「中国新聞趣聞〜チャイナ・ゴシップス」

なぜ中国人技能実習生は殺傷事件を起こしたのか

第二代農民工の抱える孤独と絶望

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2013年3月22日(金)

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 中国で管理職が一労働者と一緒に働いたり、食事をしたりすることはまずない。この種の身分差の意識は日本にはほとんどなく、農村戸籍や工場労働者に対する差別やいじめは、むしろ中国の大都市の方が激しいくらいだ。私の周辺にも、技能実習生として日本の工場で働いていた中国人女性と管理側の日本人が結婚したケースなどがあるが、中国の工場ではまずあり得ない現象だろう。日本に出稼ぎに行けば3年の契約で20万元ほどの貯金ができる。中国の深圳や東莞の工場で同額の貯金を作ろうと思えば10年かかるだろう。

 私の見る限り、日本における技能実習生の状況が、突出して厳しいものでも、虐げられたものでもない。むしろ中国における日系工場の方が、労働時間においても、労務管理においても厳しく感じる。この制度を廃止し、対外労務派遣の制度がきちんと整備されれば江田島のような事件が防げるかというと、おそらくそうではない。

結局は相手を知らなければ

 ではどうすればいいか。どのように考えればいいか。1つは、第二代農民工という存在をよく知ることだ。最近目立ち始めている彼らの凶暴性は、孤独、愛情への飢え、努力が報われない絶望感が根底にあるように思える。孤独と絶望は人を凶暴にする。それが自殺など自分に向く暴力になることも、他者や社会に向く破壊衝動になることもあるだろう。

 もう1つは日本人と中国人の文化ギャップをきちんと認識するということだ。「面子」という言葉が特別な意味を持つ中国人にとっては人前での叱責や小言が、正気を忘れるような怒りのきかっけにもなる。ましてや強いコンプレックスと高すぎる自己評価の板挟みになって大人になった80后、90后の農村出身者ならば、ちょっとした叱責によって絶望的な気分に陥ることもあるかもしれない。

 日本の若者が嫌がる厳しい肉体労働を伴う産業を低賃金で下支えしてくれるのは、途上国からの出稼ぎ者である。彼らがいなければ、その産業はつぶれていたかもしれない。テレビで江田島のかき打ち産業の人が技能実習生について「宝」と表現していたが、それが地元の人々の本音だろう。願うことは、この事件で「中国人は怖い」、あるいは技能実習生を受け入れる企業が「中国人を奴隷扱いしている」といったイメージが独り歩きしないことである。制度がけしからん、ということで制度が改善されるものなら、とうに改善されていることだろう。制度が廃止されれば、誰もがハッピーであるかというと、そういうわけでもない。よりよい制度の構築には時間がかかる。

 今すぐできることは、あなたの職場で働いている中国人労働者を食事に誘って、コミュニケーションをとってみることである。片言の会話でもいいから、その生い立ちや故郷の生活を聞いてみればいい。結局は相手を知らなければ、いかなる対策もたてられないし、問題も解決しないのである。

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福島 香織(ふくしま・かおり)
ジャーナリスト

福島 香織 大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002〜08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。著書に『潜入ルポ 中国の女―エイズ売春婦から大富豪まで』(文藝春秋)、『中国のマスゴミ―ジャーナリズムの挫折と目覚め』(扶桑社新書)、『危ない中国 点撃!』(産経新聞出版刊)、『中国のマスゴミ』(扶桑社新書)、『中国「反日デモ」の深層』(同)など。

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