「読めば明日の力になる 個人投資家の世界の経済・金融研究日記」
2012年8月6日 by Dataと小勝負(AOIAアナリスト)
今年の中国は不景気と言っても、やはり他国よりは勢いがありますね。日米とも年率2%前後の成長がやっとと見られている現在でも、年率7%強の経済成長率です。
その一方で、いくらユーロ危機と言っても、欧州全体の経済規模は、依然として米国を上回っています。
日本の財政危機は確かに深刻ですが、国債の多くを外国に買ってもらっている米国の方が、少なくても数字の上では当面危うい様な気もします。
では、米ドルの基軸通貨体制(世界の主役の通貨である状況)は、本当に終わりが見えたのでしょうか? 実は、そうでもない様です。
「米国の影響力は低下している。しかし、世界の問題は米国抜きでは解決しない」。国際政治の大家として知られているハーバード大学のジョセフ・ナイ教授(元米国防次官補)は、著書などを通じて以前から主張しています。今後のドルの役割を考える際の最重要点です。
米国の相対的地位低下を根拠にした「ドル危機論」は、今でも根強いものがあります。確かに、世界における米国の政治的・経済的影響力は、新興国の台頭などを受けて、今後も更にするでしょう。しかしその結果として、ドル基軸通貨体制の崩壊につながると考えるのは、早合点の様です。米国とドルに取って代わる存在は、未だに見付かっていません。
通貨の議論をする際は、まず世界経済の全体像を理解する事が何より重要です。その意味で私が注目しているのは、「多くのサプライズショックが米国から起きている」事です。
典型例は、技術革新による生産性の向上です。1990年代以降のIT・デジタル投資が生産性の向上を促し、米国経済の復権に役立った事は、有名です。幸いこの時期に旧ソ連崩壊で東西冷戦が終わり、軍事費をより生産的な投資に使えました。この「平和の配当」は、IT革命の進展にも貢献し、軍事部門にいたエンジニア(技術者)達がシリコンバレーなどにどっと流れ、民間部門の技術革新を促しました。
現在は新たな可能性も見えて来ました。新種の天然ガスのシェールガスに代表される次世代エネルギー源の開発と利用の本格化で、今後の米国経済全体を底上げしていく事になりそうなのです。米国は中東諸国の様なエネルギー大国にさえ、成れそうなのです。
こう話すと、「中国と人民元の存在を忘れていないか?」との声が聞こえて来そうです。確かに労働力急増もあり、中国経済は世界経済の牽引力としての存在感を激増させました。
しかし人口が増加したのは、中国だけではありません。世界人口は2000年の60億人から2011年には70億人を超えましたが、そのけん引役には中国やインド、ブラジルといったBRICs諸国に加え、インドネシアやベトナム、フィリピンといった将来が有望視されているネクストイレブン諸国も含まれ、実は米国も人口増加国です。移民受け入れと高止まりする出生率を背景に、米国の人口は2006年に3億人を突破しました。
中国には課題も多く、今後は「中進国の罠」にはまる可能性があります。中進国の罠とは、一人当たり国内総生産(GDP)が1万ドル前後の中所得国の水準に達した後に、技術力不足や物価高などの理由で経済が停滞し、高所得国(先進国)までは成長できない状況を指します。かつて中米のメキシコや東欧のポーランドなど、多くの国がこの罠にはまり、今でも先進国ではありません。
先進国化するには技術革新などが必要ですが、低コスト・大規模生産以外に特長のない現在の中国企業で、米国の様な自由な創意工夫を駆使した技術革新などが連続的に起こるかは、疑問です。実際、高度な独自技術を武器に外国で成功した中国企業は稀です。しかも中国では今後、少子高齢化が急速に進む事が予測されていて、医療制度は貧弱、年金資金も不足、巨額の不良債権がいまだに隠されたままで、地方政府の財政状況は謎です。
もちろん、日本をしのぐ経済規模を背景に、人民元がアジアを代表する地域通貨になる可能性はありそうです。ただ、通貨には「価値の尺度」「交換の手段」「価値の保存」という3要件があり、国際通貨になる為にはこの3要件を満たす必要があります。特に「価値の保存」要件を人民元がクリアするのは相当困難です。たとえば数億円相当の資産を持つ人が、人民元でその資産を保有する事は、私有財産保護や人権保障などが軽視されたままの今の中国の政治体制を見る限り、考えにくいものがあります。ドルは自由や平等といった価値観によって守られている通貨で、この事実を軽視してはなりません。
<ユーロ圏の銀行同盟は財政統合より難しい>
お次はユーロです。1999年の導入時は、ドルに匹敵する国際通貨が誕生したともてはやされたものです。しかし、米国のエコノミスト達は皆、当時から疑問視していました。通貨と金融政策を統一しても、財政政策がバラバラのままでは、やがて今回のユーロ危機の様な問題に直面するのは明らかだったからです。言い換えると、「だれが財政赤字の最終的な責任を取るかが曖昧な通貨は、価値も結局は不確かだった」という事です。
確かに今後、問題国の退出ルールを明確化し、銀行同盟や財政統合の方向へと進んでいくなら、ユーロは人民元に比べれば、ドルに肉薄する存在になる可能性はありそうですが、困った事にその為に解決すべきハードルは、相当高いものがあります。
中でも銀行同盟は、各国の金融分野の固有の発展過程を考えると、実は財政統合以上に高いハードルのかも知れません。たとえば、銀行を監督するのは日本では金融庁ですが、ユーロ導入国では中央銀行だったり、日本の財務省にあたる組織だったして、日本の専門家でさえ、相談相手探しに苦労しているという、ありさまです。
そうした違いをすべて乗り越え、銀行監督基準を統一し、首尾一貫した監督を実施し、さらに欧州全体の預金保険機構を作る事は、本当に可能でしょうか? それ以前に自国の税金でギリシャ国民を助けるような仕組みを、ドイツ国民が認めるのでしょうか? 案の定、ドイツ人の多数派は、反対しています。
こう考えると、少なくても混乱が相当長期に及ぶのは、避けられない様です。
実際ユーロの価値は現在も不確かで、いずれ更に下落するのではとの見方も、金融業界の専門家達の間では、相当有力視されています。
その一方で、ドルの一極体制が不安定なバランスの上に成立しているのは、確かです。ドル札を刷れば外国から好きなだけ輸入できる米国の「特権」は、世界的な経常収支と貿易収支の不均衡を、作り続けて来ました。その過程の中で生まれたのが米国発の世界規模のITバブルや不動産バブルで、また今回の欧州危機の遠因にもなっています。そして今後は「新興国バブルを発生させるのでは」とも、懸念されているのです。
しかし、ドルに代わる存在が見えない以上、現実問題として、我々はこの不均衡と上手く付き合って行くしかありません。世界の経済・金融・財政の危機の芽に対する監視や、着実な対策の実行などを急いだ方が、より現実的でしょう。
今回は、以上になります。
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