海の水を矛で混ぜて、そのしずくから生じた島が日本の始まりと古事記は記す。
神話ならぬ、日本の近代は借金の海から船出した。時に荒れ狂う恐ろしい海に人が糧を求めるように、為政者は借金に恐れを抱きつつ、依存した。
いま、物価を2%上げるというアベノミクスの号令のもと、財政、金融の総動員を見込んで株式市場は沸き立つ。
そんな時だからこそ、思い起こしたいことがある。
■存亡をかける一大事
140年前の1873年3月、発足間もない明治政府は公債条例を発布、翌4月から公債を交付した。諸藩が大阪商人らからした借金を肩代わりするためで、国内初の国債とされる。
海外での起債はもう少し早くその3年前。鉄道建設のため100万ポンドの日本国債がロンドンで発行されている。
歴代政府は借金に苦しみ続けた。国家を二分した征韓論の時も借金への恐怖感があった。
大蔵卿・大久保利通は「巨額の戦費の財源は重税か外債に依存しなければならぬが、返済のめどが立たない。外債償還が不能になれば英国に国内干渉をされる口実を与え属領とならざるを得ない」と反対の意見書を出した。借金は国の存亡をかける一大事だった。
日露戦争の際も戦費に事欠いた。欧米で起債を計画するが、勝利を疑う投資家はなかなか買わない。発行をまかされた高橋是清は「日本は一厘たりとも元利払いを停止したことはない」と必死に説得した。
金欠病でも返済は真面目だった。信用を失えば調達できなくなり、国が滅びるからだ。
その姿勢は、第2次大戦を挟む時期も引き継がれた。外国人保有者への元利払いは難しくなったが、1952年に独立を回復すると、数年後に再開、85年に払い終えた。
半面、戦前戦中に軍事費調達のため大量に発行された内国債は戦後の超インフレでほぼ無価値になった。外面はいいが、身内に煮え湯をのませても平気な伝統ができた。
■金利上昇のリスク
今の政治家に、借金を恐れ、まじめに償還を考えた明治の為政者の覚悟はあるだろうか。
来年3月末に国債残高は750兆円になる。国内総生産の1・5倍、一般会計の税収17年分に当たる。
日本には黄信号がともりつつある。積み上がった借金は、金利の上昇によって、財政や国家運営を破壊しかねない。
アベノミクスは、物価を引き上げることで、企業収益も上がり給与も消費も増えるという図式を描く。ただ、上昇圧力は金利にもかかる。
財務省の試算では、安倍政権の思惑通り物価が2%上昇し、同じ幅だけ14年度から長期金利が上がり、その水準が続くと、初年度2兆円、2年目4・9兆円、3年目で8・2兆円と、国債の元利払い費は増えていく。
消費税は1%あたり税収が約2・7兆円とされる。金利の負担増は3年目で消費税3%の増税分を上回る。
アベノミクスの光の部分を強調する議論は、金利上昇のリスクを甘く見ているか、忘れている。低金利が続き、国債の暴落(金利の急騰)を肌身で知る人が少なくなったからか。
株式のように多様な銘柄のない国債は相場環境が変わると値動きが一方通行になりやすい。
80年代初頭の「ロクイチ国債暴落」は、78〜79年に発行された利率6・1%の国債が第2次石油危機後の物価上昇や日銀の金融引き締めで売り浴びせられて起きた。長期金利は80年4月には11%近くまで上がった。
その後も87年、98年などに国債は急落している。今、同じようなことが起きれば、昔とは比較にならないほど大量の国債を保有する銀行や年金基金などは苦境に立つ。
日銀が国債を買い支えれば金利上昇を抑え込めるとの意見もあるだろう。一時的には可能かも知れないが、値打ちの下がった国債を大量に購入する日銀の信用は傷つき、制御不能のインフレを招きかねない。
国債の海外保有比率は現在9%ほどだが、値動きにさとい海外投資家が一気に売りに出て、金利上昇を増幅させる可能性も指摘される。
■2本目の矢が危うい
日本にとって、長期金利の上昇はほぼ確実に予想される事態だ。国家的危機に陥らないようにするには、財政規律に目を配り、国債の新規発行を絞り込んでいくしかない。
金融緩和、財政出動、競争力強化という「3本の矢」で短期的に景気がよくなっても、長続きさせるには、財政再建への布石を打ち、金利上昇を抑えなければならない。2本目の矢の根本的な転換が必要なのだ。
暴落はないと高をくくるのは原発の事故リスクを無視してきたことと同じ、新たな神話の国への道である。