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「あすかフェスティバル」プロローグ

2012-12-10 17:00
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「あすかフェスティバル プロローグ」

――――――――――――

窓から柔らかくも涼やかな風が吹き、頬を凪ぐ。
それはなんとも心地の悪い風だった。

風がこの土地の、四季を彩る土と木々の香りを運んでくる。
それはなんとも吐き気のする匂いだった。

雲一つ無い遠い青空。
降り注ぐ太陽の光。

ああ、この土地に生きる全てが忌まわしい。
頭では平気だと理解しているのに、体がやはり嫌悪している。
全く……反吐がでる。

この教室の窓から見える景色を見ながら、そんなことをアタシは考えていた。

『飛鳥乃宮市(あすかのみやし)』
人口5万人ほどが暮らす、緑豊かな地方都市。この国では特に珍しくもないありきたりな風景の街。山々が街を囲み、人が生活を営み、平和に暮らしている。

そう、この呪われた土地に今アタシがいるということ。
きっとこれは必然、そして……アタシの復讐の始まりでもある。ここから始まる。全ては痛みを忘れた人類の為……そしてこの国の為。

「……むふふ、さらさらショートカット〜」
「……」
「……んふふ、切れ長お目々〜」
「………」
「……にゃふん! ざ・く〜るびゅーてぃ〜」

そしてさっきからアタシを見つめている、この顔の溶けた笑顔を振りまく脳天気娘には、そんなアタシたちの崇高な考えなんて、1ミリ、いやコンマ1ミリも理解することなど永遠にできないだろう。己に課せられた運命と呪いのことなんて、深く考えもしていないに決まってる。

全く……反吐がでる。しかしさすがに無視するのも辛くなってきた……。

「……あの、結城…さん、で良かったかしら? 私の顔に何か……?」
「ひゃ? ええっと……あはは。こ、この街って良い街でしょ〜」

努めて優しい笑顔で返したつもりが、なぜキョドってるんだ。
……やはりまだ歪だったか。鏡の前で練習したんだが……いまいち笑顔になるのは苦手だ。だが、ここで引いてはいけない。

「え、ええまあ。……そうね。とてもきれいな街ですね」
「で、でしょでしょ? きっと気に入ると思うよ! 空気もきれいだし、なんか幸せの匂いがするんだよ」
「はあ……」
「なにか分からないことがあったら、隣の席の、このつむぎちゃんにいつでも聞いてね!……ね?(じ〜)」
「あ、ありがとう。結城さん……」
「(じ〜〜〜〜)」
「あ、あの顔が近いんですが……ゆ、結城さんっ!」

ちょっ! なに!? 結城紬(ゆうきつむぎ)の顔がアタシの顔にどんどん近づいてくる。……こいつ…もしかして、なにかに気がついているんじゃ……。

「(じ〜〜〜〜〜〜〜)」

彼女の唇がアタシの唇に近づいてくる……。

「……なんなのアナタ……もしかして……」
「はあい!ストップ〜!!!」
という言葉とともに、結城紬の体が反り返り、そのまま倒れる。

「ふぎゃ! いった〜い。ナオちゃん痛いよ〜」
背中から床に倒れ、ゴキブリのように手足を動かし、もがいている結城紬。

「転入して、まだ1時間も経ってない転校生に、さっそく手つけてんじゃないの、この色ボケ天然バカ娘」
「つーん〜。色ボケじゃないし、つむぎ、バカじゃないもん!」
「はいはい、わかりましたよ、万年発情娘。都賀さん、驚いたでしょ? アハハ」

そう言って悪戯っぽい笑顔をアタシに返す背の小さな女。こいつは知っている。……そう彼女の名は、

「真白珠奈緒(ましろすなお)。珠奈緒って呼んで、都賀さん。このセクハラ娘は結城紬ね。悪い子じゃないんだけど。可愛い女の子に目がないの」

可愛い子に目がない……なんなんだそれは。もしかして、いわゆる同性愛者、レズとか百合(ゆり)ってやつなのか?
まあいい。とりあえず何か感づかれていたわけではないようだ。紛らわしい……。
真白珠奈緒か。たしか昨年の『仮面舞踏会(マスカレイド)』出場者の1人だったはず。萌黄学園高等部一年生ながら、例の彼女と共に出場した実力者。
ちょうどいい。入学初日から自然な形で知り合えるとは好都合だ。

「そ、そうなんだ……あ、ありがとう。珠奈緒さん。私は都賀御喜(つがみき)です」
「珠奈緒でいいよ。よろしく、御喜。クラスメイト同士、仲良くしましょ」
「あーーーー! ずるい。ナオちゃん! ずるい! もう舌の名前で呼び合う仲なんて……はっふん。ねえ都賀さん! つ、つむぎもミキって呼んでもいい? ねえねえ(すりすり)」
「す、すりすりしなくてもいいよ。結城さ……つ、紬……」
「わ〜い、やったー。ぬふふ、よろしくね、ミキちゃん!」

そう言うと、ウサギのように教室を喜び飛び回る、この頭の悪そうな女。
結城紬か……全く知らない。こんな奴いたか……?
この学年の人間は大体把握してるつもりだったんだが……。

「はーい! みんな座って〜」
教室の扉が開き、少しハスキーな女性の声が教室に響く。その声に反応し、教室の皆が席にいそいそと座わりはじめる。
このクラス2‐B担当教師の三科結里花(みしなゆりか)が教室に入ってきた。そしてその後ろには例の彼女が……。アタシも席に座り、三科の言葉に耳を貸す。
「おほん。はいみなさん、いい? え〜これからついに来月に迫った『飛鳥大祭(あすかたいさい)』のお話をしますよ〜。選抜大会については学年代表の御園薫子(みそのかおるこ)さんから説明しますよ〜。よく聞くように」
「あふん、格好いい! 薫子ちゃ〜ん!」
紬が自分の席から熱いラブコールを御園薫子に贈っている。
口に指を置き、小さな子供をあやすようにウインクで紬をいさめる薫子。それをみて倒れる紬。やっぱり百合、なのかこいつら……。
女子校っていうところはそういう輩だらけだと聞いたことがあるが……。御園のウインクにやられた紬を無視するように、御園が話し始める。

「はい皆さま、今年も飛鳥乃宮市で執り行われる『飛鳥大祭』の開催が近づいてきました。我が校『私立萌黄学園(もえぎがくえん)』の学園祭準備もさることながら、高等部では、『たそがれTV』の『仮面舞踏会』出場者を決める選抜大会を来週行います」
おおお〜と、教室がどよめく。
皆、一年に1度行われるこのイベントを楽しみにしているんだろう。無理もない。仮面舞踏会の勝者はメディアにも大々的に取り上げられ、その一年はさながらアイドルのような扱いを受ける。優勝することは生徒たちの憧れなのだろう。
そして壇上の彼女、『御園薫子』こそ、前回の仮面舞踏会の優勝者の一人である。

『仮面舞踏会』。『たそがれTV』が主催する、飛鳥乃宮市の学園都市で行われる『ギフト』を使った能力者同士の戦い。
『三鼎校(さんていこう)』と呼ばれる『私立蘇芳学院(すおうがくいん)』、『市立浅葱高等学校(あさぎこうとうがっこう)』、そしてここ『私立萌黄学園』によるバトルロワイヤルだ。
ギフトがTVの見世物になっている、というわけ。さながら格闘技の興行試合のようなものだ。
全く……反吐が出る。
のほほんとした日常生活の中で、こいつらは呪いの意味を何もわかっちゃいない。ここにいる誰も彼もが。
でも彼女だけは……御園薫子。
彼女だけは、アタシたちの崇高な考えに同調してくれるかもしれない。もしかしたらきっと……。

「……というわけで、我々2‐Bクラスは明日から来週まで、2‐Aとの合同模擬訓練を行います。皆さん、ギフトの調整はいつも以上に入念にお願いしますね」
その言葉を聞いて、また教室がざわめき始める。
「どうしよう、全然調整してなかいんだけど〜」
「ねえねえ!私〜、裏技開発したんだ!」
「えー! なにそれ? ずるくない?」
などなど……まるで期末テスト直前のようなノリだな。

「はいはい、皆さん静かに〜。御園さんありがとう。え〜ということで、明日からしばらくは模擬訓練を中心に授業を行います。いつものギフト訓練とは違って危険を伴う可能性もあるので、ダラけてると大けがしちゃうわよ〜、いいわね」
は〜い、というおざなりな生徒たちの反応。全く……反吐がでる。
「えー、あと都賀さん」
「は、はい!」
アタシとしたことが、急に名前を呼ばれ、声がうわずってしまった。
「転入生のアナタはしばらく御園さんと一緒にギフト訓練を行うようにしてください。転入前に基礎訓練は済んでいると思うけど、いきなり実戦はちょっと難しいと思うし。まあ去年の優勝者と一緒なら大丈夫でしょ。いいかしら、御園さん」
「ハイ構いません。よろしくお願いしますね、都賀さん」
御園薫子はそういう言うと、アタシに向かって柔らかな笑顔を向けた。
「はい。よろしくお願いします……御園さん」
もとよりそのつもりだった。全ては舞踏会の前に御園薫子と接触したいがための、この中途半端な時期での転入。そのためにアタシはここに来たのだから。
そんなことを考えながら、アタシはできる限り精一杯の笑顔を御園に返した。

―――

昼休み。
アタシは紬の誘いにのって、珠奈緒、御園と共に校内の広場で昼食をとっていた。広場の木陰にシートをひいて、まるでピクニックのようだ。……まあピクニックなんか行ったこともないが。
しかし随分と広い中庭だ。秋晴れの空の下、多くの生徒たちが、つかの間の昼休みを楽しんでいる。

「ね〜ね〜? ミキちゃんってどこからきたの?」
唇にケチャップを付けたままのバカ面で、紬がアタシに聞いてきた。
「えっと……熊本よ」
アタシの言葉に珠奈緒が驚き、口に運ぶ手を止める。
「え! 御喜って九州の人なの。でも訛ってもないし、しかも西生まれの人で『ギフト持ち』って珍しいじゃん」
「珠奈緒さん、そうでもないんですよ。大厄の影響で言えば九州はEランク。大体1000万人に1人くらいの割合で能力者がでるそうですよ。まあ大厄疎開で、元々この辺りに住んでいた方々も全国に沢山移り住んでいますしね。とはいえ西の人は、あまり自分から能力者だと名乗り出る人は少ないみたいです。ねえ都賀さん」
「へ〜、そうなんだ。全然知らなかった」
「つむぎも〜」
御園の解説に感心するバカ二人。
その通り。西側の人間はギフト持ちを嫌う人が多いから、たとえ持っていたとしても名乗り出る人は少ないし、万が一近所にばれたら嫌われること必至だ。
「でも私、元々関東出身なの。幼い頃にはもうギフトを持っていたし、熊本には小学生のころ、父の都合で……」
「そうだったんですか……」
御園はそれ以上、九州のことをアタシから聞こうはしなかった。分かっているんだろう。西側でギフト持ちがどういう境遇にあっているのかを。
これ以上、紬たちに詮索されるのも面倒なので、アタシから話題を変えることにした。

「ところで、皆さんの去年の舞踏会はどうだったんですか? 御園さんのチームが優勝でしたよね。一年生なのに優勝なんて、ホントすごいです。私も決勝戦はTVで観てましたよ」
「だよね〜。ほんっっっと、カオちゃんの去年の活躍はすごかったよね! 次々やってくる三鼎校の強者を『デットリー・ダンス』を駆使してギッタギッタとなぎ倒し……。でも……でもああ! あの優勝からつむぎのカオちゃんは、もう皆のカオちゃんになってしまったのよ……はにゅん……」
そう言ってしょげる紬。
確かに去年の優勝から、御園はTVやメディアから注目の的だった。ここ数年開催されていたなかで、一年生の優勝者というのは皆無だったし、それに加え、御園の美しいルックス。そしてギフト『デッドリー・ダンス』の圧倒的強さ。
『大厄救済委員会(たいやくきゅうさいいいんかい)』が彼女を後押しするのもうなずける。
「でもまあ、今年はアタシも負けないけどね。『韋駄天(いだてん)』の力も相当強くなったしね。ふふん、覚悟しなさいよ、薫子」
そう言うと珠奈緒はキッと御園に目を向けた。
そんな珠奈緒に「ふふふ」なんて言いながらニコニコ笑顔を返す御園。
余裕だな……。
「まあ〜……そんな事言ってナオちゃん、大丈夫? 去年は舞踏会1回戦で負けちゃったのに」
「う、うるさいわね! アンタなんか選抜にも選ばれなかったじゃない! この色ボケ天然落ちこぼれ娘が!」
からかったお返しとばかりに、珠奈緒が紬の両頬をつねり引っ張る。
「ひはいひはい! ふなおひゃん、ひたい! あらひ、ひろぼけひゃなひほん!」
全く何言ってるのか分からん……。

しかしそんな珠奈緒も舞踏会1回戦で敗退とはいえ、一年で学校選抜に選ばれている。彼女も実力者には変わりない。
「へ〜、珠奈緒さんのギフトは『韋駄天』っていうんですね」
「そう! アタシのギフトは『韋駄天』。目にも見えないスピードで相手を翻弄する美しい技なの。バスケ部の戦乙女(ヴァルキリー)と呼ばれているわ。ね〜、紬ちゃん?」
そう言いながら、紬の頬を引っ張る力をさらに強めた。
「ほうれふ! うふくひいわらなのれす! はふが、ふなおひゃん!」と、涙目になりながら答えている紬。そんな二人を止めようともせず、御園は相変わらずニコニコほほえましく見ている。
こいつら、仲が良いのか悪いのか……。

『韋駄天』。彼女の資料映像は見たことがある。確かフィジカルアップ系。珠奈緒も自負していたが、確かに運動スピードはかなりのものだった。ただ戦闘能力においては圧倒的に経験不足。それが去年の敗因だろう。
エリートとして育てられた御園と比べるのはちょっと可哀想かもしれない。今年はどうなっているのか。やはり彼女も要チェックだな。

ところで……相変わらず目の前で両頰をつねり上げられているこのバカ娘、結城紬はやっぱり落ちこぼれか……。
アタシが覚えていなかったというより、覚えるに値しない奴だったわけだ。まあ能力者がこれだけ集まっている学校なわけで、落ちこぼれもいるだろう。上からの資料も、そんな奴らは元々リストから排除していたのかもしれない。
ただまあこんな奴でも能力者には変わりないわけで……。一応聞いてみるか。

「なるほど。珠奈緒さんは美しいスピードの『韋駄天』。御園さんは泣く子も黙る『デットリー・ダンス』。それであの……紬のギフトは?」
その言葉に三人の動きが止まり、全員ぽかんとした顔でアタシをみる。まるで鳩が豆鉄砲を、という顔。
な、なんなのよ……聞いちゃいけないことだったの……?
ぱっと紬の両頰を掴んでいた手を放し、そのまま考えるような仕草をする珠奈緒。
御園も頬に手を当て、首を傾げている。
「うーん……紬のギフトかぁ。一応本人は『天使の翼』って言ってるんだけど……」
なんだか、はっきりしない珠奈緒。
「……『だけど』って……なんなの?」
「なんかよくわからないんだよな。紬自身もよくわかってないみたいだし。確かに翼は出るんだよ。出るにはでるけど……」
「そうなんです。出るには出るけど、それはギフト発現のときだけで、別に飛べるわけではないんですよね」
そう付け加える御園。
はあ……なんだそれ? 分けが分からない。
「えっと……それは空を飛んだりできるってこと? 紬?」
アタシは頬の真っ赤にして、ふわふわ放心している紬本人に聞いてみた。
「飛べないよ〜……鳥さんみたいに空を飛べたらいいのにな〜……でもねえ、紬の『天使の翼』はみんなを幸せにするの〜……はにゅ〜ん」
し、幸せにするって……なんだそれは。そんなギフト、聞いたことないぞ。そんな占いや新興宗教みたいなギフト……。
「まあでも実際幸せにはなれるんだよね」
「そうなんです。紬さんのギフトは幸せをくれるんですよ」
珠奈緒と御園が言う。
おいおい……正気かお前ら。ちょっと頭がおかしくなっているのか。いや、紬のバカが既にこの二人を浸食しているということなのか。
有力候補がバカでは困るんだが……。
「だ、大丈夫ですか? 三人とも。みんなを幸せにするギフトなんて、私聞いたことないよ……そんなの信じられない。幸せってどういうこと? それって……」
「う〜ん、説明ができないんだよな〜。紬のギフトを体験した人間にしかわからないっていうか……。まあとにかく舞踏会では全く役に立たないんだけどね、ねえ紬?」
「うう〜ナオちゃんの……いじわる〜……」
まだふわふわ放心気味の紬に意地悪を言う珠奈緒。
「紬さんのギフトは、舞踏会では十分にその能力を発揮できるものではないと思います。もっと別の、私たちのものとは全く違う、きっと神様が紬さんに与えた特別な贈り物なんじゃないかなって。それはまさに「ギフト」ですよね。ふふふ」
そう言う御園の顔は、相変わらずニコニコしながらもアタシをからかっているわけではないことだけは分かった。紬のバカに浸食されているとは思えない……とすると、既に洗脳されてしまっているのか。
おいおい、勘弁してくれ。このままでは計画がおかしな方向にいってしまう。
このままではいけない。アタシは紬の肩を掴み問い質した。
「ねえ紬。紬のギフト、私にも体験させて欲しいな。いいかな?」
「はにゃ〜……ミキちゃん……ホント?」
とろんとした瞳でアタシを見つめてくる紬。
みんなを幸せにするその『天使の翼』とやらをアタシ自身が体験して理解しておかないと。
アタシたちの崇高な計画にバグは不要。有力者がどういう人間なのか全て知る必要がある。
そう真剣に訴えると、相変わらず放心気味の紬は、スルスルとアタシの首に両腕をまわし、手を後ろ髪に絡めてきた。
「はう〜……さらさらショート〜……切れ長おめめ〜……」
う……顔が近づく。ちょっとドキドキしたきた。一体こいつのギフトはなんなのだ……。
「あ、御喜。ちなみに紬の『天使の翼』をさ」
「う、うん。なに? 珠奈緒」
紬の顔がどんどん近づいてくる。
「アタシらは別名『堕天使の翼(セクハラギフト)』って呼んでるの」
「は? それって……」
「ふにゅ〜ん・ざ・くーるびゅーてぃ〜……」
と、次の瞬間、紬が熱烈にキスをしてきた。
「ぶちゅ〜〜〜〜〜〜」
「!?」
そのまま体重をかけられ倒れる紬とアタシ。
ちょ! ちょっと! これって……あ……紬の舌がアタシの口の中を動き回る。
あ、ああ……アタシのファーストキスが……しかもディープキスだなんて……。頭がぼんやりしてきた……これがこいつのギフト……?
段々、遠くなる意識のなかで覚えているのは、紬の背中の柔らかい羽根ようなの感触と、紬の唇についたケチャップの味だけだった。

―――

結局アタシはそのまま気を失い、気がついたときには放課後まで保健室のベッドで寝ていた。すっかり太陽が沈みかけ、夕陽が保健室を染めていた。
「あ、目が覚めた!」
起きたアタシのベッドの横にはニコニコしている三人がいた。あのときのことなんて、なんでもないような顔で……。

あれが紬のギフト……。
入念に自分の体をチェックしたが、特に変化はないようだ。なんだったんだあれは……。というか、アタシはただ百合女にファーストキスを奪われただけなんじゃないのか……。
そんなことをボーっと考えながら、三人に連れられそのまま家路に着くことになった。

しかしアタシとしたことが……。
まさか気を失うなんて思いもしなかった。放心気味のアタシには気に留めず、前を歩く三人は帰り道の談笑を楽しんでいる。
「……ねえ」
思わず声をかけた。
立ち止まり振り返る三人。
「ねえ……あれってなんなの? なんで私、気を失っちゃったのかな。良く覚えてないの。これが紬のギフト?」
「いや〜、御喜。初回からかなりいいの貰っちゃったねえ。驚いたでしょ、あはは」
「珠奈緒、笑い事じゃないよ……まさか、その……キスされるなんて思わなかったです」
全く、珠奈緒も御園も人が悪い。なんだか二人にハメられた気分だ。
「ごめんなさい、都賀さん。でも紬さんの『天使の翼』は誰にでも発現できるわけではないんです」
すまなそうな顔で御園がアタシに答える。
「紬さんが気になった人というか……ね? 紬さん」
「はにゅ〜ん。紬、ミキちゃんとキスできて、幸せだよ〜……」
「ちょ、ちょっと……キスできてって、これってギフトじゃないの?」
「つむぎも幸せ。そしたらミキちゃんも幸せ。うぃんうぃんだね!(ぶい!)」
ぶい! じゃないだろ……。
「大丈夫だって。まあキスはされてたけど、ちゃんと紬の『天使の翼』は発現してたから。アタシたち二人が証人だって。これで御喜にも幸せがやってくるってわけだ。まあ実感するのは人それぞれだけど、しばらく先かな〜」
「そ、そうなんだ……。ていうかそう言う珠奈緒も……あと御園さんも、前にこれやられたの?」
「ええまあ……。前っていうか、ちょくちょくっていうか……」
御園がやや恥ずかしそうに言った。なんで恥ずかしがってるんだよ……。

とりあえずこれでアタシは、確かに紬のギフトを受けたようだ。実感するのはまだ先か……。
一体何が起こるのだろうか。そしてアタシはどうなってしまうのか。いつ実感するのかもわからないなんて……。
まるで紬から、消えぬ呪いを受けたような気がして、アタシは身震いした。いや……一応それは『幸せ』のはずなのだが。

「!? ……苦しんでる……」
突然、脈略なく紬がそう言って空を見上げた。
こ、今度はなんだ?
「こっちにいるの!」
紬が今まで歩いてきた道とは別方向に全速力で走りだした。
「お、おい! どうしたんだよ、紬!」
そんな紬を追いかける珠奈緒。
アタシと御園もそのあとを急いで追いかけた。

紬は300メートルあたり走ったところで立ち止った。
そこは路地裏の小道。ようやく追いついた紬の腕の中には、足を怪我している子犬が抱えられていた。
「この子……怪我してる……可哀想。すごく苦しい……」
そう言う紬は哀しい顔をしていた。子犬は車ではねられたのだろうか。後ろ足が折れているようだ。
紬は慈しむように子犬を抱えうずくまってしまった。
しかしなぜ紬はこの子犬のことがわかったのだろうか。
「紬さん……発現したあとだから、今日は感覚が過敏になっているみたいですね。でもそのおかげでこの子犬が見つかった。本当に良かったです」
御園がそう言って、紬の頭をなで始めた。感覚が過敏になっている? どういうことだ。
「とりあえず早く病院、病院! えっと動物病院ってどこだったかな〜」
「珠奈緒、私も手伝います。あ、もしかしたら首輪に飼い主の住所が……」
珠奈緒が自分の携帯で病院を調べ始めたので、私は子犬の首輪を調べよう考えた。
「待ってミキちゃん、ナオちゃん」
紬がアタシたちを制止した。
「大丈夫だよ。つむぎがこの子を幸せにしてあげる」
「も、もしかしてもう一回発現するの? 紬、大丈夫?」
「紬さん、今日は都賀さんで発現しているし、無理しないほうがいいんじゃ……。この子も今なら病院に連れていけば大丈夫なはずよ」
「いや! ……いやなの……この子が今幸せじゃないと、つむぎも幸せになれない……」
珠奈緒と御園の言葉を拒否する紬。その言葉は今日一日みていたバカ娘とは思えない、とても強い言葉だった。
すると突然、紬の腕の中が光り始める。
「大丈夫。つむぎが幸せにしてあげる。それがつむぎの幸せだから……」
そして紬は子犬に優しくキスをした。その瞬間、紬の背中から白い羽根が出現した。
これが『天使の翼』……紬のギフト。
背中から生えているのか……いや、背中の上の空間で具現化しているようだ。
そして羽根が開き始めた。しかしその大きさは、確かに空を飛ぶには小さい、そして無垢な羽根……。
その姿はまるで天使みたいだった。

あすフェス プロローグ挿絵

アタシたちはそんな紬を見守ることしかできない。
紬は……彼女は一体どうするつもりなのか……。
翼が消えた。
次の瞬間、元気な鳴き声とともに、紬の腕から子犬が飛び出してきた。折れた後ろ足がなんでもないように紬の周りを嬉しそうに走り回る。
それを優しく見守る紬。
「どういうこと……。まさか骨折を治した……。信じられない……。そんな治癒能力を紬のギフトは持っているのか……」
「いいえ、治癒能力だけではないの。……紬さんのギフト『天使の翼』はすべて幸せにする力を持っている……」
!? しまった……思わず声に出してしまっていた。
そのアタシの呟きに御園が答える。
「……あの子犬も、私たちも。そして都賀さん、アナタもですよ」
そう言いうと御園はアタシにニッコリ笑いかけた。
あの能力が……紬のギフト持つという、「幸せ」の力が、既にアタシにも……か……。

―――

「ええ、ええ。大丈夫です。何事もなく潜入できました。引き続き工作活動に移ります。あと……初日にも関わらず吉報があります。あと……気になることも……。はい。まず計画通り御園薫子とは仮面舞踏会開催までの間、ほぼ行動を共にできそうです。……はい、彼女は作戦通り、重点的に工作していきます。あと同じクラスの真白珠奈緒とも自然に接触できました。……はい、そうです、彼女です。彼女も使えるのでないかと……。はい、自分は彼女の所属するバスケ部に入部しようと思います。そこでの工作も試みます。はい……ありがとうございます。あと……結城紬という生徒をご存じですか? はい……なるほど、やはりご存じありませんか。追って詳細はメールでご報告いたしますが、結城紬という生徒、要注意人物かもしれません。今まで見たこともない能力でした……。はい……。……!? すみません、またあとでご連絡いたします。いえ、大丈夫です。……はい、とりいそぎ」


「おい、お前。一体なにをしている」

「あ? なんだお前。なんか文句あんのか」

「子犬が嫌がっているだろう。やめろ」

「自分の飼い犬をどうしようが、あんたにゃ関係ないだろ。ん? お前、萌黄学園の生徒か。てことは変異者……。っけ、なんだよ。やろうってのか?」

「そんなことは言っていない。子犬を放してやれと言ってる」

「嫌だね。こいつむかつくんだよ。へらへらしやがって。なんでこんなの拾ってきやがったんだ、あのクソババア。ムカつくからバットで殴って車からほっぽり出したのに、ひょっこり帰って来やがった。だからもっと痛めつけて、今度は『壁』の近くにでも捨ててこようかと思ってたんだよ。なあ……おもしれえだろ? ッハ!」

「全く……反吐がでる」

「あ!? なんだこら。文句あんのかよ。おおやってみろよ。でもあれだろ? 変異者さまは能力を一般人に使っちゃあいけないんだったよな。それが萌黄学園の生徒さまだってわかったらどうなるかねえ。それともその華奢な体で俺とやり合おうってのか? 色々遊んでやってもいいんだぜぇ、へへっ」

「話にならんな……。お前のような人間のクズと話すと疲れる……」

ひゅん! ぐちゃ!

「うお……!? い、痛てえ! な、なんだ! なんで倒れた?! ああああ……お、俺の足が……俺の両足が、ねえっ! ぐあああ」

「無くなったわけじゃない。アタシの『風牙(ふうが)』で両足を膝から下を縦に切り刻んだ。白髪ネギのようだろう。……ふん、しかしちょっと精度が悪いな。やはりこの土地の風はアタシに合ってないな。ところでどうだ?。少しは足を傷つけられる気持ちが分かったか?」

「て……てめえ……変異者が一般人にこんなことしていいと思ってるのかよおおお!! この野郎、ぶっ殺してやる! クソ変異者が! はあはあ……俺は前から気に入らなかったんだよ! なにがギフトだ! 気持ち悪りぃ能力使ってのさばりやがって! お前らなんか人間じゃねえんだよ!」

「はあ……結局その程度か。わかったもういい。冥土の土産にひとつ教えてやる。アタシはさ、お前のみたいな人間をさんざん見てきた。もう疲れたんだよ、お前らに気を遣って暮らすことに」

「痛え……いてええええよおおおおお! あああ……助けてくれ……助けてくれよ! なあ…」

「だからさ……お前たちを、もうこの国から無くしてやろうと思ってる。もうすぐだ、もうすぐ……」

「助けてくれ!! 許してくれよーーー! な……」

ざん! ざん! ざん! …ぐちゃ………………………

「……ふん……やはりこの土地の風は汚い。上手く切り刻めない。全く……反吐がでる」


「……先ほどは中断してしまい、すみません。ナンバー39です。……いえ、問題ありません。はいそうです、結城紬です。彼女を監視対象としてリストしたほうがよいかと思います。ええ……では詳しくは報告書で。……あとすみません。先ほど見られたためにゴミを処理してしまいました。ええ……申し訳ございません。後処理お願いいたします。それと……犬を飼ってもいいでしょうか? え、いえ……対象たちとの接触に有効なツールとして使えるかと。はい。いえ大丈夫です。既に飼う犬はいます。……ありがとうございます。はい、こちらからは以上です。では……。全ては『真実の扉』が開かれん為に……」

ッピ!

……明日から色々楽しめそうだ。さて誰からどうしていくか……。
そんなことを考えていると、自分の顔が笑顔になっていることに、ふと気がついた。
なるほど、これが自然な笑顔か。帰ったらまた練習しないと。

アタシは上手く切り刻めなかったゴミを背に、子犬を抱え家路を急いだ。


明日からアタシは、

→ 当初の目的通り、御園薫子に近づく

→ バスケ部に入部し、真白珠奈緒に近づく

→ 要注意人物の結城紬に近づく


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―――――――――――――――
厨川キリコ 著
イラスト ちむんげ

企画 こたつねこ
配信 みらい図書館/ゆるヲタ.jp

次回配信予定
  • 2013/03/21
    「にほんてぃる ~それ征け! けもみみっ娘!~」 プロローグAパート
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