ドキュメントにっぽんの絆:3・11それから 岩手・陸前高田 被災「そば屋」の2年

毎日新聞 2013年03月17日 東京朝刊

調理場でそばをゆでる及川雄一さん。「何十年も先まで、この町でそば屋がやりたい」=岩手県陸前高田市のやぶ屋で13日
調理場でそばをゆでる及川雄一さん。「何十年も先まで、この町でそば屋がやりたい」=岩手県陸前高田市のやぶ屋で13日

 ◇これまで

 東日本大震災で岩手県陸前高田市の人気そば店「やぶ屋」が流され、店主の及川信雄さん(当時70歳)が亡くなった。一緒に店を支えてきた妻従子さんと3代目の長男雄一さんは昨年4月、地元の仲間たちに支えられながら、市内のプレハブ店舗で営業を再開した。なじみの客も戻ってきた。

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 ◇町のあした、皆で あの日忘れず、日常築く

 震災から2年を迎えた3月11日。及川雄一さん(45)は震災体験を話すため、母校の岩手県立高田高校を訪ねた。人前で話すのが大の苦手で、当初は講演依頼を断った。でも後輩に伝えたい思いがあった。結局、放送室のマイクを通じ、声を届けることになった。

 頭が真っ白にならないよう数日前から原稿を練った。なかなか心の整理がつかず、何度も書いては消した。それでも、どうしても削れないくだりがあった。父との別れだった。

 あの日、店の前に立っていた父。「津波くるがら、はやぐ逃げろ」。父の怒鳴り声を聞いて、店の隣にあった自宅から車に戻った。

 「おやじは逃げないのかな」。車のドアに手をかけ、ふと振り返ると、真っ黒な津波が猛スピードで迫ってきた。車には妻と保育所から連れ帰った2人の子がいた。とっさにアクセルを踏んだ。

 「俺が逃げる姿をおやじが見ていたら、どう思ったんだろう。もしかしたら、助けられたんじゃないか」。父の遺影の前で背中を丸めながら、考え込む日々がしばらく続いた。

 父は店の休憩時間にいつも白衣のまま孫を乗せた乳母車を押し、商店街の評判だった。津波が来ても家族を先に逃がし、50年かけて育てた店を離れようとしなかった。「おやじが守りたかったものって……」。生き残った自分がすべきことは、はっきりしていた。

 プレハブの店舗で再出発して11カ月が過ぎた。大鍋の前に立って黙々とそばをゆで、隣では母従子(よりこ)さん(70)が天ぷらを揚げている。「俺は震災前の店に戻ってきたんじゃないか」。取り戻しつつある日常のなかで、そんな錯覚をすることがある。

 常連客から「先代より味がいいね」とほめられもする。でも必死に受け継ごうとしてきた父の味が消えてしまうような気もして、素直には喜べない。

 店からは、津波で壊滅した市街地が見える。日ごとに流れ残った建物が撤去され、気づけば、どこまでも更地が広がる。あの日まで、ここに父や友人たちが確かにいたこと。かけがえのない暮らしがあったこと。「忘れてほしくない」。そう思うことが増えた。

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