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中日Jr.監督②~江藤祖父と小4孫
リーンリーン

広い居間に電話が鳴り出した。

リーンリーン

鳴り出した電話は静寂な日本庭園にも伝わっていく。
「あらっ」

お昼時で品の良い若い奥さまは台所仕事に精を出していた。

割烹着のまま電話に出てみる。

「はい江藤でございます」
奥さんが電話に出る。電話相手は女性であった。

「江藤さまのお宅でございますか」

秘書はゆっくりと話を進める。

いきなりに中日ですとは言わない。

中日ドラゴンズですと言うと大抵が驚きパニックになる。

電話の応対をみて話を切り出す。

「私は"江藤の娘"でございます。父にどのようなご用件でございますか」

秘書はまず"中日新聞社"であるとした。

「はっ!中日…」

中日って…

父にドラゴンズからだわ

娘さんはいろいろ父親の江藤が世話になっていましたとお礼などを口にした。

間合いを見て秘書はゆっくりと口を開く。

「中日ドラゴンズの(ジュニア)監督要請でございます。江藤さまに学童の監督のお話でございます」

娘さんは"中日"と言われ気が飛んでしまう。

中日…

野球の

中日…

「中日ドラゴンズでございますか?」

父親への電話は野球だと知る。中日ドラゴンズから電話である。

「父親は在宅でございます。しばらくお待ちくださいませ」

現役を引退して野球から遠退いた江藤。

今は娘夫婦に身を寄せ隠居する江藤は書道の最中である。

「お父さん中日から電話よ」

娘が中日からの電話よっと取り乱しても意に返さず。
集中をしそのまま楷書体を書き上げる。我ながらうまい筆捌きであった。

「うん?中日?」

今は野球と疎遠な隠居さん。中日ドラゴンズと聞いて耳がピクンとする。

「中日から電話か。監督?なんだって?監督さんからなんの用だ」

娘は中日からよっと告げる。

「監督がどうしたんだ」

江藤はなんだろうかと首を傾げた。

今の時期新しい監督の要請の可能性もないこともない。

最近の中日はチームがガタガタ。監督ひとりぐらい首をすげ替えても勝ち目もないと江藤は思っていた。

ニヤリ

「監督要請かもしれんな」
娘にボソッと希望を言う。
「あっーもしもし」

お父さんに中日ドラゴンズからって…

監督要請を受けるのかしら。

"あれだけ中日と確執が取り出されていたというのに"

「なんだっ!中日ドラゴンズから監督の話があるって言うのか」

江藤はまさかっ

娘が昼間から冗談を言って困ったもんだと相手にしない。

電話に出てみる。監督は冗談にしてもひょっとしたら金の貰える話かもしれない。

「中日新聞社からの電話だね。(監督要請かっ)久しぶりだな」

娘からワイヤレス受話器を受け取る。

話す前に一息入れた。

ふぅ~(監督要請だったらどう返事しようか)

秘書の明るい声が響く。

「ああっ江藤だが。ドラゴンズはテレビで見ているよ。で、俺に何の用だい」

現在の中日監督から電話かと思ったら秘書だった。

「江藤さま。しばらくお待ちくださいませ」

電話は秘書から球団職員になる。

「お久しぶりでございます。江藤さん中日ドラゴンズの広報担当です」

中日の…

ドラゴンズの

ジュニアの

監督さん

職員の事務的な声にはっきりと"監督"という単語が聞き取れた。

監督さん!中日の…

中日ドラゴンズの

監督

中日ドラゴンズ監督をしてもらいたい!

江藤は耳をくすぐられた。心地よい感覚を知る。

"監督さん"

まさかの俺に?

監督をしてくれと中日が言うとは!

聞き間違いであるかもな。
俺に監督だなんて。

「繰り返したい。俺に監督をして欲しいのか。監督を引き受けてくれというのだな?監督というと監督要請か。おい監督を俺にか」

中日ドラゴンズ監督をして欲しい。

江藤の頭は往年の中日球場が甦る。青春時代をすべて注ぎ込んだ中日ドラゴンズがそこにある。

俺に監督だ!

職員は電話で"ジュニアの監督さんです"とくどいほど繰り返している。

「中日ジュニアでございます。少年野球ですね。学童の野球なんです」

学童野球も

ジュニアだ少年だも

江藤の耳に入らない

「俺に中日の監督をしろっというのか」

電話の江藤慎一には監督という単語がビンビン頭に入る。

奇妙なことに江藤はジュニアの監督とか学童・小学生は聞こえない。

耳がきれいに拒否している。

説明する球団職員は弱り果てた。

×不正解"中日ドラゴンズの監督"

◎正解"中日ジュニア監督"
繰り返して説明も浮かれた隠居さん江藤に無駄である。

「わかった中日ドラゴンズ監督をやるよ」

江藤は監督要請を快諾し中日ドラゴンズ本社に出向くことを伝えた。

オーナー特権が江藤に関わるのはここまでである。

あとは広報がうまくやってくれる。

「江藤さまは快諾されましたわ」

険しい顔をした秘書が現れ中日ドラゴンズオーナーとしての公務過密スケジュールを提示した。

「では本日のスケジュールに入ります」

オーナーは無味乾燥な多忙な執務に入る。ひとつひとつ重要書類に目を通しオーナーは球団最高責任者の顔に戻る。

オーナーは書類に目を通しサインする。

時折江藤慎一の勇姿を思い浮かべた。江藤が中日のユニフォームを着るのは何年ぶりであろうか。

「江藤慎一。慎ちゃんか。懐かしい名前だ」

書類処理はなかなか終わらない。秘書が次々仕事をしてくる。

「江藤は中日最高のスラッガーなんだ。1959年に熊本から入団している。気迫溢れるバッターだが私の記憶はそれ以上だった」

オーナーは執務を中断したくなる。秘書にコーヒーを頼む。

江藤入団の当時オーナーは中日新聞社社会部の駆け出し記者。江藤とは10年の年齢差があり脂の乗り切る辣腕記者として頭角を現す。

中日で江藤はスラッガーとして成長をしていく。その勇姿をオーナーは新聞記者として重ね合わせた。

スラッガー江藤が打てばこちらは特ダネをガンガン抜いてやる。

同じ中日。

職場は新聞社とドラゴンズで異なるが良い刺激を与えてもらったことを思い浮かべた。

「あれから40年が経つか。江藤の慎ちゃんは変わっているだろうなあ」

オーナーは休憩の間に秘書を呼ぶ。球団職員を呼んでもらいたい。ジュニアの一件はどんな進展があるかと知りたくなる。

執務が滞ると困る秘書はヒソミ顔をしてしまう。

オーナーは中日や江藤さんのことになると中日ファンそのものなんだから。

「私の父親と一緒ですわね」

公務の滞りを今後いかに処理しようかと苦慮をしなくてはならない。

ドラフアンを持つ父親の娘は理解があった。

数日後の中日新聞社本社。
名古屋城の見える社の玄関に小肥りな男が現れた。

「オーナーと面会の約束です。時間は少し早いかな」
男は受付嬢に深々と頭をさげた。

礼儀は正しいが帽子を目深に被りサングラス。一種威容な姿はこの場に不釣り合いであろうか。

春先でも厚手なトレンチコートを着込んでどう見ても裏街道な世界の住民にしか見えない。

本社の美人受付嬢はギクッとする。その男が玄関に現れたのを見て真っ先に危険を感じる。

愛知県警への防犯ベルに指をかけたくなり足がブルブル震える。

警備員が運よく巡回しないかと願った。

怪しげな男はサングラスをつけニッコリ笑う。美人には特別な挨拶がしたくなる。

「やあっこんちは。お嬢さんお美しいですな。久しぶりに本社に来たなあ」

玄関ロビーをぐるぐる見渡す。

「(中日を)辞めてかなりになるから。社内の様子がすっかり変わったなあ」

この人って誰なのかしら

「どこに何があるか忘れてしまってね。僕はオーナーに会いに来たんだ。取り次ぎを頼みます。お嬢さん可愛いね。何歳なの。今彼氏はいるの。ちんけな男ならやめた方がいいなあ。貴女のセクシーさは抜群だね。しっかり男を見定めなくちゃ」

受付嬢はウフフと笑いあらあらっオーナーねっとスケジュール管理を確認する。
「(中日の)選手は誰のファンかな。良かったら紹介してあげるよ」

サングラスの奥で瞳がキラキラ輝く。美人を見ると本能的にメロメロになる男が江藤さん(笑)

受付嬢はいぶかしげな顔をする。オーナーに面会ですかと確認だけしたい。

デスクトップの画面にオーナーのスケジュールを開示し江藤のアポイントを見つけた。

「かしこまりました。アポイントメントは確認されました」

受付嬢に好印象を与えたと御満悦な江藤。口笛を吹きながらオーナーの待つ部屋に向かう。

好みの女性・受付嬢に江藤の携帯電話番号を置いていたのは想像に難くない。

中日本社最上階へ江藤はオーナー室を訪ねる。

「おっと」

帽子サングラスの妖面な姿はまずいなっ。

ドアの前に変装グッズを取る。人の良さそうな江藤がいた。

往年のスラッガー江藤の面影がそこにはあった。

エレベーターを降り部屋に行く。オーナーの秘書が笑顔で出迎えてくれた。

「お懐かしいですわ江藤さま。お変わりございませんね」

スーツ姿の若い秘書は江藤を親しげに見た。しばらくお待ちくださいと礼をしてオーナーを部屋に呼びに行く。

「お嬢さん若いのになあっ。僕を江藤を知ってるのかい。それは光栄な限りだな」

江藤が現役を離れてかなりの歳月である。このお嬢さんが江藤の現役を知ってるわけはない。

世代が違い彼女の父親ぐらいなら頷けるが。

「江藤さま。こちらでお待ちください。まもなくオーナーが参ります。あのぅコーヒーでよろしいでしょうか。冗談にもビールはお出し致しませんので悪しからず」

女好きな江藤である。こちらの秘書も美人さん。かなりなお気に入りなようす。
チャンスがあれば携帯番号を知りたいなあ。

オーナーはすぐに現れた。江藤の到着を心待ちにして上機嫌である。

「やあ慎ちゃん久しぶりだな。元気そうじゃあないか。うん慎ちゃんどうかしたか」

二十歳そこそこの若い秘書がなぜ江藤を知ってるのか聞いてみたくなる。

オーナーはハッハハと笑い飛ばす。

「なんだそんなことか。ならば直接彼女に聞いてみるといい。呼んであげよう。ああ私だ。コーヒーはまだか。江藤の慎ちゃんが君に折りいって話があるそうだ」

秘書は抹茶ケーキとコーヒーを運んでくる。抹茶ケーキはオーナーのお気に入りのひとつだった。

「江藤さま。私は中日時代のことはよく存じております。確かに現役当時は生まれてはおりませんが」

秘書の言うには中日新聞社に就職を希望した際に中日ドラゴンズの70年史を丸暗記してしまった。

「アッハハ。お陰で彼女にはお世話になっている」

新聞記者あがりのオーナーはドラゴンズに精通ではない。

「中日オーナーと言うことにはなんでもドラゴンズを知らなくてはいけないんだろうがな。なんせ新聞記者は社会部出身。スポーツには疎くてな」

大学院まで政治学に熱中していたし。

オーナーは頼りになる秘書に頭が上がらないと笑顔で答えた。

「ドラゴンズのことはお恥ずかしながら彼女から逐一報告を受けている。かなり詳しい。貴重な意見ももらっている」

だがケーキのことは私が詳しいよ。日本各地の食べ歩きの実績があるからな。

「どうだい慎ちゃんそのケーキの味は。もっとも君は酒のアテでなければ納得しないだろうけどなアッハハ」

江藤は嬉しくて笑う。こんなに若く可愛いお嬢さんにスラッガー江藤を記憶してもらっているなんて。

できたら現役江藤としてお会いしたかったなあっと真顔になる。

秘書は秘書で微笑む。中日歴代最高のスラッガー4番打者に遭えた喜びである。
「今日さっそく彼氏に江藤さまとお会いしたことを報告したいです」

えっ彼氏がいる!

男があると知り江藤はガックリする。

アッハハ~

オーナーは腹を抱えて大笑いをした。

出されたケーキは甘いのか辛いのか。江藤ショックである。

「さて慎ちゃん真面目な話だ」

オーナーからジュニアの監督のなんたるかのアウトラインを聞く。

子供の野球ですね。

ジュニアチームの監督さんは当初あまり乗り気ではなかった江藤。

熱心に話をされていくうちにその気になっていく。

「なるほど。学童野球やリトルリーグの強いチームから選手を選抜していくわけですか。選ばれた子供は中日ジュニアになれる。栄光になるわけですね。僕の目で優秀な子供を選ぶということは名誉なことではあるんですが」

監督の肩書きは伊達ではない。責任重大なるジュニアの野球の最高責任となる。
簡単に監督なれとは言うものの江藤自身長く野球の現場を離れていた。

名球会の親睦で子供らに野球教室を指導する程度である。
子供を選ぶ責任において実戦の勘がどれだけ戻るかあやしかった。

このオーナーの話の途中では監督要請を受けるかどうかまだ迷う江藤。

「迷いがあるのか。慎ちゃんらしくないなあ」

オーナー室に球団職員(10人)が集められた。全員野球経験者。江藤監督の指示に従い手となり足となる。
中日新聞社のスポーツ部門は日本一の野球知識があると自負する。

「これは助かります。(中日新聞の)肩書きをみたら優秀な方々ばかりではないですか。ジュニアチーム編成のために汗をかいてもらいたい。こちらこそよろしくお願い致します」

江藤は決意する。ジュニア監督を引き受けよう。

自分自身今の学童野球というものはどんな現状なのかわからない。そこで球団職員からレクチャーを受ける。新聞社のデータを子細に調べて愛知県学童が遺漏なきように。

江藤を中心に中日ジュニアの選手がリストアップされ名前があがっていく。

それからの江藤は極秘行動に出る。愛知県のリトルリーグをつぶさに観戦し実戦の勘を養いたくなる。

グランドでノビノビ野球を楽しむ子供たちのレベルを見極めたくなる。

江藤の行動には必ず球団職員が同行しジェームスボンド007の役割を担う。

江藤の目に止まる子供がいるとプロフィールをリトルリーグの監督さんや代表者から求め映像に収めた。

だが江藤自身は名乗らない。人相の悪いサングラス姿をやめないからリトルリーグ関係者とは極力距離を置く。

関係者のみならず子供の方からも気持ち悪いからっと逃げられていた。

球団職員はリトルリーグの強豪チームをピックアップしては江藤に教える。

「今からご案内するチームは愛知県リトルの優勝回数が多いんです。指導者が優秀なんです。だから子供たちが我慢してついてくるんですよ」

リトルリーグの覇者を観戦する。

学童(野球)はエラーと無駄の野球レベルと見えた。指導者がいかにミスを忍耐をするかとまずは感じた。

「一生懸命やってはいるがエラーがやたら多いな。選手個人個人のプレーに無駄な動きが多い。例えば打撃だがコンパクトなスイングをして欲しい。ひとつひとつやかましくやると子供が萎縮してしまう。うーんジレンマを感じた。2軍の選手を鍛えあげるのとはわけが違うな」

ジュニア野球は思ったより大変ではないかと腕組みをする。子供がエラーをしたらため息をつく。

観戦後に江藤は青空を見上げた。苦難な道だがやり遂げたくなった。

球団職員に頼みジュニアチームの選手選抜に着手する。子供らを選手として選ぶには打撃と守備に関しては慧眼があると自負。プロで開眼をした分野は他に譲れない。

「現役時代に打撃は人一倍努力をしたんだ。子供のバッティングぐらいパッと見て良いか悪いかわかる。守備にしても自信がある」

江藤ジュニア監督は真剣となった。

チーム編成で自信がないのは投手である。スラッガー江藤は見て良い投手か悪いかは打ちやすいかどうかの一点だけ。投手の見方が逆である。

「投手出身の奴に助け舟を出したい。あかんや俺にはできない」

ここで中日ジュニアチームのコーチ要請がなされる。
球団職員は江藤監督に進言をする。

「腹心の方々を集めてください。名前が挙がれば球団からコーチ要請を本人に致します」

球団は万全のバックアップをいたします。

「おっそうかい。ならばお言葉に甘えてだ。権藤を頼む。それとだな」

投手コーチは権藤博。'37年熊本生まれの江藤より1歳年下の佐賀県生まれ。1962年の中日のエース。4番はもちろん江藤である。

守備・走塁コーチ要請は弟の江藤省三にする。現役を退いてからはコーチ業として有名である。兄江藤慎一としては最善な人材である。

球団職員はサラサラッとメモを取る。江藤監督の希望を受け入れ要請先の本人に伝える。いや伝える前に江藤が一言あった。

「コーチを頼むのにややこしい話があるのかな。何もないなら僕が直に連絡するわ。権藤は3日前に呑んだ仲間なんだ。本人にジュニア野球は自慢してやった。弟の省三はついこの間だよっ江藤家の法事で会ったばかりだ。二人とも断りの理由がないさ。中日の江藤がコーチをやれっと言うたらやるさ。まあ半ば強制だけどな」

言うが早いかポケットをまさぐる。可愛いらしい携帯ストラップを取り出す。キティちゃん携帯ストラップに江藤おじいちゃんの顔がプリントされていた。江藤の孫(3人)と御揃いの画像がプリントされそのままストラップ携帯になっていた。

「孫は特別だからな」

3人いるうち男の孫はリトルリーグに江藤ありでよく打つ打者である。

春先からリトルリーグは始まり日本各地で子供らが力いっぱいにプレーをしていく。

「ウヒャア~子供の野球がこんなにエキサイトするとは思いもしなかった。孫の坊主もこんなにレベルの高い野球をしていたとはおじいちゃん知らなかったぞ」
リトルリーグ初観戦の江藤は大喜びだった。

球団職員は江藤やコーチらに公平にリトルリーグの学童を見極めてもらいたいと思う。

だがいずれの方もよき老人ばかり。孫の年齢に厳しい視線を与えることは難しいようだった。

「権藤は権藤の好きなチビッコ投手を選べよ。省三は野手だな。守りのしっかりしたチビッコを見て内野手・外野手と固めていこうか」

打撃は江藤の手でバッチリ教え込みたい。中日のスラッガー江藤の目がキラキラ輝き出した。

リトルリーグの視察は球団職員が県内に散らばり様々に学童をピックアップをしてくる。

中日ジュニアそのものはリトルリーグベスト8から選抜が基本ではある。が江藤監督は幅広く人材を見てから選びたいと希望をした。
やがて春から夏休みとなりリトルリーグは佳境を迎える。夏休み最後には決勝が行なわれ優勝チームが輩出される。

「子供らみんなハキハキして気持ちがいいな。ジュニアチームは全員を選びチーム編成にしたい。まあ定員が決まっているからな。仕方ないや選びましょうか」

江藤監督とコーチ陣は球団職員から提出されたデータを基にジュニアチームを編成していく。

県内優勝チームと準優勝チームを軸に20人を選ぶ。チームワークを大切にしたいと省三コーチからの進言でまず基本的なチームは固まる。

「投手は5人は欲しいからね。多少軟投なクセのある子供でもコントロールさえあれば投げて貰い」

権藤コーチは自分の目で見た投手をキッチンと選ぶ。
「これで投手・守備とチームが決まるな。よしよしと」

江藤はリストアップされたメンバーの最後にひとり名前を書き込んだ。

「さっさっと書いてしまえ」

江藤(孫)小学4年

リトルリーグが終焉を迎えると夏が終わる。さっそく中日ジュニアチームが構成をされナゴヤ2軍球場に集合となる。選抜された学童らはみんな父兄とともに喜んで集まる。

球場に着くと球団職員から真新しい中日のロゴ入りユニフォームを手渡された。(背番号はまだ決まらない)

子供たちは中日ドラゴンズのロゴを見て感激をする。
「わあっドラゴンズブルーだ。本当にドラゴンズなんだ。お父さんお母さん見て見て」
ユニフォームに袖を通した小学生は大喜びである。父兄も同じで息子の記念写真に余念がない。
「うちの子がドラゴンズに入った気分ですわ。宅の主人も野球をやってましたから中日は夢のまた夢ですの。選抜していただいて本当に光栄です」

父兄の大半は涙ぐむ。

息子との記念写真大会が収まると球団職員から挨拶を受ける。今後のスケジュールや試合日程を聞く。

「皆さんは中日ジュニアの一員でございます。ようこそ中日ドラゴンズへ」

球場の特設会場は歓声に
変わる。

「年末に開催予定は第1回全日本学童野球大会の優勝を目指してチームを作りあげて参ります」

プロ野球12球団が各自ジュニアチームを構成しまずはトーナメント戦を戦う。12球団ゆえに他のチームには負けたくはない。球団職員はこの点をあえて強調した。

「中日は日本1に輝き勢いがあります。まさかジュニアは弱いぞなんて言われたら癪に思いますから。熱血指導の江藤監督以下有能なコーチがお子さんを立派な選手に育成し優勝を狙います」

この時に父兄の間に江藤の名前が知れわたる。

中日スラッガー江藤なのか
「はい紹介が少し遅れて申し訳ございません。中日ジュニアの監督さんは我が中日最高のスラッガー江藤慎一さんに務めていただきます」

父兄の間にどよめきが巻き起こる。あの江藤がこの場におりジュニアを熱血指導したいと願うのだ。

子供らは江藤の現役を知らない。父兄に江藤って誰なの。中日で何をしていた選手なのっと盛んに尋ねた。父兄も父兄で若い世代はよくわからない。

ざわめいた会場で職員はマイクを持ち直す。貴賓席にいる江藤をチラッと眺めてみた。ひとつ大きな息を吸い込む。

「君たちは江藤慎一を知ってるか~。江藤慎一とは中日ドラゴンズ歴代最高の4番打者だぁ~でございます。ハイハイちゃんと現役時代の映像を用意いたしました。ご父兄の皆様はたぶん懐かしいことと思います。こちらの画像をご覧になれば江藤監督がどれだけ凄いか一目でハッキリとわかります」

会場の窓に黒幕が引かれビデオが回る。白黒の画像には若い江藤慎一がはつらつと映っていた。

中日江藤の現役は'59~'69の10年間(22~32歳)

「いやあフィルムがいささか古いなあアッハハ」
壇上に座る江藤は照れ臭くて苦笑いをする。大きな口を開け豪快な笑い。

屈託のない笑い声は昔と変わらなかった。

職員が用意した江藤の映像は豪快なスラッガー江藤が思う存分披露されていた。
ジュニアの子供たちはあんぐりと口を開け放心状態のままである。

憧れのという野球人江藤でなく夢の中にあるスーパースターを見る感覚である。
父兄は父兄で江藤を見た。
「うちの息子もあんな豪快なバッターになれるのかな。ジュニアチームに入ったからには江藤2世になりますように祈ってしまうよ」
江藤の偉大さがなんたるか。場内にわかったら後は何も説明がいらない。

ジュニアチーム結成の挨拶を江藤慎一は元気いっぱいに一席ぶつ。

ビデオの中のスーパースターが年老いてそこにいると同じである。

「皆さんこんにちは。紹介にあずかりました江藤です。今回は中日と縁がありまして監督さんをやらせてもらいます。子供たちが喜んでプレーのできる野球チームを作りたいと思います」
父兄の間からにわかに拍手が巻き上がる。往年の江藤が彷彿されてきたようだ。
子供たちと父兄で埋め尽くされたナゴヤ2軍球場。

特設会場には江藤の娘さんとその子供(孫)もいた。孫は小学4年生。リトルリーグでは上級学童を差しおいて堂々4番…いやそれはない。体力的に小学4年生なので7番バッターである。

学童ジュニアチームは小学5年と6年で構成をされている。4年は参加できないこともないが体力的にかなり劣るため選抜対象外となる。

江藤慎一は中日ジュニアに孫を参加させる腹があった。4年の年齢足らずではあるが(祖父の江藤には)可愛い孫。地元のリトルで頑張ってブィンブィン打つ孫の姿を見てつい手を差し出したくなった。

会場に詰めた江藤の娘さん。父親が久しぶりに元気な姿を見せてくれ内心は嬉しかった。だが野球とは勝負師の世界であり勝ちだけを追及していく過酷な現実である。
「お父さんだけが野球に没頭するのならまだしも私の息子(孫)まで巻き込んでしまうなんて。なんでしょ親子3代で野球・野球だなんて。そうそう私の祖父(江藤の父親)も九州で野球をしていたから親子4代の野球になるのかしら。まるで野球やらないと江藤家には入れてもらえないみたい」
壇上の江藤ジュニア監督はご満悦になる。挨拶が終われば会場は勢い江藤監督のためのサイン会と握手会場に早変わり。

「ハッハハ。握手ぐらいしてスラッガーや投手になれたら苦労はないけどね。さあさあ坊主。しっかり練習をしてこの江藤のオイチャンを男にしてくれよ。ジュニアチームでも監督さんを胴上げしてなアッハハ」
中日ジュニアのユニフォームを着た学童選手。みんなハキハキして江藤に頭を撫でられていた。

この中日ジュニアチームはメンバーが毎土日にナゴヤ2軍球場に集まる。直接に江藤らが教えることもあるが大半の練習には中日のスタッフが手を取り足を取り教えた。

ジュニアと言えども中日ドラゴンズのユニフォーム。学童は誇らしげに練習に参加をしていく。

実際に江藤兄弟・権藤がコーチングをするとメキメキ学童野球がうまくなる。プロのアドバイスはまったく違っているようである。

練習メニューの最終日には江藤監督が選手にレギュラーポジョンを与える。

「みんなよく厳しい練習に耐えてくれたね。オイチャン(江藤)は嬉しかったよ」

中日ドラゴンズジュニアはリトルリーグ終了を待ち夏休み後半から秋にかけて練習を積む。

指導するコーチングスタッフが優秀であることも学童の野球センスが抜群であることも手伝い短期の間にチームワークの取れた素晴らしいチームが仕上がっていた。

学童のレベルアップは江藤中日ドラゴンズジュニア監督の眼鏡に充分叶うようだった。

自分の思うようなチーム作りがなされたと監督は目を細める。

「子供たちは喜んでプレーしてくれたからな。最強のジュニアチームが完成をしたと思っている。いつ試合があっても大丈夫さ。このまま中日2軍とやっても勝てるさ。但し軟式野球だけどさアッハハ」
ジュニアチームの最終練習が終わった。最後には学童ひとりひとり江藤が丁寧にトスバッティング・ノックをしてしめくくる。

学童に自らのバットで自信をつけさせた。

グランドの練習が終わりいよいよレギュラーポジョンの発表である。

学童選手は球場の特設会場に集まる。この会場で待ちに待った背番号(レギュラー)を手渡されるのだ。

中日ジュニアのユニフォームにつける背番号は江藤監督が最終的に考えて決めた。

会場には父兄も詰めている。我が子は江藤監督から見たらどんな実力であるのか心配であり楽しみでもあった。

球団職員は会場を設営してレギュラー発表の厳かな雰囲気をかもし出す。学童が緊張するセレモニー。レギュラーを与えられた喜びは素直にその栄誉を讃えたい。

だが運悪く控えに回された学童の場合。球団職員は最大なケアをする。

いつも熱心にナゴヤ2軍球場でボールを追い掛けた学童たち。中日ドラゴンズジュニアチームのために頑張ってくれたのだ。

「球団としましては年間シーズンチケットを父兄さまとペアであげたり好きな選手とサインや握手会に参加できるように配慮したいです。中日のために頑張ってくれたことは褒めたいですから」

江藤監督は壇上に立ちレギュラーと背番号を発表をする。

「子供さんはみんな頑張ってくれました。オイチャン(江藤)は嬉しかった。こんな隠居の歳になってこんなに感激をしたとは長い野球人生の賜物です」

壇上から江藤監督はひとりひとり名前を呼び上げる。
背番号1のエースのお子さんから2・3…4・5と続く。

名前を呼ばれた子供。

喜んで江藤から背番号を受ける。満面笑みの子供は頭を優しく撫でてもらった。
子供だけでなく父兄も嬉しくて喜んで拍手を送る。

背番号授与はよどみなく進み8番目となった。

中日ドラゴンズ江藤慎一は背番号8。現役は8番が中日球場で大活躍をした。

江藤自身に思い入れのある背番号であることは間違いのないこと

「8番だが」

江藤は背番号を手にする。じっと押し黙り一呼吸おきたくなる。

中日ドラゴンズの背番号8を誰につけさせるのか。

球場にいる父兄は江藤を見つめたまま動けない。

うちの子供に背番号を!

江藤は天を眺め一呼吸である。

隣にいる権藤も省三も一瞬どうかしたのかなっと振り向いた。

視線をグランドに落とす。
江藤ははっきりと言った。
江藤くん!

学童の中を縫って小学4年生の孫がちょこちょこと前に出てきた。

「おじいちゃん」

孫は緊張した顔をして背番号「8」を受け取る。

「8番は…」

おじいちゃんの背番号だね。

自宅の大きなパネルに背番号8の江藤慎一は飾られている。

「僕は…ぼくっおじいちゃんの背番号をつけます」

パチパチ

観客から

パチパチ

父兄から

パチパチ

知らぬ間に拍手が巻き起こった。
中日ドラゴンズの『ジュニア監督』要請を受けた江藤慎一さん。

学童ジュニア野球に小学4年の孫も参加する。

根っからの野球人江藤さん。自ら歩んだ野球人生をかわいい孫が歩み始める。

江藤2世となるのか

打撃力は破壊力は…

孫も背番号8の江藤になるぞ


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