本当に辛い経験をすると、時間は停止する。 姉ちゃんと弟の場合もそうだった。

我々はちょっとした居心地の悪さを覚えながらも、ふたりの旅のお供をさせてもらうことなる。

但し、終着駅がどこなのかは知らされていない。

姉弟のやりとりを見つめながら、微笑ったり、戸惑ったりしているうちに、

我々もまた時間感覚を失ってゆく。 オンで描かれる現在はつねに朧げで、

真夏の逃げ水のようにふたりを翻弄する一方、

オフで描かれる過去がどれも鮮烈すぎるからだろう。

やがて、我々はある疑問に辿り着く。

姉ちゃんと弟は、本当に同じ場所にいるのだろうか?

もしかしたら、互いの肉体はまったく別の時空に存在しているのかもしれない。

それでも、ふたりの心は確実に繋がっている。

だから、時間も空間も彼らにとってはあまり重要ではない。

そう。これはとある姉弟の「心」を描いた「心霊映画」なのだ。

リストカットを思わせる章立ての標が刻まれるたび、物語は血の匂いと痛みを伴いはじめる。

そして、朧げだった現在は明確な色彩を帯びてゆく。

これ以上ないほどの「紅」だ。

想像だにしなかった凄惨なクライマックスを終えると、

姉弟の心の旅はようやく終着駅へと辿りつく。 そこに血の匂いと痛みはない。

あるのはただ、姉ちゃんのかすかな体臭とシャボンの甘い香り。

停まっていた時間が、ほんの少し動き出した気がした。

ーー三宅隆太(脚本家、映画監督、スクリプトドクター・『七つまでは神のうち』『呪怨 白い老女』)



『姉ちゃん、ホトホトさまの蠱を使う』は主人公の姉弟が様変わりした故郷の港を歩くところから始まる。

「久しぶりだな~、ずいぶん変わっちまいやがって!」
 

港町を背にしてこんなセリフを口にすれば、自ずと作為的なアングルにもなろうというもの。

いわゆる役者が《風景負け》してしまうというやつで、こうなると観客は興醒めだ。

スクリーンからは冷たい潮風が吹きすさび、役者のセリフや体温が胸に迫ってこない。

『姉ちゃん、ホトホトさまの蠱を使う』は絶えず姉弟の動向を追うことに注視している。

その丹念な映像、ショットの連なりはスリリング。

「背景」と「姉弟の息づかい」、それに「セリフ」のバランスが心地よく、

スーッと同じ港町に立てた。浜の香りを嗅ぎながら姉弟と向き合えました。

『姉ちゃん、ホトホトさまの蠱を使う』には様々な臭気が漂う。

かつて姉弟が暮らしていたアパートは老朽化により黴臭く、

どんよりとした空気が立ち込めていた。その臭いを象徴するかのような高橋洋が登場し、

やはり加齢によるじめっとした人物を演じている。このシーンで発見があった。

私事になるが自作『ダンプねえちゃんとホルモン大王』にも高橋洋が登場する。

威厳のあるガンコ親父を演じており、それを強調するためカメラも常に仰ぐようなアングルだった。

反して『姉ちゃん、ホトホトさまの蠱を使う』では見下ろすような視点で撮られていたような気がする。

もし錯覚なら ば高橋洋そのものが身を屈め、卑屈な表情(芝居)をしていたはず。

そうでなければ高橋洋がベテラン俳優の江幡高志に見えるわけがない。

江幡高志は(すぐ仲間を裏切りそうな小ずるい悪人)を演じれば天下一品。

子供のころは大嫌いだったが自分が歳を経るごとに好きになっていく名脇役です。

そんな高橋洋を惹きつけるのが姉ちゃんだけど、

演じる長宗我部陽子もまた濃厚な臭気を発散させている。

フェロモンという言葉では簡単に括れない、

その、何というか…スメグマが発酵したような香りを連想させ高橋洋を惑わせる。

このときのセリフに

「あいや~、お母さんに瓜二つで別嬪だ…」があるけれど、裏を返せば

「母親と同じ、堪んねえ匂いだ!」となる。


この堪んねえ匂いが最高潮になるのは姉弟が泊まった旅館シーン。

風呂上り、浴衣がはだけた姉ちゃんの胸元から、これでもか! というほど女臭を放出させる。

片や風呂嫌いの弟は、姉ちゃんにクンクン嗅がれ

「臭い臭い! あ~臭い!」

軽蔑しているのか誘惑か、曖昧な素振りが印象的だった。

ロケーションが素晴らしく、大工原正樹監督に伺えば千葉の木更津や富津という。

奇しくも自作『ダンプねえちゃん~』が隣り町の君津と富津ロケだった。

木更津は不良が多く、おっかないから遠慮した。

『姉ちゃん、ホトホトさまの蠱を使う』について空間や人の臭気に触れてきたけれど、

岡部尚が演じる弟の、前半と後半における心情の落差も綿密に計算されており、

演出や脚本(井川耕一郎)の妙が堪能できる映画でした。

それらに加え、「蠱」にまつわる象徴的ショット。

これが偶然に捉えられたという事実を知り、

波に乗ってる撮影現場は奇跡が起こるものだと改めて確信する。

ーー藤原章(映画監督・『ヒミ コさん』『ダンプねえちゃんとホルモン大王』)



「姉ちゃん、ホトホトさまの蠱を使う」を見た。

一ヶ所ものすごくハッとする恐いシーンがあって、ビックリ感心したよ姉ちゃん!

ーー花くまゆうさく(イラストレーター、漫画家・『東京ゾンビ』、映画監督)



微熱をおびた姉弟の道行き。蟲たちのすえた匂い。トンネルに滴る鮮血の存在感。

映画の「彼岸」がここにある。

瑞々しさと円熟。大器、大工原監督の蠱惑の世界に眩暈がしました。

ーー尾西要一郎(映画プロデューサー・『僕は妹に恋をする』『富江』シリーズ)



聞いたこともないのに知っている主題歌に心奪われ、

個別の時間と空間の玉突き事故に興奮し、カルピスという事実がまた味わい深いビンの虫に心が蠢きました。

一人欠けたら自分もなくなる究極の三角関係にも見えました。

姉弟映画でありながら。とにかく見所満載の映画。

中でも一番惹かれたのは長宗我部さんの声。

例えば僕が子供の頃見ていた「怪奇モノ」でも、ユーレイやバケモノが怖いのではなく、

その理不尽な世界でも生きていくしかない主人公の背負う性(サガ)が、

余生まだ永い子供の僕には絶望的だったのですが、彼女の声には同質のトーンを感じました。

背負っている感じ。

劇中の治さながら僕も記憶を振り返って、その絶望的なトーンを昔の自分に見つけたわけです。

というよりもこの映画、2回目見たときには「アレ?」ってなったんです。

事態が深刻になるにつれ、むしろオカシくなってきて、「アレレ?」ってなったんです。

エンディングが流れた頃には後の祭りというか、

見終わってしまえばなんだかケムに巻かれたみたいに。

あのチャーミングな姉ちゃんに。

映画をつかまえようとした僕が、かえって振り回されていただけかも。

そう思うと、フと嬉しくなります。

僕にも3つ上の姉ちゃんがいます。そろそろ相手見つけて下さい。

ーー小原治(ポレポレ東中野)



姉弟映画というジャンルがあると思う。

そのスジには、私もちょいと自負があるが、大工原監督の演出は、さすが、舌を巻いた。

この姉さん、相当のんきだ。そして、頓知がきいている!

ーー七里圭(映画監督・『眠り姫』『のんきな姉さん』)



姉ちゃんの動きが可笑しい。手をくねらせるタイミング、

首をひねる間、すっとぼけた台詞回し、終いには弟を結ぶ帯のくねくねする動きにまで目が離せない。

姉ちゃんは終始、フレームの中を動き、弟を惑わせる。

いつの間にか奇妙奇天烈な設定が物語を浸食し始めるが、

姉ちゃんの存在自体がとっくに可笑しいので、あまり突飛に思わない。

「ま、そうだよね。そうなるしかないよね」。

姉ちゃんを演じた長宗我部陽子さんがスゴイことは、もう日本映画ファンなら周知の事実。

でも本作を見ると「この人、まだまだやっちゃいそう」と思った。今度は虫とか植物とか、

そんな役でも成立しそうだな。凄い。

ーー松江哲明映画監督『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』



「姉ちゃん、ホトホトさまの蟲を使う」は、

混乱の平成に狂い咲きするハードセンチメンタルな姉弟の愛の物語。

才人井川耕一郎の描く日本の土着と風土に根ざした扇情的な復讐譚を、

確かな技術で映像に焼き付けた大工原正樹の「腕前」が冴え渡る。

これぞまさしく「日本映画」の大傑作。是非劇場で!

ーー佐々木浩久映画監督・『発狂する唇』『血を吸う宇宙』



たったひとつの仕草、たったひとつの身振りが見えるはずのない過去や記憶、

情念や執着を私たちに突き付けてくる。

映画の冒頭、母親の遺骨を散骨する姉の身振り、

かつて足繁く通った映画館のロビーでありありと記憶を再現しようと体を動かす弟の身振り、

残された住居の庭先から、あの品物を取り出すときの手付き。

ひとつの身振りがもうひとつの身振りを引き寄せ、響き合い、

まるで暗いトンネルの中で叫びと響きが反響し合うが如くに、

過去に呪縛された人間たちの苦悩と決別の物語を紡ぎ出していく。

そこにこの映画の見事な蠱惑がある。

ーー塩田明彦映画監督・『どろろ』『カナリア』『害虫』)



大工原さんの映画を見ていつも思うのは、「上手いなあ」ということです。

『未亡人誘惑下宿』や『風俗の穴場』のように多くの登場人物が一堂に会する集団劇を、

まるで撮影所出身の職人監督のような手さばきできちんと演出しきる人は

今の日本に大工原さんしかいないのではないでしょうか。

これは大げさな賛辞ではなく、その2本を見れば誰もが納得するほかない事実です。

『赤猫』以後は上手さに鋭さが加 わって、演出や編集に無駄がなく、

ものすごい切れ味とでもいったものを感じます。例えば『ホトホトさま』の開巻のカットの連なりは

それだけでも上手さのみが実現する映画的な充実に満ちていますが、

その一連のカットに差し挟まれるバックミラーに映った姉の顔のカットは、

そこにバックミラーの顔の画面を挿入 することを選択したことの上手さもさることながら、

この画面が、映画の中盤で今度はバックミラーに映った弟の顔の画面と呼応するように仕組まれていて、

しかもその画面が物語に決定的に不穏な空気を漂わせるきっかけともなるという憎たらしい構成で、

そういうことを今の大工原さんは冷静にやってのけるわけです。

大工原さんの映画を未見の人は、なにはさておき、この機会に絶対に見るべきです。

ーー万田邦敏(映画監督)



姉弟ものに弱い僕は、見ていて泣きそうになった。

ホラー映画というかなんというか不思議な映画

でも、感動しました。傑作だと思います。

ーー屑山屑男(「TRASH-UP!!」編集長)



Theme made by Max Davis.