■端正な音、未来へつなぎたい
世界にも数少ないビオラ・アルタ奏者である。その楽器をひとことで言うなら、廃れてしまった大型のビオラ。音色にはチェロのようなつやがあり、くぐもった響きのビオラとは持ち味が違う。「端正な音です。ビオラのようで、ビオラとは違う世界がある」。楽器との出会いから、数々のエピソードを掘り起こすまでのドラマを、本書につづった。
東京芸術大でビオラを学び、ドイツに留学。帰国後の2003年のある日、東京の楽器店で、ビオラにしては大きすぎ、チェロにしては小さすぎる、見慣れぬ楽器を見つけた。借り出して調べ上げ、ドイツのビオラ奏者ヘルマン・リッター教授(1849~1926)が19世紀末に考案した楽器の現物と突き止める。
関心は眠れる記憶も呼び覚ます。昔練習したリスト「忘れられたロマンス」の楽譜に、リッターにあてた献辞があったことを思い出した。普通のビオラより高音が出せる5番目の弦を張った痕跡から、リヒャルト・シュトラウスのオペラ「エレクトラ」で、ビオラ奏者がバイオリンに持ち替えて弾く部分があるわけも納得した。「もともとは5弦のビオラ・アルタを想定したのでしょう」
ワーグナーもほれこみ、バイロイトのオーケストラに導入しようとしたほど。だが、肩に載せて弾くには大きいからか、リッターの死後は使われなくなる。そんな楽器と21世紀の日本で巡り合ったことに縁を感じて、「伝道師」に。「理想のビオラを求めた先人の努力に、時を超えて共振したから。この楽器の過去と未来を結ぶ、線路のつなぎ目になりたい」。リッターの著作の翻訳にも、じっくり取り組むつもりだ。
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集英社新書・735円