質屋の修行は、本物ばかりを来る日も来る日も見続けることなのだそうです。
本物に毎日触れ続けることによって、ある日ある時から一目で偽物を見抜くことが出来るようになるからです。
逆に、毎日偽物を見続けても、本物を見抜く目を持つことは出来ません。
それを人にたとえても、同じことが言えると思います。
世の中に良い影響を与え、歴史までもを変えた人々に共通することは、その人品が本物であったということです。
それは、その一人の本物の人物に宿る魂が、理屈を超えて心ある人々に伝播していくという真実に他なりません。
人生を拓く鍵は、一人の本物の人物との出会いにあります。
その大前提は、如何なる状況にあっても、「我れ、事にあたりて本物たらん。」との気概を持つことから始まります。
本物たらんとする気概とは、「求める力」「見抜く力」「やりきる力」「自己制御できる力」の四つです。
「求める力」は、自分自身を成長させていく基本中の基本です。
やってもらって当たり前といった受け身の姿勢の人に、チャンスが訪れることは100%ありません。
「見抜く力」とは、本質に迫る力を意味します。
今は何を為すべき時なのか。
永い我が人生の展望に立って、ただ今この時に何を為すべきなのか。
何が重要で、何が些事(さじ)なのかを見抜く力を築き上げなければ、些事というどうでもよいことに流されて、目的という彼岸にたどり着くことは出来ません。
「やりきる力」とは、ひと度事にあたれば、完了するまでとことんやりきる力です。
100メートル走で、99メートルまで世界記録で来ても、ゴール手前でコケて気絶したら、記録にすらなりません。
やると決めたことはやりきる。
ここに、本物の人品が育つ素地が出来上がることを忘れてはなりません。
最後に「自己制御できる力」です。
少し長くなりますが、中谷巌先生(一橋大学名誉教授)の著書「資本主義はなぜ自壊したのかー日本再生への提言(集英社)」からの卓見を引用させて頂きます。
“世界経済は大不況の局面に入った。この混乱が収束するにはおそらく数年にもわたる調整が必要になるだろう。
しかし、もっと本質的な問題がある。グローバル資本主義の本質とは何かという問題である。それを明確にしない限り、我々は将来、何度でも今回と同じ間違いをしでかすに違いないからである。
グローバル資本主義は、世界経済活性化の切り札であると同時に、世界経済の不安定化、所得や富の格差拡大、地球環境破壊など、人間社会にさまざまな「負の効果」をもたらす主犯人でもある。そして、グローバル資本が「自由」を獲得すればするほど、この傾向は助長される。
二一世紀世界は 、グローバル資本という「モンスター」にもっと大きな自由を与えるべきか、それともその行動に一定の歯止めをかけるべきなのか。
当然のことながら、新自由主義勢力はより大きな「自由」を求める。グローバル資本が自らを増殖させるための最大の栄養源だからである。
しかし、さらなる「自由」を手にしたものは、まさにその「自由」によって身を滅ぼす。
結局のところ、規律によって制御されない「自由」の拡大は、資本主義そのものを自壊させることになるだろう。”
卓見だと思います。
制御されない「自由」の拡大は、それ自体が自分自身を自壊させていくのです。
一人の本物で、全てが変わります。
「我れ、本物たらん。」の気概を持って、事に処していきましょう。