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⑤堂上さぁ~ん!ドラの2軍をお願いしまぁ~す
決勝戦第1試合~敗戦(清原登場)

マウンドには1軍から落ちてきたベテラン投手である。

1軍のナゴヤドーム先発を4回も失敗。ドラゴンズ首位陥落の原因を作ってしまい首脳陣の堪忍袋が切れ2軍落ちを厳命された。

年齢は29歳。中日フアンならみんな名を知るベテランである。

「なにしとる!」

観客はベテランの名前を聞き野次の嵐である。

中日フアンの期待はナゴヤドームで裏切られ不満となって現れた。

「まったくなにしとる!タァケ~!おミャアさんはなんで2軍に落ちてくるだん」

ナゴヤドームに戻れ~

タァケ~

四回も失敗し大失点。

五回目はピシッとしろ

おまえは中日のエースだがやぁ~

朝倉と言えばエースになる男だがや

打たれても朝倉だ

若手のあんちゃんはファームで迷惑してんぞ!

堂上もベテランには不満である。

1軍暮らしでやれやれと思いつつ。ナゴヤドームのマウンドさばきも悦に入ってフアンもいたというのに。
「やつがルーキーだった時に目の輝きが違っていた。昇竜館の新人で一番練習をしていたんだ。入団した奴ら一番先に1軍切符を得たというのに。ワシは情けない」

マウンドのベテランをしげしげと眺めた。

若手育成したい堂上監督である。

出戻りは困ってしまう。

「まあっ怒ってもなっ。あいつに1軍の投球を期待だ」

不甲斐ない背信投球をしてばかり。この試合に抑えたら儲けとなる。

打たれたら投手コーチをどやしつけてやりたい。

アチャア~

あかんあかん。

「ワシが全責任の監督だった。泣きたい心境だわい」
投球練習が終わり試合再開。マウンドのベテランは呟く。

「この歳で秋に2軍落ちした俺に失敗は許されない。このイニングを抑えていかなければ。来期の再契約はない」

オリックスの若手に打たれるなら"引退"しなくてはいけない。

中日が大好きで入団をしたんだ。ドラゴンズのユニフォーム以外は考えたくもない。

年齢を考えても

打たれたら

球団から首(解雇)の宣告。
プロ12年目には聞きたくない"二文字"が頭の中をグルグル巡った。

29歳は顔を真っ赤にして投げる。

打たれたくはない本心はコントロール重視の安全運転である。

ストレートは130km/h。

タァケ~

速球を決めたれ

観客から不満の野次である。

速球投手が心情なベテランのイメージである。

しっかりして欲しい。

なんだあ~

球は遅いがやぁ

「もっとズバーンと投げたれ。そんなんだから2軍落ちすんだぜ。力いっぱい投げろ。若手の見本になる球をビシビシ決めたれ~」

タァケ~

中日ファンからごもっともな野次が乱れ飛ぶ。

"若手の見本になれ"

若手のためにベテランの投球を見せろ

タァケ~タァケの合唱に顔つきがピリッとする。

「1軍の意地を見せつけてやる」

マウンドのベテランは野次に投球で答える。長年この世界で飯を食う男である。
「速球は速球という魅力があるさ。だがいつでも投げたら大丈夫と思ったら大間違い」

俺には制球力コントロールと変化球がある。さらには長年1軍でやってきた経験がある。

「プロ入りのひよこルーキー打者なんぞに速球は要らない」

案の定緩いカーブやシンカーを織り交ぜて打者をクルクル回転させた。

打てないボールを投げるのは長年の経験からである。長いくプロをするのはなにものにもまさる武器である。

「おっご苦労様。緩急の投球か。うまいねぇベテランの味ってやっちゃ」

このイニングピシャリと抑えてマウンドを降りた。

「うんまあっな(笑)。まずは抑えてくれた。29歳がサーパスの20歳を手玉にしてピシャリと言うわけかっ」
堂上はニコリともしない。
ベテランはベテランである。昨日今日の若手を抑えて当たり前である。

「そんな程度のことだ。若手の手本にならなくてどうしよう」

観客は速球を見なくて不満ではあった。

「さあ攻撃だ。みんな打って打って打ちまくれ」

打って打って優勝に邁進してくれ

オリックスは出る投手がだんだんショボいレベルと踏んだ。

「若手投手からルーキーからと在庫一掃ガレージセールスだ。しっかり球を見て打席に入れ」

守備打撃コーチがゲキを飛ばす。

ところが…

中日打線はとんと打てなくなる。

イニングが進むにつれ"優勝"の文字が頭をよぎって力みが生じる。

打席に立つ若手はどうにもいけない。

固くなっている。

高校野球甲子園の緊張感や大学社会人野球の決勝がそこにあった。

その証拠に見逃し三振が増えていく。

堂上はなんとかリラックスをさせたい。普段の野球ならば大量得点の投手である。

ジョークを交えてみる。

「よく見ろ。あの程度の投手だぞ。高校野球の延長みたいだぞ。50過ぎのワシでも打てる。なんなら代打で打ってやろうか」

ベンチでジョークを言ったつもりの堂上監督。

若い選手たちは笑いに反応を示さない。精神的余裕がなかったのだ。

「なんたる歯痒さ。大量得点もむべならぬ投手なんだぞ」

いいか見逃しは勘弁ならねぇ。

どんな球でも構わない。

力いっぱい振ってこい。

「命令だ振るんだぞ」

ジョークは吹っ飛び堂上監督は鬼の形相になる。

ベンチで下呂のゴリラか熊のごとく凄んだ。

カァ~としたら額から体から滴り落ちる汗である。

ユニフォームから湯気(ゆげ)が立ち上がりバンバン蒸発してしまう。

選手は誰一人堂上に近寄りたくない。

イニングは0を重ねて進む。ベテランは緩急の投球を駆使し無得点のまま9回表を迎える。

「無得点なら俺が優勝投手になれる。頑張って投げ切ってやる。1軍のプライドを見せつけてやる」

オリックスにも中日の首脳陣にも。

「来期は1軍で必要なんだとアピールしていかなくてはな」

マウンドのプレートをしっかり確かめる。12年目の経験者は投球動作に入る。

長年の野球人生は日本シリーズや優勝のかかる大切な試合にも投げた経験者である。
投球ファームも顔つきからも緊張感は感じない。

百戦錬磨のベテランにファームの試合など焦りは無縁のはずである。

バックネット裏の江藤は退屈してしまう。緩急をつけた投球は確かに打ちにくい。

だがこれから成長する選手に必要な投球技術かと言うと疑問符である。

横に座る孫に説明する。

「お兄ちゃん。来る球が速いか遅いかがわからないとだなあ」

孫はポップコーンを食べるのをやめる。おじいさん何が言いたいのかなっと首を傾けた。

グランドで打者がバットを置く。

「おいおい何をしているんだ。しっかり投げんか。ど真ん中に投げたらんかい」

観客から野次が飛ぶ。

キャッチャーミットに威力のないボールが4球収まってしまったのだ。

主審は手を挙げた。

テイク・ワンベース

先頭打者に0-4の四球を出してしまう。

江藤が孫に話し掛けている隙の出来事だった。

投球フォームが突然乱れてしまった。投手とはデリケートな魔物である。ランナーが一塁にゆっくり歩くのを見て投手コーチはマウンドに走る。コーチの方が足が早いので観客から笑いがもれた。

「おいっどうしたんだ。お前らしくない。上体がつんのめりになっている」

腕だけで投げるぜ。

ちゃんとタメを作って投げろ。

若い投手にしめしがつかないぞ。

優勝がちらついてあがったのか。ベテランらしくない。しっかりしろ」

ベテランは大きく肩で息をする。上体だけの投球を指摘され苦笑いである。

「優勝がちらついてか。上体だけか。俺としたことが自分を見失ってしまった」
同世代のコーチの言う通りだ。

「この試合の優勝胴上げ投手を夢に見てしまった」

マウンドで浮かれてしまった。日本シリーズの歓声が甦る。自分より歳下が胴上げされた悪夢として甦る。
投手コーチはしっかりベテランの顔つきを見る。

「頼むぜ。お前が上がりなんだ。まさかおまえにリリーフ用意しろなんて言い出すんじゃあないだろうな」
お前が試合をしめて優勝をするんだ。

胆に命じてくれ

重ね重ね同じ世代のコーチは3アウトを取ってくれと頼む。

「わかった」

ベテランははっきり答えた。

「頼みます。若手の手本にならないと。こちらが困ってしまう」

ベテランとは"ひとつ歳"違いの投手コーチは苦笑いをした。足早にマウンドを降りた。

ランナー1塁で試合再開である。

オリックスは送りバンドをする。

2塁は間に合わず。

バッターランナーは足が早く間一髪のアウトだった。
「ふぅ~やっと1アウトか。苦労するぜ」

打席に岡田貴弘を迎え入れた。2打席ホームランの怪物が岡田だった。

「売り出し中の岡田かぁ」ベテランはベンチを見たくないのである。

回が詰まり主砲と勝負をする可能性はないからだ。

「ちくしょう岡田と勝負したい。こんな程度の若造なら簡単にスライダーで内野ゴロで仕留めてやる」

だが堂上の旦那は敬遠だろう

これから伸びてくる若僧岡田に一泡噴かせたい。ベテランのプライド勝負がしたくてたまらない。

ベンチを見なくてはならない。

見たくはないがサインを確認しなくてはならない。

堂上はコックリと頷いた。
"ボール四球(ホォア)"

敬遠したれ

キャッチャーは立ち上がる。

打席の岡田はグリップエンドを握り直した。バットを高く構え仁王立ちである。
二十歳の若者は打たせてもらえないと知る。

勝ちゲームに貢献できない勝負されない悔しさがあった。

「僕が(敬遠)ですか」

若い岡田が中日捕手に捨てセリフを吐く。

なんとも言えぬ悔しい顔は中日に憎しみすら感じる。
悔しい気持ちはふつふつとわきあがる。

この打席で打てば勝ち越しではないか。

岡田のチャンス打席は消えていく。決勝打点を叩き出せば岡田も1軍である。

岡田済まないなあ

悪く思わないでくれ~

球場の中日ファンは敬遠を指示した堂上に怒りである。

お父さん

タァケ~

勝負したれ

4球ボールを見届け岡田は静かにバットを置く。

一塁へ駆けていく。敬遠は悔しいと態度に出ていた。
観衆の野次の嵐は鳴りやまない。

バッカヤロー

勝負しろ~

ピッチャー聞いているのか。

岡田が怖くてなにが1軍だあ~

弱虫で投げていたのか!

弱気なやつは中日にいらない!

首だあっ。

"大砲岡田と勝負しなくてなにが優勝だ。つまらないチームだぜ中日ドラゴンズ"

野次は容赦なく飛び交う。
1塁の岡田にも野次は届いている。

岡田には温かいメッセージである。

球場のアナウンスが鳴り響く。

選手の交代をお知らせ致します。1塁の岡田に代わりまして…

足の遅いスラッガー岡田を引っ込める。足のスペシャリストを代走に送った。

ルーキーの代走が帰塁すれば同点。

アナウンスは告げる。

代打柴田(亮)

愛知県出身柴田亮輔

俊足巧打者の選手が告げられた。セーフティバンドを決めれば充分に内野安打を狙える。

堂上は内野を前進守備に敷く。

「この場面で柴田なら送りバンドだ。ここで強打は考えにくい。知将という大石としてはわかりやすい作戦じゃあないか」

ノーアウトである。

バンドの可能性は大である。

案の定なことに柴田は腰を屈めバンドの構え。

いかにもバンドであるとポーズを取る。

大石監督に小細工はなしである。

「(バンドを)やる気か」

やる気なら打たせてやれ。
3塁でも2塁でもアウトの取りやすいところに転がしたい。

マウンドは第一球を投げた。球はストレートでストライクに行く。

4球敬遠の初球はストライクと決まっている。

おっと…

観客がどよめく。

柴田は待ってましたとばかりバンドからバスターに切り変えた。

鮮やかなバットコントロールよろしく鋭く振り抜いた。

おおっ~

大石監督の思惑なる奇襲"強振"は是か非か。

柴田は渾身の力を込めストライクに短めのグリップを振り抜いた。

カキーン!

前進守備の2塁手の頭の上をフラフラと打球が上がる。

バックバック

バックバック

通常の守備位置の2塁フライである。

2塁手は懸命に後退を繰り返す。俊足は持ち味であるが見込み違いは取り消せない。

「チクショウ!どんなことしても捕球してやる」

2塁手の後ろである。フライが落ちてくる。2塁手は飛び込んだ。

打球はグローブの土手にチョコンと当たるも僅かに溢れ落ちた。

コロンコロン

フェア

線審がセーフの判定を下した。ランナーはこれを見てハーフウェイから進塁をする。

おのれ〜

落球した2塁手は焦りまくり。転がる球を握りともかくアウトにできそうな2塁に投げた。

手元は狂いコントロールはできない。大暴投となり球は転々と外野に転がる。
観客はやんやの野次を飛ばした。

なにしてる!

中京の方がましだぁ

どこに目があるんだ

2塁ランナーと1塁ランナーが相次いで帰塁してしまう。

9回土壇場で同点になる。
打った柴田は2塁の上で万歳万歳と両手を挙げた。

記録はワンヒット&ワンエラー。

同点に追いつかれたベンチの堂上監督は帽子を取って目をゴシゴシ擦る。

2点は嘘であって欲しい

「ワシは悪夢を見たんか。優勝の瞬間が消えかけていく気がする」

ガックリしていたら守備打撃コーチに促される。

2塁手を控えの内野手と代えた。エラーを記録された時にすでに平常心を失っていた。

投手コーチは汗だくになり忙しくブルペンに2人リリーフを走らせる。

ノーアウト2塁のピンチになった。

マウンドのベテランは心臓がバクバクしてくる。

落ち着かない様子は顔にマウンドを降りたいと書いてあった。

場内アナウンスが鳴り響く。

「オリックスの選手の交代をお知らせ致します」

同点に追いついたからには押せ押せである。

数少ないオリックスフアンが活気づけられていく。

選手交代の名が球場に鳴り響く。

おおっ

どよめきがわきあがる。

名古屋市中区にある中日2軍球場は中日ドラゴンズの球場である。

その中日の若手のための球場は敵であるオリックス選手に大歓声が沸きあがった。
代打清原~

清原~背番号3

アナウンスは小躍りするように清原をコールする。

すざましい怒濤が球場を包み込んだ。

このファーム優勝を決める試合にあの清原が代打に出てきたのである。

なんで清原だぁ~

オリックスは恥も外聞もないのか

清原が出たぁ~

お化けが出たぁ

ならばウチは…

河村たかし呼んでこい~

(なんで名古屋市長?)

川島なお美~脱げ~

(質問はありますか)

いとうまいこ~40過ぎてセーラー服着るな

球場は騒ぎが収まらない。
ワアワア

ザワザワ

場内アナウンスで静かに観戦して欲しいと異例の呼び掛けが流れる。

ネクストサークルに清原が現れた。

観衆はワアワアのざわめきから怒涛に変わる。

収拾がつかない状況になっていく。

清原はバットをゆっくり振る。いつもテレビで見る清原がそこにある。

「少しはオリックスの優勝に貢献したるさかいな」

清原は球場全体の独自な雰囲気を我が物としていく。
「名古屋のお客様は温かいのう。清原っ清原と声援やさかい」

清原はバットを振り込みながら2塁の柴田を見る。

柴田にしては恫喝された心境に陥る。

「おい柴田。2塁からしっかりホームに走るんやで。ワイに勝利打点と優勝をくれるんやで」

バッティングサークルで入念に打撃スイングを確かめた。

清原の世界に埋没をしていく。

ベテランは清原と1軍の試合ではちょくちょく対戦はあった。

それを思い出していく。

「3回ぐらいだろうか清原さんとの対戦は。抑えている記憶がない。全然抑えていないかもしれん。あかんダメちゃうか」

2塁の柴田に打席に入る清原からサインである。

「第1球は3塁盗塁せよ」

盗塁サインが出た。

柴田はドキッとする。

大切な試合で一か八かの3盗を敢行せよ。

「まさかな。こんな場面で柴田が走るなんて思ってもおらんやろ」

柴田は頷いた。

「充分にワイに神経を集中してくれや投手はん!ほらっよく見てくれや。ワイはフルスイングするかもやで」

清原はわざと大きなスイングを繰り返した。

マウンドのベテランと違い清原は全く記憶になかった。

ブルーン

ブルーン

いかにものスイング。

初球からガ~ンいきまっせ。

清原は豪快な男となる。

球場は怒濤の修羅場となる。球場を埋め尽くす中日ファンがヤンヤヤンヤと敵の清原を応援していた。

「清原の姿は久しぶりだ。どうなん怪我の様子は?今季で引退するのか。ひょっとしてこれが現役最後の打席になるかもしれん」

清原はゆっくり歩く。ゆっくり自分のリズムで打席に入る。清原自身膝の具合ではまた激痛が再発する可能性があった。

足腰を使い踏ん張ってホームランを狙えば再び病院送りの予兆さえある。

「自分のことをとやかく言う立場にないんや。チームが優勝するために努力してやるんや」

優勝とは野球人生で最高の賞品である。

清原はオリックス若手にこの美酒を味わってもらいたかった。

引退する前の置きミアゲをしたい。今から打席に入れば一振りを神様から与えてもらいたい。

清原っ~

清原~

球場にコールが鳴り響く。
清原は真剣勝負を願う。中日のベンチは男清原と対の勝負を望んで欲しい。

「ワイの一振りで決めてやるさかいな。柴田しっかり走るんやぞ」

2塁の柴田はまったく走る素振りはない。ちょっと塁から離れている程度で盗塁の毛すらない。

中日内野陣は誰もかも無警戒だ。3塁手だってまさか盗塁するとは思わない。

ベテランは第1球のモーションに入る。

2塁にはまったく気持ちがなく牽制球すら投げない。
スルスル

きれいな離塁を果たす。

柴田は完全にモーションを盗む。

そして投手の投球動作と同時に走る。

2~3歩でトップスピードに乗り3塁に頭から飛び込んだ。

清原は見事な大空振りを喫した。ブルンとしてバットを出してキャッチャーの送球を阻止した。

キャッチャーは投げるに投げられず。明らかな守備妨害である。

柴田3塁セーフである。

バッター清原はにっこり笑う。若い中日キャッチャーに笑顔を振り撒いた。

あんさんの名前覚えましたさかいな。次にお逢いしたら"この借り"返しまっせっ。

「ほんならっ本気出して行きまっせ。ワイは清原やさかいな」

バッドのグリップをしっかり握り直す。物凄い形相でマウンドの投手を睨みつける。

怒り狂った般若の形相。勝負師の清原がそこにいた。
3塁の柴田を眺めながらベンチの堂上監督は生きた心地がしない。

「代打の清原ものすごい顔だ。凄んだなあ。あれじゃあっ蛇に睨まれた蛙さんだぜ」

投手の顔見たらあかんあかんと書いてある。どこに投げたって打たれる顔だ。

あれを見たら弱ってしまう
リリーフ投手の信頼度抜群がいたら交代させたい。 
清原~清原~

球場は清原一色になる。

真剣な顔の清原。往年のスラッガーがそこにあった。
バックネットでは江藤が孫と見ていた。

「おじいちゃん清原だね。僕知ってるよ。おじいちゃんどうしたの」

孫が江藤に話す。清原がどんな打者か聞いてみたい。
江藤は押し黙り清原の打席を睨み付けていた。江藤自身はスラッガーと呼ばれた打者は気になってしかたがない。

孫は江藤に話し掛けた。

おじいちゃん!

おじいちゃんってば!

清原ってどんなバッターなの?

カキーン!

清原は力いっぱい振り抜いた。二流どころの投手はいとも簡単に打ち砕いてしまった。

「よっしゃあ(スタンド)行ったデェ」

バッドを握りしめ弾丸ライナーを確認する。

レフトが背走した。

バックバック!

打球を追うも途中であきらめた。外野スタンドに突き刺さる。

ホームラン

清原は勝利を確信し左手を高く挙げた。喜びの清原はグランドをゆっくり走り始めた。

9回表の大逆転である。

堂上監督はベンチで腰が引けてしまう。

アタッタア~

しばらく立つことができない。投手コーチも同様であった。

信頼度の薄い投手はあかん!

「俺まで腰が抜けてはいけない。マウンドに行かないといけない。投手交代しないといけない」

結局投手交代は後手に回り失敗する。

アチャア~

9回のサーパスはビッグイニング5点を記録する。清原に続けと打ちまくりである。

堂上はガックリしてしまう。

中日の優勝は御預けとなる。

敗戦の将はすごすごと球場を後にしてしまう。

試合後の球場。ヒーローインタビューが行われる。

中日ファーム優勝の可能性があるため可愛いらしい女子アナウンサーがスタンバイしてマイクを持つ。

球場の観客はため息をついている。敵の清原がお立ち台ではと複雑な気持ち。

「勝ちましたねオリックス。おめでとうございます。本日のヒーローインタビューは清原さんです」

清原は帽子を脱いで観客に手を振る。スーパースターは2軍でもスターである。
「清原さん勝ちましたね。おめでとうございます」

インタビュアーが清原にマイクを向けた。

清原は女子アナににっこりする。

うん?

女子アナを口説くのか清原!

アナウンサーはスカート短いぜ

グイッとマイクを奪ってしまうと清原劇場の始まりである。話すことが山のようにあった。

「名古屋の皆さんこんにちは。お初でございます。清原は名古屋で打ちました」
いやっ?

はっ?

ちゃうちゃう。

やっとカメに打ったダがねっ~

やったかなあアッハハ。

「とにかくオリックスの清原と申します」

球場は大爆笑である。

女子アナは苦笑い。時折風が吹きスカートがあやしくなる。

マイク片手の清原はオリックスと中日2軍の熾烈な優勝争いを説明した。このファームの連戦は熾烈化し中日が強いと言う。

明日も試合がある。強い中日と優勝を争え大変嬉しいと付け加えた。

「勝ったオリックスは首の皮一枚残りましてん。ワイの野球人生でっせ」

観客はドッと笑う。

「明日は中日はんと優勝決定戦。正々堂々勝ちました方が優勝ですねん。ワイらオリックスは全力を尽くして強い中日に立ち向かいたいと思っとります」

「皆さんよう聞いてくれまっか。明日は泣いても笑っても最後でっせ。名古屋での最終戦はワイ中日ファンに申し訳のう思ってます(笑)」

清原から白い歯がこぼれた。

「勝たせてもらいまっさ」
清原は帽子を高々と振り上げた。清原劇場の幕は閉じた。

千両役者のインタビューを敵将堂上監督はじっくり聞く。長年スターを演じた清原。マイクもバットも達人である。

「まったくもって」

苦虫を噛みしめ腕組みをする。

「あの男が調子を出すと怖い怖い。若手が清原を目指して便乗するから。明日は心していかないといけない」

最終戦であり優勝決定の大切な試合に清原あり。

「清原ひとりのためにせっかくの優勝を逃がしてしまうぜ」

堂上監督はインタビューが終わるとお尻から青いタオル(直倫タオル)を取り出して顔を1~2回拭く。

お祭り男清原のひと振りで中日の優勝は持ち越された。勝利後の清原インタビュー。エンターテイメントらしい軽妙な受け答えで幕を閉じた。

「中日ファンの皆さん。そして名古屋にいらっしゃる数少ないオリックスのフアン。うんっいやっオリックスファンの皆さん。明日は泣いても笑っても最終戦になります。勝った方が優勝でっせっ。是非また球場に足を運んで応援してください。

ワイもしっかり"代打"で打つさかい。ホンマでっせ~
男清原は嘘は言わしまへんでぇ」

清原は帽子を取り名古屋の観衆に応えた。話が終わるとマイクを女子アナにひょいっと返した。

女子アナはなんのためにそこにいるのか。

笑顔のインタビューが終わる。清原は膝を引き()るようにベンチに歩く。

2軍の若手のと目が合うと救いを求める。足が動かない。

「すまん。すぐトレーナー呼んでくれんか。あかんねん痛くて痛くて我慢できんねん」

左膝を押さえる。無理な体重を脚にかけると激痛が走る。

膝の怪我で戦列を離れていた清原。完全に治さずリハビリの途中であった。

痛々しい清原が球場から姿を消す。わんさかと押し寄せた中日ファンはそんじゃあ明日も来るかと名鉄電車で引き揚げる。

ユーモアに富んだ清原インタビューを聞いて帰途につく中日ファン。中日2軍の負け試合をしばし忘れてしまう。

「しゃあない(中日2軍の)負けは負けだ。明日また来ようや。一日楽しみが延びただけの話だ。

堂上のお父さん監督さん。優勝したら泣くかな。息子がふたりドラフト指名された時は男泣きしたらしいぜアッハハ」

観客が球場を後にする。

スタンドにはアルバイトの学生が箒とビニール袋を持ち清掃に入る。

帰宅する観客に江藤親子孫の3人もいた。

野球が嫌いな娘さんはやっと終わったわと清々しい顔を決める。

「さあお父さん。お約束よ。お兄ちゃん今からいいとこにおじいちゃんが連れていってくれますからね」

孫を連れて試合を見たいと江藤が頼んだ。

その代わりに試合後はレストランで食事の約束であった。

「おおっそうだったな。忘れていたな。清原がホームラン打ちました。中日の優勝が1日伸びました。仕方ないか。レストランに行くか」

現役時代にお世話になったシェフの顔が浮かぶ。

江藤はとぼとぼ歩き出した。

「おじいちゃん嬉しいの。悲しいの」

孫が心配して尋ねる。

かわいい孫に言われて江藤はわざと泣きそうな顔をした。

「お母さんがおじいちゃんをいじめるからなあ」

いじめる?

孫は母親をじっと見つめた。

「お母さん。おじいちゃんいじめちゃあいけないよ」


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