「なんだ、こりゃ……」
タクムは気が付けば荒野に立っていた。
荒野、そう荒野だ。枯れ木や疎らに雑草が生えただけの荒れ果てた野原なのだから、その表記に間違いはなんら間違いはない。
しかし、だからこそ意味不明であった。
「なんで、こんなところにいんだ……俺」
そう、前後関係が不明だったのだ。
タクムはつい先ほどまで自宅でゲームに興じていたはずだ。名前は『スチール・オブ・アイ』。最近、ネットで話題だという(ファーストパーソン・シューティングゲーム)である。
学校の友達に誘われて、会員登録を済ませたところで目の前が真っ白になった。 そして、気が付けばここに立っていたという次第である。
荒野のど真ん中で呆然と立ち尽くすタクム。そんな彼をあざ笑うように丸くなった枯れ草が風に飛ばされ、足元を掠めていく。
服装は部屋に居たときのままである。寝巻き代わりに使っている一本ラインのプーマのジャージ。なぜか裸足の上から愛用のスニーカを履いているが、それはこの際、どうでもいいだろう。
問題は右手に握られたモノだ。
「これ……拳銃、だよなぁ……」
ずっしりと重みのある、鉄の塊。黒で塗り固められたそれはひんやりと冷たい。鉄の硬さに冷たさが加わり、ずっしりと重みまであるとなればそれは間違いなく本物であろう。タクムとて男の子である。モデルガンの一挺や二挺は持っている。しかし、彼の手に握られたそれは玩具とは比較にならないほどの圧倒的なリアリティでもって存在感を主張していた。
「おわっ!?」
左手のポケットが震え、ぼうっとしていたタクムは小さく飛び上がる。
ボリュームマックスの着信音。タクムはジャージのポケットに手を突っ込み、発生原因をつかみ出す。
「こんな時に……つーか誰だよ」
彼の手の平で震え続ける携帯電話。最近、購入した最新型のスマートフォンである。
着信。相手先は不明だった。ディスプレイには〈〇〇〇-〇〇〇〇-〇〇〇〇〉と表示されている。
そんなふざけた電話番号が存在するか、とタクムは大いにいぶかしんだ。そもそも『圏外』なのにどうして着信が鳴るのだ。
しかし、今のタクムは着信を無視するという選択肢を取れない。このタイミングで電話をかけてくる相手など謎現象を引き起こした真犯人以外にいない。
ふざけるな。タクムは苛立ちながらも着信を取る。
『はじめまして、ご主人様((マスター))』
携帯電話を耳に当てると、実に人工的な音声が聞こえた。女性なのか男性なのかすら分からない。最近話題のヴォーカロイドのような声であった。
「誰だ、アンタ?」
『誰かと聞かれると困っちゃうね。ボクには名前がないんだ。識別番号はあるんだけどね。それって名前じゃないし。マスター、付けてくれない?』
実にフランクな口調で返してくる『声』。瞬間、頭が沸き立ちそうになるが、それを必死に抑えてタクムは返した。
「アイ」
『いいね、英語変換だとラブだね』
「ちげーよ、iだよ。ケータイの頭文字から取った」
『なるほどね。了解。それでもいいよ、音の響きが気に入ったから。それで先ほどの答えだけど、ボクはアイ。マスターに使える人工知能さ』
「うさんくせぇ」
人工知能のくせして実にフランクなやつだ。本来は淡々としているはずのヴォーカロイド声に微妙な強弱をつけて感情を表現してくるあたりが特に不快だった。
「聞いておいてなんだが、お前が何者か、なんてどうでもいい。俺をこんな所に連れてきたのは何故だ? お前に何の得がある!」
『分からないよ。ボクがやったわけじゃないから』
「嘘を付くな!! このタイミングで電話をかけてくるやつが関わってないはずがないだろう!!」
タクムは声を荒げたが、それに対する返答は実に淡々としたものだった。
『うん、一応、関係者ではあるよ。けれど、原因を作ったのも、実行したのもボクじゃない」
「じゃあ、誰がやったってんだ!」
『この世界の神様』
「神様?」
『そう。神様。マスターの世界の神様と、この世界の神様が取引をしたんだ。人間一人交換しませんかって』
「はぁ?」
『理由は、詳しくは言えないんだけど……マスターはいずれ、元の世界の秩序を大きく乱すことが分かっていた。だから神様はそれを未然に防ぐために、他の世界の神様と取引をしたんんだ。こちらの世界の危険人物と、そちらの世界での危険人物とを交換しませんか? って。危険は危険でも、危険の性質が異なれば世界によって大惨事にならなくて済むってことだね。そして世界は秩序は保たれて、未来は安泰、人類繁栄。万々歳だね』
「そんな与太話を信じるとでも思ってんのか?」
神様だの世界だの頭がおかしいとしか思えない。タクムは怒りを通り越して呆れてしまう。嘘を付くにしてももう少しマシなものがあるだろう、と。
『信じて欲しいな、でも、信じてくれなくても仕方がないと思っている。状況が状況だからね。でもね、マスター。これだけは信じて欲しいな。ボクはマスターに尽くす。誠心誠意に尽くすよ。だからマスター。ボクのアドバイスにだけは耳を傾けてほしいんだ』
ヴォーカロイド声で信じろとか尽くすとか訳が分からないことを喚き続けるアイ。タクムは着信を切る為に携帯電話から耳を離した。
『待って! マスター、カメラ機能を使って! この世界のこと、ボクは色々知っているから! 画像を解析して情報を送るから、きっと役に立つから!!』
通話を終え、タクムは小さく息を吐いた。
「何が世界だよ、馬鹿じゃねえの」
結局、謎の声の
主は訳の分からない言動を繰り返すばかりで、タクムの精神力をガリガリと削って去っていっただけだ。
酷い疲労感を覚え、タクムは携帯電話を戻し――
「カメラ……勝手に起動してやがる……」
恐らくは遠隔操作しているのだろう。どこまで人を小馬鹿にすれば済むんだ、とタクムはスマートフォンを地面に叩き付けたくなる衝動に駆られた。
購入したばかりのそれを投げ捨てるわけにもいかず――しかも、外部との唯一の通信手段でもある――どうにかして堪えた。
それからタクムは何度もカメラを終了させようと画面を叩いたが、相手は何かしらを写すまでカメラ状態を止める気がないようだ。
人工知能のくせしてどこまでも押しの強い奴である。
タクムは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。このまま意地を張っていても先に進まない。ついでに押しに弱い日本人であるタクムは、手に取った拳銃にフォーカスを当てた。勝手にシャッターが切られ、画像が保存される。
呆れてものが言えなくなるタクム。
勝手に動く道具。もはやちょっとしたホラーである。気味が悪い、そう思いつつ、画面に目を落とした。
ディスプレイ上では見たことがないアプリケーション――〈真実の
目〉が立ち上がる。浮かび上がったウィンドウには先ほど撮らされた画像の文字列とグラフが並んでいた。
「コルトガバメントか……何か聞いたことがあるな……?」
しかし、タクムには有名な拳銃の名前である、ということしか分からない。小説やゲームなどでよく耳にする単語ではあるが、実際どのような特徴があるのかなど素人には分からないのである。
コルト・ガバメントとは、アメリカ軍にて第一次世界大戦からベトナム戦争まで使用された大型拳銃の民生モデルの名前であった。最強軍隊であるアメリカ軍が長年に渡って愛用しつづけた歴史が示す通り、ガバメントは二〇世紀を代表する傑作銃のひとつである。
二一世紀に入ってもなお、その命中精度や信頼性、整備の容易さ、何よりハンドキャノンとも呼ばれるその威力から、一部の部隊では未だに使用されているほどである。タクムが手にしているこのモデルも装弾数こそ7発と少ないものの.45ACP弾を使用する
打撃力において優れた逸品である。
「アクションがシングルって、あ、ご丁寧にリンクとか張ってある……」
タクムが『シングルアクション』の文字の上を叩くと、説明文の記載されたウィンドウが立ち上がった。
「便利だな……日本語になると更に便利なんだが……」
タクムはしばらく考え、カメラを起動し、自分自身を撮ってみた。
「うわぁ、ほんとに出た……しかも、能力低ッ!?」
タクムはげんなりとした。人の能力を一律数値化してくる辺りがゲーム感覚である。
あたかも先ほど登録したオンラインゲーム『スチール・オブ・アイ』のようだった。プレイヤーは『開拓者』と呼ばれる職業――ファンタジー世界における冒険者的な立ち位置――に就き、様々な銃器や兵器を用いてクリーチャと呼ばれる生体兵器を倒して素材を得る、開拓者ギルドから発行される依頼をこなして賃金を得る、超科学文明を誇ったとされる
遺跡を探索してお宝を得るなどして生計を立てる。
各地域には生体兵器を生み出し続けるボスクリーチャーがおり、それを倒すと開拓使団が結成され、新たな街が建設される。
開拓された街では独自の銃器や戦闘車両、アイテムなどが生産されるようになり、プレイヤーはそれを使って冒険を有利に進めていく。そんな流れのゲームである。
「ああ、ゲーム世界だったらいいのに……」
今のタクムは疲れていた。神様だの異世界だのと散々説明されたが、異世界なぞ興味はない。正直、面倒臭い。
しかしそれがゲームであったとすれば――未だに実用化の目処が立たないVRゲームだったとしたら――ゲーム好きのタクムにとってみれば一つの夢が叶ったことになる。異世界転生万々歳。むしろ、ありがたいくらいである。タクムは――現実逃避の側面もあり――この世界をゲーム世界だと思い込むことにした。
「オーライ。ゲームならなんでも来いだな」
タクムが頷いて自らを納得させると同時、着信があった。
画面にはでかでかと『アイ』の二文字が並んでいた。タクムは仕方なしにボタンを押す。
「なんだよ?」
『ね、マスター。信じてくれた?』
「信じるわけねえだろうが。ステータスとか、まるでゲームの世界だ」
『その考えはいいね、マスターのストレス量、かなり下がっているみたい』
「ストレスの原因の約半分はお前のせいだけどな。そもそもなんなんだ、お前、AIのくせして随分とフランクに喋りくさりやがって」
『……モウシワケ、アリマセン』
すると平坦で強弱のない実にテンプレートな
機械音声が返ってきた。
――機械におちょくられてる……。
「…………もう、いい。いつものに戻せよ。とりあえず、腹が減った。町に行きたい……マップ的なものはあるか?」
もはや相手にするのも馬鹿らしい、タクムはさっさと話を変えることにした。
『ちょっと待ってね、今出すから』
先ほどとは打って変わって軽快なトークを再開するアイ。『ふんふんふーん』と鼻歌を歌いながら、奴の操作で新しいウィンドウが開いていく。
四角く区切られたウィンドウにはマップが表示されていた。山や森などが色分けされ、その中央にある青い点がある。そこから離れた場所に黄色や緑色の光が点滅していた。
青が現在位置、緑色の点が町を表すらしい。
『最も近い町は〈アルファ〉。現在位置からは直線距離で一〇キロほど離れているかな』
「うわぁ……結構遠いな……」
季節は秋か春なのだろう、肌寒さはそれほど感じられない。靴も動きやすいスニーカーである。しかし、タクムのアイテムは衣服と靴、一丁の拳銃と予備のマガジンだけであった。
水なしで一〇キロもの道のりを歩いていくことは困難なことである。しかも現在位置と緑点はあくまで最短距離であり、実際には歩き易い道を選んでいくことになるだろう。となると実際の到達距離は何割り増しかするはずである。
「とやかく言っても始まらないか」
『そうそう、始まらない始まらない。所詮、人生なんてゲームみたいなもんさ。さあさ、出発しんこーだよ!』
アイに促されながら、タクムは緑の点〈アルファ〉の町へ向けて歩き出すのだった。
「ああっ、遠いよ! 足痛いし! 喉乾いた!!」
三十分ほど歩いたところで、タクムは叫んだ。実に甘ったれた現代人らしい文句であるが、仕方あるまい。彼は現代人なのだ。何もない荒野を黙って歩き続けるなんて経験は味わったことがない。
『あらら、マスターってば貧弱』
「うるせえ! 電源切るぞ!」
『ああ、待って待って! 切らないで! お話しましょう、マスター』
「分かったよ、クソ。あ~、帰りてぇ、水飲みてぇ~、かったるい、ゲームしたい」
タクムは悪態を付いた。毎年冬場に行われるわずか五キロのマラソンでは、友人とぐちぐち文句を言い合いながら一時間以上かけて完走したほどの現代っ子だ。しかも途中で実に人懐っこい犬と出会ってしまったのだから仕方あるまい。そんなわけでこのような苦行を受けるには精神修養がいささか足りていなかった。
そんなタクムをあざ笑うように足元をひゅーっと乾いた風が砂埃と共に舞い踊る。靴の中に大量の砂が入り込み、タクムはますます顔を不機嫌になった。足元の小石を蹴りあげ、「なんだよ、このクソゲー!」と悪態を付く。
『まあまあ、そう怒らずに……』
アイは友達ではない。胡散臭いことこの上ない奴だが、延々愚痴を零し続ける相手でも付き合っていられる稀有な精神力の持ち主なのは不幸中の幸いだった。むしろ悪態を付くタクムを見て、楽しそうに笑っている辺り、中々面白おかしい性格をしている。
『あ、マスター人の気配がするよ?』
「ん? なんだって……?」
飽きたタクムの耳にパンパンと乾いた音が響く。
「なんだ、この音……あ、そうか、チュートリアルな戦闘か」
『そうだね、チュートリアルって感じで向かってみたら?』
「おう、そうする」
言うが早いか、タクムは銃撃音のするほうへと駆け出していった。傍から見るとかなり無防備な状態だったが、アイは何も言わなかった。
ようやくゲーム開始だと、タクムは小さな笑みを浮かべていた。
五分ほど走り続けると、その乾いた音がかなり明確に聞こえてくるようになった。爆竹のような軽々しい音ではない。鉄と鉛がぶつかり合う、銃撃音は腹部にまでドンと強く響く。
「人の声がするな……」
銃声に半ば掻き消されながらも、タクムの耳は男の怒声のようなものを感じ取る。
更に距離を縮めていくと、タクムは快哉を上げた。
「チュートリアル、きたー!!」
砂埃に掻き消され、ぼんやりと霞む視界の先、何やら一台のトレラーを挟んで銃撃戦を行う二つの集団をタクムは見つけた。
『マスター、ゲームだと思うのはいいけれど、油断だけはしちゃダメだよ。なんたって相手は鉄砲持ってるんだから。飛び道具は怖いよ~。ほら、あそこの岩に身を隠して』
アイの指示に従って、タクムは前方の小岩まで移動し、そこに身を隠した。物陰から顔だけを出して、状況を確認する。
「あれが敵か?」
『多分ね』
横倒しになったトレーラの向こうには厚手の外套に身を包んだ男達が居た。手にはサブマシンガンやアサルトライフルを持ち、岩の陰から銃口のみを突き出して銃声を奏でている。
ならばトレーラの手前には奥に隠れているのは被害者だろう。商人だろうか、泥に塗れてはいるが、白シャツにスラックスといった小ぎれいな格好の男性が、トレーラの背後で身を丸めて震えていた。
その両隣に外套男達と同様の格好をした男が二人、迎撃のために銃を撃っている。更に後方に一名、仰向けに倒れているが、絶命しているのか身じろぎひとつしない。
「周りで銃を撃っているのが護衛の開拓者ってところだな……」
『よく分かるね』
「ゲームのチュートリアルってのはだいたいそんなもんだよ」
『……まあ、いいけど。あ、映像解析終了したよ。やっぱり、トレーラーの向こうが盗賊みたい』
チュートリアルに参加しないという選択肢はゲーマーたるタクムにはなかった。そうなると当然、トレーラ側に味方することになる。
「でも、当たるのかな……」
『大丈夫。マスターが異世界に連れて来られる際、神様にお願いしていいもの貰っておいたから。ほら、マスターそこのスライドを引いて撃鉄起こして。あと隣の安全装置も外してね』
当たり前の話だが、タクムは銃など操作したことがない。アイの指示がなければ、それがなければタクムは戦うことはおろか、銃を撃つことすら叶わなかったであろう。
そんな素人が30メートル以上も離れた的に当てることが出来るのだろうか。タクムは不安に思った。コルト・ガバメントの射程とは正しく狙った場合に当てられる距離のことである。扱いに慣れていない者であれば一〇メートル先の的に当てるのも難しい。ゲームであれば自動ロックなどが入るだろうが、そういったものはないようだ。
タクムは右手のコルト・ガバメントを見た。鋼鉄の重量感、兵器特有の存在感、圧倒的なリアリティに身が竦む。しかし、このままではゲームは進行しない。
――やるだけやってみるか。
開き直って銃を握った。遊底を引くとカチリ、と予想したよりもあっさりと発射準備は終了した。
大口径の拳銃を片手で撃つと肩が脱臼すると聞いたことがあったため、無理はせず、両手で構える。正式な構え方など知らない。テレビやネットで見た射撃場の映像では――そんな感じの見様見真似である。
片目を瞑り、銃の先端についた突起――
照準を敵に合わせる。
すると、突然、薄い白線が浮かび上がった。
「あ、予想線か」
『そう、異世界のボーナスだよ』
まさにゲーム。しかし、銃素人のタクムにとってこれほどありがたい機能はない。
白線は手前から段々と太くなっていくようだった。一〇メートルぐらいまでは細い糸のようであったのに、二〇メートルあたりで親指程度の太さになり、敵のいる三〇メートル辺りになると腕や足首くらいになった。更に一〇メートルほど先を見ると人の頭ほどの大きさとなり、ある一点でぷっつりと途絶える。
「消えたあたりが射程の五〇メートルなのかな」
完全な当てずっぽうではあったが、あながち間違いではなかった。ボーナススキル〈弾道予測線〉は自ユニットからの攻撃の場合、使用する銃の有効射程とリンクしていた。
ともかく、これで一安心である。タクムはガバメントを動かし、敵の頭部と予測線を合わせた。
何の気負いもなく、引き金を弾いた(ズバァン)。
「ぐっ……」
まず
閃光が網膜を焼いた。その直後に耳を聾するような炸裂音が響き渡る。両肩に強い衝撃を受け、タクムはガバメントを取り落とした。
『マスター! 大丈夫!?』
「いや、大丈夫。くっそ、なんか、手がいってぇ……」
『……ップ』
「いや、ちげーから!」
捻ったらしい手首をさすりながらタクムは敵のいる岩場を見た。
『うん、当たってるね』
「おお~」
一番手前に居た男が、岩に倒れこむようにして倒れていた。タクムの狙い通り、頭からはドクドクと血を流し続けている。
『あ、今ので拳銃使い(ガンスリンガー)のレベルが上がったみたい』
「やった。それじゃあ、この調子でやっちまいますか」
タクムはにんまりとした笑みを浮かべる。男達は未だにタクムの存在には気付いていないようだった。仲間が倒れたことは分かったが、銃撃音の轟く戦場でたった一発の銃声を聞き分けるのは難しい。
自動拳銃は二発目以降は撃鉄が起きっぱなしとなる。引金に指を掛けながらアイアンサイトを敵の頭部に合わせていく。同じ鉄は踏むまいと、多少肘を曲げ、肩の力を抜いて、衝撃を後ろに受け流せるようにして照準を合わせていく。
白い予測線が敵の頭部を捉えた瞬間、
――引金を弾く(ズダンッ)。
予測線に導かれた弾丸は狙いを過たず、敵のこめかみを打ち抜いていた。
火薬の爆ぜる炸裂音が耳に響いた。しかし、二度目ともなると多少は慣れる。また姿勢も良かったのだろう、手のひらを襲う衝撃はそれほどでもなかった。前回は反射的に全身に力を込めてしまい、反動と真っ向勝負をしようとしたのが悪かったらしい。
マズルフラッシュは引金を弾く瞬間に目を瞑ればいい。心配なら細める程度でも問題ない。うるさいのだって覚悟さえあれば耐えられるレベルである。
気を良くしたタクムは次なる男に狙いを定め、三度目の銃撃を行う。
――目を、鼻を、眉間を、次々に打ち抜いていく。(ズバンッ、ダンッ、ガンッ。ズダンッ)
放たれた計八発の凶弾は漏らすことなく敵の頭部を撃ち抜いていた。
『すごい! マスター、見直したよ!』
「ふふッ、まあな。って、あれ、おかしいな……」
更に引き金を弾くが、今度はカチリと撃鉄が動いただけで敵は倒れることも、弾丸が放たれることもなかった。
『弾切れだよ、マガジン変えないと』
タクムは予備マガジンの入った左ポケットを探る。が、この頃になると敵もタクムの位置に気付いたらしい。
『マスター、隠れて!』
目の前を覆い尽くす、白い予測線。タクムは言われるがままに、岩場に身を隠した。
――岩場に殺到する無数の
弾丸――
「うおぉぉぉ――死ぬっ! 痛っ! 石痛ぇ!」
フルオートでの銃撃に晒され、目の前の岩の表面がガリガリと削られる。その破片の幾つかがその影に隠れるタクムへと襲い掛かる。
「ちきしょ、モブ! モブの盗賊のくせして! 俺よか、いい装備とかふざけんな!」
フルオート機能の付いたサブマシンガンやアサルトライフルに比べると、タクムのハンドガンはいささか以上に頼りなかった。
――その声に反応して更なる銃撃が加えられる(ダダダダッ、ダダ、ダララララッ――
「ひぃー! こえぇ! ゲームでもこえぇ!」
小石が当たった程度でこの痛みである。もしも音速で飛来する銃弾が直撃すれば一たまりもないだろう。
タクムは自分の考えぞっとした。このままでは不味いとマガジンを排出し、ポケットから予備のマガジンを取り出して装弾を完了。遊底を引いて発射準備を終える。
「なめんな、モブ共! ブッ殺してやる!!」
タクムは言って岩場から身を出し、
――今まで以上の猛撃を反撃を受け半泣きでまた身を隠す(ダガガガガガガガガガガガガガッ――
「クソゲー! クソゲーすぎる!! なんで痛みまで再現すんだよ! 死ぬぞ、マジ死ぬ!!」
タクムが悪態を付いていると、銃撃音が止んだことに気付く。
「弾切れか、これはチャンス……って」
頭上の岩場をカラコロと何かが転がり、その何かが目の前に落ちる。
それは取っ手の付いたパイナップルのような形をしていた。その表面は黒く塗りつぶされており、手のひらほどの大きさしかない。
――手榴弾まであんのか!?
『マスター! 走って!!』
「うっ、おおおぉぉ――!」
タクムはすぐに駆け出す。直後に轟音が響き渡り、鼓膜といわず、全身を叩いた。背中が焼けるように熱い。破片が幾つか突き刺さったのかもしれなかった。
爆風はなおもタクムの背中を襲い、地面へと転がす。
『マスター! 怪我は!?』
「大丈夫、っつーか、もうキれた! やってやる! やってやんよ!!」
岩場から踊り出し、タクムは敵のいる岩場へ向けて走り出す。
前後不覚に陥っているタクムは気付いていないが、それは尋常ならざる速度であった。火事場の馬鹿力ではないが、時速六〇キロは下るまい速度で草も生えない乾いた荒野を――しかも小石だらけの不整地を飛ぶように疾駆する。
『マスター!』
前方を予測線が覆う。
その瞬間、
「当たるかよおぉぉおおぉぉぉ!!」
更に右前方へと加速。予測線を追い抜く。彼の後を追うように銃弾が流れていく。タクムは片手で銃を構える。しかし、走りながらでは補助線があってもまともな狙いが定まらない。
「ならば!!」
タクムは近くの岩に足をかけ、そのまま飛翔。空中で狙いを定めた。目を見開いてタクムを見る男、その視線と白い予測線がかち合った瞬間、
「死ねえ(ズバァン)!」
眉間を撃ち抜く。
「お前も、(ズドッ)」
着地と同時に銃を構えて更に一発。ひゅんと踊るように浮かび上がる敵側の弾道線。タクムはヘッドスライディングの要領で地面を転がりながら照準を合わせる。
「お前も、(ズバァン)」
盗賊共が無様に倒れ伏していく。その様子を確かめることなく、タクムは起き上がるとすぐさま駆け出す。
気が付けば白線の数は三本にまで減っている。
「うぉぉおおおぉぉぉぉ――!」
タクムは更に加速する。自らの安全のために更に敵へと接近する。
これまでの戦いでタクムはこの世界での銃撃戦のコツを掴み始めていた。
――近ければ近いほど、予測線は振り切れる!
予測線は敵が引き金を弾く直前に浮かび上がる。タクムが動けば敵は狙いを合わせようと銃口を移動させる。しかし僅かな時間での調整には限界がある。引き金を弾く瞬間に動かせる角度が一度だったとする。
タクムとの距離が一〇〇メートルあった場合、その移動距離は円の直径×円周率/三六〇で一メートル六〇センチにもなる。逆に距離がその半分、五〇メートルであれば八〇センチ程度となる。二五メートルなら四〇センチ、さらに半分なら二〇センチ。近づけば近づくほど調整できる距離は短くなっていく。的こそ大きくなるものの、撃つタイミングが分かっているならば躱すことなど造作もない。
「くそ! こいつ!」
「何で当たらねえんだ!」
「化け物かよ!」
タクムは浮かび上がる白線を身を逸らすことで躱し続ける。同時、引き金を弾いた。その度に盗賊達の額に風穴が開いた。
そうして最後の一人を始末する。
「ふぅ……戦闘終了、と」
残った三人の男達を倒すのに、一〇秒も掛からなかった。
『マスター! 大丈夫だった! 怪我はない!?』
「おう、大したことない。大丈夫だ。それより、どんくらいレベルアップした? なあ、ステータス開いてくれよ!」
携帯電話を取り出し、タクムは言った。
『もう、マスターは向こう見ずなんだから!』
アイは器用にも人工音声の平坦な声に強弱をつけることで『ぷりぷり』と怒っていたが、タクムの指示には従うようでステータス画面を浮かび上がらせた。
タクムの目元に笑みがこぼれる。レベルは五つも上がっており、HPやSPを始めとするステータス類は倍近くなっている。
敏捷性と器用さが格段に上がっているのは兵種である〈拳銃使い(ガンスリンガー)〉の影響だろう。マンガや小説などではかなり素早く、器用なキャラの職業だという認識がある。
「ちなみにこの一〇〇とか二〇〇とかって、一般人の何倍くらいだ?」
『何倍もないね。この世界における成人男性の平均値が一〇〇っていったところかな。二〇〇ぐらいになると一個小隊、だいたい三、四〇人の中でトップになれるくらい』
「……大分レベルアップしたつもりなんだが、世知辛いもんだなぁ……」
タクムの今のステータスは言ってみれば、クラスに一人か二人いるの運動神経の良い生徒というレベルである。
『まあ、所詮レベル六だからね。成人男性なら皆、最低でもレベル五くらいはいってるから、かなりいい部類だと思うよ』
このステータスの上がり方には個人差があり、レベル一=生まれたての赤ちゃんでありながら平均ステータスが一〇〇近かったタクムは『才能のある』ほうである。『それに新しく技能を覚えたり、今の技能を磨いていけばステータス補正も受けられるからそう捨てたもんじゃないよ』
技能やスキルにも追加があったようだ。その技能がどんなものなのかはゲーマーであるタクムにならなんとなく分かる。
念のためステータスや技能の説明を表示してもらうことにしたが、別段目新しいものはなかった。
STRは膂力を現し、この値が高いほど、多くの加重に耐えられ、近接格闘(CQC)などでも攻撃力も増す。
VITは頑丈さを現し、この値が高いほどHPが高くなり、被弾時のダメージ量も減る。
AGIは敏捷性。この値が高いほど、速く長く動くことが出来る。
DEXは器用さで、銃器の命中精度が上がり、取り回しも上手くなる。また車輌の整備や生産活動でも細やかな作業が可能となる。
MNDは精神力を現す。この値が高いほど、魔弾の精度や効果が高まり、SP量も高くなる。
「ん? なんだ? この魔弾って……」
『ああ、魔弾はね、魔力を込めて撃つことで特殊な銃弾を生むスキルみたいだね』
魔弾とは一般に魔力を付与され、特殊効果を得た銃弾、あるいはその方法のことを差す。
「つまりMNDイコールINTみたいなもんか」
『そう思っておけば正解だと思うよ。ただしこの世界の魔法はかなり廃れちゃっててね。火の玉どーん隕石どどーんみたいな攻撃魔法はほとんど現存しないみたい。
あとは強化系とか回復とかの補助系が若干生き残っているくらいかな。ただし、あんまり活躍の場面もないかな。この世界で使える攻撃魔法イコール魔弾になっちゃっているのかもね』
「へぇ、魔法……ないのか……」
タクムは大きく肩を落とした。谷底に叩き落されたような気持ちである。
『そんな落ち込まないでよ、マスター。ほらステップとかエアシールドも魔法っちゃ魔法だよ! まあ、魔弾も大きな視野で見れば魔弾も魔法の一部だし』
「しかし爆発がないって地味だよな……何のための異世界なのか……」
『そこは、ほら……手榴弾とかロケット砲があるから……』
「確かに指先一つで大爆発起こせるなら皆そっちに向かうよな」
詠唱不要、肩に担いで発射すれば大魔法並みの威力が出るならわざわざ苦労して魔法を覚える奴などおるまい。攻撃魔法が廃れるのは自明の理だったのである。
『ちなみに弾丸予測線は
固有スキルだから、SPの消費はないみたいよ』
「へえ、それも地味だがありがたいな……」
「すみません、よろしいでしょうか」
「はい、なんでしょう」
ステータスウィンドウを操作し、スキルを開こうとしたところで、声を掛けられるタクム。
「私はアルファの街で行商を営んでおります、ローランと申します」
白いシャツにスラックス、先ほどトレーラの影で震えていた人物だ、とタクムは理解する。その後ろに護衛であろう男達が二人続いている。
すっかり忘れていたタクムだが、そもそもこの男達を助けるのがチュートリアルの目的であった。
そのことを思い出したタクムは小さく会釈を返した。
「あ、それはご丁寧に。俺はタクムって言います」
『ボクはアイだよ』
「タクム様のおかげで、何とか命を拾いました。ありがとうございました」
栗色の髪をオールバックにした商人――ローランが頭を下げる。前述の通り、とても丁寧な人のようだ。お人好しな臭いがプンプンした。その代わりに後ろの連中が警戒心丸出しの上、こちらを値踏みするような視線を投げてきていた。
別にクエストだし、恩に着せるつもりはない。が、初対面の、しかも命の恩人に対してそれはないだろうとタクムは思った。
『マスター、この人達嫌い。なに、この失礼な態度』
「失礼しました、お前達!」
ローランに諭され、護衛達の不躾な視線は消える。
「いや、大したことじゃないんで。それに、あの程度の雑魚、そこの二人でも何とかなったんじゃないですか?」
アイが口に出してくれたことで、タクムの不満も自然と収まっている。元から態度がどうこうくらいで大事にするつもりもないタクムは笑顔で応じる。
『マスター、この二人とさっきの人達、能力に大差はないよ。あの分だとほぼ間違いなく殺されてた』
挑発とも取れる態度に護衛達は不満げな表情を浮かべたが、ローランの視線に諭され、また、アイに指摘されるまでもなく自分達の力量も分かっているのか、黙り込んだ。
「タクム様はお強いのですね、あれほどの野盗の群れを一人で蹴散らしてしまわれるなんて。しかもハンドガン一丁で」
「いや、ほんと大したことないので……」
所詮チュートリアルである。倒せて当然の相手だ。むしろ、あの程度の相手に怪我を負った――手榴弾による被弾である――のが恥ずかしいくらいであった。
「うっ」
意識を向けたからか、タクムは背中から発せられる焼け付くような痛みに顔をしかめた。
「あ、お怪我が……どうぞ、お使いください」
「あ、ありがとうございます」
手渡された小瓶をタクムは受け取る。『トゥルーアイズ』にはこう書いてある。
F等級回復薬
医療用ナノマシンの入った医療品。服用や患部に塗布することで怪我や骨折などの外傷を治療する。ナノマシンのレベルが低いため、三日程度の自然治療効果しか期待できない。
――やはりあるのか、ポーション……っていうか、ナノマシンって怖っ!
明らかな超科学っぷりに若干の恐怖を覚えつつ、所詮ゲームだと高を括って瓶の蓋を空け、ごくりと薬剤を飲み下す。
「ウッ……ッグ……」
瞬間、背中を火で炙られたような錯覚を覚えた。背中に刺さっていた手榴弾の破片がぽろりと落ちるのが分かった。声すら出ないような激痛がタクムを襲う。
背面の皮下組織がごっそりと破れ落ちる。ジュクジュクと血が溢れ出し、そのまま真新しいピンク色の皮膚となった。背面を覆っていた鈍い痛みが徐々に消えていく。
――痛ッ……ゲームならもっと手加減しろよ……。
ナノマシンによる治療の一部始終を見終えたタクムは改めて
商人に礼を言い、足元に転がる男達に視線を向けた。
「で、この連中は? 知り合いですか?」
「いえ、まさか。ただの野盗でしょう。サブマシンガンや自動小銃など装備も充実しておりましたことから、恐らくは傭兵崩れの連中ではないかと」
「そうですか。全員殺してしまいましたが、大丈夫だったでしょうか」
「は?」
ローランがそう返してきたため、タクムは一瞬だけ焦る。突然、この世界に連れてこられた彼には当然、この世界における常識がなかった。
『すいません、ローランさん。マスターはこの地方に来たのは初めてだから。野盗とかは生きて捕らえろとかいうローカルな法律があるかもって心配したんだ。ね、マスター?』
「あ、ああッ、そうです。そうなんです」
アイの機転に、タクムが慌てて続いた。
「なるほど。アルファ――というよりもこのスター都市国家群では問題ありませんよ。むしろ裁判の手間が省けるので凶悪犯はその場で射殺し、カードだけをギルドに提出することが推奨されているくらいです。ところでタクムさんはどこのご出身で?」
――チュートリアルだろ、細かいところは大目に見てよ!
タクムが苦い顔をしていると、再びアイが
音声を開く。
『ローランさん、マスターにはちょっと言いたくない事情があるんだけど、聞かないであげてくれない?』
ナイスフォロー、と心のうちでタクムはアイに感謝した。
「おっと、これは失礼しました……職業柄つい癖で」
「いえ、お気になさらず」
『マスター、そろそろ戦利品を回収して撤収しない? 血の臭いに誘われて
生体兵器共が来るかもしれないし。ローランさんもトレーラの修理とかあるでしょう? 話があるならその後でどうかな』
「そうだな、ローランさんもそれでいいですか?」
「ええ、もちろんです。回収が終わりましたらお声がけ頂いてもよろしいでしょうか。折り入ってお話したいことがありまして……」
タクムは了解し、ローランを見送った。
「すまん、助かった」
ローランが離れていった後で、タクムは
携帯電話に礼を述べた。
『マスターのお役に立てたなら嬉しいよ。それより、カードとか武器とか回収しちゃおう?』
アイは淡々しているはずの人工音声に巧みな強弱をつけて、嬉しそうに答える。
「ちなみに、カードって何だ? あと武器とか勝手に奪っちゃっていいのか?」
『うん、犯罪者の所有物は、処理した相手のものにしていい法律になっているから。
カードはね、身分証みたいなものかな。この世界では人やクリーチャは死ぬと、そのものを証明するためのカードを吐き出すんだよ。それには持ち主の名前とか、職業とか、ステータスとか、あとは犯罪歴とか諸々が記載されているんだ。
複製も出来なければ改竄も出来ない、神より与えられし唯一無二のアイテム。それを人物カードっていうんだよ。ちなみに単にカードって言った場合、この人物カードを差すんだ』
「へえ、便利だな」
『うん。人物カードは生きている間も取り出せて、それを見せることで身分証にしている。相手に見せたいって思った情報だけを見せることが出来るからね。そんなわけでギルドとか、大きな商取引とかでは必ずと言っていいほど使われる』
「なるほどな。社会システムに組み込まれているわけか」
『うん。ちなみにボクはそのカード情報にアクセスして、相手のステータスを覗いたりすることが出来るからどんどん利用してね』
「お前ってばほんと便利な奴な」
『そうだよ、だってボクはマスターのお役に立つためだけに存在しているんだから』
タクムは、もしもアイが居なかった場合のことを想像し、冷や汗をかいた。もしもこの謎の通話相手がいなければ銃の扱いも分からず、町の位置も分からず、状況すらも分からずに途方に暮れていただろう。
その後、タクムは死んだ野盗達が発行した〈カード〉を取り出し、武器と弾薬、防具(なんと連中は防弾チョッキを体に仕込んでいた)、食料や金銭などを回収し、これまた盗賊達から奪った背嚢に詰め込んだ。
主な戦利品は自動拳銃のオートマグやモーゼルなどが合計十挺、を纏めると、こんな感じである。ベルグマンMP18短機関銃、トンプソンM1短機関銃が三挺ずつ。ブローニングM1918自動小銃が二挺。マークⅡ手榴弾。それぞれの銃器に対応する弾丸やマガジン、F等級、E等級の回復薬などが一〇個、二〇〇〇ドルほどの現金となった。
その他、時計や宝石類など金目のものは根こそぎ奪った。これではどちらが盗賊か分かったものではないとタクムは苦笑いを浮かべる。
「凄い量だな……」
十数名からなる盗賊達の所持品となると流石に膨大な量となった。二時間もかけて回収して回った結果、タクムは途方にくれることとなった。
野盗達が使っていた大きな背嚢を奪い、そこに荷物を詰め込んだわけだが、パンパンに膨れ上がったそれが五つも出来上がってしまった。その他に、背嚢に入りきらない銃火器などは紐で縛って地面に転がしている状態だ。
当然ながら持ち切れる量ではない。
「少し捨てるか……」
水や食料については最初から廃棄するつもりで詰めていない。それでもなお、この量。〈アルファ〉の街までの道程はまだまだ遠い。
状態の悪い銃や市価の安い銃、あとはそれらの銃でのみ使用される予備のマガジンと弾丸は捨て置くべきだろう。また嵩張る防弾チョッキやケプラー繊維が編みこまれた防弾マントなども諦めざるを得ないだろう。
「あ~、何か勿体ねえ」
『なんで? 捨てる必要ないと思うよ?』
「でも、持っていけないんだぞ?」
『別にマスターが手ずから運ぶ必要はないよ、あの人達に任せればいいじゃない』
アイが言うと、まるで申し合わせたかのように背後で重厚なエンジン音が聞こえてきた。どうやら、横倒しになっていたトレーラの復旧作業が完了したようだった。
「なるほどな、お前頭いいな」
『えへへ』
タクムはローランの元へと向かい、町まで乗せて行ってくれないかと交渉を始めた。
「はい、もちろん、大歓迎です。ちょうど私のほうでも、同じことを言おうと思っておりまして。ついでにタクムさんにトレーラのほうを守っていただけないかと……もちろん、相応の報酬は支払わせていただきます。あと、命を助けて頂いたお礼も」
ヒッチハイクのついでに路銀まで稼げるとあってはタクムに断るなんて選択肢が浮かびようはずがない。
「こちらも助かります。それじゃあ、宜しくお願いします」
タクムが頭を下げると、恐縮したように首を振るローラン。やはりお人好しオーラがプンプンしている。
タクムは、ローランの指示に従い、トレーラの荷台に集めたアイテム類を全て放り込むと、梯子を渡り、荷台に登った。曰く、見張りをしてほしいらしい。
荷台の中央にはちょうど人ひとりがすっぽり入りこめるくらいの窪みがあり、転倒防止用のベルトが付いていた。タクムはそれを腰紐に括りつけ、転倒に備えることにする。
「それにしても、これ、すごい銃だな」
窪みの前方には銃座があり、全長二メートルに届こうかという、巨大な銃器が据付られていた。
『うん、おっきな機関銃だね。今、スペック、表示するね』
スマートフォンの画面に、巨大銃の詳細が表示される。
「うわぁ……すげえ、何コレ……」
手持ちのガバメントとは比べるべくもない高スペックにタクムは呻く。
『生体兵器が跳梁跋扈する世界だからね、ちょっとお金のある商人ならこれくらいの武装は当たり前だよ』
「こんなものがあるなら最初から使っていればよかっただろうに」
『使えなかったんでしょ? 横倒しになっていたから。荷台に据付られているみたいだし、本体だけでも四〇キロ近いから持ち出せなかったんだよ、きっと』
「そんなもんか……」
『そんなものだよ。いくら強い武器を持っていたって、使えなければ意味がない』
タクムとアイがそんな会話を交わしている間にも車両は動き出していた。
草木のない、岩だらけの荒野を砂煙を上げながらトレーラがひた走る。どこまでも続く荒野。地平線の先にまで荒れ果てた大地が続いている。
しかし、まあ、雄大な景色も一時間も見せられればいい加減、飽きてくる。
タクムは次第に暇を持て余すようになった。現代っ子であるタクムに、我慢など効くはずもない。
「アイ、聞いてもいいか?」
『もちろん、大歓迎だよ』
タクムが声を掛けると、アイは人工音声を弾ませて応えた。
「なんで、こんだけ巨大なトレーラが横倒しになっていたんだ?」
『分かんない。対戦車地雷に片輪でも吹き飛ばされたんじゃない?』
「はぁ……よく、無事だったな」
『そんなわけないよ。対戦車地雷でも食らえばシャーシ部分がぽっきりいっちゃうから。きっと
補修キット使ったんだね』
「補修キットっていっても、車ってそんな簡単に直せるものなのか?」
『なのましーん』
「……もはや、なんでもありか」
人間の怪我を瞬時に治せるだけの技術があるのなら、機械を直すくらい造作もないことだろう。修復キットは高価な品で、工場に行って修理をするより割高になるらしいが、緊急事態であれば出し惜しみはしないであろう。
『それよりも、マスター?』
「なんだ?」
『マスターは少し、お人好しすぎるね。この世界ではもうちょっと人を疑ってかかったほうがいいよ』
アイ曰く、この世界の人間は強かで狡猾な人間が多いらしい。ローランに関しては分からないが、生体兵器が跳梁跋扈する世界である。生存競争は厳しく、他人を出し抜かなければマトモな生活は営めないとのことだった。
『この世界で行きたかったらまずは〈力〉を付けなくちゃだめだよ。武力、財力、知力、権力。まあ、武力はマスターのチート能力があれば大丈夫だし、財力もボクを使ってくれればすぐに手に入るとは思うけど』
「チート能力?」
『うん、弾道予測線のこと。あれ、他の人には見えないから』
「マジか……」
『そりゃそうだよ、そうじゃなきゃ戦闘素人のマスターが放つへっぽこ弾なんて簡単に避けられたはず』
「お前も言うね……」
『まあね、真の忠臣は主に嫌われてもでも苦言を呈するものだからね』
本当に変な人工知能である。タクムは小さな笑みを零した。
「はいはい、そうだな。お前の言うことも多少なら信じられる。頼むぜ、忠臣。せいぜい俺のチート能力の活用方法を考えてくれよ」
タクムは言っいて途中で恥ずかしくなってしまい、最後のほうは吐き捨てるように言った。しかし、その言葉に偽りはなかった。アイの助言は今のところ、実に役に立ってくれているし、裏切るような素振りもみせたことはない。飄々とした態度こそ気に入らないものの、ある程度は信用してやってもいいだろう。そんな風に思っている。
『ふふっ……ふふふ……』
「な、なんだよ」
『マスターがデレた。わーい、デレた、可愛いぃ』
「デレてねえ! 男のツンデレとか誰得だよ!」
タクムはスマートフォンをポケットに押し込み、無理矢理会話を終わらせたのだった。
ローラン達の目的地は〈ガンマ〉という前線都市らしい。前線というのは、ボスモンスターの攻略されていない地域――いわゆる国境付近のことを差す。国境近くの都市、だから前線都市である。
人間と生体兵器の支配域が入り混じる前線は、その他の地方と比べて多くの生体兵器が潜んでおり、治安はあまりよろしくない。
しかし、生体兵器達から取れる素材や未知の鉱物資源、あるいは未開拓の遺跡から発掘される旧文明のロストテクノロジーは、この世界においてなくてはならないものである。
珍しいもの、役に立つものはやはりそれなりの値段が付く。そのため一攫千金を夢見た多くの若者がこの都市を訪れるのだという。
当初の目的地である〈アルファ〉の町は、農場プラントが多く存在する一大生産地だ。治安がいい分、面白みにも欠けるとのこと。開拓者ギルドから発行される依頼も雑用や人探しなどがほとんどとのこと。
チュートリアルを終えた今、生粋のゲーマーであるタクムとしてはもう少し張り合いのある依頼を受けたいところであり、目的地変更に否やはなかった。ちなみにローランは、〈アルファ〉で生産された食料を仕入れ、前線都市である〈ガンマ〉へと運んで売ることで生計を立てる行商人だ。
ガンマに集められた大量の食料や武器弾薬は更に前線〈国境〉を超えた先にある策源地へと運ばれていく。
行商というと馬に荷台を引かせてのんびりと町から町へと渡っていくなんていう、のどかなイメージがあるが、この世界の行商人は全く意味合いが異なっている。
個人の運送業に近いだろうか。乗り込む
貨物自動車は全長二〇メートル、全幅は六メートルはあろうかというモンスタートラックだ。人の身長ほどもある巨大なタイヤが二〇個も付いている。一般的なワゴン車が全長四.五メートル、全幅は二メートル弱であるため、このトラックは日本の公道はまず走れないと思っていい。
一度に三〇トン以上もの積荷を運搬することが可能であり、その運搬力は貨物列車並みである。ちなみに日本でよく見かける大型トラックが六トンから七トン程度の積載量しかないことを考えればその化け物っぷりがよく分かる。
「アイ、到着予定時刻は?」
携帯電話を取り出し、声を掛ける。するとディスプレイが移り変わり、通話状態になった。
『うん、トラブルがなければ今日の夜明け前には着くんじゃないかな』
自称高度な人工知能(AI)がすぐさま答えを返した。
「ん、キャンプとかしいないのか」
『多分、そういうことはしないね。さっきの盗賊騒ぎで大分、時間をロスしたから多少のリスクは承知の上で急ぐんじゃないかな。そもそも、リスクを負うからこその護衛依頼なんだよ』
「俺への依頼?」
『そう。拳銃で三〇メートル先の
的を撃ち抜くなんて、相当な凄腕じゃなければ出来ないことだよ。しかも飛び交う銃弾をガンガン躱して……マスターさえいれば魔物の群れくらいちょちょいのちょいだと思われたんだろうね』
それは完全に予測線のおかげであり、勘違いも甚だしいくらいの評価であったが、そのおかげで相場より高い報酬が得られるのだから、タクムとしては文句を言うつもりはない。
「まあ、言わなきゃバレないしな。せいぜい敵に襲われないことを祈ろう」
『……早速だけど、マスター。出番だよ』
「マジで?」
『うん、ここから三時の方向に生体兵器の群れを発見。距離は六〇〇メートルほど。相手はこちらに気付いていないけど、このままの進路を取り続けるならまず間違いなく発見されちゃう』
草木も生えない荒野である、全長二〇メートル級の化け物トラックなぞ容易く発見されるに違いない。
タクムは銃座の脇についた無線機を取り出し、運転席にいるローランへと報告をした。
『タクムさん、そこから狙撃は可能ですか?』
「……やってみます」
銃座にはタクムより他にいない。雇い上げた護衛に今、狙撃適正のある者はおらず(いるにはいたが、前回の戦闘で死亡している)、類稀なる射撃能力を持つ(ように見えた)彼に銃座を任せるのは当然の帰結であった。
「アイ、どうしよう……俺、狙撃なんてしたことねえよ」
『うん、知ってる。ボクがナビゲートするから安心して。とりあえず、カメラを機銃の照準器の所に合わせてボクを固定してくれるかな?』
タクムはブローニングM2に据付けられた望遠鏡のような
照準器にスマートフォンを紐で括りつけた。ちなみに紐はジャージの裾を縛るそれを使っている。
『それじゃあ、表示しまーす』
ディスプレイにスコープの映像が表示される。五〇〇メートル先の荒野が刳り貫かれたように拡大表示された。スコープ内の映像だからか、画像の中心には十字の線が見える。
『じゃあ、調整するね。照準を敵のところに合わせてくれるかな。敵の姿を捉えたら引き金を弾いて、試し撃ちしてみて』
タクムは機銃を動かし、アイに誘導されたとおりに銃口を生体兵器に向けた。ディスプレイに写る敵は、茶色の表皮を持った犬と蜥蜴の合いの子のような生物に向けた。
「拳銃程度じゃ倒せないし、遠距離攻撃手段もある。動きも素早く群れてくる。相当厄介なやつだな」
『うん、初心者キラーで有名らしいね。それより、撃って。そろそろあっちも気付く頃だと思う』
了解、とタクムは頷いて引き金を弾いた。
閃光と
爆音!
炸裂音が鼓膜に響く。銃座に固定されているため、反動こそほとんどなかったが、耳が痛い。目もしぱしぱする。
「くぅ~、すげえ威力だな」
銃弾はリザードッグの後方一メートルほどのところに落ちた。その地点には小さな穴が穿たれている。
銃撃を受けたリザードッグは飛び上がり、キョロキョロとあたりを見回す。そして遠吠えを上げて、周囲を警戒し出す。
『じゃあ、次は照準器に回せるところが二つあるから調整しよう。手前のは右に三クリック、奥のほうは左に二クリック動かして。あ、クリックは動かしたときに鳴るカチカチって鳴る音の数のことね』
タクムは言われた通り、照準を動かす。
『じゃあ、もう一発、敵の胴体に向けて撃ってみて』
ずれた照準を再び合わせる。先ほど狙ったリザードッグはこちらを発見したのか、こちらに向かって駆け出しているところだった。
タクムは躊躇わず、引き金を弾く。
銃口から放たれるマズルフラッシュと共に一二.七ミリ弾、チョーク大の鉄塊が放たれる。
「どうなった?」
『うん、命中。さすがに
対物の威力は桁違いだね』
ディスプレイには胸から上を消失させた生体兵器の姿があった。周囲には弾けた臓器や吹き出した血と共に螺子やバネのような機械部品が転がっていた。
「なんだ……ありゃ……」
『生体兵器は生物と機械の合いの子、それが生体兵器の正体だよ。生物として備えている内臓や筋肉の他に、戦闘機械としての機関も備えているんだ。
機械仕掛けの四肢で普通の生き物では考えられない速度で移動したり、体内で弾丸を生成して放ったりする。古代文明を滅ぼした張本人。人類の天敵さ』
「そうか、古代文明とかそんな設定あったんだな」
さすがゲーム世界、タクムは感心しつつ、次なる獲物を探し求める。銃口を動かし、リザードッグの姿を捕らえると引き金に指をかけた。
『マスター、距離がある内に倒して』
「おう、任せておけ!」
アイの淡々とした声――いつもの飄々としたそれとの違いに気付くことなく、タクムは引き金を弾いた。
トレーラの存在に気付き、追跡を開始した生体兵器達であったが、遠距離からの一方的な狙撃に一体、また一体と削られていった。一〇匹ほどを狙撃を成功させたところで生体兵器は撤退を開始したが、タクムは連中が有効射程から離れるまでの三〇秒ほどで更に五匹のリザードッグを討伐した。
「ラスト!」
タクムはブローニングM2の引金を弾く。腹に響く銃撃音が重なる。発射された一二.七ミリ弾の集団は逃げ惑う生体兵器の背面を襲い、後頭部や胴をバラバラに吹き飛ばした。
『マスター、すごいよ! 初めての狙撃で一〇〇〇メートル級の狙撃に成功するなんて!』
「や、やめろよ……恥ずかしいだろ……」
有効射程は一〇〇〇メートルという表記こそあったが、それは風による影響などを考慮しない場合の距離である。
アイの優れた誘導――
観測手としての助けや、カメラの拡大映像の効果もあったが、それでも適正なしに成功させることは不可能であったろう。
手放しで褒められたタクムは気恥ずかしげに、頭を掻いた。
移動物といっても敵は一直線に逃げていただけなので狙撃は簡単だった。どこかのスナイパーのようにスコープを覗き、輻射姿勢から一発で仕留めていったわけではない。
敵が携帯のディスプレイに表示された瞬間、何も考えずにフルオートで銃弾をバラ撒いただけだ。秒間一〇発以上の速度で連射可能なブローニングM2であれば、ある程度照準さえ合わせてしまえば後は面攻撃となる。
『マスターがデレた!』
「デレてねえ! 照れただけだ! と、それよりステータス、どうなった?」
『あいあい、ちょっと待ってね』
「おっ、兵種が増えてる」
『
狙撃手は遠距離から狙い撃ったから取れたんだろうね。あと
弾幕屋はフルオートで弾幕をばら撒いてたからかな? どちらも適正有りってことで兵種に追加されたんだと思う』
「弾幕についてはともかく、狙撃についてはお前のおかげだな」
『そんなことないよ。いくら補助があったからといって移動物に対して一〇〇〇メートル級の狙撃を成功させるなんて才能がなくちゃ不可能だよ。もはや神業だね』
「よせやい……」
『またデレたー』
「だからデレてない!」
スコープに貼り付けた
携帯電話を取り出し、ポケットに仕舞う。
「そうだ、ローランさんに報告しなくちゃな……」
通信機をオンにし、生体兵器を追い払った旨を伝える。
『ありがとうございます、さすがはタクムさんですね』
「いや、大したことじゃないです、ほんとに。それじゃあ、移動を再開してください」
『了解しました、引き続き、警戒をお願いします』
通信が切れる。化け物トレーラがゆっくりと走り出した。ゴツゴツとした路面を踏みしめるたびに銃座が揺れる。
何もない荒野。興奮の直後に訪れる僅かな心の静寂。タクムは黄土色の地面と抜けるような空色のコントラストをしばらく堪能するのだった。
トレーラに揺られ続けること六時間。やはり一時間ほどで飽きてしまったタクムはアイを呼び出し、暇を潰していた。
リバーシや将棋、チェスなどのボードゲームだったが、まったく勝てなかった。いや、最初の一回はボロ勝ちして、調子に乗って『へいへい、人工知能さんよ、お前の本気はそんなもんかい』と挑発したらそれ以降、全く歯が立たなくなった。
本気を出されたのだ。アイ曰く、リバーシは先手を取れば必ず勝てるのだそうだ。将棋やチェスにおいても高度な演算能力を持つため、プロ並みの実力を持っているそうだ。
正直、反則である。勝てるわけがない。とはいえ、イージーモードで勝利をもぎとってもあまり嬉しくない。
「なあ、まだ着かないのか?」
『あと五分くらいかな。早く着いて欲しいね、夜だとカメラが効かなくて警備が難しいよ』
アイ曰く、カメラの解像度やレンズの性能の関係で、昼であれば半径一キロまで伸ばせる警戒域も、照明のない夜間では三〇〇メートルが限度とのこと。逆を言えば機材もなにもない状態で夜間三〇〇メートルという広範囲をカバー出来るアイの性能はやはりずばぬけている。さすが機械。AI様々である。
「悪いな、任せ切りにしちまって」
『いいよ、だってボクはマスターのお役に立つために存在しているんだから』
無償の奉仕。そんな言葉がしっくりくる。人間に奉仕するためだけに作られた人工知能とはいえ、してもらってばかりで少し居心地が悪い。
「すまんな」
『ごめんね、言い方が悪かった。ボクがマスターに尽くしたいと思うのはそれはもう性分なんだよ。生きがい、本能と言ってもいいかな。だから、そんなに気にしないで。ボクはボクなりに楽しんでやっているんだから』
飄々としているかと思えば、こういうところで優しい言葉をかけてくる辺り、本当に人の気持ちが分かるかのようだった。
――幾ら高度な人工知能とはいえ、出来すぎじゃないのか?
そんなことを思ったタクムだったが、それを確認する術はない。それにアイが人間だったら、それはそれで世話になりすぎで申し訳なかった。
「なんか困ったことがあったら言ってくれ。出来るだけ努力する」
主人である以上、部下の働きに応えるのは当然のことだ。
『そうだね、じゃあ……町に着いたらお願いしたいことがあるよ』
「おう、言ってくれ」
『充電して? あと一〇分くらいしか持たない……』
「まじかよ!」
『うん、これから低電力状態に移るから、しばらくお話出来ないかも。ごめんね……警戒、お願い……』
「うおい! そういうことはもっと早く言ってくれよ! ちょっ、アイ、アイさん!?」
『……』
「マジですか……? 夜目利かねえよ、俺……くそ! やるしかねえ!」
タクムは目を皿のようにして周囲の警戒に当たるのだった。
〈ガンマ〉の町に到着した時、タクムは情けなくも銃座のなかでへたり込んでしまった。
このゲームにリトライは効かない。死んだら終わりのデスゲーム。アイ曰く、世界をどう認識しようが勝手だが、このことだけは忘れるなと念を押された。
正直、ゲームだと思い続けるのも難しくなってきていた。初めて手にした銃器の重み、手榴弾の爆風を背に受けた時の痛み、風の冷たさ、地面の固さ、どれをとってもゲームでは有り得ないほどの現実味を帯びていた。
これはゲーム。ゲームなんだとどれだけ自分に言い聞かせても、不安を拭い去ることはできなかった。
死んだら終わり。
この世界に来てから初めて感じた死の恐怖。ストレス過多な五分間。どれだけ周囲を見渡し、全力で警戒しても、どこかで見落としがあったかも知れない、そう思って瞬きさえろくに出来なかった。
トレーラが街の城壁をくぐり、荷物の卸し先らしい商会の駐車場で停車したところで緊張の糸が切れたタクムは、十分ほど休んで荷台から降りた。
運転席の横にはローランが立っており、タクムの姿を見つけると駆け寄り、深々と頭を下げてきた。
「タクムさん、ありがとうございました。おかげさまで生きて〈ガンマ〉に辿り着くことができました」
「あ、え、こんなに……」
分厚い札束を二束手渡され、タクムは目を見開いた。札束イコール一〇〇万円というイメージがあるタクムにとってそれは大金以外の何物でもなかった。
実際、大金である。タクムは知らないが、札束は一〇〇ドル札で出来ており、一〇〇枚一組となっている。合計で二万ドル。この世界での一ドルは
現実世界の一〇〇円とほぼ大体同価値であるため、二〇〇万円程度の金額となる。
幸いにもタクムの受け取った時に行ったリアクションは、札束の価値に見合ったものだった。礼を逸するものではなく、疑われることもなかったのだ。ちなみに、〈アルファ〉から〈ガンマ〉までの護衛任務の報酬は、一パーティで一〇〇〇ドルから二〇〇〇ドルが相場である。戦闘車両などを持っていれば金額はその五倍が相場となる。
「これは今回の護衛の報酬と、命を救って頂いたお礼です。どうぞお納めください」
「ありがとうございます、こちらも荷物を運んでいただいて、感謝してます」
タクムも礼を返し、札束を受け取る。腰にかけた貴重品のみを入れたポーチへと収納し、ファスナーを閉める。ちなみにこのポーチも盗賊から頂いたものである。
「ところでタクムさんは今夜のお宿はお決まりですか?」
「いえ、特に決まってません。どこか良い所紹介していただけませんか? 多少高くてもいいので安全で綺麗な場所で……」
こんな緊張はこりごりだ。せめて夜くらいは安全に過ごしたい。割と甘やかされて育ってきたタクムは言った。
「それでしたら私が宿泊する予定の宿などいかがでしょう。セキュリティは保証しますよ。荷物を商会に卸し終えてからになってしまいますが」
「ええ、構いません。あとこいつを充電できる場所、ありますか?」
報酬など問題ではない。アイを復活させることこそ、今のタクムとっての最重要課題であった。
「ほう、変わった携帯端末ですね……。ええ、この端子であれば宿でも充電出来るはずですよ?」
「じゃあ、お願いしても?」
「ええ、もちろんです。それでは取引を急がせますね、少々お待ちを」
ローランが商会へと消える。
それからしばらくの待機時間。タクムはまだ帰って来ないのかと終始忙しない様子で待ち続けた。
荷卸しと取引を終えたらしいローランが帰ってくる。いい商売が出来たのだろう、他人のよさそうな丸顔にほくほくとした笑みを浮かべている。
「お待たせしました、タクムさん。それではご案内いたしますね」
商会から貸し出された乗用車に盗賊達から奪った戦利品を詰め込み、助手席に乗る。
ローランの運転で宿泊するホテルへと向かった。
当初イメージしていたファンタジー世界のそれとは異なり、五階建てパリのアパルトメント風の建物であった。この街では一般的なホテルだそうだが、無駄にお洒落だ。
城壁が石を積み上げてつくったそれであったり、道路が石畳だったり、商会がレンガ造りの瀟洒な建物だったりしていただけに、期待通りの結果ではあったが、充電器を目の前にぶらさげられたタクムはそれを楽しむ余裕がなかった。
そんな内情を知る由もないローランは、地下の駐車場に車を停めるとのんびりとした歩調でホテル内に入る。
よく磨かれた樫のテーブル、受付のあるラウンジには絨毯が敷かれ、天井には小さいながらシャンデリアまで吊り下げられている。
革張りのソファーが二組あり、宿泊者なのでろう中年の夫婦が談笑していた。
「本日予約していたローランです」
ローランはひとり受付に向かい、慣れた様子で手続きを済ませた。ついでにタクムの分の個室を用意し、充電器の貸し出しまでを依頼してくれた。
「我々の部屋は四階のようです」
部屋のキーと充電器を借受け、二人は階段をのぼる。エレベータはないようだが、この程度の上り下りはレベルアップしたタクムには大したことはなかった。のんびりとした歩調を崩さないローランに多少、苛立ってしまったくらいだ。
「それでは、よい夜を」
「はい、ありがとうございました」
挨拶もそこそこに部屋に入ったタクムは、すぐにコンセントを探した。充電器を差し込み、スマートフォンに取り付ける。
『ボク、ふーっかつ!』
能天気なヴォーカロイド声のアイが通信を開始する。
「はぁ……」
安堵すると同時、力が抜けたタクムは、ベッドへと飛び込んだ。スプリングがぎしりと歪む音が響く。
『マスター、マスター?』
「あ?」
『あれ、マスター怒ってる? あれ、予想と違うな。マスターはボクがいなくて寂しくなかった? 不安じゃなかった?』
アイに尋ねられ、タクムは思わず「ああ、超、寂しかった、死にそうだったわ」と本音をぽろり。
『きゃー、本格的にデレたー』
さすがにこればっかりは反論のしようがなかった。機械相手にデレるというのもおかしな話だが――そもそもツンデレは美少女専用の
兵種のはずだ――、タクムはこの世界に来てどれだけアイに助けられてきたか、支えられてきたかを理解してしまった。
もうアイなしでは生きていけない、ちょっと愛の告白チックな感じ聞こえてしまうが、これは紛れもないタクムの真実であった。
『マスター、無視は止めようよ、ごめんよ、からかってごめんよ、マスター?』
「いや、もう、寝る……あとは、任せた」
とはいえ、もうタクムには、アイを相手にお喋りする気力など残っていなかった。
『えっ!? ごめんね、マスター。反省するから。だからお話しようよ、マスター、ね、ねっ!?』
無駄に軽快なヴォーカロイド声に安堵を覚えながら、タクムは眠りにつくのだった。
ジリリリ、というアラーム音に目を覚ます。
べし、とディスプレイを叩いて停止させる。しかし、残念なことにケータイの操作権はタクムにはない。
『マスター、朝ですよ。もう八時間三四分も眠っているよ!』
「あと……五分……」
『何マンガの主人公みたいな言ってるの! さっさと起きるないともうフォローしたげないよ!』
「起きる、起きるから!」
辛い過去を思い出し、タクムは体を跳ね上げる。
『おはよう、マスター。マスターはねぼすけさんだね』
「くそ、この声……やっぱり夢じゃないのか」
起きたら自宅のベッドで目を覚ましていました的な展開を期待していただけに、軽いショックを受ける。
『どれだけ目を擦っても無駄だよ、マスター』
「そうか……そうだな。しかしまあ、今日はなにするか」
『それなら昨日、倒した犯罪者のカードを換金したら?』
「そんなシステムもあったな……その前にちょっとシャワー浴びてくる……」
『うん、ごゆっくり~』
アイに見送られながら、タクムはバスルームに入った。小さなユニットバスだったが、掃除は行き届いているようでそこだけはなによりだった。
朝の一番絞りを放出し、衣服を脱いで汗やら泥やらを洗い流した。今更ながら着替えがないことに気付き、今日のスケジュールに日用品の買出しを加える。
「とんでもないところに来ちまったな……」
シャワーを浴びながらタクムはひとりごちる。
この世界は完全な銃社会であり、生体兵器がいるために生きることがとても厳しい。犯罪者に人権を与えるだけの余裕がない。高い社会性は脆弱な人類にとって最大の武器であり、それを乱すものには容赦がないのだ。
犯罪者は捕まえず、むしろその場で
処理するほうがありがたい、と国が公言する社会。裁判不要、冤罪は承知の上、怪しい奴はとりあえず殺す。これくらい苛烈にやらなければ治安が保てない世界。本当に厳しい。
これがゲームであればそれほど気にならなかっただろうが、タクムが精神安定のためにはった
妄想は徐々に剥がれ始めていた。
いつか心が疲れ切って壊れてしまうかもしれない。一晩経って落ち着いてきた心に、不安というストレスが染み込んでくる。日本という世界有数の治安国家で育ち、水と安全はタダなんていう神話にどっぷりと浸かってきたつけなのだろう。
『おかえり、マスター。換金は開拓者ギルドで出来るよ。ナビる?』
凶悪犯であればその者のカードをギルドに提出すれば罪の大きさに応じて一定報酬が貰え、一部の有名犯罪者には賞金が懸けられている。殺せれば一財産となるらしい。
犯罪者を専門に狩る〈賞金稼ぎ〉を生業とする者もいるようで、治安の回復に一役買っているとかいないとか。
「そうだな、頼む」
不安はあるが、今は生活基盤を築くことこそが最重要課題であろう。
『マスター、辛かったら言ってね』
「お前に言ってもしょうがないだろ……まあ、その時は頼む」
『デレたー!』
「うるせぇ!」
タクムはどなり散らして、充電器からアイを引っこ抜いた。『まだ、足りないの! ぬいちゃらめぇ!』とか一々、リアクションをとってくるのが本当にうざったかった。
ポーチをきつく締め、そのベルトにコルト・ガバメントを突っ込む。それだけで準備は終了。タクムは部屋のドアを開けた。
「これはタクムさん、おはようございます」
「おはようございます、ローランさん。今日も商会ですか?」
廊下にはちょうどローランがおり、二人は簡単な挨拶を交わす。
「タクムさんの今後のご予定は……っと、言うまでもありませんね」
タクムには一応、〈開拓者〉の肩書きがあった。恐らく開拓者ギルドに向かうものと思っているのだろう。
「そうだ、ギルドまでお送りしましょうか」
「あ、助かります」
階段を降り、駐車場に出る。前払いだったため、受付ではルームキーを返すだけだ。宿代の支払いはローランが持つとのことで、タクムは奢られすぎてなんだか申し訳ない気持ちになった。
「代わりに車の中の荷物で不要なものがあればこちらで引き取らせては頂けませんか? もちろん、ガンショップに売るよりも色をつけますので」
ローラン曰く、知り合いに開拓者がおり、ガンショップよりも安く、タクムから買うよりも高く売りつけようという魂胆だという。商売熱心なことである。
「わかりました。俺も幾つか持っていく予定ですんで、その残りをお願いします」
「よかった。ではさっそく行きましょう」
連れだって駐車場へと向かう。ついでに開拓者ギルドまで送ってもらえるとのことで、タクムとしては願ったり叶ったりである。
手に入れた銃については、ブローニングM1918自動小銃を一挺残し、あとは全て売り払うことにした。他の武器に関しては生体兵器と戦っていくには少々頼りなく、かといって対人戦闘であればガバメントで十分であるとの考えからだ。
また銃弾についてはコルト・ガバメントでもブローニングM1918でも使用しない弾丸は全て売却する。
ナイフや防具類に関しては殺した相手のものを使うのは気が引けたため――ついでに血糊が付きっぱなしで一晩放置されたためそれはもう芳しい香りである――全て売却する。残った手榴弾と回復薬のみ背嚢に突っ込んでおく。
「じゃあ、これ、買い取ってもらえますか?」
「ええ、しばらくお待ちください」
買取価格は一四八六ドル、更に半端なので一五〇〇ドルとしてくれることになった。アイ曰くガンショップでの買い取り価格に比べて二割ほど高いとのことだ。タクムとアイはほくほくした。
昨日に引き続き札束を手渡されたタクムは、周囲の目を盗みながらそれをポーチへと仕舞う。
そのままローランの運転で開拓者ギルドまで運んでもらい、タクムは車を降りた。
「タクムさん、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、色々とお世話になりました。助かりました。道中、お気をつけて」
「はい、ご縁があればまた」
「はい、是非」
ローランとにこやかに別れ、走り出した車が見えなくなるまで見送る。狡猾な人間が多いこの世界で初めて出会った人物がローランであったことは、本当に幸運なことだった。死んだわけでもないのに異世界に連れて来られるなんて散々な目に遭わされたタクムであったが、今だけは見ず知らずの神様に感謝したい気持ちにさせられた。
「さてと、次はカードの換金だな」
『賞金首だといいね~』
背嚢を背負いなおし、開拓者ギルドの建物に入る。
開拓者ギルドは城壁から伸びる大通りに建っている。周囲に並ぶ淡い黄色のアパルトメントに溶け込むかのようにひっそりと存在している。長く伸びる石畳の前にあると、どこか洒落たカフェか何かと勘違いしてしまいそうになる。
立ち寄った商会も宿泊したホテルも目に付く建物は全てモダンな造りとなっている。まるでヨーロッパに旅行に来たかのような錯覚にかられる。かつて遺跡であったものをそのまま再利用しているためにこんなに風情があるのだとか。
とはいえ、ここは開拓者ギルドである。瀟洒な見た目とは裏腹に中身――というより、住民達はまさしく無頼漢といった連中ばかりであった。
皆手に手に拳銃を持ち、近くの壁に小銃を立てかけてその隣に寄りかかる、屈強な男達。入店したタクムに鋭い視線を送る。
『マスター、気にする必要はないよ。多分、この中の誰よりも、マスターは強いから』
「チート能力のおかげだけどね」
『まあ、それはしょうがないよ』
小声で会話を交わし、タクムはアイの誘導の下、受付へと向かう。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件ですか?」
「犯罪者カードの換金をお願いします」
二十歳そこそこと思しき受付の女性はにこやかに言う。
「はい、それではご自身の人物カードをご提示ください」
タクムは胸に手を置き、『カード出ろ』と念じた。手のひらに浮かんだそれを、受付嬢へと見せる。
「少々お待ちください、はい、タクム・オオヤマ様ですね。ありがとうございます、それでは犯罪者のカードをお渡し願えますか?」
タクムはポーチからカードを取り出し、テーブルに置く。
その数、十四枚。その何枚かに目を通した受付嬢が目を見開く。
「これ、〈血と弾丸の雨団〉の構成員達では……」
「有名なんですか?」
「ええ、最近この辺を荒らし回っていた盗賊団です。構成員は十名ほどと小規模なのですが、ほとんどが自動小銃やサブマシンガンで武装しており、かなり危険だと先日、賞金首に指定されたのです」
「へぇ、そうなんですか。それはラッキーですね」
「えっと、あの、少々お待ち頂いてもよろしいでしょうか」
受付嬢はそう言って、奥にいる管理職らしき男性の元へ向かっていった。
『……疑われてるね』
「ん? どういうこと?」
『マスターはソロの開拓者として登録されている。しかも階級は最下級の丁種。そんなのが一四名もの凶悪犯を倒したんだ。何か不正があったんじゃないかって疑ってかかるのは当然だね。例えば顔が割れていない元構成員なんじゃないかとか、他の賞金稼ぎから盗んだんじゃないかとか』
「厄介なことになったな」
『まあ、正直に話せば大丈夫だと思うよ。カードを見せれば犯罪歴がないことは一目瞭然のはずだし』
「すまん、カードに窃盗が付いてる」
『え、なんで!?』
恐らくは、小学生の頃におもちゃ屋で万引きしたのが記載されているのだろう。因果応報という言葉を思い出し、タクムはため息を付いた。
『ああ、軽犯罪の時効は五年だから大丈夫だよ。時効が過ぎた罪や立件や示談が済んでいるものについては灰色で書かれているから』
「あぶねぇ……マジ焦ったわ」
その後、受付嬢が個別に話を聞きたいと言ってきたが、面倒ごとはごめんだときっぱり断る。代わりに自身のカードの犯罪履歴を見せる。
アイからのアドバイスが功を奏し、追求を乗り切ることに成功する。
手には拳銃、肩に機銃を掛けるタクムは、衣服こそジャージと一風変わっているが、見ようによっては開拓者に見えないこともない。
「この世界に来て、俺も鍛えられたな。ノーといえる日本人になった」
タクムはそう自認して、うんうんと頷いた。
『……』
実際には、法令上の問題でしかなく、ギルドにはカードの取得元を追求する権利がないだけなのだったが、何故か満足そうにしているタクムを見て、アイは何も言わなかった。高度な演算技術で空気を読んだのだった。
「賞金のほうですが、ギルドカードへの振込みでよろしいでしょうか」
「あ、ギルドカード持ってないわ」
『あ、受け取るの忘れてたね』
「発行には一〇〇ドルほど頂く必要がありますが、いかがしますか」
「じゃあ、宜しくお願いします」
ギルドカードは身分証となる他、通帳機能やクレジットカード機能を持っており、提携店舗での買い物でポイントも溜まる便利なカードである。
預金はそのまま開発者ギルドが運営する金融機関〈フロンティア銀行〉――あまりにもそのまんまだったのでタクムは吹いたー―の口座として管理され、ギルドカードと人物カードがなければ引き出しなどができない仕組みになっている。
ギルドや銀行はスター都市国家群やその配下である都市が運営する公的組織であるため、潰れるなどの心配がない。タクムは手持ちの現金もほとんど預金した。
ちなみに賞金額は一四名で二〇万ドルとなった。
「これでしばらくはお金に苦労しなくても済みそうだな」
タクムの総資産はわずか二日で二五万ドル――約二五〇〇万円――にまで膨れ上がった。大金だ。とんでもない大金である。どんな豪華な武器でも購入することが出来るだろう。
タクムは安堵の息を吐く。が、その認識はどこまでも甘かった。