【衝撃事件の核心】生活保護受給の相談に訪れた女性を追い返しながら、担当職員がその女性になりすまして約330万円の保護費を不正受給するという前代未聞の事件が奈良県橿原市で起きた。生活保護をめぐるさまざまな問題が明るみに出る中、不正を水際で見破って食い止めるのも職員に課せられた責務だが、懲戒免職となり、奈良県警に逮捕された橿原市の職員は逆に、知り尽くした制度の「盲点」をつき、担当者にしかできない手口で犯行に及んでいた。(西家尚彦)
■切実相談を「金」に
平成22年8月、橿原市役所に60代の女性が生活保護の相談に訪れた。この女性は当時、市内の墓地近くに止めたマイカーの車内で連日寝泊まりしていた。
対応したのは、当時橿原市生活福祉課課長補佐だった高岡一彦容疑者(53)だった。
高岡容疑者は女性の相談につれなかった。「マイカーの所有は資産にあたる。早急に売らなければ、生活保護費は支給されない」などと指摘した。自宅代わりの車が、当時の女性にとって“命綱”と知りながら事実上、受給は困難と説明して追い返したのだ。
ところが、高岡容疑者はこの後、信じられない行動に出た。
女性の名前や詳しい経歴などを聞き出していた高岡容疑者は、この女性になりすまし、女性の本籍がある奈良市内に住むための生活保護申請書をはじめ、自立するための目標を設定する自立更生計画書など必要な書類6点全部を虚偽記載で作成した。
さらに、女性と同名の印鑑も購入、偽造書類一式を申請した。結果、この年の9月から、不正が発覚する今年1月分までの約2年半にわたり生活保護費計約330万円を不正受給し続けたという。
■異例の「引き継ぎ」
高岡容疑者の不正受給が発覚したきっかけは、昨年4月の健康増進課への人事異動だった。
不正受給で高岡容疑者がなりすましていた女性について、高岡容疑者は後任の職員に対し「もうすぐ仕事が決まりそうだ。責任を持って自立させる」などと説明し、女性の担当は異動後も特別に自分が継続することを認めさせていた。
これ自体が異例な対応だったが、後任の職員も、かつて仕事を教わったことがある上司の意向とあって了解したという。
しかし、本来は受給者の生活実態記録を月1回提出する義務があるが、職員の度重なる要請にもかかわらず、高岡容疑者は提出しなかった。
不信感を募らせた職員は今年2月、高岡容疑者が担当継続を無理強いした問題の女性の奈良市内の住所地を訪問した。すると、別人が住んでおり、女性は奈良市内の別の場所で暮らしていることが発覚した。
加えて女性が22年12月以降、奈良市で生活保護を受けていたことも判明した。
こうした実態を踏まえ、高岡容疑者に聞き取り調査をしたところ、「大阪の難波や堺、岸和田での飲み代など遊興費に使った」と不正受給を認めたという。
「職場で一度も怒っている姿をみたことがない。温厚で、部下に仕事を教えるのも熱心だったのに…」
上司の1人は高岡容疑者についてこう語り、犯行が信じられない様子でうなだれた。
■制度の「盲点」悪用
高岡容疑者は、生活保護費の給付をめぐる例外的なケースを逆手にとって犯行に及んでいた。
保護費の給付は、各地区の民生委員が月々の金額を記入した保護費通知書を事前に受給者に手渡しで配布する。通知書を受け取った受給者からの連絡後、金融機関の口座に振り込むほか、市の窓口や市所定の場所で現金を直接手渡すケースもある。
しかし、例外的なケースとして、住所不定や市外の受給者に対して手渡す場合は、担当職員が直接現金を届けることがある。
これが今回の事件の「盲点」となっていた。制度を熟知する高岡容疑者がこの点を悪用。問題の女性に届けるためとして現金を自ら預かり、そのまま“ネコババ”していたのだ。
橿原市などによると、高岡容疑者は昭和59年採用で、財産契約課や計画景観課などを経て、平成17年に生活保護の相談、受給の窓口となる生活福祉課に異動した。22年4月には管理職の課長補佐に昇任。今回の事件は、その4カ月後に起きていた。
「職権を利用した不祥事で、深くおわびします」
不正受給事件を受け、森下豊市長は3月5日の市議会で謝罪した。市のトップが謝罪した背景には、今回の犯行が、制度を熟知した担当者にしかなしえないという悪質極まる事件だったためだ。
当然、橿原市は高岡容疑者を懲戒免職処分とし、奈良県警は有印私文書偽造・同行使容疑で高岡容疑者を逮捕。橿原市は詐欺罪で告発しており、県警は詐欺容疑でも捜査を進めている。
■再発防止「性悪説」しか
生活保護費は、生活困窮者に対し住宅や医療などの必要な費用を補助する制度だ。厚生労働省によると、全国の生活保護受給者は、昨年12月時点で約215万人。8カ月連続で過去最多を更新した。受給世帯も約157万世帯と過去最多になった。
今年度の給付総額は3兆7千億円を超える見通し。この5年間で、実に約1兆円も増えている。
生活保護の制度をめぐっては、扶養可能な親族がありながら受給するケースが社会問題となったり、暴力団絡みの虚偽申請による不正受給が発覚するなど、不祥事が絶えない。
生活保護を担当する地方自治体の担当者が、こうした不正受給を水際で食い止める必要に迫られる中、担当者自身が不正受給するという不祥事も各地で相次いでいる。
今回の事件を教訓に、橿原市は再発防止策の検討を始めた。
市は今後、保護費を直接手渡しする例外的なケースでは、職員2人で同行して給付を確認するほか、現在手渡ししている受給者にも再度、金融機関への振り込みに切り替えてもらうよう要請する方針だ。
受給者の生活実態記録も毎月、統括する福祉部の複数の管理職が直接チェックし、提出遅れなどは厳しく指導していくことも確認した。
それでも、担当者自身が意図的に犯行を企てれば、不正受給を防ぎきることは事実上困難だといい、市の幹部は苦悶(くもん)の表情を浮かべてこう語るしかなかった。
「身内も疑うという『性悪説』に立った再発防止が必要だ」