埼玉県川越市の製本業 -製本の事なら株式会社豊翔-

 

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埼玉県川越市の製本業 -製本の事なら株式会社豊翔-

豊翔のブログ



タイムラグ

真剣に事に臨めば、必ず、自分を愛し支えてくれる仲間が現れます。

あやふやな中途半端な態度で、やったりやらなかったりというおちゃらけた事を続けていれば、世の中はそういう人を相手にしなくなります。

とは言え、いくら真剣に頑張っても、そうそう簡単に結果が付いてくるものではありません。

必ず、タイムラグがあるのです。

やってもやっても結果が出ない。

こんなに思っているのに誤解されてしまう。

こうしたことは、成功を目指す者にしか起こりません。

まず、心なのです。

心が出来て、そこに思いという宇宙が現れて、それが現実という場に投影されて結果につながるからです。

ですから、心を創るためにタイムラグが生じるのです。

人間だけが、思いという力で現実を変えていけます。

あなたが悩むのは、選ばれたからです。

宇宙から選ばれし者であることを、強く思いましょう。

あなたの一途で清らかな思いは、実はもう大宇宙に届いているのです。

あとは安心して、やるべきことをやるべき時にやり、タイムラグにこの身を委ねていればよいのです。

人間ですから、好調の時もあれば、不調の時もあります。

時として、弱い自分と戦いながらも、ネガティブに流されて言動が一致しない時があるかもしれません。

しかし、大切なものはその奥底に流れているピュアな命であることを決して忘れてはなりません。

清らかな命を持っているからこそ、様々な事象に簡単に結論が出せなかったのです。

しかし、簡単に白黒という結論を出せなかったあなたに、清濁合わせて起こってくる様々な人生ドラマの中にある、命のきれいな人だけが引き出すことが出来る宝があることをご存知ですか?

それは、

「精神」という宝です。

清らかな命で、事象の奥に潜む「精神」に迫りましょう。

人はその「精神」に触れて、本来の自分へと覚醒していけるからです。

そう捉えることが出来れば、全ての事象や出来事には意味が宿り、そして繋がっていることに気付きます。

そこに気付くことが出来れば、意識が自覚となって自己を変革に導いていくに違いないのです。



断ち切る

状況を嘆いても仕方がありません。

そういう状況を作ってきたのは、他ならない自分自身だからです。

現実をしっかりと直視しましょう。

やり直しが効くところはやり直す。

やり直しが効かないところはスパッと見切りをつけて、今までの反省を踏まえて一から新しく築き上げるのです。

その際、時間がないとかお金がないとか、二流の人が口にする感傷的な言い訳は金輪際口にしないことです。

本気になりましょう。

本気に、言い訳は存在しません。

戦うべき相手は自分自身の既成概念であり、弱い心であることを肝に銘じて進むのです。

勝負する相手は、例えば他者との競技で金メダルを取るとかの類いではありません。

勝負する相手は自分自身であり、自分さえ折れない気持ちを持っていれば、100%コントロール出来る領域です。

そのポイントは、何か新しいことを始めるのではなく、今まで「まっ、いいか。」で済ませてきた「悪習」を断つことにあります。

断固たる決意で、成功に益しない決定的な悪習を断ち切りましょう。

持続する意志こそが、物事を成就させる根源の力であることを忘れてはなりません。

その力は、意志をもって悪習を断ち切るところから生まれてくるのです。



心のディナー

出る杭は打たれますが、出きった杭は打たれません。

やると決めたことは、断固とした態度でやりきりましょう。

事に処して、人との軋轢(あつれき)はやむを得ない場合があります。

物事がよく理解出来ない人を、口説き落とそうとしてはいけません。

この人は違うと感じたら、相手にしないことです。

話していて頭の固い人、即ち柔軟性のない人からはさっと離れることが賢明です。

しかし、相手を受け止めるこちらの頭を柔軟にしておけば、相手の自分とは異にする発想や態度をこちらの養分として消化出来ます。

それが、最高の心のディナーとなるのです。

人は、自分も他人も変わるということを忘れてはいけません。

そうした時々刻々と動いていく状況と人の心の中で、自分のポジションを知った上で自分の考え方をアピールしなくてはならないのが、高みを目指す者の宿命であることを理解しましょう。

人生は、ヒット・アンド・アウェイです。

攻撃は素早く。

退却も素早く。

どれだけ権威が語った科学的な理論も、そのほとんどは仮説であり暫定的なものだからです。

それは即ち、いま私たちが常識と思っていることも、本当にそうなのかは分からないということです。

世の中のほとんどのことに100%の正解などないし、そのほとんどはグレーゾーンに位置していることに気付けば、心に重くのしかかる遠慮という消極的な暗雲は、たちまちどこかに消えてなくなります。

人に遠慮などしていないで、毎日自分を成長させるプランを長期的なビジョンと共に策定しましょう。

そして、上へ上へと自身の才能を伸ばしていくことを意識するのです。

人間は幾つになっても、生ある限り使命があることを強烈に思っていなくてはなりません。

失敗を恐れず、失敗こそが使命という才能を開花させる源泉なのだと自分自身を鼓舞しながら、日々成長を決意する姿勢を持ち続けていける人が真の人材なのです。



プロの姿勢

プロは、追い込まれて真価を発揮します。

ですから、戦うときは自ら自分を追い込んでいきます。

戦うときを、決して成り行きに任せません。

なぜならば、成り行き任せにチャンスは来ないからです。

勝利は、意志をもって戦う姿勢に宿ります。

問われているのは、やるのかやらないのか。

戦うのか、戦わないのか。

この意志にあります。

翻ってみれば、人生は精神戦です。

精神という戦場での戦いです。

何をもって戦うのか。

それは、意志です。

意志という剣(つるぎ)をもって戦うのです。

意志は、行動にキレを与えます。

逆の意味で言えば、キレのない行動は、ひとつ動く度に事態をややこしくしていきます。

キレのない行動とは、中途半端さを指します。

中途半端な行動は、優柔不断な人間を作りあげていきます。

優柔不断な人が最後にたどり着く境地が、意志なき行動なのです。

それは、「やらないよりは、やった方がマシ」といった最悪の発想に結びつきます。

この発想こそが、一流には遠く届かない小粒な人間を作り出す根元の発想となるのです。

勝負の局面では、じっとして動かずのときも見事な戦略となります。

中途半端が一番よくありません。

やるのか、やらないのか!

やると決めたのなら、徹底的に自分をやる環境に追い込んでいく!

ここに、プロとしての姿勢を維持する真骨頂があることを忘れてはなりません。



人生の鉄則

自分自身の内側から湧き出てくる熱い想い、情熱があれば、どんな困難にも負けることはありません。

困難な時代だからこそ、一人奮い立つのです。

逆境なくして、栄光なし。

これが人生の鉄則だからです。

ネガティブには鈍感に。

ポジティブには敏感に。

次の時代を切り開く者の、基本の在り方です。

ネガティブな状況や人は、その有り様をあるがままに知っていればそれでよしとして、それ以外は一切相手にしないことです。

ネガティブを相手にすれば、こちらのエネルギーを吸い取られるだけにとどまりません。

運気まで吸い取られてしまいます。

逆に、ポジティブには敏感になりましょう。

何が起きても明るい方へ、ポジティブな方へと反応するのです。

闇は一筋の光に負けます。

ネガティブは闇です。

あなたが闇となるのか、それともポジティブという光となるのかで、あなたの存在の意味がまるで変わることを意識しましょう。

どんな状況でも、夢と希望を語る人がリーダーです。

ネガティブな状況に騙されてはいけません。

信じるのは、ポジティブな想いです。

少しくらいうまくいかなくても、長期的な展望をしっかり持っていれば、それは許容範囲です。

どこかで辻褄を合わせれば済む話です。

死ぬこと以外は、全て誤差。

これが全ての本質なのです。

デンと構えましょう。

困難と映る状況に、敢然とポジティブという挑戦状を叩きつけてやるのです。

やるかやられるか。

どっちが困るのか。

死ぬこと以外は、全て誤差。

こう吹っ切れて挑んでいくのです。

勝負する人生を外して栄光などあるはずがないことを、自分自身に言い聞かせて道を切り開く時代が、今という時代なのです。



夜明け前

金融危機に伴う資金繰りの急速な悪化で、建設・不動産関連を中心に行き詰まる企業が増加しています。

そうした中、電気大手の業績悪化は警戒領域に達しており、さらに一段の業績悪化はほぼ避けられない情勢となってきました。

今、電気各社は戦略の大幅修正を余儀なくされ、一社単独での方策は限られるだけに、生き残りをかけた再編が不可避となってきました。

各社は危機を乗り切るために、生産設備の統廃合や生産調整による人員削減、ワークシェアリングという名目の賃金カットなどのリストラへ舵を切っています。

今後あらゆる企業で「選択と集中」が加速するのは必至であり、事業にとどまらず企業同士の大型再編がいつ起きてもおかしくない状況です。

ボンヤリ生きていると、迫りくる大波に飲み込まれてしまう時代になりました。

企業も一個人も、長期的な展望を持って目の前にある事案に即断即決していく能力が求められているのです。

取るに足らざることにいつまでも振り回されている人や、煮えたのか煮えてないのか分からない人に関わっていられない時代なのです。

今、時代は「ノウハウ」から「ノウフー」、即ち誰と関わるのかを問いかけています。

キーワードは、「選択と集中」です。

闇の中でも、明るい光を見ていこうとする姿勢を持てる人が人材です。

夜明け前が一番暗い。

今まさに、時代はそうしたゾーンに入りつつあるのです。

自分自身と家族の十年、二十年の戦略を真剣に考えましょう。

目先の波にアップアップしていると、未来を失うことを忘れてはなりません。

知恵と勇気を持って、大きなビジョンを今こそ描き切るのです。

ピンチの時こそが、飛躍の為の最大の仕込み場であることを肝に銘じて進みましょう。



真の理由

がんばらないといけない!

がんばって成長していかないといけない!

どれだけこう思っても、なかなかがんばれないのが人間です。

何かの拍子にがんばろうと決めても、長続きせずすぐに嫌になってしまう。

いつもいつも、なぜそうなってしまうのでしょうか。

それは、意志が弱いからでしょうか。

そう、その通り!

意志が弱いからがんばれない!

こう思うのが普通とされていますが、実はがんばろうと思ってもがんばれない本当の理由は別のところにあります。

それは、がんばらなければいけないと考えること自体が、楽しくないからです。

人間は本来、やりたいことや楽しいことしかできないようにできているのです。

漫画家の手塚治虫は、死ぬ直前の病床でも漫画を描いていたと言われています。

それは、手塚治虫が努力家だったからでしょうか。

もちろん努力の人であったことは間違いないことでしょうが、病院のベッドの上で余命幾ばくもないときに、がんばろうとか努力しようとか思うでしょうか。

そのような状況のなかでも漫画を描いたということは、単純にそれがやりたかったからであり、とにかく漫画が大好きだったからに違いありません。

それではこのように、やりたいからやってしまうことは、人には真似のできない凄いことなのでしょうか。

おそらくそれは、当人にとってみればきわめて普通のことなのではないかと思います。

ところが、何をやっても長続きしない人は、がんばらなければいけないという言葉を口にしながら、心の底ではやりたくないと思っていることや、嫌いなことを無理やりやろうとします。

我慢してでもがんばらなければ、努力しなければと、がんばることそのものを目的にして努力しようとするのです。

それこそが、長く続かない真の理由です。

なぜならば、本音はやりたくないからです。

成功している人の努力やストイックさは、何か特別な力で自分を動かしたからではありません。

自分が思わずやりたくなる状態に、きわめて自然に自分を同化させているだけなのです。

そのためには、自分ががんばれていることを、毎日確認することが大切です。

それは、単に自分を盛り上げるためではありません。

成長したり、がんばることは楽しいと、自分に教えていくためです。

今日からは夜眠る前に、自分が今日1日がんばれたことを思い出して、「よくがんばったね!」と、自分を誉めてあげてください。

その1日がどんな1日であれ、必ずひとつはがんばれていることがあるはずです。

いいですか?

そのがんばれたひとつを見つけだして、誉めてあげるのです。

1日の最後は、がんばれなかったことを思い出して自分を責めるのではなく、自分を誉めて終わる!

そうして、がんばったり成長することが楽しいことなんだと、自分に教えてあげるのです。

これこそが、自分を進化させる素晴らしい習慣であることを知りましょう。



情熱こそ力

持続する情熱こそが、プロの証です。

今この時この場所こそが、我が人生の最前線。

この心意気こそが、明日を拓く確かな足跡へと変わるエネルギーなのです。

行き詰まった時は前だけを見る。

守りに入ったり、気持ちが後ろを向いたりすれば、それは自分自身という全軍の崩れにつながります。

そういう甘さが通じない時代に入ったことを、肝に銘じなくては生き残れないのです。

甘さを厳しく排除しましょう。

如何なる分野に於いても、片手間や気分だけで成功出来る領域などあるはずがないことを理解しなくてはなりません。

その瞳に覇気を湛え、その表情に引き締まった空気を漂わせて前進しましょう。

あなた一人が現れただけで空気が変わる。

これが存在感です。

普通に燃えて、普通にめげて、普通に嘆いても、あなたが心から望む人生は手に入りません。

あなたが思う「普通」の基準値を上げましょう。

その過程に、あなたの底力が存在感となって醸成されていくのです。

勝負の舞台は一人になった時です。

如何なる状況であれ高い精神性を保って、歩みを進めるほどにテンションを上げていく。

ネガティブな要因に囚われず、ネガティブな人に囚われない。

心を解き放って、ポジティブの門に入る。

人が門に入れば、閃くという漢字に変化します。

テンションを上げて、閃きを今この時この場所で行動に変えるのです。

これが情熱なのです。

情熱こそ力と言い聞かせて、一日一つ自らの課題に果敢に挑戦していきましょう。



敵前逃亡

逃げの人生に未来はありません。

逃げていてチャンスに巡り合うことは出来ないのです。

運命の転換点。

今、時代の流れは個人の人生をも巻き込んで、まさしくその一点に向けて動き出していることを認識しなくてはなりません。

現象には全て理由があります。

それは、素直に冷静に物事を直視出来ればすぐに分かることです。

伸びない人を見ていると、その大方の理由は「素直でない」ということに尽きます。

素直になれない人は、自分の中に沢山の混ざり物が入っていて、考え方という血液がドロドロです。

思いつきと決意を勘違いして、その結果ちょっと思い通りに事が運べば有頂天になり、ちょっと事が思い通りに運ばないと馬鹿程落ち込む。

自分が過去何十年か生きてきて、その言動が一致してこなかったことが行き詰まりの原因であることなどまるで理解出来ないし、何を言われているのかすら分かりません。

その結果、人生で一番やってはいけないことを繰り返すのです。

人生で一番やってはいけないこと。

それは、

逃げること

です。

逃げて一時的な安堵感を得ても、そのとき挑まなかったという「経験の放棄」は、必ず後悔という念の百万倍の辛さとなって、後日自分に返ってきます。

あなたの今までの人生を振り返って、それを一本のドキュメンタリー映画にした時、それはどんな作品になるのでしょう?

逃げた人生と挑んだ人生。

怖じ気付いて逃げて、その挙げ句選択した退屈な生き方。

棺桶に片足を入れて、その時ハッとするような生き方をしてはいけません。

人生は片道切符です。

ならば、エキサイティングな人生を送ると決意した方が楽しいに決まっているのです。

人生は楽しかったか、つまらなかったかのどちらかです。

早く幼い考え方を脱ぎ捨てて、エキサイティングな人生へと立ち向かっていく勇者へと脱皮していきましょう。


目には見えませんが、あなたの人生を決定的に形作っていくものがあります。

それは、

あなたが心の奥底で、何を思っているのか。

それが全ての出発点となるのです。




使命

使命を自覚した行動に、恐れが突き入る隙などありません。

他人にどう思われるかなどと気にしていたら、もうそれだけでその人は論外です。

自らの使命を自覚出来ていないから、そんなことにびくついているのです。

自分のことだけ考えていると、心が縮んで怖じ気付きます。

逆に、利他で動けば勇気が湧いてきて、不安や恐れなどものともしなくなります。

不安や恐れをも味方につける、強い気持ちを持つことを意識しましょう。

永い人生です。

どれだけ不安でも、どれだけ恐くても、どれだけ緊張しても、やらないといけない時はやらねばなりません。

自分を見失いそうになった時が、本当の戦いです。

その時こそ、集中力をぶつけていく。

逃げないで、真正面からぶつかっていく。

勝負するのです。

弱い自分だからこそ、勝負の舞台から降りてはならないのです。

前だけを見て逃げずにぶつかって、初めて心は鍛えられます。

逃げれば不安と恐れが湧いてきて、宇宙を敵に回すことを忘れてはなりません。

自らの使命を自覚ししましょう。

生きるとは、明日を開く戦いです。

輝く明日は、使命を自覚して行動する者にのみ訪れることを忘れてはなりません。




正体は希望

可能性は、行き詰まりのなかにあります。

その理由は、なぜ行き詰まったと感じたのかという問いかけにあります。

行き詰まりと絶望は違います。

絶望とは、全ての気力を無くすことです。

しかし、行き詰まりは違います。

前に進もうともがいている!

他人はうまくやっているのに、自分一人がうまくいかない!

こうした進まんがための葛藤が、行き詰まりという人生の霧をつくっているのです。

ここで一つ、しっかりと理解しておかなければならないことがあります。

それは、霧は必ず晴れるということ。

永遠に勢力を増す霧などないからです。

霧が晴れれば、そこに広がる景色は絶景です。

行き詰まりという霧を通り抜ければ、人生という景色は絶景となって眼下に迫り、それまでの様々な出来事が見事なつながりを持って、自分という人間を成長させてくれたことに気がつくのです。

ですから、行き詰まりの正体は 「希望」です。

希望という命に備わる本質が、自らの人生の意味を分からせるために奏でた伴奏こそが、行き詰まりの正体だったのです。

やろうと決めたその事に、更なる高みを求めて厳しく対峙しようとしたから、行き詰まりを感じた!

なぜならば、戦う人にしか、行き詰まりという感覚が降りてくることはないからです。

これが、事の真相です。

ですから霧が出たときは、常にこう思いましょう。

行き詰まりは希望なのだ、と。

一時的な人生の霧に騙されてはいけません。

行き詰まりは、頑張っている者だけが感じる人生の勲章だからです。



スタートライン

挑み続けようとする者にとって、失敗はスタートラインなのだと心得なくてなりません。

失敗は行き詰まりではなく、別次元への飛躍と捉えることが正解です。

うまくいく為には、まずうまくいかない道筋を分かることが必要だからです。

実際にやってみて、うまくいかなかったことはもうやらなければいいだけです。

これが経験なのです。

翻ってみれば、失敗という名の経験は、後に実りとなる多くの学びを与えてくれたことを思い出してください。

失敗することを気にしているようでは、到底本気とはいえません。

失敗も成功も、それ自体が重要なことではなく、いかに次の展望を拓く一石となったのかという点に意味があるのです。

成功が一時的な心のゆるみを生んで、次の取り返しのつかない失敗の原因となれば、その成功は百害あって一利なしと言わざるを得ません。

しかし、失敗を前向きに受け止めて、それ以降の教訓という糧に出来れば、その失敗は栄光への架け橋となるのです。

何かに真剣に挑めば、必ず失敗に遭遇します。

その失敗を決意という思いの力で、明日の栄光へのスタートラインに変えるのです。

どのような失敗も、十年経てば必ず意味が変わります。

達観して眺めれば、全ては予定通りだからです。

宇宙から観れば、あなたの悲喜こもごもは砂浜のひと粒の砂のようなものです。

失敗というひとつの現象にいつまでも囚われていると、宇宙に愛想をつかされてしまいます。

宇宙に嫌われないように、しっかりと気持ちを前に向けて、今日を生き切っていきましょう。

あなたに戦う気持ちがある限り、宇宙があなたを見捨てることはありません。

宇宙があなたを守護する限り、何が起きてもあなたの人生に行き詰まりなどあるはずがないのです。

ただ、試されている。

それだけのことなのです。



今、今、今

変な計算をしないで、とにかく目の前の試合を全力で戦う!

あるスポーツ解説者の言です。

示唆に富んだ、深い言葉だと思います。

あれこれ細かく計算した挙げ句に、力の出し惜しみをして目前の試合に敗れれば、次の試合には進めません。

勝負はいつも、今、今、今にあるからです。

ですから、今を乗り越えずして、未来はありません。

人生の真実は過去も未来もなく、ただ今このときこの瞬間をどう生きるかだけです。

今、この局面をどう動いてどう完結させるのか。

人生のテーマといっても、結局ここに行き着くことになります。

その単位は、今を連続させた、今日という一日です。

今日という一日を、どう戦略的に生きるか。

その戦略の基本となる考え方が、あれこれ下手に計算しないで、今ある目の前の課題に全力でぶつかるということなのです。

全力でぶつかれば、恐れは消えます。

逆に言えば、恐れているのは、全力でぶつかっていないからです。

力を後日に残してくだらない調整をしても、そこに残るものは何もありません。

今、持っている力を全部出すのです。

可能性は、全力を振り絞るなかに生まれてきます。

だから、つべこべ四の五の言っていないで、まずやってみるのです。

行動することの凄さを甘く見たツケは、後日手痛いしっぺ返しとなって、我が身に降り注がれることを忘れてはなりません。



Change

「不況は、贅肉を落とす注射である。」

経営の神様、松下幸之助氏の言葉です。

今、未曾有の経済収縮の中で問われていることは、「精神の復興」です。

ひとつの時代が次の新しい時代へ向けて、歴史のターニングポイントを産み出そうとしています。

ターニングポイント(分岐点)は、その前段階としてティッピィングポイント(沸騰点)をを通過します。

今、時代は沸騰点を迎えようとしているのです。

沸騰点を迎えた時に心すること。

それは中間がない、ということです。

落ちるか、進むかの二者択一的な選択肢しかないのです。

そのキーワードは、Changeです。

変われた者は生き残り、変わることに遅れをとった者は落ちていく。

決定的な沸騰点を迎えたのです。

こうした時代に、小手先の短期的な展望で事に臨めば、それは命取りとなります。

長期的な展望を持って浅はかな幻影に惑わされることなく、まず足元をしっかりと固めていきましょう。

明るい光を見ながら、徹底的に無駄を省くことが大切です。

そして今こそ、精神の復興を最優先させるのです。

生き残りと次の時代の胎動を賭けて、一日一日を「これでよし。」と言える挑戦的な姿勢で勝ち取っていきましょう。

何が起きてもくじけない強い精神を鍛え上げていきましょう。

自らの精神の在り方がどこを向いているのかを意識することが大切です。

精神が下がれば、全てが下がっていくからです。

いつの世も闇を照らす光は、我が精神にあることを忘れてはなりません。



決意の本質

気合いの一日が始まりました!

月の始まりの日は、気合いの一日にしましょう。

この1ヶ月を、どういう心構えで制覇していくのか。

この気構えを創る重要な一日が、今日という一日です。

緒戦を制する者は、全てを制します。

ギリギリになって反省ばかりを繰り返すのではなく、その反省をこの一日の気合いに凝縮させて、具体的な計画を決意を込めて練り上げるのです。

決意の本質は、スケジューリングにあります。

どれだけ気持ちを高揚させても、具体的に行動しなければ事は何も進まないからです。

前進とは、具体的に動くことです。

決意をみなぎらせた行動だけが、明日への扉をこじ開けていきます。

ですから、出発の一日には自分にカツをいれましょう。

絶対に、先月と同じ轍(てつ)を踏んではなりません。

気を引き締めて、今月は何と何をやり切るのかをハッキリさせるのです。

そのためにはまず、頭を整理しなくてはなりません。

整理とは、捨てるところから始まります。

何を予定から外すのか。

そして、何に重点傾斜するのか。

これが方針です。

方針を立てる時間を、今日はじっくりと取りましょう。

人と会うなら会うで、この一日で1ヶ月分のアポを入れてしまうのです。

こうした作業こそが、行動の未来予想図です。

あとは、しっかりと気持ちを創る!

今日は、この1ヶ月の出発の日です。

やるぞという気合を、今日という出発の一日に凝縮させる!

戦うを気持ちを純粋に創りあげる人だけが、この1ヶ月を制し、ひいては人生を制していく人であることを忘れてはなりません。




孤独の中で醸成されるもの

種を蒔いてどれだけ完璧に水をやっても、いきなり花は咲きません。

時を待たなくては、花は咲きません。

人の成敗みな時ありです。

中国に泥魚(でい)という川魚がいます。

泥魚は川が干上がると泥の中に潜り、何日でもじっとして雨の水が川を充たすのを待ちます。

そして、雨が降り干上がった川に水が充ちてくるとチョロチョロと泳ぎ出すのです。

吉川英治著の「三國志」の中の件(くだり)に、失意の底に沈む劉備玄徳に、人生を泥魚に喩えて諭す関羽の話があります。

関羽は語ります。

「人の成敗みな時ありです。人間も幾度か泥魚の堪忍に学ぶ時があるのではありますまいか。」

物事を成し遂げようとすれば、そこには覚悟が必要です。

覚悟の土台は忍耐です。

忍耐の鎧を着て、一つ一つ一歩一歩粘り強く歩き続けていく以外に、物事を成し遂げる道はありません。

その精神は、

大木をカッターナイフで刻むように。

倦(う)まず弛(たゆ)まず、只ひたすら小さななことを淡々と積み上げていく精神です。

華々しい結果の裏側には、必ず地味な人目につかない孤独な作業の繰り返しがあることを肝に銘じましょう。

その作業の中に自分と向き合うステージがあります。

自分と向き合い、自分と勝負する。

その瞬間は孤独な戦いです。

富も栄光も、孤独の中で醸成されることを決して忘れてはなりません。

人は幾たびか孤独で地味な作業を続けることによって、時を味方にして力をつけるのです。

人の成敗みな時あり。

やってもやっても駄目な時は、忍耐の鎧を着て、下へ下へと人間力の根っこを伸ばしていくのです。



私はできる

関係ない!

一切関係ありません。

いかなる理由を付けても、言い訳は通用しません。

できなかったのか、それともやらなかったのか。

チャレンジしてできなかったのなら、それは反省というカタチに焼き直して、再出発のエネルギーに変えることができます。

しかし、端(はな)から諦めてやらなかったことは、撤退のシミとなって、大きく自分自身の器を劣化させていきます。

なぜ、自分はこの道を行こうと思ったのか。

ぶれる自分を感じたなら、原点に戻りましょう。

可能性が少しでもある限り、最後まで粘りに粘りましょう。

簡単に諦めてばかりだから、何も積み重なっていかないのです。

第一、簡単に投げ出したことに、悔しいなどという感覚は絶対に宿りません。

一つ知っておかなければならないことがあります。

それは、悔しいという感覚を忘れてサクセスに到達した人は、この世に1人もいないということです。

人生は勝負です。

ですから、いつまで逃げても、逃げ切ることなどできません。

ですから、どこかで勝負しなければならなくなってくるのです。

試されるのは、そのときです。

人間が真に力をつけるときは、勝負するそのときを除いて他にありません。

逃げ癖、負け癖を払拭しましょう。

たとえ力及ばず敗れたにせよ、負け方があります。

次につながるカタチを創って、投了するのがプロだからです。

人間は、どこかの領域でプロとして生きる姿勢を持たなければ、後日必ず後悔することになります。

人生の真実。

それは、プロとして生きても、諦めて生きても、悩みは尽きないということです。

どうせ悩むのなら、プロとして前を向いて悩みましょう。

諦めてため息の人生を歩むのではなく、前を向いて「私はできる!」というゾーンで粘りの人生を歩むのです。

簡単に諦めてはいけません。

その簡単に諦めるという短絡的な気持ちが、今までの人生の否定につながり、ひいてはこれからの人生の可能性をも消し去るからです。



オフサイド・トラップ

止まっていたら駄目です!

心を奮い起たせて、明日につながる一歩を踏み出すのです。

疲れたのは、身体が疲れたからではありません。

心が、どこかで止まったからです。

心を再起動させましょう!

強制起動です。

どれだけ理屈をつけても、やらなければならないときにやらなければ、それは後日必ずツケとなって高い利息を付けて返すことになります。

やらなければならないときにやらないのは、要するに逃げたということです。

それは無条件降伏と同じです。

無条件に降伏する者を、宇宙が無条件に助けることはありません。

やるべきことから逃げるということは、運を自ら放棄するということにつながります。

運を放棄する者に、宇宙は冷ややかです。

どれだけ状況が困難を極めても、立ち向かっていくスピリッツだけは失ってはなりません。

道を切り開くものは、紛れもなく気概であり、この気概さえなくさなければ、人はどこかで宇宙とつながっていられるからです。

宇宙とつながってさえいれば、少々のことが起きても何とかなります。

そのために、絶対に忘れてはならないことがあります。

それは限界というものは、自分が勝手に決めた妄想であるということです。

確かに、今その状況を即座に乗り越えることは難しいかもしれません。

しかし、どれだけ困難な状況でも、まず乗り越えると決断して、その上で今は無理でも時間をかけることによって必ず乗り越えてみせる、という態度を持てているかどうかなのです。

今に落胆するあまり、こうした気概すらもなくしてしまえば、その先に光が差すことはありません。

問われているのは、今の状況ではありません。

この目前の課題を、たとえ今乗り越えられなかったとしても、その敗北を未来永劫認めて生きるのかということです。

凡物は、今できないことをもって、ずっとできないと解釈します。

そう考える方が楽だからです。

しかし、ここに宇宙のオフサイド・トラップがあります。

楽なゾーンでの行動は、オフサイドです。

ですから、たとえそこでゴールを放っても、所詮オフサイドですからノーゴールです。

正々堂々、戦うべきゾーンでは、真正面から勝負を挑みましょう。

止まったら駄目!

今日の一歩は、今日だけにとどまりません。

明日につながる一歩でなくてはなりません。

その一歩こそが、未来を切り開く一歩だからです。




バッターボックス

そのモヤモヤを一つ一つ紐解いて、そこに解説を加えてもややこしくなるばかりです。

今の自分のポジションから出発して、一気に人生を根底から変革する。

そういう壮大な発想を持ちましょう。

勝負は取り組む前についています。

おっかなビックリやっていると、宇宙から馬鹿にされて相手にしてもらえません。

やるならやるで、ちゃんとやりましょう。

「半分だけやりました」

みたいな仕事の仕方は論外です。

例えば、100メートルを50メートルまで世界新記録で走ってきても、そこで走るのを止めてしまえば、ただの棄権です。

半分だけ世界新記録で走っても、何もしたことにはなりません。

一つ一つの事をちゃんとやる。

あなたの思いを伝えたいなら、ちゃんと言えないと駄目です。

思いが伝わった人は、あなたにちゃんと言われたからです。

ちゃんと伝えれば、当然拒絶される時もあります。

しかし、人生万般ビジネスも何もかも、思いというメッセージを相手に伝えられる人は、そこに行き着くまでにちゃんと断られてきた、という事実を知らなくてはなりません。

即ち、思いを伝えられない人の特徴は、ちゃんと断られていないということなのです。

人生の悔恨は、出来なかったことではありません。

やらなかったことなのです。

「しない後悔」が人生の悔恨へとつながり、自分自身を変革することが出来なかった最大の理由になることを理解しましょう。

人生は挑戦です。

失うことを恐れて守ろうとしても、守りきれるものではありません。

人生というバッターボックスにせっかく立てたのです。

見逃し三振だけは、してはいけません。

同じ空振りなら、思い切り振っていく積極果敢な精神を持ちましょう。

譲れないラインは絶対に譲ってはなりません。

心のモヤモヤは、譲れないラインで譲歩したという、撤退のシミが原因なのです。

どうせ働くなら、人生を根底から変えていく仕事をしましょう。

全ての始まりは志からです。




最大の資産

今を見ないで、未来を見る!

そして、未来と関係のある行動を取る!

こうした発想を「先見の明」と言います。

未来はいきなり創れません。

ですから、今というときに未来の種を蒔こうとすることが大切です。

とにかく、ひたすら目指す未来の種を蒔くのです。

それでは、目指す未来の種を蒔くとは一体どういうことなのでしょう。

それは、ワークタイムです。

未来へとつながるワークタイムを、忙しい毎日のなかに持つことです。

そうした時間は、まさに自分の人生を創る時間とも言えます。

まずそのために、自分にある最大の資産は何なのかと真剣に考えなければなりません。

今の自分が持っている最大の資産。

それは、時間と情熱です。

ですから、未来を創る最大の仕事は、時間と情熱という資産をどう使いこなすかということに尽きるのです。

そのためには、まず時間をマネジメントしなければなりません。

要するに、徹底的に計画を練らなければならないということです。

その計画を実行させる力が、情熱です。

情熱の始まりは、やると決めたことは何があっても完結させると、自分自身にコミットする態度にあります。

それは結果を言うのではなく、やると決めたプロセスを完結できたかどうかということです。

結果は結果で大切ですが、そうであるからこそ、結果を導くプロセスにこだわらなくてはならないのです。

うまくいかないという結果は、プロセスという原因に問題があったのです。

うまくいかない結果に囚われていると、今ばかりに縛られて、未来が見えなくなってしまいます。

うまくいかない今に囚われずに、目指す未来だけを見て、日々未来の種を蒔く!

先見の明を持って行動することの価値を知りましょう。

今日という1日を、明日という1日に連結させて、目指す未来が具体的に構築れていくことを忘れてはなりません。



常態

今、以前と変わりなく不況などどこ吹く風で快走している人たちがいます。

彼らに共通することは、不況になるとかならないとかで一年前二年前を動いていないということです。

時代が好景気だろうが不景気だろうが、そんなその時の現象に踊らされて行動していないということです。

彼らは物事をシビアに見ています。

その上でビジョンを持ち、その為の目標というアプローチを設定します。

彼らはいざビジョンの為の行動を起こす際に、一つの冷めた見解を持っています。

それは、

事を為すに当たっては、希望的観測を捨てて常に最悪に備えるということです。

最悪に備えて考え抜いた後は、その時その時に胆力を持って臨む。

毒を喰らわば皿までも。

これが胆力です。

途中経過の細かいワンシーンワンシーンにビクついて行動の軸がぶれていけば、それこそが命取りとなることを彼らは忘れませんでした。

人は、困難な状況の中でも揺るがない人格に付いてゆこうとします。

状況から出発する人は、人を引っ張っていくリーダーとはなりません。

状況に関係なく、思いから出発できる人が人心を鼓舞し、それ故に人を引っ張っていくことの出来るリーダーとなるのです。

目には見えない、現象の奥に潜む本質に光を当てましょう。

あなたの成功は、あなた一人のものではありません。

些細な現象に囚われることなく、自分を鼓舞し自分を叱咤激励して前進するのです。

それがリーダーとなる者の常態だからです。



プロですから!

高いレベルで自分と向き合いましょう。

自分自身はいま何者で、これから数年先、一体どういう者になっていくのか。

ビジョンを持ちましょう。

ビジョンとは、近未来における自分のポジションです。

自分がどこに行こうとしているのかを、いま一度客観的に眺めてみましょう。

芝居を観るように、過去から現在に至る自分の行動と、そのとき心がどう動いていたのかを

他人事で見つめてみてください。

あの時は仕方なかった。

あの時はそうするしかなかった。

それで済ませてしまえば、あなたはただの凡物です。

大切なことは、その時あなたの心がどう動いたかなのです。

これからの一日一日、そして一歩一歩の歩みに、あなたの心がどう絡んだのかが大切なので

す。

あの時は仕方なかった。

あの時はそうするしかなかった。

厳しいことを言いますが、その一言があなたの真の才能や力を発揮させなかった「動機」と

なっていったのです。

思考停止や慰めや諦めは、あなたをあなたが歩むべき真の道から少しずつ外していきます。

人間を決定していく真の動機は、時としてひと言で決定されることがあります。

それは、

「プロですから!」

という、潔い言い切りです。

プロ意識を持ちましょう。

アマチュアは頭のどこかに言い訳を貯蔵し、プロは一切の言い訳を排除して眼前の課題に決

意で立ち向かいます。

「プロですから!」

何かで気持ちが弱くなってきたら、こう心の中で唱えてみてください。

必ず気持ちに革命的な変化が起こります。
高いレベルで自分と向き合いましょう。

自分自身はいま何者で、これから数年先、一体どういう者になっていくのか。

ビジョンを持ちましょう。

ビジョンとは、近未来における自分のポジションです。

自分がどこに行こうとしているのかを、いま一度客観的に眺めてみましょう。

芝居を観るように、過去から現在に至る自分の行動と、そのとき心がどう動いていたのかを

他人事で見つめてみてください。

あの時は仕方なかった。

あの時はそうするしかなかった。

それで済ませてしまえば、あなたはただの凡物です。

大切なことは、その時あなたの心がどう動いたかなのです。

これからの一日一日、そして一歩一歩の歩みに、あなたの心がどう絡んだのかが大切なので

す。

あの時は仕方なかった。

あの時はそうするしかなかった。

厳しいことを言いますが、その一言があなたの真の才能や力を発揮させなかった「動機」と

なっていったのです。

思考停止や慰めや諦めは、あなたをあなたが歩むべき真の道から少しずつ外していきます。

人間を決定していく真の動機は、時としてひと言で決定されることがあります。

それは、

「プロですから!」

という、潔い言い切りです。

プロ意識を持ちましょう。

アマチュアは頭のどこかに言い訳を貯蔵し、プロは一切の言い訳を排除して眼前の課題に決

意で立ち向かいます。

「プロですから!」

何かで気持ちが弱くなってきたら、こう心の中で唱えてみてください。

必ず気持ちに革命的な変化が起こります。
高いレベルで自分と向き合いましょう。

自分自身はいま何者で、これから数年先、一体どういう者になっていくのか。

ビジョンを持ちましょう。

ビジョンとは、近未来における自分のポジションです。

自分がどこに行こうとしているのかを、いま一度客観的に眺めてみましょう。

芝居を観るように、過去から現在に至る自分の行動と、そのとき心がどう動いていたのかを

他人事で見つめてみてください。

あの時は仕方なかった。

あの時はそうするしかなかった。

それで済ませてしまえば、あなたはただの凡物です。

大切なことは、その時あなたの心がどう動いたかなのです。

これからの一日一日、そして一歩一歩の歩みに、あなたの心がどう絡んだのかが大切なので

す。

あの時は仕方なかった。

あの時はそうするしかなかった。

厳しいことを言いますが、その一言があなたの真の才能や力を発揮させなかった「動機」と

なっていったのです。

思考停止や慰めや諦めは、あなたをあなたが歩むべき真の道から少しずつ外していきます。

人間を決定していく真の動機は、時としてひと言で決定されることがあります。

それは、

「プロですから!」

という、潔い言い切りです。

プロ意識を持ちましょう。

アマチュアは頭のどこかに言い訳を貯蔵し、プロは一切の言い訳を排除して眼前の課題に決

意で立ち向かいます。

「プロですから!」

何かで気持ちが弱くなってきたら、こう心の中で唱えてみてください。

必ず気持ちに革命的な変化が起こります。
高いレベルで自分と向き合いましょう。

自分自身はいま何者で、これから数年先、一体どういう者になっていくのか。

ビジョンを持ちましょう。

ビジョンとは、近未来における自分のポジションです。

自分がどこに行こうとしているのかを、いま一度客観的に眺めてみましょう。

芝居を観るように、過去から現在に至る自分の行動と、そのとき心がどう動いていたのかを

他人事で見つめてみてください。

あの時は仕方なかった。

あの時はそうするしかなかった。

それで済ませてしまえば、あなたはただの凡物です。

大切なことは、その時あなたの心がどう動いたかなのです。

これからの一日一日、そして一歩一歩の歩みに、あなたの心がどう絡んだのかが大切なので

す。

あの時は仕方なかった。

あの時はそうするしかなかった。

厳しいことを言いますが、その一言があなたの真の才能や力を発揮させなかった「動機」と

なっていったのです。

思考停止や慰めや諦めは、あなたをあなたが歩むべき真の道から少しずつ外していきます。

人間を決定していく真の動機は、時としてひと言で決定されることがあります。

それは、

「プロですから!」

という、潔い言い切りです。

プロ意識を持ちましょう。

アマチュアは頭のどこかに言い訳を貯蔵し、プロは一切の言い訳を排除して眼前の課題に決

意で立ち向かいます。

「プロですから!」

何かで気持ちが弱くなってきたら、こう心の中で唱えてみてください。

必ず気持ちに革命的な変化が起こります。



連結

昨日を引きずらない。

関わる人を間違わない。

こう自分に言い聞かせた上で、果敢に今日という一日にチャレンジしていきましょう。

閃いたことはパッとやってみる。

やってみなければ分からないないのが人生ですから、やらないでどうのこうのと考えても何も始まりません。

毎日毎日が未知との遭遇です。

未知ですから、よいこともあればそうでないこともあります。

人は時として何かに突き動かされるように喋り、行動することがあります。

それは長い目でみれば、魂を磨くために通らなければならなかった道程であることに気付きます。

大切なことは、

昨日と今日の連結に失敗しないこと。

なのです。

起きてしまったことは、当座よくないと思われることほどモヤモヤと心に引っ掛かりを残します。

そうした時は、そのモヤモヤの見方と解釈を変えてみましょう。

1センチを10センチの定規で測れば大ごとですが、1センチを10メートルの物差しで測ればそれは誤差です。

昨日を引きずってはいけません。

引きずらないとは、どういうことでしょう?

それは、

思い出さない。

ということです。

忘れてしまえ。

と言っているのではありません。

いちいち思い出さないようにする。

とてもシンプルな方法です。

人生は短く、いちいち一つのモヤモヤに引っ掛かって、昨日に焦点を合わせていられるほど悠長には出来ていません。

昨日を引きずらなければ、関わる人が変わってきます。

これが、昨日から今日への連結です。

あなたのモヤモヤは、昨日から今日への連結に手間取っているだけのこと。

では何故、昨日を引きずっているのでしょう?

その答えは単純です。

暇だから。

これだけです。

敵は暇という環境にありました。

その処方箋は、とにかくどんどんスケジュールを入れて動きに動くことです。

スケジュールとは、人と会うということです。

焦らず遅れず心が奮い起つようなステージを毎日のなかで創出していける人が、昨日から今日の連結を成功させて、さらに未来への架け橋をも創り上げる人材となるに違いないのです。