江藤(2軍)監督~フアンの願い
夏真っ盛りのナゴヤ2軍球場である。
ファンが開門前に列をなしている。その多くは家族連れ。
子供にせがまれて父親はやってきたような雰囲気で球場に詰め掛けていた。
「暑いなあ。早く売り子から一杯もらわないと。アッハハ~たまらんなあ」
ここは若竜育成ウエスタンリーグのナゴヤ2軍球場である。
ところで…
皆さんはプロ野球2軍の試合はご存知であろうか。
華やかなカクテル光線に包まれたナゴヤドームの試合は1軍のドラゴンズ。
中日2軍はプロはプロだがそれとは程遠い試合となり観客はマバラだった。
入場者数など球場を見渡し数えれば数えられる数百人程度である。
内野の前から野次を飛ばせばエラーした内野手や三振した選手にバッチリ聞こえてしまう。
「しっかりせぃ~」
タァ~ケェ~
野次を飛ばした観客は根っからのドラキチが大半。
きつい罵声も将来のドラゴンズの若い力となることを思いやってのこと…らしい。
子供には中日ドラゴンズの青い帽子が被られている。
父親は暑さしのぎに麦わら帽子やカラフルな帽子。
おやおや?
帽子の青いカラーは中日だけではないようである。
本日の中日2軍対戦相手はオリックス2軍。
青い帽子を被り堂々とナゴヤ2軍球場に入る子供もいる。
名古屋にオリックスフアンがいるのである。
「お父さん早く歩いてよ。球場は内野が自由席なんだ。早く早く。でないといい席なくなってしまう」
どうしても足が重い父親である。
2軍の試合なんか面白いのか。
見てもつまらない。
子供の話を聞いても2軍には知らない選手ばかり。
「なんかなぁ草野球を観る感じだなあ」
スター選手なら応援したいがと困り顔だった。
種を証せば子供らは少年ドラゴンズ年間会員。基本的にファームは"無料"である。
嫌がる父親を子供が連れてやっと球場に到着する。
開門ゲートに電飾立て看板がある。
『ファン投票で(2軍の)監督を決めてみよう』
なぬ!
監督を決める
フアン投票するんか
将来のスター選手育成を担うファームは12球団に配置されている。
夏場の2軍はドラフト会議で指名され入団間もないルーキーばかりである。
「育成目的が2軍なんだぜ。選手ばかりか監督さんまでファンの力で育成してしまえなのか」
父親は立て看板をしみじみ眺めて溜め息をつく。
育成のうねり余波から野球ファンが決めた人気監督の試合が開催されるのである。
ファン選出の監督采配はイースタン・ウエスタンの2軍公式試合で開催する。
このフアン主導の企画に野球ファンは大喜び。さっそく2軍備えつけの投票用紙やインターネット投票に好きな選手を明記する。
12球団の監督候補はわんさか山のごときウジャウジャである。
熱心な中日ファンは様々な監督名を投票する。
◎投票(途中集計)
谷沢健一
木俣達彦
ケンモッカ
中日ドラゴンズ80周年の歴史で貢献した名前が次々に挙がる。
今中慎二
落合英二
鹿島 忠
解説でお馴染みの顔ぶれである。
権藤 博
江藤慎一
オールド中日フアンの人気者。4番とエース。
ナゴヤ2軍球場の観客は試合そっちのけとなる。
『中日2軍の監督』は誰かに集中していく。
子供は試合を楽しみにしている。お気に入りの若い竜ルーキーが打ったり守ったりと目が離せない。
「お父さんたまには試合を見てよ。イニング替わったから僕売店でジュースとたこ焼き買ってくる」
父親は往年のドラゴンズ選手を懐かしく思いやってたこ焼きをぱくつく。
ファン投票集計結果は中日オーナーに伝えられる。
オーナーは秘書から手渡された結果を苦々しく見る。
「2軍監督をファン投票で決める。フアンあっての中日だけどもなあ」
不満はある。
オーナーが面白くないのは理由がある。
「育成目的の2軍という存在価値はちゃんとわきまえている。いくら新聞記者あがりの私でも」
オーナーとしては実力のある1軍が話題にならずショボい2軍が紙面を飾ることがつまらない。
「ファームの話題で騒ぐ意味がよくわからない。ナゴヤドームで活躍して初めて中日ドラゴンズというのだよ」
2軍は将来のスター選手育成の場である。
明日のスターを夢に厳しい練習をこなしてほしい。
選手生命のキリキリで歯をくいしばって這い上がって栄光の1軍に来て欲しい。
だから日の当たらない2軍の世界までメディアに話題にしてもらいたくはないと思う。
育成のファームから踏ん張って1軍へ駆けあがる。ナゴヤドームのカクテル光線を浴びてもらうのが筋と思うのだ。
「こちらが最新ファン投票の結果でございます」
不満な顔のオーナーはちらほらデータを眺める。
中日以外の12球団のファンはどんな人材を求めているのか。
気になることは否定しない。
2軍の監督になって欲しいと他の球団に挙がる名前も興味津々となった。
具体的な選手名。そのランキング。
「オーナーいががでございますか」
オーナーは老眼をかけ再びコピーを眺める。
フアンからのメッセージだと思い真剣になる。コピー用紙を眺めた。
オーナーは目が点となり喉が渇く。
「君っすまんがお茶を入れてくれ。いや暑いなあ。アイスティーを頼む」
監督候補に懐かしき"江藤慎一"が上位にあったのである。
トップの谷沢からの票は日増しに離れていく。
熱烈なる中日オールドフアンの切なる願いの裏返しとなる。
「うーん慎ちゃん」
オーナーは唸る。
じっと天井を眺め身動きしなかった。傍目からは高齢者特有の病気が再発し気を失ったかと見えた。
「江藤の慎チャンねぇ」
オーナーは椅子にドンッと腰掛け直す。
感慨にふけ入り身動きしなくなる。
えっ呼吸も停止!
いや息はしている
頭の中に過去のドラゴンズを思い出していく。
1番中 利夫
2番高木守道
中利夫や高木守道が塁に出たらもう大変。快足を生かしダイヤモンドを縦横無尽に駆け巡る。
4番レフト江藤慎一
江藤の長打。勝負強い4番打者は中日フアンの大声援を受けガンガン打ちまくった。
オーナーは呟く。
「慎ちゃんは勝負強い打者だったなあ」
天に届くようにバットを高く高く構え投手を睨み付けた。
秘書は心配そうに見つめる。高血圧の持病があるオーナー。
若い秘書の父親よりはるかに高齢者。
息はあるけど意識は大丈夫かしら。
秘書業務はオーナーの健康管理も大切。薬の投与や会食の内容にも気を使う。
日常の業務でオーナーが興奮し血圧が上昇したりすることはドクターストップの範疇である。
「慎ちゃん?江藤さんって」
この秘書は昭和30年代の江藤は知らない。
普段解説をする高木守道ですらである。
中日新聞社/中日ドラゴンズに勤める限り中日に所属した各選手やコーチぐらい名鑑で把握していなければならない。
さっそく江藤を検索し学習してみる。
あっなるほど!
至るところ江藤の打撃がヒットしていく。
「スラッガーの代名詞江藤さんが監督に選ばれるのかしら」
他の監督さん候補はいつも名前を聞いていた。
オーナーは目を開くと秘書に頼む。
「江藤の連絡先を調べてくれ」
秘書はわかりましたと答える。
電話番号がわかると時計をチラッと眺め今なら自宅かしらっと受話器をあげた。
リーンリーン
広い江藤邸宅のリビング電話が鳴る。
リーンリーン
江藤のいる書斎から電話は聞こえない。同居する娘さんが出てみる。
中日ドラゴンズ?
そうそう
監督ですか?
江藤慎一さんに監督を要請ですか
中日ドラゴンズの監督さんをやって欲しい
電話は父親江藤に代わる。
親娘はお互いを見つめた。
「俺が中日の監督をやるのかい?」
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