新人アイドルをスターに育てるゲーム「アイドルマスター」(バンダイナムコゲームス)が人気だ。「アイマス」の愛称で親しまれ、原作の誕生から8年目を迎えるが、アニメやソーシャルゲーム、声優によるステージイベントなど多方面に展開され、各キャラクターが出したシングルがオリコン週間ランキングで5作品同時トップ10入りを2度果たしたり、テレビアニメのアルバムシリーズが12年のレコード大賞の企画賞を獲得するなど、今や現実のアイドルばりの活躍をみせ始めている。バーチャルから現実世界に飛び出したようなアイマスだが、現実のアイドルとは違うファンのために“守るべき一線”があるという。生みの親の坂上陽三プロデューサーに聞いた。(毎日新聞デジタル)
◇広がるアイマスワールド
アイドルマスターは、プレーヤーがプロデューサーとして、目をかけるアイドルを選んで育てていくという05年に登場したアーケードゲームが原作。当時のアーケードゲームは「鉄拳」シリーズなどの格闘ゲームが主流だったが、新機軸のアイマスも全国展開を果たし、その後、家庭用ゲーム機などにも進出。ソーシャルゲームにもなり、モバゲーのソーシャルゲーム版「シンデレラガールズ」は300万人の会員を獲得している。2度にわたりアニメ化もされ、関連曲のCDもランキングをにぎわしている。
アイマスの誕生は、坂上さんが02年ごろ、ゲームセンターに足を運んでもらおうと企画を考えていた際、「呼び込みをするなら女の子がいいのでは」と思い付いたのがきっかけという。さらに「女の子に会うならアイドル、頑張っている子がいい」「アイドルで対戦するならオーディション」と連想でゲームが形作られていった。アニメのセルを使う演出、果てはバレーボールゲームにする考えもあったといい、現在の形になるまで約3年を要した。
社内からは、「このゲームを人前で遊ぶのは気が引ける。売れない」という否定的な声もあったが、試金石となる店頭のテストプレーでは順番待ちの列ができるほどの好評を博し、世に出ることになった。そしてたちまちブレークし、ライバル会社が「アイマスが出たときはやられたと思った。ウチが作りたかった」と“白旗”を上げたほどだった。当時は、オーディション番組で選ばれた“原石”をトップアイドルにする「モーニング娘。」が人気の時代で、そうした時代背景もゲームの人気を後押しした。
◇アイドルの数は200人以上
作品の最大の魅力は、関連タイトルを含めて200人以上を誇る多彩で個性的なキャラクターだ。初代アイマスのキャラクターは10人だったが、元気、内気、クールなどの性格分けをはじめ、年齢も中高生を基本に20代もカバーし、双子も含めるなど、坂上さんは「これだけそろえれば、どれかは好きになってくれるはず」と幅広い層に受け入れられるよう多様なタイプのアイドルをそろえた。
キャラクターに魅了されるファンは多く、本編ゲームに登場する13人のうちセンター的な存在の天海春香は、NHKのラジオ番組が実施した日本アニメ史のヒロイン投票で見事1位を獲得した。新世紀エヴァンゲリオンの綾波レイなど10人の強力な候補がいながら、天海春香が得た得票率は40%以上という圧倒的なものだった。
キャラクターの数はソーシャルゲーム化で爆発的に増えたが、選考で落ちたキャラも多く、舞台に立てたのは約4分の1。そのソーシャルゲーム版の「シンデレラガールズ」からも本編の13人に匹敵するインパクトのあるキャラクターが誕生している。その代表ともいえる双葉杏(あんず)は「働いたら負け」と書かれたTシャツを着た通称「ニート」アイドルで、キャラの存在自体がネットで話題になった。
またシリーズで200以上ある多彩な曲も武器で、大半はゲームのクリエーターが、アイドルソングにこだわらず、トランス、バラードなど幅広いジャンルを研究して制作している。しかも同じ曲を違うキャラクターが歌うことでパターンはさらに増え、ドラマも生まれる。アイドルの一人・菊地真が歌う曲「エージェント夜を往く」を幼い双子アイドルの双海亜美と真美が歌った際は、歌詞の一節「溶かしつくして」を「溶かちつくちて」と舌足らずに歌いネットで話題に。さらにファンが「とかち」にちなんで、北海道・十勝地方のばんえい競馬で、ファンがアイマスの名にちなんだ協賛レースを実施。坂上さんは後から知って驚いたという。
◇キーワードはファン心理の理解
人気ゲームがシリーズ化を通じて縮小していくケースは枚挙にいとまがないが、アイマスはゲームにこだわらず、アニメやマンガ、音楽と多彩なコンテンツでファンを楽しませることで、古参のファンをつなぎとめ、新規ファンも獲得している。その根底には「ファン心理の理解」というキーワードが浮かぶ。
坂上さんは「人は日常でストレスを抱えていて、頑張る子の姿を見ると応援したくなる。キャラクターや曲も前向きで一生懸命なのがポイントでしょうか」と“応援”の要素を強調する。また「アニメやネットの動画を見るだけで、ゲームを遊ばない人も大事なファン」と話す。インターネットには、ゲームのプレーの動画が並び、誰もがアイドルのステージを見られる。著作権の問題はあるが、一定のファン心理への理解も、ファン拡大の一翼を担っている。
一方で現実のアイドルと仮想のアイマスには明確な違いがあり、守るべき線があるという。人気アイドルグループ「AKB48」では、メンバーの人気投票「総選挙」が毎年開かれ、テレビや新聞でも取り上げられるほど注目されているが、坂上さんは「総選挙はしない」と言い切る。「現実のアイドルは厳しい競争社会ですが、ゲームのアイドルは皆で協力することが大事なんです」という。また、アイドルでは定番の性を強調した水着や、セクシーなサービスカットも「アイマスのファンはそれを求めていません」ときっぱり。ファン心理を深く理解していなければ出てこない言葉だ。
坂上さんに「アイマスにNHK紅白歌合戦のオファーが来たら?」と尋ねると「出たいですね!」と笑顔で即答。今後について「ユーザーの趣向も変わるので1年をきちんと積み上げていく。(本編シリーズのアイドルマスター)3は、もちろん考えていますよ」と意欲的だ。2月に始まったグリーのソーシャルゲーム「ミリオンライブ!」も人気で、劇場版アニメの公開も発表された。アイマスの世界がどこまで拡大するか注目だ。