thirty-four.
朝にメロディーへ行って、スナーシャさんとお昼を食べて、18時まで働いて家に帰ると今日あったことを報告する。
そんな日が続く。
半年程たったある日、スナーシャさんに夜に出てみないかと誘いを受けた。
ルンダさんに言うとまた少し渋い顔をしたが、ローサさんがフォローをしてくれた。
お店は23時までやっている。
出勤時間は15時からでいいそうだ。
来週からでいいと言われたけれど、夜はまたすることも違うみたいで楽しみだから明日からお願いしますと伝えた。
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「行ってきます。帰りはスナーシャさんが送ってくれますから、大丈夫ですよ。」
なんだったら泊っていけばいいから、なんて言われている。
まあ、まだまだ子供だからね。
巣立ちが早すぎるわけで……ルンダさんが心配するのも分かる気がする。
初日と同じように2人で玄関に立って見送ってくれる。
「おはようございます。」
時間が早かろうと遅かろうと、仕事場に来て第一の挨拶は「おはようございます」だ。
スナーシャさんもおはよう、と返してくれて仕事に取り掛かる。
と言っても、午前中に比べると人はまだ少ない。
常連さんと会話をしたり、特技で物を出してあげて物々交換をしたり。
結構自由に行動をする。
そして20時。
「さあさあ、始めましょう」
いつの間にか満席になっているお店。
立って話しているお客までいる。
「ルーサは始めてよね、ここは20時になったら歌と食事が楽しめる店になるのよ。」
歌声喫茶みたいな……?
「いつもは私が歌っているのよ、民謡だったり、流行りの歌だったり。
合わせてみんな歌ってくれたり、聞きいってくれたり、好きに過ごしてもらう時間。
そしてそれがこの店名の由来でもあるのよ。」
歌を提供する、メロディー。なるほどね。
「さあ、お集まりの皆様。本日よりお昼の看板娘、ルーサが出勤致します。
何卒、宜しくお願い申し上げます!」
2本の口腕で私の肩を抱き、残りをふわりと広げてお辞儀をする。
そう言うとわぁっと歓声が上がる。
お客さんはビュッフェ式に出された料理をつまみながら、歌声に聞き惚れる。
私は、料理の補充や出ていないデザートやドリンクのオーダーを聞き調理していく。
そして、歌声はとても素敵なものだった。
ときにはオペラのように、ときにはスローテンポでラブ・ソングを、ときにはミュージカルのように……。
合わせて歌うお客さんの為にテンポを変え音程を変え、声を変える。
あっという間の時間だった。
気付けば23時まで残り20分となっている。
「さあて、今宵お集まりの皆様。宴もたけなわではございますが、本日最後の歌となりました。」
もう終了か、お客さんを飽きさせない歌声が本当に素晴らしかった。
最後はしっとりとした曲で締めるんだろうな。
「そこで、本日のトリはルーサ、貴方にお願いするわ。」
「ええ!!?」
いきなり?え?
「貴方の故郷の歌を聞かせてほしいの。」
そんなこと言っても……。
「さあ、皆様がお待ちよ。」
ステージに上がると多くの人に拍手をされて迎えられた。
何を歌おうかな……やっぱり蛍の光?どうしよう。
お客さんは今か今かと待っている。
軽くお辞儀をして覚悟を決める。
すぅぅっと息を吸って歌いだす。
私が小学生のころに好きだった歌。
お母さんとの買い物帰りに手をつないで見た夕陽。
寝た振りをしてお父さんにおんぶしてもらった、あの河川敷。
「♪夕やけ小やけの赤とんぼ
♪負われて見たのは いつの日か
♪山の畑の 桑の実を
♪小篭に摘んだは まぼろしか
♪十五で姐やは 嫁に行き
♪お里のたよりも 絶えはてた
♪夕やけ小やけの赤とんぼ
♪とまっているよ 竿の先」
お母さんの温かい手。
お父さんの広い背中。
思い出すのは小学生の私。
私の故郷の歌。
シン……と音が聞こえてきそうな程静かな店内。
選曲間違っちゃったかな……?
オドオドしながらとにかくお辞儀をする。
頭を下げた瞬間に割れんばかりの拍手が聞こえた。
驚き、顔を上げると全ての人が笑顔で私を見てくれている。
スナーシャさんにいたってはハンカチでズビズビと鼻をかんでいるようだ。……鼻?
とにかく、成功したんだと実感した。
私の好きな曲で。
思い出の詰まった曲で。
「ありがとうございます。」
もう一度、お辞儀をしてお礼を言う。
良い一日だった。
とても良い……。
ゆらゆら蝋燭の光が皆を照らしている。
蝋燭の火が揺れるたびに皆の影が小さくなったり大きくなったり、揺らめいて……。
素敵な一日だったな……なんて思っている間に、私は眠ってしまった。
「赤とんぼ」
作曲者:山田耕作
作詞:三木露風
権利者:文部省唱歌
良い歌ですよね。
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