イマジン:第2部 くらす/3 国にだまされない
毎日新聞 2013年03月22日 東京朝刊
◇無理な成長、追い求めず
今年2月、長野県大町市でのこと。市と県の職員がある地区の住民を集め、用水路の補強工事の説明会を開いた。「国がとにかく早くと言うもんですから」と話す県担当者の声は少し弾んでいる。「みなさんの土地を買い取らせていただくこともありますが」と説明が始まると、記者の隣に座る住民が抑えた笑い声を漏らした。「クックックック」
「なぜ、笑ったのか? うれしいんでしょう。畑の端っこを買ってもらえば、多少の現金が入りますから」。会の後、元自治会長で長年地域運動に携わってきた及川稜乙(りょういつ)さん(67)がそう言った。「象徴的ですね。国から金が下りて、地元も土建業者も地主もまあ満足。工事でお金が動き、国内総生産(GDP)に計上される。でも、その金が1000兆円近い国と地方の借金をさらに積み上げる。それをいつ誰が返すのか。そんなことは誰も考えないんですよね」
あの笑い声は、ふいに落ちてきたぼた餅を目にした国民の声?
連載「イマジン」への反響で意外に多いのは「近未来と言われても、そんな先まで生きていないから関係ない」という高齢者の声だ。「正直、5年、10年後をイメージする意欲、力はなく、あえて言うなら、必要性も感じません。今日一日、地べたを一歩一歩、歩こうといった心境です」(群馬県高崎市の元会社員、75歳)
未来を考えないというより、今、ここだけに生きる日本人の特性かもしれない。その代表例が10万年以上も安全に管理しなければならない核のゴミだ。
「核のゴミの最終処分地を決めた北欧諸国は、財政黒字国。共通するのは、将来の世代にツケを先送りしないという思想だ」。BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは言う。日本は、処分地選定のめどが全く立たないまま、原発の運転を続ける。返済のめどもないまま、財政赤字も積み上げる。そのうち誰かが、という他人任せがはびこっている。
「自殺、ひきこもり、非婚化など今の日本社会のストレスの原因は、これ以上膨張できない経済を無理に膨らませようとしているからだ。国連統計をみても、日本の住宅、道路、店舗などの資産は世界一。有り余っているから700万戸もの空き家ができる。これ以上数字を積み上げ成長する必要などないのに、まだそこにこだわっている」とエコノミストの水野和夫さん。
「日本を取り戻す」などと言って、大量の国債を刷り、借金を増やす歴代政権。早晩、破綻とは言わないまでも、「確実にじわじわと貧しくなっていく」(岩村充・早稲田大教授)以上、家族、村、地域が模索すべきことは、ころころ変わる政策に惑わされない足場をつくること。