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私は第二回電王戦の開催が決まった時から、この日を楽しみにしていました。
そして、その期待は裏切られることなく、本当に楽しいイベントとなりました。(まだ四局も残っていますが)
このことに関しては、ニコニコ動画の努力が相当大きいのではないでしょうか。
「人間 vs コンピュータ」の将棋対決というだけでも興味をそそるのですが、第一局が始まるまでの盛り上げ方、様々な関連イベント、コンテンツの充実ぶりのおかげで本当にわくわくしながらこの数ヶ月を過ごすことができました。
電王戦の本番にかけるニコニコ動画の気合はさらにすごく、対局場のカメラの数を見ただけでも、意気込みが伝わってきました。
NHKの将棋番組に匹敵する充実ぶりです。

「天井から盤面を映しているカメラ」

「対局場俯瞰カメラ」
ちなみにコンピュータ側に座っているのは、奨励会初段の三浦さんです。
将来的にはロボットが指すようになるのでしょう。
この二台のカメラは王将戦や棋王戦などのタイトル戦のネット中継でも基本的には設置されていると思います。
盤面を映すカメラはネット中継では最低限必須なものでしょう。
なお、ニコニコ動画にとって「将棋」は、「映像コンテンツ」(アニメや映画)と「政治」に次ぐ三大コンテンツと現在は位置付けられていて、とても大事にされています。
タイトル戦のネット中継では、主催者が別という事情もあって、二台のカメラを設置するのが精一杯なのでしょう。
ところが今回は自分たちが主催ですから、そうした遠慮は必要ありません。
対局者を映すカメラが他に3台も追加で設置されていました。

「右から」

「左から」

「習甦の開発者・竹内さんを映すカメラ」
NHKの場合は天井カメラ、俯瞰カメラ、両対局者撮影用カメラ各一台の4台体制ですから、NHKよりも1台多いという、とてつもなく豪華な布陣です。
さらに、解説会場は、これまたすごい状態になっていました。
解説会場は、六本木にあるニコファーレ。
全天スクリーン状態です。

「解説会場俯瞰」

「解説会場、横から」

「解説会場アップ」
解説は阿久津七段。
聞き手は矢内女流四段。
解説会場にも3台もカメラがあります。
それに、解説用の将棋盤もとても大きくて見やすいものが用意されていました。
さらに、対局場のある将棋会館の別室に検討会場が設けられていて、マスコミ各社や興味のある棋士が集まって、そこでは電王戦の検討が行われていました。
そこにもカメラ一台とリポーターとして貞升女流1級が。

「検討会場」
カメラの数は全部で9台です。
多ければイイというわけではありませんが、これだけのカメラを使っているということが、ニコニコ動画がいかにこの電王戦に注力しているかを表しているのではないかと思います。
そして、視聴者に形勢がわかりやすい形で「ボンクラーズ評価関数」というものが採用されていました。
ちなみにボンクラーズは、第一回電王戦で米長永世棋聖を倒したソフトです。
まるで格闘ゲームのライフゲージのように、一手ごとに数値でプラスマイナスが表示されていて、その形勢判断が正しいのかどうかには疑問もありましたが、コンピュータの形勢判断を見ることが出来るというのは面白い試みだと思いました。

「ボンクラーズ評価関数」
ゲストも「これでもか」というほど何人も登場。
第二回以降もきっとすごいゲストを用意しているのではないでしょうか。
最近はテレビ局がスポンサー不足などで番組規模が縮小気味なのに対し、ニコニコ動画はとても攻めているように思います。
実際、テレビ局の社員が転職していたり、空いた時間を利用してニコニコ動画などでアルバイトしている場合があるそうです。
映画コンテンツも充実していますし、チャンネル数を自在に増やすことが可能なインターネット放送局の可能性は今後ますます高まっていくことになるのでしょう。
サービス精神旺盛で、記者会見も全部中継。

記者会見
視聴者数は最終的に25万人にもなりました。
満足度も非常に高いものに。
「とても良かった」が95%という高い数字。
「まあまあ良かった」も合わせると99%という、すごい数字に。
不満を感じた人はたった1%でした。
私ももちろん「とても良かった」に投票しました。
それと、対局中も記者会見でも散々ネタにされていましたが、阿部四段が昼食に、うな重(松)と鮪尽くし(特上寿司)を食べたという話は、今回の勝利とともに阿部四段の大物ぶりを印象付けるエピソードになったのではないでしょうか。
ニコニコ動画の将棋中継では、対局棋士が昼食やおやつに何を食べたのかがとても話題になるのですが、これまでの最高額を更新しているのでないかと話題になっていました。
まあ、余裕で記録更新でしょう。
そして、今後破られることはないのではないでしょうか。
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コンピュータに関することを少しだけ。
現在のコンピュータ将棋ソフトは、ソフトのプログラミングよりもマシンのスペックが重要な時代に入っているのだそうです。
ソフトをプログラムの改良などでこれ以上強くすることは難しいし、時間がかかるようなのですが、現状で十分に強くなっているので、あとはコンピュータを強化すればするほど強くなれるというわけです。
以前のソフトでは、思考アルゴリズムというのが弱すぎて、コンピュータの性能の底上げをしてもアマチュアレベルを超えることは難しかったようなのですが、今のソフトは読む手数が増えれば増えるほど強くなれるし、人によっては、
「すでにプロ棋士よりコンピュータの方が強くなった」
とまで言われるほど強くなっています。
だからこそ、今回の「電王戦」は注目が集まっているわけです。
「本当にコンピュータはプロに勝てるほど強くなったのか?」
「人間はコンピュータに勝てるのか?」
と。
そういえば、今回の電王戦のラスボスである「GPS将棋」というソフトは、670台のコンピュータを並列処理させ、膨大な量の局面を力技で読むのだそうです。
コンピュータの性能次第で、読む手数が左右されるわけですから、いったい何億手、何兆手読むんですか、という化け物なのですが、先日、電王戦の関連イベントとして、このGPS将棋を並列処理していない1台だけの状態のソフトにアマチュア棋士が挑戦をし、勝ったら100万円をもらえるというイベントがありました。
そこで、3人のアマチュア棋士が見事に100万円をゲットしました。
持ち時間の設定が早指しで、1台だけとは言え、アマチュアが勝ててしまったわけです。
それが、670台の並列処理となると別物になるわけです。
マシンのスペックは人間の感覚でいうと、持ち時間が短いか長いかに似ているのでしょうかね?
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第一局の「習甦(しゅうそ)」は1台のデスクトップPCです。

「習甦」が入っていると思われるPC
【習甦の基本スペック】(わかる範囲で)
●CPU:Xeon E5-2687W
8コア×2(16コア)
クロック数は3.1GHz
●メモリ:16GB
●OS:不明
すごいスペックです。
このXeonというCPUは市販のものとしては最高クラスのスペックを持つCPUだそうで、その価格は一つ16万円。
それを二つ搭載していたPCだったようです。
お金がかかっているとは言え、特別なPCではなく、市販のパーツで組まれていることに驚きました。
特別なPCじゃなくても、プロと戦えるレベルのソフトが作られているということです。
670台の並列処理と比べるわけにはいかないかもしれませんが、持ち時間は4時間ありましたから、時間は十分ありました。
開発者の方が早い時間から会場入りしセッティングを行っていたそうで、見ていた限りではマシントラブルも一切なく、本来の力を出した上での敗北だったのではないかと推測しています。
「習甦」という名前には「羽生」という文字が含まれています。
開発者の竹内さんは、プロ棋士と対局し勝つことを目標にずっと開発を続けてきたそうです。
特に、羽生さんから勝ち星をたくさんあげたいと考えてこの名前をつけたという話で、将棋の棋士に対するリスペクトを常に感じさせていました。
和服で最初の30分間ほどノートPCを抱えて阿部四段と向かい合って自分で駒を動かしていた姿にはとても好感が持てました。

和服を着て気合十分の「習甦」開発者・竹内さん
そうした背景もあったのでしょう。
対局者の阿部四段には「習甦」の改良前のバージョンが貸し出されていました。
他のコンピュータソフト開発者の中には、勝負にこだわってソフトの提供を拒否した人も存在します。
どちらが正しいとか間違いとかはないとは思いますが、竹内さんは、
「十分に対策を練ってきてください」
と堂々と勝負を挑んだわけです。
その結果、阿部四段の研究成果の前にあえなく散ってしまったわけですが、ソフトを提供した上での敗北には、ものすごい意味があったと思います。
この記事の冒頭にも書きましたが、プロ棋士が普段の対局と同じように本気で相手への対策を練り、研究してきた手を披露してくれたわけです。
開発者の竹内さんには、光栄な気持ちもあったのではないでしょうか。
勝負に徹するのなら、ソフトを提供しないのはとても有効な選択だと思いますが、今回の対局によってコンピュータ将棋ソフト開発者側(竹内さんだけでなく)が得た経験値、データはそうとう貴重なものなのではないかと思いました。
解説者も検討室に来ていた棋士も言っていたのが「端歩」の存在でした。
プロの間でも「目に見えにくい得」「数値化しにくい得」と言われる端の位取りは、今の将棋ソフトには、まだ評価ができないものなのでしょう。
コンピュータの評価関数では、序盤は終始コンピュータの優勢でした。
でも、解説の阿久津七段はずっと端歩が大きいと言っていましたし、コンピュータの評価関数に疑問を投げかけていました。
「明確な差はまだないと思うけど阿部四段がうまくやっているように見える」
とずっと言っていました。
結果、そのとおりでした。
今後はマシンスペックだけで強くなれると言われているコンピュータですが、評価基準にはまだ詰めの甘い部分があるのでしょう。
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毎週開催されるので次の電王戦第二局「佐藤慎一四段 vs ponanza」は来週の土曜日です。
佐藤四段はソフトの提供を受けておらず、他のコンピュータ将棋ソフトで練習をしているそうです。
今回の阿部四段のように対策を綿密に立てることは出来ないと思われるので一発勝負となります。
人間側が一勝してくれたので、気分的に楽になりました。
いずれは人間ではまったく歯が立たなくなる時代も来るのだとは覚悟していますが、第二回電王戦では今後も「人間 vs コンピュータ」の対決を緊張感を持って見られるのではないかなと思っています。
あと、第一局目にして、すでに反響なども大きいようなので、来年、第三回もきっと開催されることになるのではないでしょうか。
ふと思いついたのですが、今回の団体戦もいいのですが、タイトル制に変更して、次回で「電王」(人間かコンピュータかはわからない)を決め、次々回からはトーナメント形式で人間とコンピュータが戦い、「電王」への挑戦者を決めるとかでも面白いかもしれません。
数年後、あるいは十数年後には人間が出られない棋戦になってしまう可能性があるのでダメか・・・