東京大学が、平成28年度から後期入試の取り止め、推薦入試の導入することを発表しましたね。秋入学にしろ推薦にしろ、東大のやることは日本のほかの大学にも多大な影響を与えますので、どの様な推薦入試を実施するのか非常に興味深いところです。というわけで、今回は番外編として東大入試の話を。予定では『キャプテン翼』の話の続きだったのですが、それは次回紹介します。英語が苦手な人や、東大や入試に興味が無い人にもわかりやすいように書きますので、読んでくれたらそれはとっても嬉しいなって。 今年の東大後期入試は3月13日に実施され、15日までに各予備校が解答速報を発表しました。管理人サザえもんも、英語だけですが各予備校の解答速報をチェックしてみました。そうしたら、その中で一つだけ、明らかにおかしい、ちょっとこれはいかんだろう、というレベルのものがあったので紹介しちゃいたいと思います。 どこの解答かと言いますと、代々木ゼミナールですね。その解答速報はこちらから読む事が出来ます。 (何でこのブログでそんなもの紹介するかと言いますと、あまりに解答がおかしいので電話をかけてどういうことか確認してみようとしたら、相手の電話対応が全く聞く耳持たない感じだったので、ちょっと世間に向けて紹介したくなっちゃったわけです、ハイ。) 実際に解答を紹介する前に説明しておきますと、東大の後期入試というものは「総合科目」T〜Vまでの3つで、Tが英語、Uが数学、Vが国語となっています。どれも論述力や応用力が問われるものばかりで、例えば英語なら要約や英語の小論(100語程度)が出題され、選択問題や文法問題、語彙問題などは一切出題されません。今回はその総合科目T(英語)の解答のお話です。 問題はこちらから読む事が出来ますので、興味がおありの方は目を通してみてください。東大入試と聞くとよほど難しい文章が出題されるのだろうと思われるかもしれませんが、読めばお分かりになると思いますが、東大入試の英語の文章自体は大変簡単なもので、普通の高校三年生ならほとんど苦労なく読めるはずです。しかし、東大入試は、内容を把握するだけでなく、それを自分の言葉でアウトプットする事が求められているので、それなりに難しいわけですね。 後期入試は大問2つで、今年の大問1はマルコム・グラッドウェルのBlink: The Power of Thinking Without Thinkingからで、光文社から和訳も出ています。 ↑この本です この本は心理学や行動経済学についての本ですが、所謂通俗科学と呼ばれるジャンルの本で、科学知識が無い素人にもわかりやすいよう、専門用語はほとんど無しで、身近な具体例を挙げながら解説する本です。なので高校生並みの英語知識があれば十分読めます。今回の東大入試で取り上げられたのは先入観に関する話題でして、オーケストラにおいて、かつて女性奏者はほとんどいなかったのが、オーディションの際に演奏者とジャッジを衝立で仕切り、姿が見えないようにして(男性か女性かもわからない)、音だけで演奏の良し悪しを判断するようにしたら、女性奏者の採用が激増したという事実を例示し、先入観(ここでは「女性は男性より演奏が下手である」というもの)が事実を捻じ曲げる事がある、ということを説明しています。文章も、例も、結論も非常にわかりやすいものだと言えます。 今回の東大入試では、(1)要約、(2)内容説明、(3)本文の主張に基づいた別の具体例を自分で挙げる、の3つが出題されました。(1)の要約は、下線が引かれた段落の内容を日本語で要約するものです。その段落とはこちら。 ↑これを要約する 河合塾、駿台、東進の3つの予備校の回答を比べてみましたが、どれもどっこいどっこいで似たようなものです。 ↑河合塾 ↑駿台 ↑東進 ところが、代ゼミだけちょっとおかしいんです。こちらが代ゼミの解答です。 ↑代ゼミ 何がおかしいか説明しますと、冒頭に「審査員に応募者の姿が見えないようにする形式のオーディションの普及に伴い」と書いてありますが、このオーディション形式の話は一つ前の段落に出てくる話なんですよ。下線部の内容を説明しろだったらこれでいいんですが、今回は下線部の段落を要約しろという問題なので、下線部以外のところから内容を引っ張ってきているこの要約は不適切です。説明と要約の区別がついていません。 しかし、これはまだ軽いジャブに過ぎません。次は(2)の内容説明です。これも、まだジャブ程度なので、軽く説明しておきましょう。 これがどういう設問かと言いますと、本文中にクラシック音楽会に「革命」(revolution)が起きたという表現が出てきており、その「革命」とはどの様な出来事(events)を指しているのかを説明するものです。 ↑実際の設問文 簡単に言っちゃうと、演奏者が雇用環境や採用条件などの権利を求めるようになり、オーディション方法が大幅に変更され、その結果女性奏者も採用されるようになった、という話を書けばいいんです。事実、河合塾、駿台、東進の解答はそうなっています。(別に細かく読まなくてもいいですよ) ↑河合塾 ↑駿台 ↑東進 一方、こちらが代ゼミの解答。 ↑代ゼミ 「オーディションのやり方を変えたら、オーケストラにおける女性の人数が激増した」ということは書けているのでメインはつかんでいますが、満点は取れません。なぜかと言いますと、設問文は events についての説明を求めているのに、この解答は、「女性奏者の増加」という1つの出来事しか書いていないからです。事実、他の予備校は全て、ちゃんと「労働組外が結成された」とか「それまで指揮者が独善的に採用権限持っていたのが、オーディション委員会が結成されるようになった」とか、複数の出来事(events)について述べています。代ゼミの解答は、明らかに片手落ちと言えるでしょう。 しかし、これは、まあ、満点は絶対取れませんが、採用基準次第ではそれなりの点数が取れるはずなので良しとしましょう。しかし、次の設問(3)は酷すぎます。 設問(3)は、本文の主張、つまり先入観が事実をゆがめるということを裏付けるような具体例を考えて英語で説明しろ、というものです。 ↑実際の設問文 河合塾は、本を読む際に、作者の知名度とか世間の評判とかに、自分の感想も左右されてしまうという例を。 ↑河合塾 駿台は、マラソンの42.195キロは女性には長すぎるという先入観があったが、実際には女性でもフルマラソンを走る事が出来るという例を。 ↑駿台 東進は、政治において見た目が良い男性がリーダーに選ばれやすいという例を挙げています。 ↑東進 この3つは、それぞれ何の問題もありません。では、代ゼミはどうでしょうか(説明の為に色分けしてあります)。私は代ゼミの回答にまっすぐいって右ストレートでぶっ飛ばされました。 ↑代ゼミ これは私が採点者だったら、確実に0点をつけます。 まず、前半部、赤線を引っ張ったところですが、全体の半分も使って、本文の結論は何であるかを述べています。しかし、ここは全く必要ありません。なぜなら、設問は本文の意味するところに基づいて具体例(specific example)を挙げろであり、本文の主張が何であるかの説明は求めていないからです。本文の主張を理解していることは大前提であり、その上で具体例を挙げることを求められているわけで、他の予備校は全てそのように具体例を挙げています。この代ゼミの解答は、いきなり半分も全く無駄な説明に語数を割いてしまっています。 では、後半でちゃんと具体例(specific example)を挙げるかと言ったら、全然そんなことしていません。会社の採用面接でもオーケストラのオーディションのように衝立を立ててみたら、結果が随分変わるんじゃないか、というような推測が書かれています。実際にその様な会社の採用面接があれば具体例と言えますが、これはこの解答者の勝手な想像に過ぎません。 よって、この解答は、設問に全く答えておらず、ダメ解答の典型と言えます。通常自由英作文では、内容点と英文点の2側面から採点されるので、英文点がどうなるかはわかりませんが、内容点は、確実に、間違いなく、どの採点者が採点しようと、絶対に0点になると断言できます。 では、大問2に移りましょう。 こちらはドナルド・リチーの Viewed Sideways: Writings on Culture and Style in Contemporary Japan という本からの引用で、リチーはアメリカの映画監督兼映画評論家で、日本文化、特に日本映画の海外紹介に大きく貢献した人物です。 ↑この本です 今回は和製英語に関する文章で、身近な話題で高校生も読みやすかったと思います。日本人は洋服でもバッグでも間違った英語を使いまくっているが、それは間違っているのではない。あれは英語の変種ではなく、日本語の変種であり、普通の英語や普通の日本語が伝えることの出来ないもの(fashionableとかmodernとかcosmopolitanとかいった価値)を表現しているのだ、というお話です。面白いんで、興味がある人はちょっと読んでみてください(こちらの4〜6枚目)。 設問(1)は下線部和訳です。和訳と言っても、難しい文法を理解しているかではなく、前後の文脈から内容を判断するものです。 ↑この下線部を訳す ここに出ている get it all wrong とか get it all right とかは、それ自体では何を意味するのかさっぱりなわけですが、前後の文脈をちゃんと読むと、和製英語が「間違いというわけではなく」、それが意図していることを考えれば「十分正しい」のだ、ということを言っているのだと判断できます。 河合塾、駿台、東進は、全てその様に訳しており、問題ありません。 ↑河合塾 ↑駿台 ↑東進 しかし、またも代ゼミだけちょっと解答がおかしいです。 ↑代ゼミ 何がおかしいか、英語が得意な人、または勘鋭い人ならお分かりですね。そう、一文目が全否定になっているのです。 本文を読むと、wasei eigo does not get it all wrong とあります。not all なので、部分否定で訳さねばなりません。河合塾は「全く間違っているというわけでもない」。駿台は「まったく間違っているのではない」。東進は「まったく的外れというのではない」と、それぞれ部分否定で訳してあります。 しかるに代ゼミは、「和製英語に誤解が生じる余地は無い」という全否定で訳してしまっています。これは確実なマイナスポイントになるでしょう。 次の設問(2)は、文章全体を英語で要約させるものです。 ↑実際の設問 細かい説明は割愛しますが、代ゼミ以外の3つの予備校の解答に問題はありません。ちゃんと本文を正しく要約出来ています。 ↑河合塾 ↑駿台 ↑東進 しかし、どういうわけか、これまた代ゼミだけ解答がおかしいです。(説明の為に色分けしてあります) ↑代ゼミ まず、冒頭の赤線を引いた箇所で、「この文章の筆者は、何故日本人はおかしな英語を服やバッグや看板やいろいろなものに使うのかを説明している」と述べていますが、この一文丸々いりません。この設問で求められているのは、内容説明ではなく内容の要約(summarize)です。要約は本文の内容だけを書けばよく、「この筆者は〜」などという説明は不要です。むしろあったらマイナスポイントです。 次に青の下線部、日本人を we と表現していますが、これもダメです。要約は、本文の内容を簡潔にまとめるものであり、要約者の立場を含めてはいけません。本文の筆者はアメリカ人であり、一度も本文中に we という表現は出てきません。それを要約者が勝手に、自分が日本人だからと言って日本人を we で表現するのは、要約のルールに明らかに反しています。 その後の展開にも文句をつけたいところはあるのですが、そこは採点基準次第のところもあるので割愛しますが、とにかくこの代ゼミの要約は要約と呼べるものではなく、大問1の(1)でも言いましたが、明らかに解答制作者は「説明」(explanation)と「要約」(summary)の区別がついていません。論文の書き方の指導など受けた事が無い、単に英語が得意なだけの人が解答しているとしか思えません。 最後の設問(3)は、逆に英語圏の人間が、おかしな日本語を身につけていたら、あなたはどの様に反応するか、それはなぜか、という設問です。 ↑実際の設問 設問は仮定法が使われていますが、実際のところ、おかしな日本語のタトゥーとかTシャツとか身につけてる外国人は幾らでもいるんですけどね。 ↑こんなのとか まあ、ここは設問どおり、仮定法で歩調を合わせておきましょう。 河合塾は、「最初は笑ってしまうだろう」「次に、どうして自己表現に日本語を使っているんだろうと考えるだろう」というような内容で解答。 ↑河合塾 駿台は「相手が日本語を学んでいる人だったら、日本語の間違いを指摘するし、そうじゃなければ間違いは指摘せず、相手を理解しようとするだろう」と解答。 ↑駿台 東進は、「最初は笑ってしまうだろう」「しかし、自分の文化内に納まらない興味を持っていることを示そうとするその態度に理解を示すだろう」というような内容で解答。 ↑東進 3つの予備校全て、設問通り、「自分はどう反応するか、それはなぜか」に答えています。では、代ゼミはどうでしょうか。 ↑代ゼミ 読んでもらえばわかりますが、自分の反応が書いてありません。I would feel very strange なら自分の反応ですが、it would be very strange と書いてありますので、これは自分の反応ではありません。最後の it doesn't make any sense to me も、反応と呼ぶことは出来ません。当然反応が書いて無いので、「なぜその様な反応をするのか」ということも書いてありません。代ゼミは設問に全く答えていないわけで、私が採点者だったら、この解答にはほとんど点をつけることは出来ないでしょう。 というわけで、東京大学後期入試英語全6問を見てきたわけですが、なんと代ゼミは6問全てで解答がおかしいというグランドスラムを達成していました。この代ゼミの解答をそのまま書いても、合格点にははるか遠く届かないだろうことは断言できます。 私は代ゼミに通ったことは無いですし、何の恨みもありませんがが、受験のプロが作ったはずの解答としては幾らなんでもひどいだろうということで、今回紹介させてもらいました。(別に深い意図はなく、サザえもんは『トンデモ本の世界』シリーズが大好きでして、その真似事と思ってくれれば良いです) 最後に、東大の入試についてちょっとだけ。 東大入試って、少なくとも英語に関しては、中学生でも書ける英作文だったり、普通の高校生だったら読める長文だったりしていて、求められている英語力ってそう高くないんです。一方で内容把握には凄く重点が置かれています。筆者の言ったことを正しく理解する。それを自分の言葉で言い換えて、他人に分かりやすく伝える。簡単な英語でよいので、自分の考えを伝える。そういうことばっかり求められているんです。相手の意見を理解して、自分の考えを相手に理解してもらう作業なわけですから、これって言ってみればコミュニケーション能力が求められているんですよ。 最近企業も採用の際「コミュニケーション能力」ばっかり言っていますが、東大入試で求められているものも、卒業後社会で求められているものも同じなわけです。東大入試には、東大合格がゴールではなく、卒業後も通用する根本的な力を持った人間を求む、というメッセージが込められているように思えます。今でもたまに、東大生というと、ガチガチに知識とルールを詰め込んだ頭が固い人間だと思ってしまう人もいるみたいですが、実際は逆で、幅広い知識、興味関心と、柔軟なコミュニケーション能力が求められているんですよね。なので、友達がいないガリベン君だとむしろ解けないんじゃないかって気もします。 東大入試の問題は、もちろん試験時間内に合格点をとるのは非常に難しいですが、しっかり勉強すれば、全く手が出ないような問題は少ないはずです。英語力より思考力を問うような良問が多いので、実際に東大を受ける受けないは別にしても、東大の問題を解けるようになるような勉強を高校生にはしてほしいなあ、と老婆心ながらサザえもんは思うのでした。 ではまた! ==3/18補足== 代ゼミの解答が修正されました。名誉毀損とか言われたらどうしようと思ってたんで、逆にこっちの意見を取り入れてくれて嬉しいです。事後報告記事はこちら。 ↑この記事を面白いと思った方は、応援のクリックをお願いします。 ↓facebookはじめてみました。このブログを「いいね」と思った方は、ポチっとおねがいします ( ^ ^ ) ==サザえもん推薦受験参考書== ↓英単語帳として、これ以上のものは見た事がありません。 イラストや語源解説があり、練習問題もついています。 この1冊で、日本全国どの大学入試でも、単語に関しては絶対に対応できます。超お薦め。 ↓キムタツのこの2冊は、文法解釈が苦手な人、英作文が苦手な人には、 東大受験生か否かに関わらずお勧めできます。是非使ってみて下さい。 「なるほど!」と思うところがたくさんあるはず。 ↓ネタのつもりで買ったら、単語帳としても優れていて驚かされました。 ハルヒ本文の英訳が使われていますが、その英文も高校2、3年生に丁度いいレベル。 センター試験のためなら、他の単語帳よりこれをお薦めします。ハルヒファンに限りますが…。 |
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タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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内 容 | ニックネーム/日時 |
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記事拝見させていただきました。 |
まき 2013/03/16 06:55 |
面白かったです!受験英語なんてはるか昔のことですが。 |
2013/03/16 07:06 |
東大の試験の内容なんて気にしたこともなかったので興味深かったです。 |
2013/03/16 12:18 |
>>ところで「だったら読める」が「だったりょめる」になってますよう |
サザえもん 2013/03/16 13:41 |
こんな感じだと、お金をどぶに捨てたくらいでは済まないですね。 |
おっさんだよ 2013/03/16 16:42 |
>>日本語的には和製英語を「全否定」ではなく、「全肯定」という方が正しいように思いますが、どうでしょうか。 |
サザえもん 2013/03/16 16:45 |
つまらない質問に答えてくださって、ありがとうございます〜。 |
おっさんだよ 2013/03/16 17:58 |
こんばんは。 |
アキラ 2013/03/17 01:31 |
私は某K塾さんで、講師を(英語ではないですがw)やらせてもらってますので、 |
じょーかー 2013/03/18 05:21 |
ご指摘ありがとうございました。 |
代ゼミ英語講師 2013/03/18 11:16 |
>>じょーかーさん |
サザえもん 2013/03/18 14:34 |
私も塾の講師をしておりますので、たいへん興味深く拝見させて頂きました。 |
おもしろい記事でした 2013/03/19 03:31 |
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