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祖父①~小4のお孫さん
野球界を引退した江藤。立派な日本庭園を有する自宅に楽隠居をする。

自慢の邸宅には娘夫婦に身を寄せ二代が仲良く同居をしている。

新築されたばかりの邸は広大な日本庭園が広がりを見せていた。

玄関先から庭園を眺めると芝生の綺麗さが目に眩しく緑一面である。

正面には枯山水(かれさんすい)と瓢箪池。

松をずらりと並べた風景は江藤が希望を言い設計を手掛けている。

一望しても立派な日本庭園。美しい庭園の所々には江藤の意匠が凝らされ"贅(ぜい"の限りがあった。

委託した庭園造園業者は中日時代の知り合い(フアン)や神奈川の業者が尽力し小山や枯れ山水の土や砂を提供していた。

燦々と太陽が光輝く日本庭園。

チャポン

ピシャッ

庭園の中ほどに鯉が泳ぐ池である。

青々とした松並木が取り囲む止水鏡のごときの瓢箪池である。

錦鯉には朝に江藤が。夕には孫が学校帰りに餌をポイッとやる。

祖父と孫が仲良く鯉の世話をやいていた。

瓢箪池を見据える庭の奥。
"グリーンを基調とするバッティングネットが張り巡らされる"

グリーンネットの中に打撃バッティングゲージが備えつけられている。

最新鋭バッティングマシンが聳え立つのである。

池の鯉がピシャッと跳ね松の枝が風に煽られる。

グリーン打撃ゲージから打撃音が響いてくる。

カキィーン

カキィーン

静寂がある日本庭園に心地よいバッティング音だった。

カキィーン

誰が打っているのか?

バッティングゲージを覗くとぶかぶかのヘルメットを被る子供である。

子供はミニスラッガーよろしく常に遠くに打球を飛ばしてやると意気込む。

ミニスラッガーは真剣な眼差し。かわいい腕に手袋をしてバットを高く構えた。
カキィーン

リラックスした姿勢からの打撃力

カキィーン

バットはボールを真芯でとらえている。

インパクトを与えられたらライナーで飛んでいく。

打ち損ねはない。

明らかな空振りもほとんどなかった。

子供のバッティングゲージの横に恰幅のよい男が立つ。

ラフなトレーニングウェアで真剣に"孫"を見つめていた。

腕ぷしは強そうだ。

一見して怪力である。

「おおっ~お兄ちゃんよく飛ぶなあ。ナイスバッティングだ」

男は大きく頷いた。

自分の思った通りに孫はバッティングをしてくれている。

「よしっ。もう少しグリップを長く持ちなさい。足を開いてグィってやってごらん」

怪力男はニコニコし孫にグリップの握りを直してやる。

アドバイスを与えヘルメットをポンポンと叩いてやる。

子供を見ると頭を撫でてやりたくなる。

これは子供好きな江藤の癖である。

「バッドを上に立ててごらん。そうだそうだ。外角のストレートを狙っても大丈夫だ」

外角の流し打ちは江藤の最も得意とするもの。

変化球(カーブなど)も打とうと思えば打てる」

子供は素直にアドバイスを受け入れる。

祖父の一言に頷いた。

「うんわかった」

寝かせてコンパクトに当てるつもりのバッドを高く構え直す。

高い構え。

投球を待つ動作に無駄がなくなっていく。

ブル~ン

試しに素振りをしてみる。
ブルルーン

子供のスイングはバットの軌道が定まり鋭くなる。

「よしお兄ちゃんやってみるか」

祖父はピッチングマシンのスイッチを入れた。

球をとらえる瞬間(インパクト)はどうか。

孫のスイングを真剣に見つめた。

球は投げられストライクゾーンへ。

バッドは構えられフルスイングを待つ。

カキィーン!

子供のスイングは鋭くストライクゾーンを打ち払う。
球は矢のように飛び出した。

ブィーン

江藤自慢の日本庭園を打球は走る。

グサッ

グリーンネット最上段を直撃した。

おおっ

傍らの男は嬉しくてたまらない。

子供の打撃だから軟球を使用していた。これが硬式球であれば見事なラインドライブを描きスタンド入りである。

打つ孫がフルスイングするたびに祖父は目を細め拍手した。

カキィーン!

カキィーン!

高い構えのバッドは快音を残して球を運ぶ。

「フゥ~おじいちゃん。よく飛ぶなあ。気持ちいいよっ僕」

快音は子供の手柄である。
祖父の顔をチラッと見る。
いつもの優しく穏やかなおじいさんがいた。

「ウンウンよしっ。打球が強いぞ」

尊敬するおじいさんの笑顔に孫はにっこりする。

「おじいちゃん聞いてよ。僕春から4年生だもん。クラスで一番野球がうまいんだよ」

孫の体育授業は大好きである。跳んだり跳ねたりはクラスで一番。

算数や国語より数倍得意であった。

「だからね。野球がやりたいんだ。4年からリトルリーグに入りたいよう」

"おじいちゃんのような野球選手になりたいんだ"

リトル?

なんだっそれ

祖父はそうかそうかと聞き流す。

江藤の世代にはリトルリーグや小学校学童野球という概念がなかった。

江藤はリトルリーグを知らなかった。

孫は一目散に学校から走って帰ってくる。

「ただいまぁ~お母さんいる?」

広い邸宅を玄関からリビングへと母親を探す。

「あっお母さん!」

息子は顔を見るなりランドセルからリトルリーグ入会申込書を出した。

小学校にリトルリーグの勧誘があり野球の好きなクラスメイトが憧れた。

「僕入りたいんだ。お母さんこの書類にお名前書いてよ」

入会には保護者の署名が必要である。子供は母親(江藤の娘)から許可をもらいたかった。

学校帰り。ランドセルも置かずになにをあわてているのかと思えば…

「ねぇねぇお母さん。ここにお名前を書いてちょうだい。お母さんのお名前が必要なんだ」

息子が出したリトルリーグのパンフレット。色鮮やかなもので新規入会届だった。

『リトルリーグ』

『少年野球』

"野球"の2文字を見て母親はサッと顔いろが変わる。
この歳から野球ですって!
父親が苦労に苦労をした野球である。

母親としてはひとり息子に小学4年から習い事をさせたいと思っていた。

野球以外をやらせたい!

「ちょっと待ってちょうだい。お母さんは忙しいのよ」

野球のリトルリーグだけは嫌である。

ピアノ・エレクトーンなら自分も習ったからやらせたい。

男の子だから体力のつくスイミングもいいかもしれない。

しかし…

野球人・江藤の娘には孫に野球をやらせたいとは微塵も考えない。

かわいいひとり息子に危険なスポーツは嫌である。

大切な江藤家の跡取りには野球だけ嫌である。

(娘からみて)江藤家の祖父と父で野球は懲り懲りである。

「あなたの年齢から?小学生から野球をやるって言ったって…」

自宅の日本庭園でバッティングしているじゃあない。
おじいさんと仲良くやっているから満足でしょ。

「あなたはまだまだ小さいんだから野球なんて問題でしょ。できやしない」

母親から見ても体はまだまだである。同年の子供より恰幅よくても未熟な男の子である。

いやいや

ずっとずっと野球はさせたくはないのである。

「野球はテレビで見ているだけにしなさい。あんな危険なボールを投げたり打ったりはダメですよ」

二言目にダメと言われた。
真っ向から野球は反対である。

母親はうんざりしてしまう。

「ねぇお兄ちゃん。お母さんに教えて。これって学校と関係ないんでしょ」

学校の行事やクラブ活動なら母親も致し方がない。

学校なら野球もやむえない。

だけど薦めたくはない。

学外の話なら簡単に野球などやめさせたい。止める理由を探してみる。

「リトルリーグてお金が必要なんでしょ」

祖父の江藤が苦労した野球なんてとんでもない。

野球なんて華奢な子供がやるものではない。女の私が見てスポーツの類いではない。

「どうしてリトルをやりたいの。小学生が野球をやるの?やるんだったら高校生からでしょう。小学生に甲子園はないんですからね」
だからこそ愛する息子は到底バッドは持たせない。

祖父が勝手にやるのは構わない。だけど外に出て試合で振るなんて。

「えっやだなあ。早くお名前書いて。クラスのみんなに約束したんだもん。明日学校に持っていきたいよう」

息子は怒ってしまう。

リトルリーグに入ってクラスの仲間と野球がしたいだけである。

わからずやな女だ!

親の顔が見てみたいぞ!

「(野球の嫌いな)お母さんじゃあ話にならない」

お母さんじゃあ役に立たない!

「僕はクラスのみんなとリトル野球に行きたいんだ」
息子は意地になる。

「みんなと野球がやりたいんだ。お母さんが(リトルリーグを)ダメだって言うなら僕考えがある」

おじいちゃんに頼む。

「野球がわからないお母さんなんか嫌いだ。おじいちゃんなら喜んでリトルリーグ入会させてくれる」

ランドセルをポイッとリビングに置く。

祖父の書斎に廊下を走っていく。

ダッタダッタ

お兄ちゃん~

後ろ姿に母親は待ちなさいと大声をあげた。

息子は聞く耳を持たなかった。

「待ちなさい。お母さんのお話は終わっていないわ」
わからずやのお母さんなんか嫌いだ。

僕には要らない

祖父の書斎に一目散である。

「おじいちゃん」

この時間に江藤は書道である。隠居して書に親しむ心を覚えた。

書斎にいる江藤は孫の足音はわかる。時計を見上げる。

帰宅時間だなっ。

足音は襖の前より小刻みになり書斎に男の子が顔を出す。

江藤の可愛い初孫がそこにいる。

「おじいちゃんただいま」
襖を眺める。

祖父によく似た孫がにっこりしている。

「僕おじいちゃんに頼みがあるの。聞いて欲しいんだ。お母さんなんか嫌いだ」

いきなり

唐突に"嫌いだ"と言われても…

お母さん=江藤の娘(長女)
なんのことかなっ? 

祖父の前にリトルリーグのパンフレットを出した。



江藤はなんだろうと眺めた。

「リトルリーグ?おおっお子さま野球か」

お子さま野球?

「小学生野球か。このあたりは野球が盛んなんだな」

新春からは孫も四年生。

「小学4年から入会か」

リトルリーグには疎い江藤。

小学校の運動会程度の賑わいに思ってしまう。

リトルリーグ入会届に父兄の同意書が入っている。

孫はこれにわからずやな母親がサインしないと怒った。

「お母さんなんか大嫌いだ。野球をしちゃあいけないって言うんだもん」

僕っおじいちゃんみたいなホームラン打ちたい!

「おじいちゃんがお名前書いて」

江藤も娘の野球嫌いは薄々感じている。

父親の江藤が苦労した世界に孫を引き入れたくはないというわけか。

「そっかっ。お母さんはお兄ちゃんが…」

野球は嫌って言ったのか

「お母さんリトルリーグは嫌って言ったのか」

"それは困ったなっ"

老境にある江藤の楽しみ

"日本庭園の手入れ"

"孫の打撃練習"

「そっかっ。お母さんがダメなのか」

目に涙をためた孫をやさしく江藤は撫でてやった。

「お母さんおかしいよ。野球のことになると人がかわるんだもん」

書斎の江藤は日本庭園の松を眺めてため息をつく。
中日ドラゴンズのスラッガー江藤慎一だが楽隠居をした昨今は実の娘に頭があがらない。

「お父さん!孫に野球なんてやらせないでちょうだい。あんな危険なスポーツは懲り懲りですから」

孫が入会したいリトルリーグは娘が断固として認めないのである。

野球が命の江藤。

野球がやりたい孫

娘を母親を親子三代は説得する。


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