周囲への影響を最低限に殺す制限が無いが故に、スレイがただ“在る”だけで、その力の影響のみで起こる現象だ。
 逆に再生は意識すらする事無く当然の事としてスレイは予定調和の如く自動的に成している。
 まあその無意識すらも実際にはスレイの意志の制御下に在るのだが。
 矛盾しているがその矛盾すらも当たり前の様に内包するのがこのレベルの存在だ。
 そしてこの現象をスレイが起こしていると言うのが間違い無いというのは、スレイが昂ぶりに任せ敢えて自らのただ“在る”だけで周囲に広がる力の影響・余波を抑えていないからだ。
 スレイならばそれらの影響すら完全に制御し遮断する事も出来る。
 だがスレイは生まれて始めてと言える、完全では無いにせよかなりの力を抑え込まれず、そして抑え込まずに済む解放感に酔っていた。
 まあ酔っているとは言え、その酔いすらも実際は己が意志の制御下にあるのだが。
 つまり意識して敢えてその酔いに己が身を任せていた。
 そして周囲に広がるあまりにもスケールの大きな光景。
 当然スレイにとっても生まれて始めて“視”るものだ。
 だがスレイにとっては別に新鮮な景色ではない。
 何故なら外宇宙よりも2段階以上は上のレベルで全知たるスレイにとってはこの光景は“識”ろうと思えば容易に“識”る事が出来る物だったからだ。
 とはいえ今までスレイはこの景色を“識”ろうとすらした事が無い。
 だから知ったのも紛れも無く始めてではある。
 それでも何時でも“識”る事が出来るものを、たまたま今始めて“視”たからと言って、そんな新鮮味も有難味も無かった。
 過ぎたる力も良し悪しか。
 その様な事をスレイは漠然と考える。
 そして同時に、スレイは此処に来て今までも感じていた不快感をより強く感じていた。
 分かっていた事ではあったが、この外宇宙は……。
 ロードから目を逸らし、遥か彼方を睨み付ける。
 負け犬風情がいいように汚染してくれやがって。
 心の中で悪態を吐くスレイ。
 雑魚がいい気に揺り篭を整えておねんねか。
 まあいい。
 下僕ペットを飼い慣らすついでだ。
 まずは貴様が汚したこの外宇宙の浄化と再構成。
 その後お前の子飼いを全て消滅させて。
 最後にお前を叩き起こして、存在の欠片も残さず消滅させてやるよ。
 心中で宣言するスレイ。
 口端を強く吊り上げると、スレイはロードへと視線を戻す。
 そして嗤いをより深く顔に刻む。
 挑発するように告げる。
「さてと、ロード。外宇宙ここじゃあまだ俺が力を振るうには窮屈で仕方無いんだが、お前の程度なら全力で暴れまわってその炎をいくら燃焼させようと問題無い程度の広さはあるから、お前の躾には外宇宙ここで十分だろう。さあ、力の差ってのを理解させて、俺を主と認めさせてやるから、気が済むまで暴れていいぞ?」
『貴様ッ、どこまでも私を愚弄するかっ!!』
 スレイの言葉に激昂するロード。
 その身を構成する炎がどこまでも燃え上がり、虚無を燃やし尽くし、その炎の残滓が新たな時空連続体と超時空連続体を無数に創造していく。
 破壊と創造の炎の名に恥じないその力。
 だがスレイは炎を防ぐ事もせずその身に直接受けてなんら影響を受けた様子も無く嗤うだけ。
 そして。
「それじゃあ、行くぞ?」
 言うと同時スレイは始動する。
 敢えて力は使わない。
 双刀や魔法すらも封印だ。
 ただの肉弾戦。
 格闘技術。
 肉体言語で語ってきかせる。
 下僕ペットの躾にはそれで十分だ。
 そもそも方向など存在しない空間。
 何もない虚無。
 その中で通常ではありえない関節の稼動域と筋繊維の一本一本までを最大限に利用したスレイは、思いっきり左半身を一度後ろに引いて刹那すぐさま異常な腰の構造を用いた回転で左半身を引き絞った弦のように一気に前へと突き出しつつ、まるで地面があるかのように思いっきり右足で後方へと力を込めて踏み出す。
 股関節。
 膝の関節。
 足首の関節。
 通常ではありえない程の稼動域を最大限に用いて、更には足の指先の関節の稼動域も最大限に用いての、爪先の先端に到るまで極限に用いた踏み出し。
 信じられない程の爆発力を持ったその推進力で、しかしスレイはたった一歩分、その先の虚無が地面であるかのように左足で踏み込む。
 と同時、左足の筋繊維と関節の稼動域を最適な形で用い、力を螺旋の如く回転させ増幅させながら一度足の裏にまで落とすと同時、まるで踏み込み台を用いたかの如く力を倍増させ、また左足の筋繊維と関節の稼動域を最適な形で用い、力を落とした時と同じ方向の螺旋の如き回転で腰まで上げて、腰の回転で更に増幅させる。
 そして頭の先を一気に左足の下まで落とす勢いで更に力を増幅させ、その力を全て右足へと伝え、右足を鞭のようにしならせ更に力を増幅させ、一気に踵をロードへと叩き落とした。
 ここまでの動き。
 ロードの極限である光速の数兆倍の速度域の知覚ですら全く捉えられていない。
 スレイが行くぞと告げたと同時。
 既にロードは信じられない様な衝撃を受け、何も理解出来ぬままに一気に一直線に全く減速する事無く光速の数京倍の速度域で砲弾の如く吹き飛ばされていた。
 スレイがまたもダメージを与えない様にした為に、ロードは自らの限界速度を超えた速度域にありながらもその身にダメージを受けず、ただその直線上にある時空連続体と超時空連続体を砕きつつ、あるいは周囲に散った火の粉で燃やし尽くしつつ、あるいは周囲に散った火の粉が新たな時空連続体や超時空連続体を創造しつつ、ただただひたすら吹き飛んで行く。
 今のロードに自らの炎の破壊や再生や創造の属性を操作するような余裕は無い。
 故にロードによって破壊され、再生されない時空連続体や超時空連続体についてはスレイが既に再生を予約し、故に破壊されたまま再生されないという事は無い。
 まさに無茶苦茶だ。
 だが今のロードにそんな事は関係無い。
 自らの限界速度すら超えた光速の数京倍という速度域で吹き飛ばされ続ける中。
 光速の数兆倍の速度域で思考し、幾ら時系列の縛りから逃れていると行っても、何も理解出来ぬに等しい。
 ただただ自らの身を止めようと必死に己が炎の翼を広げ、その力を駆使するのみ。
 時系列の縛りを超越しているというのに、体感時間すら狂い、時間間隔すらもが曖昧になる。
 そうして馬鹿みたいな、そもそも理解の範疇を超える距離を砲弾の如く吹き飛び続ける中。
 ほんの僅かずつ。
 ロードの炎の翼の力でようやく僅かずつ減速を果たし。
 そしてロードにとっては悠久にすら感じられる果て。
 ようやくその速度は光速の数兆倍。
 ロード自身の限界速度まで減速し。
 そしてロードは自らの身の制御を取り戻し、その場に静止する事に成功する。
 だが。
「ようロード、俺の蹴りはどうだった?」
 背後から突然掛けられた声。
 その声にすぐさま振り向きロードは戦慄する。
 そこには当然のようにスレイが飄々とした自然体で嗤って立っていた。
 先に回りこまれていた。
 ロードはそのごく当たり前の想像に帰結する。
 実際は違う。
 スレイがロードを蹴ったその時に、既にスレイはここに“在った”。
 何時だって何処にだって“在る”事が出来る。
 速度などというものを超越した、理不尽。
 スレイという存在は既にそのようなモノだ。
 スレイは当然ロードの勘違いに気付いていた。
 だが敢えて訂正はしない。
 どちらでも同じ事だからだ。
 そう、例えどちらでも変わらない。
 勘違いである、スレイがロードより速く回り込み待ち受けて居たのだろうと。
 真実である、スレイが速度などというモノを超越し、ただ何時だって何処にだって“在れる”のであろうと。
 ロードがスレイに太刀打ち出来ないという、そのたった一つの真理だけは変わりない。
 だからスレイにとってはどうでも良い事だ。
 故にスレイはまた嗤って告げた。
「さて、それじゃあ次は連続で行くとしようか」
 またも言うと同時。
 肉弾戦。
 肉体言語での説得という名の調教。
 その自らの決意通りに、あくまでロードに格闘技。
 それも相手は自らよりも巨大な鳥型だから関節技の類は……理屈を無視して使えない事も無いがそれも封印。
 あくまで打撃技のみに拘り。
 打撃技での攻撃を当てる事が出来る範囲。
 ロードの周囲一帯。
 そのあらゆる全時空間座標点、全次元座標点、全位相座標点全てに遍在する。
 当然の様に無限を超えたそのスレイ“達”はその身体が重なり合うが、幾ら重なり合おうと問題無く同時に存在さえしてみせた。
 同時。
 あらゆる打撃技。
 手。
 腕。
 肘。
 足。
 脚。
 膝。
 肩。
 頭。
 背中。
 その他、あらゆる部位を用いて。
 人の想像の範疇にある打撃技から、そもそも人には理解出来ないような、そも理屈を超えたありえない矛盾した理外の打撃技に到るまで。
 あらゆる全てを用いてロードに連続で打撃を叩き込む。
 その打撃もまた攻撃“速度”などというものは超越し。
 故に、時間辺りの攻撃量などというものは無限すら遥かに超越して、そもそも無限という概念を超えた領域ですら数える事すら不可能。
 それでいながらスレイは決してロードにダメージは与えない様にする。
 これだけの打撃を叩き込めば、一撃一撃がのダメージが完全な無で無ければ、いかにロードが“真の神”クラスの力を持った、しかも不死鳥の特殊個体という不死性に特化した種であろうと容易くその不死性すら殺して、死を与えてしまうからだ。
 それはスレイの本意では無い。
 だが何も感じさせなければ意味は無い。
 だから衝撃は徹す。
 そして打撃による幻痛は感じさせる、ただし意識が錯覚して死んだりしないように調整しながらだ。
 これだけの打撃による幻通ともなれば、やはり不死性の特化したロードであろうと容易く死にかねない。
 故に徹底的な加減が必要だった。
 そして同時に打撃の余波によって容易く消滅し絶無になる無限を超えた虚無、容易く消滅していく無限を遥かに超えた数の時空連続体と超時空連続体。
 これらも消滅し絶無になると同時に虚無に再生する。
 時空連続体や超時空連続体が消滅すると同時に再生する。
 当然の様にそれもこなす。
 そうしながらスレイは思う。
 やれやれ、と。
 たかが下僕ペット一匹を躾けて飼い慣らすのに大した手間隙だ、と。
 などと思いつつも、起こしている現象を言葉にすればそれは大した描写量となるが、スレイ自身にとってみれば実は欠片も苦も手間も無かったりする。
 それでもこう思考するのがスレイがスレイたる所以なのだが。
 そんなスレイとは対照的なのがロードだった。
 またもスレイの言葉を聞いたと同時。
 ただ理解出来ないという状態に襲われる。
 無限を超えて自分の周囲に遍在するスレイ達を認識すら出来ていない。
 いや、そも光速の数兆倍の速度域の思考を以ってしても、未だ自分に与えられている衝撃や幻痛を認識すら出来ていない。
 その思考速度を以ってすら、与えられたそれを認識するのに今だ足りないのだ。
 故に全てを認識出来るのはスレイがその気になった時だろう。
 それだけではない。
 そもそもそれだけの打撃を与えられながらロードの身体はほんの僅かたりとて動いていない。
 絶対停止状態。
 与えられる全てにロードの肉体すらもが追いついていない。
 当然スレイが自らの打撃に実際にダメージを乗せていれば、スレイが言葉を発したと同時に既にロードの肉体は存在の根源までも全て消滅し尽して絶無と化していただろうが。
 つまりは、だ。
 ロードは今、ただ在るだけの、ただのモノに過ぎなかった。
 それに対しスレイが在り得ない打撃を叩き込んでいる。
 それが現状。
 それと同時に今のこのスレイの行為を知覚出来る存在はそもそも皆無。
 いや、上級邪神達、即ち上級の“真の神”達や、イグナートがヴェスタの外に居れば知覚出来ていたであろうが。
 それもまた意味の無い仮定だ。
 つまりこれだけの事をしていながら、同時にスレイは何もしていないのと同じ。
 全くの無意味。
 それでも尚このような真似をしているのは、つまりそれだけ力を振るう事に飢えていたという事だろう。
 これだけ色々と加減をしたりしてでも、尚その力を振るいたくなる程に。
 そしてふとスレイは思い立ち動きを止めた。
 無限を超えて遍在したスレイがただ1人へと収束する。
 とは言え、まあヴェスタ内にはまた別の方法で分身したスレイが、しかも紛れも無くここに居るスレイと同じただ一つのそれでいて分割された思考によって制御されて数人存在しているのだが。
 それは余談だろう。
 スレイが動きを止め、そして自らの思考速度をロードの在る速度域に合わせると同時。
 もはや理解できぬ領域で無限を遥かに超えて叩き込まれたあらゆる打撃の衝撃と幻痛に一気に襲われたロードが筆舌し難い悲痛な思念の悲鳴を響かせ、その思念の悲鳴のみで無限を超えた虚無と時空連続体と超時空連続体が破壊されていく。
 それでも尚ロードが存在を保っているのはスレイがそうしたから。
 そしてロードの身体がやはり全く動かぬのもスレイがそうしているから。
 さて、これで少しは躾けられたかな、とスレイは涼しい表情で思考する。
 そのまま飄々とスレイは尋ねる。
「で、どうだ。俺の下僕になる気になったか?」
 返答は炎の嵐だった。
 もはや全てを破壊の属性のみに特化した炎の嵐がロードを中心に吹き荒れる。
 スレイを中心に狙いながらもその余波のみで無限を超える量の虚無が焼滅し、無限を超える数の時空連続体と超時空連続体がただ破壊され、欠片も残らず焼滅していく。
 遮る事も出来ながら、敢えてその破壊の炎を直接その身に受けるスレイ。
 そして破壊のみに集中し再生すら忘れたロードの代わりに、何の罪も無い全ての時空連続体た超時空連続体、ついでに虚無を片手間に再生しつつ嘯いた。
「これが返答か。しかし何だこの温い炎は、この程度じゃ暖房代わりにもなりはしないぞ?」
『ぬぉおっ!!』
 気合を上げて火勢を激しくするも、スレイには全く通用する様子が無い。
 状況は変わらぬままだ。
 ロードは困惑する。
 間違いなく今この炎はスレイの身体を直接炙っている。
 それでいながら全く影響を受けないあの肉体。
 いったいどのような構成をしているというのか。
 ロードの炎はその火の粉のほんの一欠片ですら触れるだけで、無限大熱量すらも容易く焼き尽くす。
 その炎をこれだけ大量に。
 しかも破壊の属性の特化させ。
 更に高密度に圧縮してスレイに叩きつけているというのに。
 それを直接に受けながら何の変化も無いとは。
 既に今までの経緯でスレイの異常さをロードは理解していた。
 だがその理解すらも容易く超える異常。
 異端中の異端。
 ようやくロードはスレイという存在の在りえなさ。
 その片鱗を感じ始めていた。
 だがそれでもただ力だけの存在に。
 いきなり押し掛けて下僕になれなどと告げた無礼者に。
 幾ら圧倒的な格の差を理解しようとも、頭を垂れるなどと。
 ロードの自尊心が許しはしない。
 不死鳥の特殊個体として新生したその時。
 その瞬間が今のロードという存在の始まりだ。
 つまりロードは生まれ付いての圧倒的強者であった。
 それ故にロードは自らに誇り高くある事を求めた。
 だからこそ、今目の前で己が力に酔うスレイに。
 この男に頭を垂れる事など在り得ない。
 ならば己が命を。
 己が全てを賭して。
 ロードは決意する。
 自らの命全てを燃やし尽くす。
 己が最大の炎。
 ロードの存在の全てを賭して。
 存在の全てを燃料と化して始めて生み出せる極大の焔。
 目の前の化物に通用するとは思わない。
 だがそれでも己が誇りの為に自らの全てを賭けて挑もうではないか、と。
 そんな決意をロードが固めた瞬間。
 まるで見計らったかのように。
 いや、全てはスレイにとって予定調和であった。
 ロードがこの決意をするのも。
 そして“お客様”がここに来てようやく自分達の元へと訪れるのも。
 全ては分かり切っていた事に過ぎない。
 だからスレイはロードから視線を逸らす。
『貴様っ!!』
 当然の様に激昂するロード。
 炎はより強く燃え上がり。
 しかしスレイは涼しい顔でロードに告げる。
「落ち着け、どうやら“お客様”がいらっしゃったようだぞ?」
『お客様、だと?』
 ロードは訝しげな声を出す。
 当然だ。
 このような場にいったい何者が訪れるというのか。
 しかしその時、ロードの炎もまたこの場へ向かう存在を捉えた。
 ロードの炎。
 その余波にさえ苦労して何とかこちらに向かってきている何者か。
 当然の如くその存在がやって来る方向はロードから視線を逸らしたスレイが向いている方向。
 ロードもまた疑問を表情に浮かべながらもその視線を同じ方向に向ける。
 そんな中、スレイは何やら楽しそうに呟いた。
「ははっ、無様というか何と言うか。時間と空間の座標軸を超え、次元に囚われる事無くこの外宇宙の全てに遍在する門もこの炎の余波で焼き尽くされているから門を使う事も叶わず、また自らの力もこの炎の余波にまともに対抗する事すら出来ないから転移も出来ず、苦労してその名の通り無様に這いずってくるしかない訳か。笑えるな」
 更に鼻で笑って続ける。
「いや、それだけじゃあないか。たかが一個の星の炎の神性風情を天敵とする身だ。そんな奴にとっちゃあ、このそもそもの格の違う炎相手じゃ、余波を潜り抜けて近付いて来るだけでもそりゃあ大した苦労だろうな。本当にまあ、中間管理職ってのは辛い立場だねぇ」
 同情するような言葉でありながら、その声色はどこまでも嘲りに満ちていた。
 だがふとスレイは真顔になりまたも呟く。
「いやいやいかんな、奴が自称している中間管理職などという呼び方で呼んでやったらむしろ喜ばせちまいそうだ。なにせそんな自称してるくせに奴は親玉以外の他のご同類を全部見下して蔑んでるぐらいだしな。ヘドロ風情を喜ばせてやるなんざムカつく限りだし、気をつけないとな。しかしなんというか俺も独り言が多くなったな。物を知らない連中が多い所為で付いちまった説明癖の所為か、なんというか癖ってーのも嫌なもんだ。とはいえ直せる癖に直さない辺りも俺らしさか?」
 何やら一人で納得し頷くスレイ。
 そんなスレイを余所にロードは困惑を深めていた。
 この場に近付いてくる。
 即ちロード達と同じこの光速の数兆倍の速度域に在る存在。
 そのような物などロードには一つしか心当たりが無い。
『まさか、“真の神”なのか?』
「惜しいな、そのなり損ないだよ」
『……なり損ない?』
 思わず独りごちたロードに、横からスレイが答えた。
 ロードは思わず疑問の声を上げる。
「そう、確かに奴はこの外宇宙、別の呼び方をすると無限次多元宇宙だな。この無限次多元宇宙において全能ではあるが全知では無い、精々時空を超えた出来事を覗き見る事が出来るくらいだ、しかもとある魔法の道具を使ってな。だからこの外宇宙即ち無限次多元宇宙に於ける特異世界であるヴェスタの存在をそもそも知らない。と面倒臭いからやはり外宇宙と無限次多元宇宙って二つの呼び方を外宇宙に統一させて貰うぞ。そんでもって何より奴は外宇宙全知全能無効化の力も持たない。故に“真の神”と呼ぶには力が不足に過ぎる。だがまあ、その割に、その不死性だけはとある理由から大した物ではあるが。何にせよ唾棄するべきこの世の邪悪、悪徳の化身な事だけは確かだな」
『なんだその歪な存在は?良く分からんがそれほどに邪悪だというのなら私の破壊の炎を以って燃やし尽くしてくれよう』
 当然の様にそう告げるロード。
 潔癖というか何というか。
 スレイは思わず肩を竦める。
 やはり若い。
 いやスレイに比べれば遥かに長い年月を生きているのだが。
 それでもスレイは特別で。
 そして同等の力の持ち主であるディザスターやフルールと比べるとロードの精神性は若いというに相応しかった。
 力に見合わないというか何と言うか。
 だがこういう精神性の持ち主は嫌いではない。
 いや好きだと言ってもいい。
 だからスレイは全く別の理由で止める。
 そう、それは徒労に過ぎないから。
「止めておけ。先刻言っただろう?奴は不死性だけは大した物だと。お前よりも遥かに弱いがゴキブリ以上にしぶといぞ?いくらお前の炎で燃やしても、ただ燃やすだけじゃ無駄だ。消滅させるにはコツがいる」
『なんだ、それは?』
 自らの炎で滅せぬと聞かされ、苛立ちを視線に込めてスレイを睨み付けるロード。
 その視線を軽く受け流しつつ涼しげにスレイは続ける。
「なにより、ヴェスタという特異世界を覗けば、この外宇宙は奴等の庭みたいな物だからな。の割にロートル風情に負けてあらゆる並行宇宙のとある惑星への干渉を限定的にされてるのが笑えるが。なんにせよ、この外宇宙に於いては奴の不死性はかなりの物なのは確かだ」
『ここがそいつの庭のような物だと、どういう意味だ?』
「簡単さ、奴等の親玉がこの外宇宙に飛来して以来、この外宇宙はその親玉の為の揺り篭として変質させられた。つまりこの外宇宙そのものも奴等の1柱なんだよ」
『なっ!?』
 流石にその言葉には驚愕するロード。
 宇宙を無限を越えて内包する時空連続体や超時空連続体。
 それら時空連続体や超時空連続体と虚無を無限に内包するこの外宇宙。
 この外宇宙そのものが“奴等”とやらの1柱だという荒唐無稽な内容。
 それでは自身がそいつの体内にいるような物だ。
 思わず嫌悪感に震えたロードにスレイは安心させるように告げる。
「安心しろ、確かにこの外宇宙そのものがそいつとも言えるがある意味ではただ遍在しているだけでもあるから、完全に同一とは言い難い。少なくともそいつと一体化していない存在は幾つもある。特に知的生命体はきちんと己が個を保っている。何よりだ、ヴェスタは先ほど言った様に完全な例外だし、俺やお前クラスの存在に到ってはそもそも全く干渉される事すら無いさ」
『……それだけの力を持つその親玉とは何者だ?』
 スレイの言葉に安堵した自分を誤魔化すかの様に問い掛けるロード。
 スレイは僅か考え込み、そして告げる。
「敗残兵、かね?外宇宙ここより更に外の上位のステージで戦い敗北した。だから“真の神”クラスの力を持ちながらも知性を持たず、ただ在るだけ。故に“真の神”クラスの力を持ちながらもヴェスタの存在を知る事すらできない……何せ知性を持たないのだから。そういう存在さ」
『“真の神”クラスの力を持ちながら知性を持たない、何だそれは?』
「さて、過程までは興味が無いからな。とは言え別に珍しくも無いだろう。真の意味で全知全能たる存在が世界に溶けてその“個”が消える事なんて有り触れた話だ。それを超えて圧倒的な“個”を確立し、その上で更に何段階も昇った存在のみが“真の神”へと到れる。いや、逆に堕ちて来て知性を失ったというのは確かに珍しくはあるのか?ふむ、それに知性を失いながらも存在を保ち続けているというのもやはり珍しいか。前言は撤回しよう。だが何にしてもそろそろ“お客様”の到着だ、無駄話はここまでにしておこう」
 そう言って再びスレイはこちらに向かう気配の主に視線を向ける。
 ロードもまたスレイに倣った。
 其処には巨大な黄ばんだ粘体がいた。
 毒々しい色合いだ。
 いやそれだけではない。
 まさしくその毒々しさに見合った毒性を持っていると見ただけで分かる。
 だがそれだけでは無い。
 ロードの“眼”には確かにその巨大な黄ばんだ粘体が映っていたが、同時。
 無限の、幾つもの姿がその上にぶれて重なっているのが見えた。
 虹色のローブに身を包み冠を戴いた黒いファラオの姿。
 三つの目を持った巨大な蝙蝠の姿。
 顔を持たない翼を広げたスフィンクスの姿。
 顔から無数の赤い触手を伸ばした怪物の姿。
 五つの口を開き、無数の触手を生やした、黒い扇を持った太った女性の姿。
 双頭の蝙蝠の姿。
 その他etc...
 しかし無限にあるどの姿にも収束する事は無く、結局はただの巨大な黄ばんだ粘体のままにその姿は在り。
 そして諦めたかのように重なってぶれて見えていた無限の姿が消失していく。
 いや、実際諦めたのだろう。
 ここには彼の者の真の姿を“視”る事が可能な“眼”を持った観測者が二者も居た。
 故に。
「ふん、“千の貌を持つ者”と呼ばれていても、真の姿を看破されていれば自在な変化も叶わんか。無様なものだな、外なる神々(アウター・ゴッズ)の“強壮なる使者”、いや最も有名な異名で“這い寄る混沌”とでも呼んだ方がいいか?なぁ、ナイアルラトホテップ?」
『ナイアルラトホテップ?』
 知らぬ名にただ困惑するロード。
 黄色い粘体から紛れも無い言葉として、ただし老若男女或いは人間か化物か何とでも取れるような得体の知れない声で、答えが返る。
「おやおや、どうやら君は随分とボク達の事に詳しいようだ。対して私は君達の事を全く知らない。そう貴様等は本当に突然現れやがった。いったい何者なのだお前達は」
 ころころと口調も言語も変わる。
 それでいながらその主体は一貫している事が分かる。
 ただただ嫌悪を感じさせるだろう存在。
 いや、このような物を前にすれば人間ならば一瞬で発狂しているだろう。
 だがロードはおろか、スレイでさえ全く欠片も影響を受けていない。
 どころか言語が変わってもその全てを理解してみせる。
 むしろスレイなど欠片の動揺すらも無かった。
 スレイは嗤い、嘲るように答える。
「はっ、外で敗北してこの外宇宙に逃げて来て、この外宇宙の王に治まった時には既に盲目で知性すら失い、ただこの外宇宙の中心の窮極の混沌の玉座で狂うだけのアザトースを主とする外なる神々(おまえら)風情が俺達の事を知れる筈が無いだろう?それどころかお前等や、お前等のご同輩である旧支配者グレート・オールド・ワンなんざ、ロートルな旧神達エルダー・ゴッズ風情に敗北までして、無限を超えた並行宇宙のとある惑星への干渉を制限されたり、或いは封印されたりしている始末だ。そんな連中風情が俺達の事を知らない事を疑問に思う事すら不遜に過ぎる」
「……く、くくく、言ってくれるじゃあないかっ!!ああ、面白いな。でもそれでいいのかしら?確かにそれなりの力は持つ様だが、己が分際というものは弁えた方がいいと思うぜ?」
『……耳障りだ』
 あまりにも不快な声。
 その一言一言に狂気が悪徳が潜み、ありとあらゆる罪悪を内包した、ただそれだけで邪悪と分かるその在り様に、ロードは遂に堪えきれず、破壊の炎をナイアルラトホテップへと向ける。
 刹那に焼滅するナイアルラトホテップ。
 だが。
「これはっ!?」
『なんだとっ!?』
 ナイアルラトホテップとロード、その双方が困惑の声を上げる。
 無限に再生し続けながらも、なお炎が尽きず、逃れられない事に困惑するナイアルラトホテップ。
 先ほどまで無限を超える虚無と時空連続体と超時空連続体を容易く焼き尽くしてみせていた、存在の根源までも焼き尽くし破壊する自らの炎で間違いなく完全に全てを焼滅させているにも関わらず、無限に再生し続けるナイアルラトホテップに困惑するロード。
 スレイは肩を竦めて言う。
「だから言っただろう、無駄だ、と。時系列の縛りに囚われぬこの状態で時間の事を口にするのは矛盾だが、だから敢えてこういう言い方をしよう。俺の主観時間の無駄だ、消すぞ」
 告げると共にロードの炎が全て。
 周囲一帯に広がっていたものまで含めて強引に鎮火される。
「なっ!?」
『なんだとっ!?』
 その身で味わいその力を理解していたが故に、その炎を容易く鎮火したスレイに流石に困惑するナイアルラトホテップ。
 そして自らの炎を先ほど封じられはしたが、まさか一度発した炎さえも容易く鎮火されるとは思ってなかったが故に動揺を隠せないロード。
 ナイアルラトホテップは困惑のままに、それでいながら狂騒と狂喜の気配を滾らせながら問う。
「参ったねぇ?本当にな。クトゥグアの野郎すら足下にも及ばねぇような炎を使う鳥野郎に、それを容易く消してみせる人間らしき姿の何者か。本当に君達は何者かね?」
「何者?そうだな、ただの絶対の最強たる男と、その下僕といったところか」
『おいっ!!』
「……」
 ナイアルラトホテップの問いにスレイは胸を張って堂々と答える。
 勝手に下僕呼ばわりされ思わず突っ込むロード。
 あまりにもあまりな回答に、この外宇宙の全てを引っ掻き回すトリックスターを自認するナイアルラトホテップさえも思わず沈黙する。
「煩いな、どうせお前が俺の下僕になるのは確定してるんだ。だったら今そう言っても同じだろうが」
『全然違うっ!!それに誰が貴様の下僕になどっ!!』
「さてと」
 スレイの勝手な言い草に騒ぐロード。
 それを無視してスレイはナイアルラトホテップの方を見やる。
 そして告げた。
「これからこいつの、いやこいつらの殺し方を実地で見せてやろう。とは言え、これでこいつらは完全に消え去るんだから覚えておいても無駄だから覚えなくてもいいぞ」
「……随分とまあ、勝手な事を言ってくれやがるなぁア!?貴方が私を殺す?面白い冗談だな」
「冗談でも何でもないさ。ま、実際やってみせた方が早いだろう。一々そんな貴様のぶれまくる声を聞くのも耳障りだしな」
 告げると同時、スレイの身体が、いやスレイを中心としこの外宇宙そのものが輝いた。
「っ!?」
『……』
 ほんの刹那。
 彼等にとっても一時の輝き。
 だがそれはあまりにも神々しく。
 あまりにも気高く。
 なによりも圧倒的に強く。
 ナイアルラトホテップはその輝きに当てられただけでその黄ばんだ粘体の身体が一度完全に消滅し、再生する。
 それだけではなく信じられない程の自我へのダメージを感じていた。
 対しロードはただ魅入られていた。
 あまりの輝きの気高さに。
 その力強さに。
 ただ陶然と黙り込む。
「はっ!!大言壮語の割に妾はこの通り、無事なんだけど?もしかして失敗したのかね?だとすればお笑い草だねぇ」
「気付かないのか?」
 自我へのダメージ量に驚きはしたものの。
 いや驚いたからこそ、自らが問題無く再生している事に安堵し、必要以上に攻撃的な口調でスレイを嘲るナイアルラトホテップ。
 だがスレイは反応する価値も無いとばかりに落ち着いてただ一言返した。
「何を言っ……!?」
「気付いたようだな」
 問いかけようとする途中で、ただ愕然として黙り込むナイアルラトホテップ。
 スレイはようやくか、と言った感じで肩を竦めた。
『ど、どういう事だ?』
 ここで先ほどの輝きに魅入られていたロードが我に返り、スレイに会話の意味を問いかけた。
 スレイは何て事のないように答える。
「なに、まずこいつを殺す前に一番殺したい、消滅させたい奴を消滅させたという、ただそれだけの話だ。何せこの外宇宙そのものを汚染してるに等しい存在だったからな。というより先ほどまではこの外宇宙そのものとも呼べた訳だが。こいつともほぼ一体と化しているような、それでいて外なる神々の別の1柱でもあり、またアザトースという王に対する副王でもある窮極の門と呼ばれる存在、ヨグ=ソトース。時間と空間の座標軸を超えこの外宇宙の全てに遍在していた存在、この外宇宙を汚していたモノ。そいつを消滅させたって訳だ」
「ば、馬鹿な事をほざくなっ。いったいどうやって!?ヨグ=ソトースは貴君の言う通りこの無限次多元宇宙そのものだった。それを消滅させるなんてできるはずがねぇだろっ!!」
 呆れた顔で嘲るスレイ。
「おいおい、実際既に感じているだろうに、自分の感覚を疑ってどうする?」
「ぐっ」
 思わず黙り込むナイアルラトホテップ。
 スレイはロードに説明する意味もあって、そのまま続ける。
「別にそう難しい話じゃないさ、ヨグ=ソトースがこの外宇宙そのものだと言うのなら、というよりこの外宇宙を汚染し変質させ一体化した存在だというのなら、この外宇宙そのものを再び変質させればいい。ただそれだけだ。ヨグ=ソトースという存在を、それが混ざった部分を完全に消去した上で、その存在の痕跡も残さず、それ以外は全て正常な状態で再生する。言い方を変えれば、この外宇宙を浄化した、とでも言えばいいのかな?」
「浄化ですってっ、ふざけるな!!」
『浄化……』
 スレイの言い草に思わず激昂するナイアルラトホテップ。
 逆にロードは先ほどの輝きを思い出し、浄化という言葉に深く納得していた。
 なるほどあの輝き。
 あの気高く力強い輝きが満ちて何かを消滅させたというのなら、それは浄化と呼ぶに相応しいと。
「騒ぐなよ、ナイアルラトホテップ。安心しろ、もはやヨグ=ソトースの復活は“絶対”に在り得ない。何せこの外宇宙全てに対しそのように理を制定したからな。例えば文字情報や知的存在の記憶情報としてヨグ=ソトースという存在は架空の存在としては残っている。だが決してそれらの情報がヨグ=ソトースの復活や再顕現に繋がる事はありえない。そのように俺が決めてこの外宇宙に刻みこんだ。これでもう、この外宇宙はお前達の庭ではなくなったな?」
「……」
 黙り込むナイアルラトホテップにスレイは再び嗤い続ける。
「なにせヨグ=ソトース、つまり“窮極の門”はおまえらにとってみればかなり重要なものだった。次元に捕らわれる事なく時間と空間の座標軸を超えてこの外宇宙のあらゆる場所に遍在する門はそりゃあおまえらにとっちゃあ便利だっただろうな。だが、もう無い」
「……」
 黙り込むナイアルラトホテップ。
 だがそれだけでは無い。
 何やら焦ったような雰囲気を醸し出している様に見ているロードには感じられた。
 ヨグ=ソトースとやらを滅ぼされたからか。
 そうロードは思うが、その予想はスレイの続く言葉によって否定される。
「どうした?ナイアルラトホテップ。お前のご自慢の魔法の道具である輝くトラペゾヘドロンが発動しなくて戸惑っているのか?俺の前ではそんなもんチャチな玩具だ、ちょっと強く“視”てみただけで壊れちまったみたいだな」
 くくくっ、と楽しげに嗤ってみせるスレイ。
「馬鹿な……そんな~こと~が~?」
 驚愕しながらも、どこまでもその口調は安定しないナイアルラトホテップ。
 どこか間抜けな、気の抜けるような女の声が突然出て、ロードは思わず脱力する。
 スレイはそんな気の抜ける状況でもただ馬鹿にしたように嗤い続けるだけ。
 そのまま続ける。
「だがまあ、これじゃあ片手落ちだな。とりあえずお前と狂った王様を除いた外なる神々と旧支配者と、ついでに人間にとっちゃあ害悪になるから旧神達も全て消し去るとしようか。と消しといたぞ?ヨグ=ソトースと同じ様に文字情報や知的存在の記憶情報として、架空の存在としては残っているが、決してそれらの情報が復活や再顕現に繋がる事はありえない様にしておいた。ただ他の神話の神々と色々な意味で伝承が被っている連中もいるからな、そちらに関しては、それらの神話の神格としての存在は消さなかったし、それらの神話の神格としての顕現はありえるようにしておいた。本当におまえらは、色々と巧みにこの外宇宙に溶け込んでくれていたから色々と面倒臭かったよ」
「な、何もしていないというのに、奴等を全て消しただとう!?ありえん、そんな馬鹿な事があってたまるかい!!」
「はん、まあ門も無くなり、時空を超えて全てを覗き見る手段も失った今のお前には確認すら出来んか。だがその否定はただ信じたくないだけだろう?なにせ実際俺はこの外宇宙そのものと一体化していたヨグ=ソトースすら完全に消去してみせている、他の連中を消すのが不可能だなんて、それこそ確認できないからこその、お前のただの希望的観測だろう?」
 無表情になると同時に、本当にどうでもよさげに、投げやりに告げるスレイ。
 ただただナイアルラトホテップは黙り込み、その黄色い粘体の身体も沈黙を保つ。
 そんなナイアルラトホテップを無視してスレイはロードに問い掛けた。
「さてどうだロード?こういう連中の完全な殺し方のコツは分かったか?」
『は?コツもなにも……』
 いきなりの問いかけに困惑するロード。
 それに対し、スレイは溜息を、そうこの虚無の空間で無駄に器用に溜息を吐いてみせ、呆れたように続ける。
「やれやれ、分かってないな。基本的にこういう連中、トリックスターやジョーカーなどと呼ばれ、殺しても殺せないような連中、あとは主人公などと呼ばれ、まるで奇跡のようにどんな窮地からも脱してみせて、奇跡を当然の様に起こしてみせる連中。こいつらのその不死性や無茶苦茶な事をやってのける力の根源は同じだ、所謂補正って奴だ。この外宇宙、これだけ広い外宇宙に無限を遥かに超えて存在する宇宙せかいには無茶苦茶で荒唐無稽な法則を持った宇宙や、まるでただ1人のためだけに存在するような宇宙、それこそ様々な宇宙がある。補正というのはな、つまりその宇宙の根源たる理そのもの、そこに刻み込まれた法則そのものがそいつ自身に与えているものだ。だからそういう連中を滅ぼすコツ、最も手っ取り早い方法は、今俺がこの外宇宙そのものの理からヨグ=ソトース達の情報を消し去った様に、その宇宙の理からその法則、補正を消し去ればいい。実に単純だろう?」
『いや、待て』
 スレイが事も無げに言う内容の無茶苦茶さに、思わず苦い声を出すロード。
 何を勘違いしたのか、スレイは見当違いの事を言う。
「ああ、ロードの場合は消す、という形はやり難いだろうな、ただお前の破壊の炎でその法則そのものを焼き尽くし、破壊してやればいい」
『いや、だから』
 止め様とするロードに頓着せず、スレイはただそのままナイアルラトホテップを。
 黄色い粘体の身体を見て。
 そして告げる。
「そしてまあ、このナイアルラトホテップに到っては、そんな宇宙一つの理に法則が刻まれているのとは訳が違う、この外宇宙そのものに不死不滅たるという情報が、そして幾ら消滅しても再生する、復活してくる為の情報そのものが刻み込まれている訳だが。俺にとっては簡単な話だ。何せ先刻この外宇宙と完全に一体化していたヨグ=ソトースすらも消去してみせただろう。だからこいつも完全に消去できる」
 言うと同時。
 何も反応すら出来ず、ナイアルラトホテップは、黄色い粘体は消え去った。
『は?』
 ただ呆然と間の抜けた思念を漏らすロード。
 あまりにも呆気無い消失。
 もはや復活も何もありえない。
 完全なる消滅だと理解できる。
 だからこそそれがあっさりと。
 しかも仮にも己が全力の炎からも容易く無限に復活し続けた相手に起きた事だと理解できない。
「なにを間の抜けた思念を発している。この程度、コツを覚えてお前にも軽くやってもらわなきゃいけないんだ。そんな調子じゃ困るぞロード」
『いや、しかし、だが』
 ただただ困惑したようなロード。
 しかしスレイは構わず視線をとある方向に向けると続ける。
「何より本番はここからだ、この先はお前には手が出せん相手だが、そんな気を抜いてるとキツイぞ」
『何を言って……っ!?』
 スレイが突然告げた内容に困惑するロード。
 しかし。
 いきなりその身に圧倒的なプレッシャーが襲い掛かる。
 おそらくはロードクラスの存在でなければ、ただ受けただけでそれこそ存在の全てが変質するだろうプレッシャー。
 狂い、変貌し、おぞましいモノへと成り果てるだろう力を持った、しかしただのプレッシャー。
 突然の事態に困惑しつつも、意志を強く持ちプレッシャーに抗うロード。
『な!?いきなり何が』
「ん?だから本番が始まったんだよ。唯一残った奴等の王様、アザトースが目覚めたのさ」
『なんだとっ!?先ほどそいつは知性を持たないと言っていたではないか!!』
 スレイの言葉に驚愕するロード。
 対しスレイの答えは簡潔だ。
「知性も持たないし、今だって狂ったままに広がってるだけだろうさ。ただ何にしてもナイアルラトホテップを、知性を持たぬアザトースの知性の代理人たる存在を消し去ればそれは目覚めるに決まってるだろう。さて、と。相手は“真の神”ではないとは言え、力は確実にそれ並。仮にもこの外宇宙から“無限を超えた超々×∞無限次多元外宇宙と虚無で満ちた果てなき果てたる最外層”に到るまでの階層の中では下層の方とは言え、かつてはそこに在れるだけの力を持ち、敗北したとはいえそこに在った得体の知れない化物共と鎬を削っていたやはり化物だ。このままじゃあヴェスタは大丈夫だがこの外宇宙そのものがヤバイ、って訳でとっとと存在そのものを殺し尽くして消滅させてやらんとな」
 そう告げて、腰の双刀の柄に手を伸ばすスレイ。
 応える様に双刀の柄が震える。
「落ち着け、ちゃんとお前達にたっぷりと食わせてやるさ、上質な化物を狂気をな」
『先ほどまでのようにあっさりと消さんのか?』
「おいおい、何を聞いていた?知性も無く“真の神”でもないが、少なくとも力だけならアザトースは紛れも無い化物なんだよ。今の俺ではまだ直接戦わないといけないぐらいのな。それにまあ、こいつらも飢えてるようだし丁度良い。ほら、この外宇宙の中心、奴の玉座から窮極の混沌が溢れ広がってきたぞ?」
 スレイに言われ、ロードは己が“眼”を、炎を広げる。
 そしてスレイが見ている方向にそれを見る。
 泡立ち、膨張し収縮するそれを。
 混沌たる無形のナニカを。
 恐らくはロードクラスの存在でなければ、見ただけでその存在の根源までをも破壊されるだろう得体の知れないモノを。
 ソレは外宇宙の中心部から広がり続けていた。
 思わずロードは焦った思念を発する。
『おい、あのままでは』
「分かっている、すぐに終わらせる」
 告げると同時。
 スレイは既にその得体の知れぬ何かの周囲に、或いはその中に無限を遥かに越えて遍在していた。
 またも同時。
 ロードですら知覚できぬ間に双刀が抜き放たれ、そして無限を遥かに超えたスレイがそれぞれ全く別の形で、しかしどこまでも極められた、いや極みすら越えた絶技を持って振るわれるのを、知覚できないながらも理解する。
 それと共に、まるで喰われるかの様に、そのアザトースというらしいナニカはどんどんと小さくなっていく。
 いや、実際に喰われているのだろう。
 ロードは先程スレイが自らの刀に語りかけていた言葉を思い出し、身を震わせる。
 そしてロードの主観時間を以ってしても刹那。
 それこそ何の感慨も、何の意味もなく、アザトースというらしいソレは、完全に消滅していた。
 同時、ロードのすぐ傍で、刀を鞘に納める音が“聴”こえる。
 思わずそちらに視線を向けると、涼しげな様子でスレイがそこに在った。
 しかしスレイは言う。
「ちっ、思ったよりも時間が掛かったな。俺もまだまだだ」
『……刹那の間に終わらせていたではないか』
「それはお前の主観時間でだろう?俺の主観時間では違ったんだよ。まあとりあえず奴に汚染された部分は全て再構成し浄化しといたが」
 そしてスレイはロードに視線を向ける。
「さて、余計なモンは全て浄化したし、そろそろ続きを始めようか。お前には俺の下僕になってもらわなきゃいかんからな」
『いや、止めておこう』
「は?どういう意味だ。悪いがお前がどうだろうと、俺はお前を下僕にするまで諦めるつもりはないぞ」
 そう告げたスレイだが、次の瞬間珍しくも驚きに目を見開いた。
 いきなりスレイの眼前で、ロードがその頭を垂れていた。
『必要無いという意味だ、この私ロードは、貴様、いや貴方スレイ様に忠誠を誓いましょう』
「いきなりどういう事だ?」
 スレイの問いにロードはあっさりと答える。
『この外宇宙を、いやヨグ=ソトースを消滅させた時のスレイ様の輝きに魅入られました。何よりこの外宇宙からあのような悪徳の化身共を完全に浄化したという事もまた大きい。私が仕える主に値するかと』
「……それはたまたまで、俺は善人なんかじゃないぞ?」
『ええ、存じております。スレイ様が善悪という枠に囚われない、ただ在りたい様に在る方だというのは。しかし、同時に、スレイ様があのような存在を煩わしく思い、その存在を許容しない方だというのも理解しました。故に、私の忠誠は貴方の元に』
 ロードの言葉に暫し黙り込むスレイ。
「……いきなり口調が変わり過ぎだ」
『敵でない者にはこちらが素ですので』
「ふぅ、分かった。元々それが目的だったんだしな。その忠誠受け入れよう。で早速で悪いが一ついいか?」
『はっ、何でしょう?』
 真面目な口調で問い掛けるロードに、スレイは何とも気の抜ける事を告げる。
「悪いが、通常の猛禽類程度のサイズになって、俺の左肩に止まってもらえないか?」
『は?』
「そのままのサイズじゃ連れ回せないだろう?だが右肩の上は別の奴の指定席なんでな、それで左肩の上って訳だ。駄目か?」
『いえ、承知しました』
 了承すると共に、あっさりとそのサイズを変化させ、スレイの左肩に乗るロード。
 その姿を見て、なんとなく気が抜ける思いを味わいながら、スレイは告げた。
「さて、それじゃあ帰るとするか」
 言葉と共に、ただの転移ではありえない圧倒的な力が渦巻き、閉ざされた強固な世界であるヴェスタまでの道が開く。
 そしてスレイはヴェスタへと帰還を果たすのだった。
 とはいえ、スレイの分身は元々何人もヴェスタの中に残っていて、スレイの意識そのものもここに在りながら、そこにも在ったのだが。


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