聖書関係の記事を書き出すと頻繁に
偵察自動車がやって来ている気配も感じています。
キリスト教、聖書の解釈に関しては
私はきっとどこかで自分の主張を利用されているのだと
想像もしています。
以前私が「新しい宗教のネタを提供している」と
指摘していた工作員もいました。
私達の解釈を元にそれを地球の法則にとって差し支えない
見た目の綺麗なそして論理的な解釈に手直ししてです。
多くの人々を真の創造主の法へと導いてくれる目的であれば
いくらでも使ってもらって結構なのですが
特定の人間や組織を美化したり
その人間の信頼を高めるために利用されているのなら最悪ですね。
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<新ローマ法王>ロシア正教会 カトリックと和解進展に期待
毎日新聞 3月19日(火)21時8分配信
【モスクワ田中洋之】東方正教会で最大勢力の
ロシア正教会はフランシスコ法王の就任で、
対立関係にあるカトリックとの和解が進むことを期待している。
ロシアのメディアは、新法王が出身国アルゼンチンのブエノスアイレス大司教時代に
現地の正教会聖堂を何度も訪れるなど「正教会に理解がある」
と好意的に紹介している。
ロシア正教会を代表して法王就任式に出席した渉外局長のイラリオン府主教は、
新法王が掲げる貧困対策はロシア正教会も重視しており、
「新法王のもとで双方の協力関係が発展することを望む」と述べた。
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新ローマ法王、「最も貧しく、弱き者を抱擁する」 就任式で誓う
AFP=時事 3月19日(火)19時1分配信
バチカンで執り行われた新ローマ法王の就任式に集まった人々
(2013年3月19日撮影)。
【AFP=時事】(一部更新)新ローマ法王、フランシスコ(Francis)の就任式が19日、
バチカンで執り行われた。
新法王は聖ペトロの墓所でひざまずき、法王の権威の象徴である
「漁師の指輪」をはめて、サンピエトロ広場(St Peter's Square)
に集まった数万人の群衆にあいさつした。
フランシスコ新法王は就任のミサで、世界で最も弱い立場にいる人々を抱擁すると誓い、
政治・経済の指導者たちに「破壊」を遠ざけるよう呼び掛けた。
「(法王は)すべての神の民を守るために腕を広げ、
慈悲深い愛情で人類の全体を、特に最も貧しく、最も弱く、
最も軽んじられる人々を抱擁しなければならない」と述べ、
「経済、政治、社会生活の責任ある立場にいる人々に請いたい。
私たちは破壊と死の兆しを、この世界の進展とともに歩ませてはならない」
と付け加えた。【翻訳編集】 AFPBB News
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バチカンが”創造主の法”としての真理を福音するのか
それとも従来の”キリスト教”の域を抜け出せないのかを
私達はしっかりと見つめて行きたいです。
ロシア正教会に関しては、一部独自の戒律もあるようですが
(食事)
イエスの教えの多くを長い期間変貌させることなく
受け継いだと言う自負のある団体のようで
少なくも近年カルト化しているキリスト教団体よりは
私達の理解に近いのだと想像しています。
ロシア革命などでユダヤ人達がロシア国内に大勢入り込んで
国の権力を握った時以降
多くのロシア正教の信者が殺されたと言う実態があるのですし
イエスの教えを受け継ぐものとして
多くの人間が殺されたと受け止める事もできます。
ただ、私達が理解すべきは、そもそも教会自体に
権威を与えると言う風潮が誤りであると言うこと。
なぜにバチカンが権威を持つ組織だと看做されているのか?
今は新法王に期待したいという気持ちがありますが
元々の権威について考えてみて欲しいです。
バチカンに権威を与えているのは
イエスの12使徒の存在でもあったのです。
以前からの繰り返しになりますが、取り上げておきます。
マタイ16章
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さて、ピリポ・カイザリヤの地方に行かれたとき、
イエスは弟子たちに尋ねて言われた。
「人々は人の子をだれだと言っていますか。」
彼らは言った。「バプテスマのヨハネだと言う人もあり、エリヤだと言う人もあります。
またほかの人たちはエレミヤだとか、また預言者のひとりだとも言っています。」
イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」
シモン・ペテロが答えて言った。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」
するとイエスは、彼に答えて言われた、「バルヨナ・シモン。あなたは幸いです。
このことをあなたに明らかに示したのは人間ではなく、
天にいますわたしの父です。
ではわたしもあなたに言います。
あなたはペテロです。
わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。
ハデスの門もそれには打ち勝てません。
わたしは、あなたに天の御国のかぎを上げます。
何でもあなたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、
あなたが地上で解くなら、それは天でも解かれています。」
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WIKIより抜粋
ピーテル・パウル・ルーベンスの描いた初代教皇ペトロカトリック教会では
ペトロを初代のローマ教皇とみなす。
これは「天の国の鍵」をイエスから受け取ったペトロが権威を与えられ、
それをローマ司教としてのローマ教皇が継承したとみなすからである。
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カトリックの総本山、バチカンがこの社会のキリスト教徒に
強い影響力を持っている事は認めますし、
新法王が全てのクリスチャンを通じてこの社会を
私達のあるべき正しい方向へと導いて欲しいと言う願いは勿論あります。
世界の人口の三分の一とも言われているクリスチャンが覚醒すれば
この社会はその影響を受けて変わっていくことも
想像がつくからです。
ただ、私や兄弟姉妹、理解者が認識すべきは、
”教会”がそして”権力者””聖職者”が
イエスの教えを信仰する人間を天国へと導く権威を
持っているわけではないと言う事。
元々が当時の人間達の誤った聖書解釈が教会の権威を作り上げ、
それを社会的権力と結び付けたと言う事実はしっかりと
受け止めねばなりません。
私達がイエスキリストの”例え話”を理解できず
それを額面どおり受け止めて
それを持ってイエスの教えであると解釈したことが
教会の権威を作り上げた原因である事も明らかです。
引用したマタイの16章では
イエスキリストの
「貴方は私を何者だと言いますか」
という問いに対してペテロが
「貴方は生きる神の子キリストです」
と答えた事に対してイエスがその答えに喜びペテロを褒め称えています。
ヨハネの転生でもあるアダムスキーも
私達と同じ解釈だった事を前提にして触れますが
イエスがペテロを褒めたのは、自分の見かけとしての姿である
”イエス”という人間としてイエスキリストを認識したのではなくて
神の分身の一つであり、
しかも自らの肉体を持って創造主の想いを表現している
そのイエスの実態を認識して
それをキリスト(神の意志、真理)と表現したからだと思います。
”イエス”も”バプテスマのヨハネ”も”エリア”も
それは人間として表現されている見せ掛けの姿(三次元での物質としての実態)であり
ここでペテロはイエスの見せかけの姿(肉体)ではなくて
その”実質”(魂)を捉えて答えたので
イエスはペテロを褒めたのだと認識すべきです。
そしてイエスの実態を認識させたのは
ペテロの心でもなくその心を司る器官でもなく、
ペテロの魂であると言っているのだと思います。
つまりペテロは”神の意識”としての”魂”を持って
イエスを神の子でありキリストであると認識したと言うことです。
私達は誰もが神の子であり
そしてイエスキリストは誰よりも神の意識(真理)を
魂からの意識を持って表現していた聖人でした。
パウロはイエスのその魂の実態を表現したと言うことです。
「他の生命を理解しようと勤める時には
その魂を持って見つめなさい」
とアダムスキーが言っていた事を
ペテロは実行していた事になります。
イエスはそれを
【この事をあなたに明らかに示したのは人間ではなく、
天にいます私の父です。】
と表現しています。
ここでの”人間”はいうまでもなく肉体の例えであり”心”の事で、
ここでの”天にいる父”は私達の魂へと働きかける
創造主の意志と受け止めれば理解できます。
そしてその後にイエスはペテロに
【貴方はペテロです】と語りかけていますが
このペテロが岩と言う意味を持っている事から
ペテロの意志の強さを表現したとも取れますが、
おそらくはイエスは
【貴方は神の子ペテロです】
と語ったのであろう事も想像できます。
ペテロの実態もイエス同様に創造主の分身だからです。
そして歴史の中でイエスを神聖化しようとした人間達が
その部分を削除した可能性を想像してもいました。
そして問題となるのがこの一節。
【私はこの岩の上に私の教会を建てます。】
この言葉が、クリスチャンが教会を建てて
それを尊重する風潮を作り上げる原因となっているのだと思います。
イエスの例えを理解できず
それを額面通りに受け止めてしまったからです。
ここで”岩”と例えられているのは”信念”や”強い意志”
もしくは”確固たる信仰”や”真理”と認識すべきです。
そして”私の教会”と表現しているのは
文字通りの教会と言う建物ではなくて
”教会”の実質を指し示していると理解すべきです。
”教会”というのは神の意志を求める多くの人間を集めて
その人間達に福音を述べ伝える機能を持っています。
イエスはそれと同様の機能を
身をもって実践すると言っていたと解釈すべきです。
つまりここではイエスは確固たる信念、真理を持って福音をしていくと
強い意志を示して見せたと解釈すべきです。
その意志は地獄の象徴とされていたハデスでさえ
捻じ曲げる事は出来ないのだと言っているのです。
こちらのイエスの言葉と比較すればそれは明らかです。
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だから、私のこれらの言葉を聞いてそれを行う者は皆、
岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができます。
雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけたが、
それでも倒れませんでした。岩の上に建てられていたからです。
また、私のこれらの言葉を聞いてそれを行わない者は皆、
砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができます。
雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけると、
倒れてしまいました。
しかもそれはひどい倒れ方でした。」
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ここではイエスの教えを実践する賢明な人間を
「岩の上に自分の家を建てた人間」に例えています。
先述のイエスの例えと共通する事が理解できるはずです。
”岩”をそのまま文字通り受け止めてもいけませんし
”家”や”教会”と言う言葉を文字通り受け止めてもいけないのです。
【岩の上に家を建てる】と言うのは
強い信念、強い意志、正しい理解をもって
信仰を実践するという意味の例えだと認識できます。
だからこそ困難や苦境に立とうとも
それを容易に捨てたりはしませんし
意志を捻じ曲げられる事もないと言う話に繋がって行きます。
イエスは”教会”に代えて”神殿”と言う言葉で
似たような表現をした事もあります。
ヨハネ2章
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イエスは彼らに答えて言われた。
「この神殿をこわしてみなさい。わたしは、三日でそれを建てよう。」
そこで、ユダヤ人たちは言った。
「この神殿は建てるのに四十六年かかりました。あなたはそれを、三日で建てるのですか。」
しかし、イエスはご自分のからだの神殿のことを言われたのである。
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壮大さを誇っていた神殿を
イエスは偶像と認識していた事も伺えます。
神殿はそこに神がいるという意識を持って人々が訪れる場所です。
しかしそこには神など存在してはいません。
そこで売買している人間や両替商を追い出した事もありますが
その憤りの矛先はパリサイ人に向けられていたと私は認識しています。
純粋に神殿を神の魂の宿る聖なるものとして受け止めて
そこでの売買行為などを神の冒涜行為として憤ったのではなくて
神とお金を混同している人間達への憤りと受け止めることも出来ます。
イエスの教えは、
「私達は神と富(お金と物欲の象徴)の両方に仕える事は出来ない。」です。
神殿で売買や金貸しをしていた行為を
その相反する物を混同した行為として憤ったのではないかと言うことです。
そして神殿はいくら壮大であろうが
実質はそこに主人は不在です。
そしてパウロは私達個々の人間の中にこそ
神の神殿があると触れていたはずです。
それはイエスの教えと異なるものではありません。
神のいる場所が神殿だと言うのであれば、
神の分身としての私達の魂は神そのものですし
それを収めていると言う意味で
私達個々の人間の肉体こそが神の神殿だと言えるはずです。
コリント人への手紙1 3章
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貴方がたは神の神殿であり、神の御霊が貴方がたに
宿っておられることを知らないのですか。
もし誰かが神の神殿を壊すなら神がその人を滅ぼされます。
神の神殿は聖なるものだからです。
貴方がたがその神殿です。
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ここではパウロが私達の肉体を神の神殿と比喩で語っています。
そしてイエスが例えた”建物”は私達が三次元で物質的に捉える
建物ではありえないと言うことです。
それを文字通り受け止めてしまったのが私達の社会であり
イエスの比喩が理解できなかった事で
自分の中に”教会”や”神殿”を意識して
そこに神への信仰を打ちたてるのではなくて、
文字通りの”建物”を岩の上に作り上げてしまった事になります。
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更にここでのイエスの言葉が
ペテロを初代法王へと奉る結果となっているようです。
【私は、貴方に天の御国の鍵を上げます。
何でもあなたが地上で繋ぐなら、それは天においても繋がれており、
貴方が地上で解くなら、それは天でも解かれています。】
この内容を額面通り受け止めれば
ペテロはイエスに天の御国の鍵を与えられたと解釈する事になります。
そして
【これは「天の国の鍵」をイエスから受け取ったペトロが権威を与えられ、
それをローマ司教としてのローマ教皇が継承したとみなすからである。】
と言う解釈がまかり通る事にもなるわけです。
イエスキリストがここで”鍵”と触れているのは
使徒達が天の御国へと行くための”きっかけ”の事だと思います。
彼らが記憶を持っての転生を果たし
自らに永遠を感じるきっかけを与える
という話ではないでしょうか。
”人々が天国へと進むための権限”をペテロに与えたと
解釈した事がすでに間違いです。
イエスはそれを12使徒に対して伝えようと
していたはずだからです。
事の例えを理解できない人間達が
イエスの言葉を額面どおり受け止めて
それを独自の解釈をして来た事の大きな弊害だと思います。
イエスの言葉に限らず
私達は自分の能力の範囲で物事を解釈する癖があります。
比喩や例えが判らない人間は小説を読んでも、教科書を読んでも
比喩が出てきた時には、
誰かに指摘されない限りそれを理解できない事もあります。
ましてイエスは自分の教えの殆どを
例え話で説明してもいました。
それを前提として捉えれば、イエスの言葉は
あちこちに比喩が存在している事も容易に理解できるはずです。
「これは私の肉です、これは私の血です」
こんな言葉も含めてです。
私達であれば”天の鍵”の例えは
”魂の意識の経路”を感じるための”きっかけ”とも認識できるはずです。
イエスは12使徒に、人間の実態である魂の意識を
認識するための方法を伝授したはずです。
イエスの奥義という形でです。
それこそが天の御国の鍵であり
天と地とを繋げてくれるものでもあったはずです。
”天”とは時には私達から見て天を指し示す言葉であり、
彼らの惑星を指し示す事もありますが、
同時に”魂”や”四次元(創造主の意識)”の象徴でもあります。
共通点は従来の私達の知識では
認識できなかったものと言う事です。
一方”地”とは私達地球社会の事であり
更には私達の”心”や”肉体の象徴”でもあります。
イエスがペテロに与えると言った”鍵”は
天と地を繋ぐ事になる”知識”と”技術”としての
イエスの奥義の事だったと思います。
それは誰もが手にし得る物であり、
特定の司祭や聖人や教会だけが手に入れる事の出来るものではありませんし
そんな人間達が他人を天国へと導く権利を持っている
という話にはならないはずです。
私達の社会はそんなイエスの言葉一つとっても
イエスの真意を理解する事ができなかった事になります。
名誉あるバチカンの初代法王に奉り上げられたペテロですが
きっと本人は喜んではいないと思います。
自分がこの社会の人々を
誤った価値思想に誘導する象徴とされてしまっているからです。
イエスの教えやパウロの教えが正しく理解されていない事は
”信仰”と言う言葉一つとっても理解できます。
今の私達にとっての信仰とは
自分の心を持って想念を撒き散らす行為です。
私や兄弟姉妹であれば、
それが例え創造主に向けたものであっても
想念の一方通行になっている事に気がつくはずです。
”信仰”とは単に私達が創造主を想う事でも、
その存在を信じる行為でも
それを褒め称える行為でもないという事です。
第一そんな行為を可能とするには
私達が創造主に対して強い信頼を持つ事が大事ですし
それを可能とするのは創造主の意識を私達が受け止める事に
起因するはずです。
感触を感じるからこそ
私達はそれを信じ信頼することになります。
何もなしに形式的に信じるのは盲信です。
そしてその”想い”を受け止めた私達は
それを肉体を持って表現する事にもなります。
そんな一連の行為をまとめて”信仰”だと捉えるべきで
パウロの言っていた”信仰”とはこれら全般です。
一方”信仰”を文字通りの解釈している人間に対して
警告を促したのがヤコブであり、
”信仰と実践”と取り上げて
パウロやイエスの語った”信仰”と言う言葉を
私達が取り違えている事を説明をしてくれました。
「信じれば救われる」
のは人間が作り上げた都合の良い神への信仰であり、
イエスキリストが言っていた
「神の御心を実践する人間が天の国へと入る事ができる」
と言う理解こそが正しいはずです。
イエスの教えは「信じれば救われる」物でも
「誰かの許可を取って天国へ行く権利を得られる物」
でもないと言うことです。
私達は結果的には自分の魂を通じて創造主と直面します。
しかし私達の社会の人間は誰もがそれを実践する資質が足りません。
かと言って現在の社会の聖人と呼ばれる人間や
司祭とか神父と言われる存在がその資質があるわけでもないのです。
ただ、ローマ法王に関しては
その影響力が多くのクリスチャンに影響を与える事ができる事から
正しい道しるべを示してくれれば多くの人間を
天の御国へと導く結果となります。
多くの人間を結果的に救済する可能性を持っている事にもなります。
【(法王は)すべての神の民を守るために腕を広げ、
慈悲深い愛情で人類の全体を、特に最も貧しく、最も弱く、
最も軽んじられる人々を抱擁しなければならない」
「経済、政治、社会生活の責任ある立場にいる人々に請いたい。
私たちは破壊と死の兆しを、この世界の進展とともに歩ませてはならない】
これらの言葉が偽善ではなくて真意であるならば
きっと私達の社会に道しるべを指し示してくれる事でしょう。
政治や経済が”物理的”に私達の社会の人間を救う事が出来ない今、
私達を”精神的”に救い得る法王の動向を
今後も見つめていって欲しいと思います。
勿論、神の次に偉い人間の行動として見つめるのではなくて
この社会に影響力を持つ人間が”良心”を見せてくれるかどうか
と言う視点で見つめるのです。
少し前のブログの追伸で
”イエスの最重要戒律”に関して触れました。
「心を尽くし想いを尽くし、知性を尽くし、
力を尽くしてあなたの神である主を愛せよ」
これに関しても私達は文字通り
額面どおり受け止めてはいけないと言うことで
説明させていただきました。
もう一度引用します。
これは単に私達の社会で私達が異性に愛を表現するように。
「貴方を愛しています」
と想い続けなさいと言う意味ではないはずです。
例えば私達がとことん愛した人間に対してどんな行動をとる事になるか
人間心理を考えて見てくれれば判り易いと思います。
その人間の為に何かと気配り、その人間に奉仕するはずです。
(プレゼントを贈ったり、気に入られようと勤めます。)
そしてとことん愛すれば一時もその存在を忘れる事無く
その存在を心の片隅において暮らす事にもなります。
相手が何を考えているかを知ろうと勤めることにもなります。
そしてその相手を尊敬しその意志を尊重すると思います。
自らはその人間に好まれるように
性格改善、行い改善にも勤めると思います。
これらをまとめて表現すると
イエスキリストの語ったような言葉になるのだと思います。
私達が創造主に対して何をすべきかが判りますよね。
賛美歌を歌って褒め称えれば良いわけではないのです。
イエスの最重要課題の一つを一言で説明すれば
創造主の意志を知りそれを実行しながら
私達が創造主の望んでいるような存在になる事だと思います。
聖書のイエスの言葉は文字通り受け止める事では理解できませんが
私や兄弟姉妹そして理解者であれば
その弊害を打ち破る事も出来るはずです。
思想や信仰として創造主の法を学ぶのであれば
私達は形式や目に見えるものを理解するのではなくて
その実質こそを理解して実践しなければならないのです。
【貴方に無限なる力の祝福がありますように】
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P.S.
兄弟姉妹と理解者は判ってくれていると思いますが、
時間の経過と共に創造主の法=生命の科学の理解が進み
その中で表現も変わっている物もあります。
(精神=魂など)
私達の理解と進化の途中経過として
過去記事を読んで頂ければ良いかと思います。
勿論聖書に関しては独自の解釈となっています。
聖書の知識がある人には
もしかしたら良い刺激を与えることになるかもしれません。
このリンクの先にある”真訳聖書”が一番古い記事で
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11381887064.html
生命・精神リンク VOL1
その次にあたるのが”普遍的真理”です。
そしてその後はイエスの教え、パウロの手紙、
ヤコブの手紙(小さなキリスト)と繋がっています。
それ以外にも多くの関係記事がありますので
いろいろ探してみて頂ければと思います。
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11228882845.html
普遍的真理 VOL1 地球の常識は四次元で覆される
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11225946064.html
普遍的真理VOL2 使徒の教え
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11228934059.html
普遍的真理 VOL3 御霊なるもの
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11230383689.html
普遍的真理 VOL4 天と地の語るもの。
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11230381982.html
普遍的真理 VOL5
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11230386364.html
普遍的真理 VOL6
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11232031179.html
普遍的真理 VOL7
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11240302826.html
普遍的真理 VOL8
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11242245735.html
普遍的真理 VOL9
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11242337381.html
普遍的真理 VOL10
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11244240514.html
普遍的真理 VOL11
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11244304400.html
普遍的真理VOL12
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11260017119.html
普遍的真理 VOL13
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11247577435.html
普遍的真理 VOL14
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11247613500.html
普遍的真理 VOL15
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11288118213.html
普遍的真理 VOL16
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11288256433.html
普遍的真理 VOL17
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11305550049.html
普遍的真理 VOL18
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11299119851.html
普遍的真理 VOL19
http://ameblo.jp/uruseiblog/day-20120730.html
普遍的真理 VOL21
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11381866272.html
生命・精神リンク VOL2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11480414432.html
生命・精神リンク VOL3
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11225509554.html
聖書のイエスキリストの奥義
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11213133076.html
宗教を作り上げたのは人間の心
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11340819315.html
イエスの教え VOL1
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11341663439.html
イエスの教え VOL2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11350189539.html
イエスの教え VOL3
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11351112817.html
イエスの教え VOL4
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11353060641.html
イエスの教え VOL5
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11354468175.html
イエスの教え VOL6
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11440718163.html
イエスの教え VOL7
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11441409335.html
イエスの教え VOL8
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11442143277.html
イエスの教え VOL9
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11442568204.html
イエスの教え VOL10
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11443375918.html
イエスの教え VOL11
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11444930328.html
パウロの手紙
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11445536073.html
パウロの手紙 VOL2
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11446050602.html
運命を生きる1&パウロの手紙 VOL3
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11446795491.html
運命を生きる2・パウロの手紙VOL4
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11447479208.html
運命を生きる3&パウロの手紙 VOL5
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11416741302.html
小さなキリスト(真理)達がこの世を導く
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11430335393.html
小さなキリスト(真理)達がこの世を導く 第二章
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11430420591.html
小さなキリスト(真理)達がこの世を導く 第三章
http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11430421480.html
小さなキリスト(真理)達がこの世を導く 第四章
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