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祖父②~清原の憧れ
清原が現役の話である。

懇意にしている野球ライターが清原が江藤を野球人として尊敬してやまないと伝えた。

「もしもですが憧れの江藤さんにお逢いできましたら幸せです」

このささやかな願いが独り歩きし江藤に辿り着いた。
ライターからの話を自宅で楽隠居する江藤は聞いた。
"清原の思い"を知るのである。

「ほぉあの清原がねぇ。僕に憧れているのか」

逢いたい?

なんだろうかな。

「いいよ俺も清原に逢ってみたいな。清原に伝えてくれないか。いつでも遊びにおいで」

伝えてくれないか

江藤から遊びにおいでと聞かされた清原は有頂天だった。

「ほっホンマデッか」

清原はその喜びの瞬間に野球少年に戻って飛び上がった。

「お邪魔させていただきます」

ライターは新旧スラッガーの仲を取り持ちご満悦である。

「江藤さんにお逢いしたらサインと握手をしてもらいたいわぁ~」

野球大好き清原少年は目を輝かせた。

雑誌の取材兼ねた江藤・清原の対談の日。

江藤の自宅にスーツ姿の清原が現れる。

予定の時間より早い到着だった。道中はライターにどんなことを聞いたらよいか。まさに少年のような気分だったという。

いかに清原がこの日を楽しみにしていたかの現れ。

大胆不敵な大男清原ではなかったことである。

「ライターはん時間早すぎやな。ちょっと江藤はんの邸宅周り散歩してきますわ」

清原はクルマから降りかけようとする。見渡す範囲に町内会の住民がいる。

"それはまずいよ"と止める。

有名人の清原がうろちょろされたら野球フアンに取り囲まれる可能性がある。

「いやっ江藤さんに逢えると思えば気持ちが穏やかにならないでんな」

道端のコーヒー自販機が見えたがそれすらも買えない。

玄関に清原を出迎えたのは江藤の娘さんと孫であった。

(江藤慎一は朝一番で病院)
「はじめまして江藤さん。清原と申します。本日は(江藤慎一さんに)お招きいただき光栄に思います」

清原が玄関に現れると孫は大ハシャギである。

「うわっ~テレビのスターだ」

清原は江藤慎一に憧れ

(江藤の)孫は清原に憧れ

「清原さんお待ちしておりました。父はちょっと病院に参りまして」

約束の時間までお待ちください。

客間に案内された。

「清原さん。わざわざ父に逢いに来ていただいてありがとうございます」

引退してからは野球と遠くなっていまして。

お茶を淹れながら娘さんは来訪のお礼を言う。客間の廊下にはチラッと孫の姿があった。

「プロ野球から遠くなりまして寂しくしております」
どうぞゆっくりしてください

清原がスーツを脱いで座布団に座る。少しネクタイが窮屈に感じた。

娘さんが障子をスッと開けると見事な日本庭園が開けた。

ホォ~

感嘆の声をあげた。

「素晴らしい眺めですね。久しぶりにお庭のよさを実感しますわ」

あらっ嬉しいですわ

「お庭は父が丹精こめて毎日手入れをしています。難しいところは職人さんがやっているんですけど」

松並木や枯れ山水庭園の中心にある瓢箪池は江藤自慢の鯉が泳ぐ。

客間の清原はぐるりと庭園を眺めていく。

うん?

娘さんの後ろに孫がチラッと見える。

清原と目が合うと恥ずかしいのか隠れてしまう。

「立派なお庭ですね。江藤さんらしいですね。それはそれは大したもんですね」
清原は席を立つ。

江藤の日本庭園をグルリと眺めたくなる。

江藤が手入れをしていると聞きゆっくり見たくなった。

娘さんが案内する。

孫もちょこちょことついていく。

瓢箪池から離れた松並木の片隅に"バッティングゲージ"を見つける。庭の緑とうまくコーディネートをされているため客間から見た程度では打撃ゲージには思えなかったのだ。

ハハァーン

さすが江藤さん

「バッティング施設は父が作りました。この子にバットを持たせて練習をさせています」

たまに実業団や大学の選手が江藤を頼ってやって来ます。

娘さんと同居し始めた頃は打撃コーチ指導を頼まれていたらしい。

「父も。恥ずかしながら歳には勝てず」

孫がちょこちょこ走り出す。

「今はもっぱら私の息子(小学生)を教えるだけです」

孫がバットを持ち顔を出した。

「さいでっか。しかし立派なゲージでんなあ。ピッチングマシンも最新式でっか」

孫が出ると清原の前にちょいと顔を出した。恥ずかしい顔でバットをチラッと見せる。

「お孫さんは打ってみるかい。えっと江藤くんやったなぁ」

孫はにっこり

「清原さんにみてもらいたいなあ」

バッターボックスに入る。
子供のバットを高く構えてみる。

ほほぉ

江藤によく似た打撃フォームだった。

「そろそろ父も戻りますわ。清原さんお茶を差し上げますわ。お戻りになりまして」

ゲージで軽くスイングをしてみせた。

ブル~ン

「おじいちゃんそっくりやなっアッハハ」

清原に打撃を披露した孫は母親の後ろをいく。

恥ずかしいから母親に隠れるが清原は憧れである。少しでも近くにいたくてたまらない。

横顔など祖父の江藤にどことなく似ている孫。

ちょこちょこついて回る孫
「清原さん。申し訳ございません。息子は清原さんの大ファンなんです」

母親の後ろから顔を出しては清原から離れないでいる。

「僕でよろしければ。サインぐらいさせてもらいます」

居間で色紙にサインをもらう。母親はびっくりである。清原は毛筆の達人だった。

「清原さんじょうずなんですね。わあっお兄ちゃん~嬉しいわね」

ちゃんと清原さんにお礼を言わなくちゃ

顔をちょこんと出して小さな声でありがとうと言う。
この色紙を小学校に持って行けば英雄間違いなしである。

リーンリーン

病院から江藤である。

「もしもし俺だ。清原は来ているか。おおっそうか。今診察が終わったよ。タクシー拾ったらすぐに帰るからな」

清原に寿司取ってやれ。

寿司が嫌なら好きなもの食わせてやれ。

「もうっ朝から」

娘さんは江藤の健康を気にする。

「俺の検査はいつも"良好"゛。心配いらん。お母さんの栄養管理の賜物さ」

父と娘が揉めながら寿司屋さんに出前を頼む。

サインをもらいご満悦な孫は幸せそのものだった。

「清原さんってかっこいいなあ」

客間に座る清原が気になって仕方ない。

廊下の片隅で母親の後ろをチョロチョロしているかと思えば。

キョロキョロ

チョロチョロ

清原はどうしているかと障子の陰から覗き見である。
「江藤くん。遠慮なくこちらにいらっしゃいな」

清原はにっこりし孫を手招きした。

えっ!見つかったか

叱られるのかな

孫は見るからに祖父に似ている。江藤の幼少時代はこんなお坊ちゃんではなかったか。

「お孫さんは野球が好きなんだね」

見つかったらあきらめよう。

しおしお

清原の前にちょこんと座る。

そのかわいい手に大きめなアルバムがあった。

お客さまの清原に自慢をしたい。どうしても見せたいとあらかじめ持参していた。

「うん?それはなんでっか」

孫は嬉しそうにテーブルに置く。子供の宝物は清原の手の届くところにあった。
どれどれっとめくる。

アルバムにはプロ野球選手の鮮やかな写真が丁寧にスクラップされていた。

孫のお気に入りは決まっていた。

「僕はホームランをかっこよく打つ右打者が大好きです」

打者の写真は大きかった

「こりゃあホンマに」

お気に入りのスター選手があった。

ごく普通の子供の夢がふんだんに集められていた。

ペラペラとめくると西武時代の清原がそこにあった。
鮮やかなバットコントロールで外角低めをスタンドに運んでいるカットシーンである。

「これは素晴らしい。このホームランは一番自慢したいスイングのひとつや。ぼくよく見つけたなあ」

ペラペラめくるスクラップアルバム。清原も一緒になってスター選手の顔ぶれを見る。

「ホームランはかっこいいなあ。ホームラン打つ人になりたいなあ」

何気無い無邪気な子供の一言。ホームランをかっ飛ばす打者がお好みであるようだ。

ホームランは清原とて同じである。

打者に憧れを持ち野球を始めている。

「ホームランはええでぇ。カキィーン言うたらボールはスタンドへ吸い込まれよるに」

ホームランは素晴らしい!
孫は目がキラキラ輝きお尻がムズムズしてしまう。

"打者の憧れはホームランである"

当たり前のように言われた。

現役時代ホームランを量産した男。その魅力をこの子供に教えてやりたい。

「僕にも打てるかなあ」

清原先生っホームランを教えてください。

「そやなっ。江藤さんが来るまで時間ありそうや。ええやろっ」

清原は出されたお茶をグイッと飲み干すとワイシャツからネクタイを外す。

いこか。教えたるさかい

日本庭園のバッティングゲージに大男が向かう。瓢箪池の鯉は盛んに右や左に泳ぎまわる。

打撃ゲージで孫は待ってましたとヘルメットとバットを取り出した。

「じゃあ江藤くん。構えてもらおうか。おっヘルメットは」

ブルーのヘルメットは大のお気に入り。夜寝るときに布団に忍ばせることもあった。

「中日ドラゴンズやな」

小学4年は打撃ゲージにすたすたっと足を運ぶ。

得意げにバットを立てるとピッチングマシンを睨み付ける。

両足を開きスタンスを取る。

子供ながら憧れの清原にかっこいい打撃を見せたいと心臓がトキメいた。

かっこよく打ってみせる

ブルーン

ブルーン

清原はハハァンと思う。

見つめる先

子供の打撃フォームはピタリっと型にはまっているなっと直感する。

「マシンのスイッチを入れて」

ゲージ後ろにある赤いボタンを探した。

「おおっこれか。江藤くんしっかり打ってな」

ピッチングマシンは緩い軟球が次々出てくる。

ブルーン

真ん真ん中のストライクをゆっくりゆっくり軟球が走る。

カキィーン

カキィーン

ジャストミートする。

打球はゲージを弾き出され日本庭園の隅から隅へピュンピュン飛んでいく。

打撃フォームを見て清原は感心する。

「なるほど。江藤さんにそっくりだ。いやおじいちゃんだったな」

20球でマシンは止まる。

ぱちぱち

清原は拍手した。

「うまく打つなあ。ホンマにじょうずや」

インパクトの瞬間に打球が右左打ち出されるところまで見えてきそうだった。

「僕ね。僕はいつもおじいちゃんと練習しているの」
最初はまったく打てなかったけどだんだん球に慣れて当たるようになった。

「そやそや。毎日の練習は大切なんやで。今のグリップも体が大きくなってきたら長めに持てるようになるさかい」

握りしめるグリップはかわいらしい。

カキィーン

カキィーン

第2クルーは早い球速を試してみる。

球に対応しようとバットを寝かせインパクトを重視する。

「こりゃあ驚きや」

痛烈なライナー性はなくなるが正確にセンター返しをしてみせた。

このお孫さんは打撃センス遺伝子がしっかりしている。

やがて高校野球で名を聞くかもしれない。

清原は打撃フォームをしっかり焼きつけておきたくなった。

娘さんが呼びにくる。江藤が戻ってきた。

「よおっ~清原。よく来てくれたな」

江藤はにっこり来客清原を迎えた。気心の知れた雑誌ライターもいるため冗談も言う。

「済まんなっ清原。長く待たせてしまった。検査の結果がなかなか出なくてな」
検査結果は娘さんが一番気になるところ。

江藤はポケットにデータをぎゅと握りしめて娘にはなんとか見せないで済ませたい。

「えっと今日は雑誌の対談だったな」

テーマはなんだ。

「畏まって隠居さんに難しいこと言わせなさんなアッハハ」

清原の現役復帰の妙薬はあるかとか。

江藤の監督就任はどうか

「お久しぶりです江藤さん。ご自宅にお招きに預かり光栄です」

ライターが真ん中に入って話を盛り上げようとする。
江藤の横に娘さんは座りひそひそと耳打ちする。

「なにっ。清原が孫の打撃を見てくれたのか。いやぁ~そりゃあ済まなかった」
江藤自慢の孫。祖父の血を受け継ぎバットコントロールは野球人として見ても非凡なものがあるのではないか。

正座する清原は身を乗り出さんばかりである。

「お孫さんすごいですね。ホンマびっくりしてます」
打撃フォームは掛け値なしに大器の片鱗でっせ。

「おじいちゃんそっくりな打撃ですわ。高校生になられたらホンマもんになります。小学生やさかい時間ありますけど」

当代を代表するスラッガーに孫を誉められ江藤はご満悦である。

雑誌対談は進行役のライターが話をあれこれと振る。
江藤も清原も気さくに互いの意見を述べていく。

「おおっ清原っ。おまえさんもそう思うか。いやいや意見が合って嬉しいぜアッハハ」

隠居した江藤の豪快な笑い声が客間にこだまする。

江藤が笑うと瓢箪池の鯉がピョコンと跳ねてみせた。
「おいそれより清原。畏まっていないで(正座の)足を崩せよ。リラックスしてくれよ」

楽にしろっ

堅苦しい正座を崩せよ

再三に江藤に促される清原。

だが敬愛するスラッガー江藤の前に正座したままずっと話を聞いたそうである。
野球の清原少年の憧れはあくまでも神様に見えたんだろうなあ。

幸せな時を過ごした清原は故人となった江藤さんの立場に今はなりつつある。

子供の憧れのスラッガーとして燦然と輝いている。


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